第五話 誰か優しく抱きしめて
カシミルドとカンナはテツの部屋の下の階にある客室に案内された。部屋のベッドは大きく、三人位余裕で寝られそうだ。
ラルムは前回会ったときより素っ気ない様子だったが、案内に留まらず何故か一緒に部屋に入ってきた。
そして部屋に入るや否や、カシミルドに笑顔を向ける。
「カシミルド君。視察団に参加されるんですよね! 私も新人教団員として参加します。よろしくお願いします」
そういって誇らしげに右手をカシミルドに差し出した。
カシミルドは少し緊張しつつもラルムの手をしっかりと握り返した。
「こちらこそよろしく、ラルムさん。分からないことだらけだから……頼りにしています」
「はい! 頼って下さいね。そして……道中、黒の一族について教えて下さいね!」
「ははは。僕に答えられることは少ないかも知れないけど……」
「大丈夫です。存在そのものが……もうツボですから!」
さっきまでとは別人のようにラルムは話し出した。
カンナは呆気に取られた様子で二人の会話を聞いている。
「そうだ! こちらが大陸の地図と、今回の遠征ルートが書かれた資料になります。目を通しておいて下さい」
「ありがとうございます。僕、地図とか苦手だから、これはカンナが持っていた方がいいかな?」
カシミルドの言葉に二人とも首を傾げた。
「私?」「何故、庶民が……?」
「あれ? そっか聞いてないよね。カンナも一緒に行けるようにテツさんにお願いしたんだ……。ラルムさん。カンナは僕より強いし頼りになるんですよ」
「私なんか……カシィ君より強いのは、物理的にってだけで、魔法は使えなくて……」
カシミルドの言葉にカンナは慌てて付け足した。
ラルムの顔は冷ややかだ。
「……テツ様が許可したなら、私から言うことは何もありません。ーーでは、私もそろそろ……カンナ。隣の部屋に案内します」
ラルムの誘導をカシミルドが遮った。
「あっ。まだカンナに話があるから……ラルムさん、案内ありがとう」
「そうですか。では、また。失礼します」
ラルムはカンナには冷たいようだ。
カシミルドはカンナと二人きりになると、肩の力を緩め大きく息を吐いた。やっと気を張らないで済む。
緊張の糸が切れ、カシミルドはカンナにもたれ掛かり、そのまま抱きしめた。
「良かった。カンナにまた会えて……」
「かっカシィ君!? 急にどうしたの?」
カシミルドに抱きしめられ、カンナは頬をみるみる紅潮させる。カシミルドはそんなカンナの様子に気付かずカンナの肩に顔を埋めた。
「もう少しこのままでいてもいいかな……すごく、心が落ち着くんだ」
「う……うん」
カンナはカシミルドと対照的に、心臓が高鳴り鼓動が速まり、顔も熱くて仕方がなかった。
自分といて落ち着くと言われて嬉しいし恥ずかしい。
しかし背中に回されたカシミルドの手が小さく震えていることにカンナは気づいた。
クロゥはボロボロだった。
カシィ君は大丈夫だったのだろうか。
カンナは急に不安になり、カシミルドの背中をゆっくりと擦ってあげた。
その時、カンナの鞄からクロゥが顔を出した。
「いーねー。お前らは。……俺のことも誰か優しく抱きしめてくれよー?」
クロゥがカンナの鞄からフラフラと飛び出し、弱々しくベッドに着地した。
クロゥに冷やかされても、カシミルドはピクリとも動かなかった。
カンナは恥ずかしくなってクロゥに声をかける。
「クロゥ大丈夫? カシィ君も様子が変で……」
「あー……カシミルドもルミエルに会ったんだろ? 何言われた?」
カシミルドの身体に力が入る。
先程より強く、カンナの身体を抱き締めた。
「カシィ君?」
「おーい。無視するなよ。俺様なんか、鎖で締め上げられて身体の中身、全部搾り取られるかと思ったんだぜ? 正に拷問だぜ拷問……」
カシミルドも漸く顔をあげ、怯えた瞳でクロゥを見た。
「クロゥ……大丈夫? 僕は……そういうことはされなかったよ……」
だったらどうしてそんなに怯えた表情をしているの?
