第六話 手紙と隠し通路
カシミルドとクロゥ、二人で話していると、カンナも目を覚ました。
「ふわ~。おはよう。二人とも早いね……それ手紙? 誰から?」
「カンナ。おはよ。テツさんからだよ。後で部屋に来て欲しいって」
「ふーん。そうだ、手紙! 私達、当分里には帰らないんだよね? ミラルドさん、心配するんじゃないかな? 一度手紙を送った方がいいんじゃないかと思って」
「あ……」
カシミルドとクロゥは顔を見合わせて、互いに気まずそうな顔をした。
「カシミルド。たしか三日に一回は手紙を寄越せって言ってたよな。出したか?」
カシミルドは苦笑いを浮かべながら首を横に振った。
そして机の上に紙とペンを見つけて、颯爽と椅子に腰かけた。
「よし。今書こう! 紙もペンも丁度ある!」
カシミルドは机に向かってペンを取り、手紙を書き始めた。
「あ。ミストラル製の便箋もってるよ。何かあったときの連絡手段として、持っておいた方がいいかもね。でも私には手紙送れないと思うから気を付けてね」
カシミルドはカンナの言葉を聞くと紙に急いで何か書き、その紙を鳥の形に折りあげた。そしてカンナに向かって投げる。
「そりゃ!」
それはただの紙とは思えないスピードでカンナの目の前に飛んでいくと、フワリとベッドの上に落ちた。
カンナが拾い上げ紙を開くと、それはカシミルドからの手紙だった。
『カンナへ これからもよろしくね。 カシミルド』
「送れるみたいだね。良かった。さあ。次は姉さんの分だね」
カンナは驚いて手紙の裏を確認したり、光で透かしてみたりしている。クロゥはそれを見て笑った。
「カンナちゃん。カシミルドはさ。自分で届けたい人に送れるんだよ。多分魔法だと思って無いだろうけどな。……その、ミストラル製の手紙って奴は違うのか?」
「違うよ。名前をフルネームで正しく書かないと届かないの。私は名前が分からないから……」
「へぇー。魔法道具も便利だけど万能ではないんだな」
すると、二人の会話を聞いていたカシミルドが手紙を書きながら平然と言った。
「そうだったんだ……。紙に宛名を書けば、手紙って勝手に飛んでいく物かと思ってたよ」
カンナはもう慣れっこだ。
無意識の魔法と勝手に命名したアレですね……と心の中で思う。
カシミルドには魔法道具など必要ないのだろうか。
「あっ。カシィ君。髪は染めた方がいいよね? もしかしてそれも出来たりするの?」
「えっと。染料を作るのは結構手間が掛かるんだよね。瞳を黒くする染料は自分で作った物を使ってるよ。色を抽出したりして、二~三日はかかるかな。小さい頃は姉さんが作ってくれてたから、何となく瞳は黒くしてたけど……何で僕だけ瞳の色が違うんだろ?」
「う~ん。何でだろうね? でも染料も作れるんだ。すごいね」
「なあ。毎回髪染めるのも面倒だよな? あの雑貨屋に黒の染料を置いて貰えばいんじゃねぇか?」
カシミルドもカンナも、はっとしてクロゥを見た。
「それ名案だね! 桃色も置いてもらおうっと」
「他に無い色ってあるの?」
「金髪は無いかな? くすんだ黄色ならあるけど。後は銀色とか、色が作りにくいものは無いよ。それと紫、王家の髪色だから無いらしいよ」
「ふ~ん。あっ出来た!」
カシミルドは完成した手紙をカンナ達に向かって自信作と言わんばかりに掲げた。
「おっ読ませろ。変なこと書いてないか見てやるよ」
「私が読むね。『姉さんお元気ですか?僕は元気です。メイ子のお姉さんは見つけました。お姉さんのことは帰ってから話します。メイ子も元気にしています。東の方に寄ってから帰ります。また手紙書きます。カシミルドより』……うーん。成る程」
「心配かけないように、当たり障りのないことしか書かなかったんだけど……どうかな?」
「いんじゃねーか。取り敢えずまだ帰らないことが分かればいいだろ。馬鹿正直に全部書いたら、連れ戻しに来るかもな」
「だよね! よし送っちゃおう」
カシミルドはまた紙を鳥の形に折ると、窓を開け外に向かって手紙を飛ばした。
手紙は瞬く間に風に乗り、空高く飛んでいった。
◇◇◇◇
紙で出来た白い鳥は風を切り、ミヌ島まで一直線で飛んでいった。そして、祠の祭壇までスイスイと入っていく。
ミラルドの頭上まで飛ぶと、目の前にフワリと舞い落ちた。
「あら。あの子ったらやっと手紙を寄越したのね。遅いんだから」
文句を言いつつ、ミラルドはすぐに手紙を開いた。
そして読み終えると、手紙を握りつぶし拳をブルブルと震わせた。
「約束が違うじゃない。いい度胸してるわね……私がここから出られないと思って……」
祭壇の短刀が煌めく。
手紙を纏っていた風の精霊に反応したのだろうか。
ミラルドはそれを見て溜め息をついた。
「はぁ。ハルちゃんが召喚できたら……カシミルドを拐ってきてもらうのに。私一人じゃ何も出来ない……」
『一人じゃないよ……』
何処からか声がした。可愛らしい少女の様な声だ。
こんな所まで人が入れる筈がない。
精霊のたぐいだろうか?
