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天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第二章 東方への誘い 第一部 東方視察団
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第四話 リュミエからのプレゼント

 イリュジオン王国、第一王区。


 カンナはラルムに導かれ、城へ渡る跳ね橋の前まで来ていた。ここへ来るのは二度目だが、前回とは違い静かで厳粛とした雰囲気だ。


 ゆっくりと下ろされる橋を見つめながら、カンナは緊張と不安で胸が押し潰されそうだった。カシミルドの無事も分からぬまま、ラルムの後を無言で追う。



 ◇◇◇◇



 パトの雑貨屋で待機していたカンナの元に、ラルムが訪ねてきたのはつい先刻のことであった。ラルムはテツの指示で、カンナを迎えに来たのだという。



 カンナはカシミルドが連れ去られてすぐにパトの雑貨屋に訪れた。

 そしてパトに状況を説明し、テツに手紙を送ってもらったのだ。


 早朝にも関わらずパトが起きていたのは奇跡的であったが、昨日のオークションの事が心配で早くから起きていたそうだ。


 王族に送る手紙とあって、カンナはとても緊張して羽ペンを取ったのだが、パトは手慣れた様子で、自分の宛名を書いた返信用の便箋も入れていた。

 宛名がパトであることには理由があった。


 カンナは手紙のやり取りが出来ないのだ。


 何故なら自分の本当の名前が分からないから。

 だから、カンナには手紙が届かない。

 宛名が正しくないのだから。


 義両親からは何故か手紙が届くのだが、以前パトがカンナ=ファタリテ宛に手紙を送ろうとしても届かなかった。


 だから、パトに宛名を書いてもらった。

 返事はすぐに着て、教団に掛け合ってくれるとのことだった。


 さすがテツさん、頼りになる。そしてしばらく待機していると、ラルムが訪ねてきたのである。


「あなたがカンナですね。テツ様がお呼びです。私に付いてきなさい」



 ◇◇◇◇



 そう言ったきり、ラルムは一言も発っせずカンナの前を歩く。何処へ行くのかも、カシミルドが無事なのかも何も分からないままカンナは付いていった。


 跳ね橋を渡り終えた頃、ラルムに向かって空から手紙が舞い降りてきた。

 ラルムはそれを素早く空中でキャッチすると、封を切って手紙を読み始める。

 そして、歩みを止めることなく手紙に目を通すと、読み終えた手紙を胸ポケットに仕舞い込んだ。


 手紙には先程テツから送られてきた手紙と同じ封蝋がされていた。ラルムは内容は教えてくれる気配もなく、城へ向かって歩いていく。


 以前ビスキュイで見かけた時も、選定の儀で見かけた時も、もう少し表情が柔らかい人だった気がしたのだが。


 今日は終始表情が無い。

 ラルムの背中には「声を掛けるな」と書いてあるように見えるのだが、手紙の内容がどうしても気になり、カンナは勇気を出して尋ねた。


「あの……。今の手紙。テツさんからですよね? カシィ君は無事なんでしょうか?」


「……です」


 ラルムは聞き取れないほどの声で答えた。


「へ?」


「ですから。さんではなく、テツさ・ま、です。彼は一国の王子ですよ?」


 ラルムは振り返ることなくそう怒りの含んだ声で答え、足を早めた。カンナも足取りを早めてラルムに続く。


「すみません。それで……あの、カシィ君は……」


「……テツ様の部屋にいるそうです。これから向かいます。黙って付いてきなさい」


「はい」


 カシミルドの無事を聞き安心するも、ラルムという人が怖い。貴族とは皆このような調子なのだろうか。


 凛としていて冷ややかで庶民の上に立つ存在、それが貴族なのだろうか。


 教会と城への分かれ道の広場に教団の服を着た青年が一人立っていた。

 ラルムは青年を見ると驚いて立ち止まった。


 銀髪を風に揺らしながら、青年はカンナとラルムに向かって足を進める。ラルムも青年に歩み寄る。


「レーゼさん。どうされましたか?」


「ラルム。これをテツ様にお渡し下さい。リュミエ様からのプレゼントです」


 レーゼは黒い布に包まれた掌サイズの物をラルムに渡した。布の端から、黒い布でないものがはみ出している。


「これは何ですか?……ひっ!」


 ラルムが布を少しめくると、傷だらけの小さな黒い鳥が現れた。余りに驚いて、地面に落としかけるが、カンナが受け止めその手中に納めた。


