第四十一話 物語の終わり?
スピラルは目立たないようにとダークブラウンの小瓶を選んだ。
カンナが手際よくスピラルの髪も瞳も染めてくれた。
そしてスピラルの髪をリボンで結い上げる。
「よし。完成! 私も同じ色にしようかな。――スピラルちゃんは、髪の毛ふわふわで猫さんみたいだね。可愛い。お洋服、私のお古で申し訳ないんだけど、洗面所で着替えてね――カシィ君も。黒じゃ目立つよ……」
カンナは次にカシミルドの支度を手伝い始めた。
スピラルは洗面所に移動し、カンナに渡された服を広げてみた。
「フリフリの長いシャツとカボチャパンツ……」
濃紺色のリボンの付いた長めのシャツ。
袖のフリルも可愛らしい。
下はカボチャパンツで良かった。
スカートは脚がスースーして嫌いだし、吐き気がする。
しかしこれを着たら何処からどうみても女だ。
「絶対に勘違いしてるよな……」
鏡に映る自分は普通の八歳の女の子に見えた。
女は余計だけど。
「髪、切ろうかな……」
◇◇◇◇
八年ぶりの帰郷にカンナは怖じ気づいていた。
カシミルドの髪を染め、準備は整う。
いくらカシミルドが自分の事を許してくれても、ミラルドは違う。
絶対に。
世界がひっくり返っても許してくれないだろう。
鞄を持つ手が微かに震え鏡台に下ろした。
鏡に映る自分は不安に満ちた顔をしている。
カシミルドがカンナの後ろから鏡に映り込んだ。
「カンナ? 大丈夫?――やっぱり里に帰るのは恐い?」
「……うん。ミラルドさん。私を見たら、また怒るんじゃないかなって……」
「僕も島を出るとき、怖かったんだ。姉さんを説得するなんて無理だって思って。始めはバレずにこっそり逃げるように島を出ようとしたんだ。――でも、姉さんと直接話した。一発殴り飛ばされるかと思ってたけど、実際は違ったよ。――カンナも姉さんと話してみて」
スピラルは二人の話をじっと聞いていた。
もしかしたらこれから僕は修羅場へと足を踏み入れることになるのではないかと疑念を持つ。
カシミルドの姉とはどんな大魔人なのだろう。
でも、今まで居たところよりはマシか……。
「カシィ君。私頑張るよ!」
「うん。傍で見守るから。それに姉さんはメイ子にメロメロだから、成長したメイ子を見たら飛び跳ねて喜ぶよ。大丈夫」
スピラルはアヴリルを頭の上に乗せ。
人間観察に勤しむ。
カシミルドとカンナは手を取り合い、大魔人攻略を誓い合う。それがとても見ていて笑えた。
この髪の長い優しいお姉さんは、大魔人の弟が好きなのだと理解する。
このお姉さんは自分の命の恩人だ。
痛みと憎しみと喪失感、負の感情に任せて生きることを捨てた自分を生かした。
アヴリルの温もりを感じ、生かされた事を感謝している。
スピラルは徐に立ち上がるとカシミルドの後ろに立った。
そして、カンナとカシミルドの位置をよく観察してから、カシミルドの背中を両手で強く押した。
カシミルドは不意打ちを食らい体制を崩し、カンナに倒れ込み
――二人の唇と唇が重なった。
「……恩返し」
スピラルは満足そうに呟いた。
二人は顔を真っ赤にしたまま、互いに動けず硬直した。
鏡台とカシミルドに挟まれ、カンナは身動きが取れなかった。全身に緊張が走り息も出来ない。
「ポムおばさんからオレンジもらったなののー!」
そこへメイ子がオレンジを抱えて部屋に駆け込んできた。カシミルドとカンナは咄嗟に体を離したが、メイ子は口を大きく開いたまま、床にオレンジをボトボトと落とした。
全身をぷるぷると震わせながらカンナを指差し、銀色の角は光を帯びる。
「カ……カンナ! 抜け駆けは許さないなのの!……メイ子だって……メイ子だって! 口にはした事ないなののぉ!! ネムネム――」
「ああっ。メイ子駄目だよ! ストップ!」
カシミルドが叫ぶと部屋に静けさが戻る。
スピラルはテーブルに頬杖をついて残念そうな顔をしていた。
「何だ。アンの妹もか……。失敗……」
カンナは口を両手で抑え、洗面所へと駆け込んで行った。カシミルドの頭の中ではメイ子の喚き声が響く。
「カシィたま! 魔獣界に戻すなんて卑怯なの! ズルなの! そっちに行くなの!」
「駄目。落ち着くまで来ちゃ駄目。――メイ子、さっきのは事故だからっ。スピラルの悪戯だから!」
「ならメイ子も事故するなの!」
「あぁ~」
カシミルドは頭を抱えて一人でぶつぶつと言っている。
メイ子の声は回りには聞こえないので、完全に頭のおかしな人にしか見えない。
「変な奴。あんなのの何処がいいんだか……なぁ?」
スピラルはアヴリルに同意を求めた。
理解はしていないだろうが、アヴリルはコクコクと頷きながらスピラルにすり寄る。
「よしよし。アヴリルは可愛いな。ずっと一緒だからな」
スピラルはアンが引き合わせてくれた出会いに感謝した。この人達は見ていて面白い。
◇◇◇◇
朝陽が部屋を照らす。もう出発しなくてはならない。
メイ子もビスキュイの人達とお別れがしたいと言うことで、何とか和解してこちら側へ来た。
カシミルドはカンナとまだ目を合わせずにいる。
カンナを見ると唇から伝わった熱を思い出す。
――またカンナに触れたいと思ってしまう。
メイ子は何かを察しカシミルドを肘で小突いた。
「カシィたま! ボーッとしてないで帰るなの!」
「そっそう。……帰ろう、僕達の里へ」
「あれ? クロゥたまは?」
「そう言えば朝から見てないね……」
近くにクロゥは見当たらない。
しかしいつものことである。
「またタイミングよく出てくるよ。行こう。――天使の祝福があらんことを」
「天使の祝福なののー!」
こうして誰一人クロゥの事など気にも止めず、メイ子の願いを叶えたカシミルド達の物語は幕を閉じる。
ビスキュイの扉を出ると、また新たな物語の幕が開くことなど……誰も知る由も無かった。
これにて、第一章は終わりになります。番外編を挟んだ後、第二章を投稿したいと思います。第二章は、大陸を旅?します。大精霊、狐の魔獣、剣の使い手も出てきます。まだ準備中です。少し時間を下さい。
また、「殺してやりたいほど憎かった天使に救われた俺の恋の話。」はカシミルド達の時代から、1000年ほど前のお話です。カシミルドの好きな絵本の元となったお話です。こちらも投稿しておりますので、よろしくお願いします。
お読み頂きありがとうございました。ご感想など頂けると、書くペースが上がります。よろしくお願いします。