周囲を見渡してみるも、誰もいない。
『ねぇ。聞こえているんでしょ? 私の声……』
それでも声は聞こえた。
短刀がまた煌めいたように見えた。
「母さんの形見の短刀……もしかして。ハルちゃん?」
『ごめんなさい。私、ハルちゃんじゃないわ……私はグリヴェール。貴女に見せたいものがあるの。短刀を、祭壇の真ん中にあるファタリテ家の紋章に突き刺して欲しいのです……』
「短刀を……? それで何か起こるの?」
『ええ。私を助けてくれたファタリテ家の方がこの奥にいるのです。貴女は一人じゃないわ。どうか私に力を貸してください』
祭壇の紋章には、よく見ると短刀が丁度刺さりそうな溝があった。しかしこの声を簡単に信じてよいのだろうか。
もし何らかの封印を解いてしまって、災厄を招いてしまったら?
疑り深く、悪い方へばかり考えてしまう自分は嫌いだが、今回は自分らしく慎重になるべきだろう。
「あの……グリヴェール? 私は正直なところ、あなたを信じることが出来ないのだけど……?」
『そっそうなのですね? 貴女は黒の一族の族長とお見受け致しましたが……何も聞いてはいないのですか?』
「はい。何っにも知らないわ」
ミラルドは即答した。
そう。自分はいつも何も知らない。
謎の声も困っているのだろう。返答が無い。
暫くの沈黙の後、また少女の声がした。
『……あっそうです! プレシア様の手記が何処かにあるはずです。弟のエデア様と仲が悪かったので、多分見つかりづらいところに隠してあると思います!』
エデア? プレシア?
ミラルドはその名前に聞き覚えがあった。
「エデア=ファタリテ?」
『はい。そうです。彼の御姉様。プレシア様がこの奥にいらっしゃるんです』
「え……まさか? みっミイラとかじゃないわよね!?」
『大丈夫ですよ。奥で眠っておられます』
ミラルドは半信半疑のまま短刀を手に取り紋章を見つめた。猜疑心よりも、この先にあるものへの好奇心の方が上回る。
ミラルドは迷いを捨て、紋章に短刀を突き刺した。
氷で覆われた祭壇にヒビが入る。
ゴゴゴッという地響きと共に祭壇が真っ二つに分かれ、奥に通路が現れた。
「隠し通路……」
ミラルドは短刀を抜き、周囲を警戒しながら通路を進んでいった。小さなトンネルは全て凍りつき、赤、黄色、青、緑と静かに発光している。
少し進むとすぐに行き止まりだった。
一面氷で包まれた空洞。
しかし一部分だけ発光していない場所がある。
『そこです』
「え?」
目を凝らしてみると、氷の壁の中に人がいた。
ミラルドと同い年くらいの少女だ。
胸に杖を抱き締め佇んでいる。
黒髪にファタリテ家の紋章の入った杖。
この人がプレシア=ファタリテ。
「生きてるの?」
『はい。生きています。そして、目覚めの時は近いのです』
「目覚めの時? いつ起きるの?」
『私が目覚めたので、そろそろ魔法が解けるかと?』
ミラルドは冷たい氷に手を着いた。
後数十センチ奥には、プレシアの顔がある。
呼吸も、鼓動も、何も感じない。
一体どんな魔法を使ったのだろう。
「こんなに冷たいのに……不思議……よし! 帰ってカシミルドに手紙を書くわ。グリヴェール。色々教えてくれる? 話し相手が出来て良かったわ。私はミラルド=ファタリテ。黒の一族、第五十八代族長。よろしくね」
『よろしくお願いします!』
この大発見を手紙に書けば、カシミルドも呑気に東の大陸なんか寄り道していないで帰って来るかもしれない。
期待に胸を弾ませながら ミラルドは短刀を片手に家へと帰っていった。
カシミルドに、手紙を書くために。