「では、よろしくお願いします」


 レーゼは慌てる二人を気に留めもせず、丁寧にお辞儀をすると、その場を去っていった。


「それ。何? まさか死んでるのかしら?」


「いえ。息は……しています。私がお預かりしてもいいですか?……どうしようクロゥ……すごく冷たい」


 いつもより小さめの黒鳥だが、これはクロゥだ。

 カンナは見てすぐに気づいた。


 身体中傷だらけで息もか細い。

 そして、とても冷たかった。両手で包み込み優しく身体を撫でて温める。


 クロゥも教団の者に捕まっていたのだとカンナは知った。傷付いたクロゥを見てカンナは涙が抑えきれなかった。

 早くメイ子の所へ連れていかなくては。

 ポロポロと涙を溢すカンナの顔を見て、ラルムは驚く。


「えっあなた泣いてるの? この鳥は何? 魔獣?……精霊が周りに……」


「精霊?」


「いえ。それはカシミルド君と関わりがある物なの?」


「はい……」


「取り敢えず急ぎましょう。付いてきて」


 カンナは小さく頷くと、クロゥを両手で温めながらラルムの後に付いていった。



 ◇◇◇◇



 テツの部屋では、ユメアが二人を説得していた。


「私、城を出て他の街や村を知りたいんです。民の暮らしを、この目で見たいんです!」


「駄目だ。それは使節団としてではなく、正式な王女の視察として行くべきだ」


「なっ! いいじゃないですか! お兄様意地悪です! ねっカシミルド君」


「ははは……」


 色々と理由を付けるが、ユメアの意見は全てテツに却下されている。カシミルドも先程から笑って誤魔化すだけである。


「ユメア。どんな御託を並べようとも、その件に関して私の意見は変わらないぞ。それは私が決めることではないんだ。女王陛下に直訴するんだな」


「もう。お兄様には頼みません……そろそろ夕食ですので、失礼します」


 ユメアは頬を膨らまし部屋を出て行った。

 テツとカシミルド、二人の間に沈黙が流れる。

 先に口を開いたのはテツであった。


「ユメアが我が儘を言ってすまないな。ただ、ユメアはこの国を継ぐ王女なんだ。視察団なんぞに加わることは決してない。君は分かっていると思うが、それだけは言っておく」


「はい。ユメアには、誰か気の許せる友のような存在はいないんですか?」


「昔は仲の良い従兄がいたが……今はいないだろうな」


「そうですか。僕も里から出ることは禁止されていて。いつも一人だったので……」


「ほう。ユメアと似てるな。友達はいなかったのか? カンナ君は幼馴染なんだろう?」


「カンナは八年前に王都へ移り住んだので。それからは姉と二人だったんです」


「そうか……メイ子君は魔獣だろう? 彼女とはいつ出会ったんだ?」


「えっと……」


 何から話せばいいかカシミルドが戸惑っていると、テツはそれを見て微笑し質問を変えた。


「すまんな。一度に色々尋ねて。一つ、知りたいことがあるんだが……魔獣とはどれくらい生きられるのだ?」


「確か数百年は生きられるそうです。精霊に近い存在の種族ほど長生きするとか、メイ子は言ってました」


「ルナール種はどうなのか知っているか?」


「ルナール……シレーヌから一度聞いたことのある種族ですが……」


「シレーヌ……シレーヌ=セイレーン?」


「あれ? 地下で会いましたか?」


「ああ。姿は見えなかったが……とてもサディスティックな女性だった。彼女はシレーヌ=セイレーンと言うのだな」


「はい。あれ? シレーヌから聞いたんじゃ……」


 その時扉がノックされ、息の上がったラルムの声がした。


「はぁはぁ。テツ様。ラルム=フォンテーヌです。カンナを連れて参りました」


「入りたまえ」


 ラルムがカンナと共に部屋に入ってきた。

 ラルムは平静を装った顔をしているが、肩で呼吸していることから、随分と急いでここまで来たようだ。


 ラルムに隠れて見えなかったが、カンナは瞳を真っ赤にして、大事そうに両手で何かを包み込むようにして立っていた。

 カシミルドと目が合うと、何かを訴えかけるような瞳で、大粒の涙を流した。


 カシミルドはソファーから立ち上がってカンナに駆け寄って尋ねた。


「カンナ? 何かあったの?」


「クロゥが、クロゥがね……」


 カンナが震える両手をカシミルドの方に伸ばし、手を開く。

 その中には小さな黒い鳥がいた。

 ラルムが説明を付け足した。


「先程教会の前でレーゼさんから託されました。リュミエ様からのテツ様へのプレゼントだそうです」


「メイ子! クロゥが……」