とカンナは聞きたかったが、本人が話すまで触れてはいけない気がして、言葉を飲み込んだ。
運ばれてきた夕食を食べた後、クロゥを真ん中に、三人はベッドに横になり、それぞれの情報を共有した。
カンナはパトに手伝ってもらい、テツに助けてもらったことを。
クロゥは、オークションの日の夜に、教団の双子に捕まったこと。そして今の鳥の姿は、リュミエの魔法だそうで、魔力も奪われ人型になれないことを話した。
カシミルドはスピラルが今何処にいるか、そして東方視察団に加わることになったことを話した。
地図を見ると、東のエテが最終目的地のようだ。出来れば無かったことにしたいことだが、クロゥを取り戻すためにリュミエに協力する約束をしたことも話した。
「あのババァ……何がしてぇんだか? 何か言ってたか?」
「えっと……クロゥってお兄さんいるの? その人と親しかったとか言ってたよ」
クロゥは兄という言葉を聞くと、急に黙りこんだ。
やはり、自分の話はしたがらない。
「あー……もう寝る。あのクソババァの顔を思い出すだけでも吐き気がする」
クロゥはそう言い捨てると枕に埋もれるようにして静かに目を閉じた。
「私達も寝ようか……」
「カンナは隣の部屋で寝る?」
「うーん。ちょっと怖くて……部屋が広すぎて、落ち着かなくて」
「じゃあ。このままここで寝ようか。おやすみ。カンナ」
「おやすみ。カシィ君」
ワンコフは鞄の中だが、カシミルドが隣にいる安心からか、カンナはすぐに眠りについた。
◇◇◇◇
フカフカのベッドで気持ちよく寝ていたカシミルドだったが、目覚めは悪かった。
「重い……」
目を開けなくても分かる。この気配はクロゥだ。
いつの間にかリュミエの魔法が解けたのか、人型になってカシミルドを抱き枕にして眠っていた。
カシミルドが横を向くと、クロゥの顔がすぐ近くにある。クロゥの寝顔を初めて見た。
いつも鳥の姿で寝てるからな。
それかほとんど部屋にいない。
クロゥの腕を下ろして、身体を起こすと、そのクロゥの向こう側にカンナがスヤスヤと眠っている姿が見えた。
隣がカンナだったら良かったのに。
そう残念がりながらクロゥに視線を落とすと、カシミルドは思わず息を飲んだ。
クロゥは上半身裸で寝ていた。
その腕、首、背中には鎖の跡がくっきりと残っていた。
胸には鞭で打たれたような痣もある。
昨日は冗談混じりで拷問と言っていたのかと思っていたがこんな跡が残るほどの苦痛を与えられていたとは……カシミルドに抱きついて寝ていたのも、魔力が空っぽだったからなのかもしれない。
それに、リュミエがここまでする人だということにも驚いた。
カシミルドはクロゥに自分の服をかけてやった。
リュミエの魔法が解かれてこの姿になるということは、クロゥの本当の姿は人型に方なのだろうか。
カシミルドが眠るクロゥの頭をそっと撫でると、クロゥが目を覚ました。
「ん? 朝か……」
クロゥは起き上がろうとして、カシミルドの服が掛けられていることに気付いた。
「あー。見た? 酷いだろ~?」
カシミルドは無言で頷いた。
何て声を掛けていいか分からなかったからだ。
クロゥは自分の身体を見て笑いながら言った。
「メイ子が治してくれなかったら、もっとヤバい感じだったんだぜ?」
「笑いごとじゃないって……でも、メイ子はクロゥの怪我は治してないよ。テツさんの部屋に来たときはもう治っていたって。リュミエが治したのかな?」
「あ? あのクソババァにそんな芸当が出来るとは思えねぇんだけどな……あぁ。まだ魔力が足んねぇな~カシミルド~魔力分けてくれ~」
クロゥはベッドに腰かけるカシミルドの背中に顔を埋め後ろから抱きついた。
「大丈夫? 僕のでよければ、好きなだけどうぞ……でも、リュミエは何でクロゥにこんな酷いことするの?」
「俺がクソババァに歯向かったからだろ。自分の方が上だって証明したいんだよ。あの女に俺の話題を振るなよ。もう関わりたくないからな……あ、あの双子の側近にも気を付けろよ。女の方は光の魔法の使い手だった」
「えっ? 二人とも男じゃないの? それに、光の魔法が使える人なんているんだ……。リュミエも光の魔法がどうとか言っていたかも……」
「リュミエも光の魔法を使う。カシミルドは光の鎖で縛り上げられたりしなかったか?」
「さ……れてないと思う……」
「何かお前の心臓、騒がしくなったんだが、何されたんだ?」
カシミルドはリュミエに言われた事を思い出し、ブルッと身震いをした。
クロゥにならあの時の事を話せそうだ。
「ベ……ベッドで身体の相性を確かめてみましょうって言われた……」
「……! おっおい! それでどうした?」
クロゥは驚いてカシミルドの背中から顔をあげた。
覗き込んだカシミルドの顔は真っ青だった。
「テツさんが来てくれて。その後は何も……これってどういう意味かな? よく分からなかったけど、すっごく怖かったんだよね!」
「……未遂か。良かったな」
「未遂って何? クロゥ、何となくカンナには聞けなくて……教えてよ!」
カシミルドは怯えた瞳でクロゥを見つめた。ルミエルの奴、こんな純情な少年に何て事しようとしやがって……。
「大丈夫だ。ルミエルと二人にならなければ、危険はない!」
「だからそれはどんな危険なんだよっ。……でも、これから王都を離れるから、しばらくは会わなくて済むよね……」
「ああ。それまでに俺があいつの鎖を引きちぎってやれるぐらい、成長しなくちゃな……」
クロゥはそう呟いてまたカシミルドの背中にもたれ掛かった。
その時窓をコツコツと何かが叩く音がした。
窓の外にはミストラル製の便箋が空を舞い、部屋に入りたがっている様子だ。
カシミルドが窓を開け、手紙を手に取る。
「あ、テツさんからだ。えっと……朝食後に部屋に来て欲しいって。僕たちの事は外部に知られたくないから、ローブを着用してだって」
「はぁー? あのテツとかいう奴も食えない奴だよな。俺苦手だから、遠くから見守ってるからな」
「クロゥってさ、好き嫌い激しいよね」
「まぁな。自分に正直なんだ」
二人は顔を見合わせて笑い合った。