「ハイなの!!」


 カシミルドがその名を喚ぶと、メイ子が天井から降ってきた。テツとラルムは驚いて天井を見上げるが、穴などは何処にもない。


 メイ子はすぐにクロゥに回復魔法をかけた。

 しかし首を傾げてカシミルドを見る。


「むー? 怪我はないなのの!」


「でも、さっきまでボロボロに見えて、身体も冷たくて……」


「むぅ。痣は残ってるけど、傷は治ってるなのの。痣は放っておけば消えるからこのままでいいなのの。クロゥたまー。皆心配してるなののー」


 メイ子の呼び掛けにクロゥはピクッと身体を反応させた。


「クロゥ!? クロゥ?」


 カシミルドが必死に声をかけると、クロゥが小さな瞳をパチリと開けた。


「カシミルドか? 良かった。無事か……あー……胸糞悪ぃ。あのクソババァ」


「何かされた? 大丈夫?」


 カシミルドの優しい問いかけに、クロゥはリュミエにされた事を思い出してブルッと身震いをした。


 まだ鎖で縛られていた時の感覚が生々しく身体に残っている。しかし身体はどこも痛くなかった。きっとメイ子のお陰だろうと、クロゥは勘ぐる。


 ラルムとテツは小さな黒い鳥を遠巻きに眺めていた。

 ラルムは口を開けたまま驚きの表情で固まっている。


「と、鳥がしゃべった……」


 ラルムの声に、クロゥはカシミルドとカンナ以外の存在に気付き、首を項垂れた。


「ゲッ。どこだよここ……面倒くせぇな……」


 いつの間にかラルムとテツも、カシミルド達とと一緒にクロゥを取り囲んでいた。

 ラルムは瞳を輝かせてクロゥを見て言った。


「こっこの者も魔獣ですか?」


「あっクロゥは……」


 カシミルドの言葉を遮り、クロゥは早口で言った。


「そーそー。俺様はカシミルドと契約した魔獣の一匹。銀髪のクソババァに虐められて、すんっげぇ疲れてるから放っといてくれ。……カンナちゃん。腰の鞄にちょっと邪魔させてくれ~」


「うん。いいよ。良かった、元気そうで……」


 クロゥは一気に話終えると、カンナの鞄に引きこもってしまった。ラルムはあからさまに残念がっている。

 テツも不思議そうにカシミルドに尋ねた。


「今のはクロゥ君か?……地下で会った時は少年Bだった筈だな。黒の一族の者かと思っていたが違うのか?」


「あ……僕もよく分からないんです」


 カシミルドが困り顔で首を傾げると、テツはメイ子に視線を落とした。メイ子も追求はされたくない様子でカシミルドの後ろに隠れた。


「メイ子も、知らないなのの。帰るなの」


 メイ子は、角をじーっと見つめるラルムをチラッと見て、不満そうに帰って行った。


 カンナはホッと一息つき、テツと目が合うと慌ててお辞儀した。


「あっテツさん。色々とありがとうございました」


 ラルムはカンナを睨んだが誰も気付いていない。


「いや、私もカシミルド君を探そうと思っていたので好都合だった。気にすることはない。カンナ君が来たら視察団の話をしようと思っていたが、明日にしよう。クロゥ君を休ませてあげたまえ」


「はい。ありがとうございます」


「そうだ。カンナ君。パトという人はどんな人かな?」


「パトさんですか? パトさんは第三王区で雑貨屋を営んでいる女性の方です。私が小さい頃からお世話になっていて……」


「そうか……一度会ってお礼をしたいところだ。……今日は客室を用意した。二人ともゆっくり休むが良い。ラルム案内を頼むよ」


「はい。お任せください」


 三人はテツに挨拶をして部屋を出た。

 三人が部屋から出ると、テツは机の引き出しから、カンナが送った手紙を取り出し差出人の名前を指でなぞる。

「パト」と書かれた文字は、テツが触れると魔法が解かれ、続きの文字が浮かび上がった。


 テツはその名を、懐かしむように読み上げる。


「パトリシア……パトリシア=ーー。これはあの子なのだろうか」


 テツは一冊の古びた本を本棚から取り出した。

 タイトルもなければ、中身も真っ白だ。


 ただし、表紙には魔方陣が描かれている。

 テツが手をかざすと、魔方陣は消え、文字が浮かび上がる。ページを捲り、最後の一文を読み上げた。


「バトリシアに我が剣を、シレーヌに我が魂を捧げよう。この身が朽ちようとも、我が志は消えることなかれ……」 

 テツはそっと本を閉じ、棚へ戻す。しかし思い直して机の上に乗せた。これは遠征に持っていこう。


「今夜は悪夢を見そうだな……」

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