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天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第一章 城下の闇 第四部 地下オークション
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第四十話 最後の願い

 カシミルド達は、ビスキュイのカンナの部屋に無事帰還した。



「初めて窓から部屋に入ったよ」


「そうだっけ? カンナはいつも僕の部屋に窓から入って来ていたよ」


「あ。忘れてた……」


 カンナは夜空の空中遊泳の興奮がまだ抜けず、心臓がバクバクしたままだ。

 腕に背中に、カシミルドの感触がまだ残っている。

 クロゥは背中の羽を魔力の粒子に変えると、スピラルをベッドに寝かせた。


「なぁ。こいつどうすんだ? 怪我は大丈夫そうだが……起きたら暴れそうだよな」


 寝顔は年相応のあどけなさを残した、ただの子供だ。

 地下で大暴れした姿とは別人のようだ。


「僕の魔封具を着けておこうか……今は魔力を使い果たした様子だけど……」


 カンナはアンクレットと腕輪を幾つか鞄から出してスピラルに嵌めた。


「これだけ着ければ大丈夫よね。――ねぇ、カシィ君。その翼、ずっとそのままなの? クロゥみたいに消したりできるの?」


「えっ? そうだね。どうすれば消えるかな?」


 クロゥはカシミルドの翼に軽く息を吹きかける。

 すると翼は魔力の粒子となって辺りに散らばった。

 カシミルドは自分の一部が消えたような寂しさを覚えた。


「明日は朝早くにここから出るぞ。今夜はこの赤毛のガキも安静にしていた方がいいんだろ?」


「そうしよう。スピラルは蜥蜴の尻尾に追われるかも知れないし、ミヌ島に戻ろう。カンナも一緒に」


「うん。そうしよう」


 カンナはスピラルとベッドで眠りに付いた。

 クロゥはまた気ままに窓から出ていった。


 カシミルドは一人、窓から空を眺めていた。

 ゆっくりと布団で休む気にはなれなかった。


 結局自分は、メイ子の願いを叶えることが出来なかった。メイ子の姉を助けることが出来なかったのだから。


 目の前で姉の角を切られ、メイ子はどれだけ辛かっただろう。

 ただ見ているだけで、何も出来なかった自分が情けない。一人になると急に、胸に押し込めていた感情が溢れてきた。


 メイ子やカンナを傷付けたくなくて必死だった。

 そう自分に言い訳して、アンの元に直ぐに駆けつけられなかった。

 アンにもっと早く何か出来なかったのだろうか。

 後悔ばかりが募る。


 窓辺に伏せてカシミルドは咽び泣いた。


「ごめん……なさい。何もできなくて。――ごめん。メイ子……」


 カシミルドの背中に温かくて柔らかいものがのしかかる。それは、陽だまりの匂いがした。


「カシィたま。泣いてるなのの?」


「メイ子?」


 カシミルドが背中に目をやると、メイ子が泣き腫らした目ではにかんだ笑みを浮かべた。

 カシミルドはその笑顔を見ると、力が抜けて床に座り込む。


「カシィたま。姉たまはお空にいったなの。皆に見守られて……姉たまが黒い炎の中で言ってたなのの。――皆いつか死ぬ。でも死ぬと魂は天使様に連れられて、お星様になるって。そして時が来れば、また新しい命として生まれ変われる。そうやって命は巡り巡って、また会えるって。――だからメイ子、寂しくないなの。またいつか、姉たまに会えるなの。それに、メイ子にはカシィたまがいるなの。姉たまは、姉たまの先に逝った子供達と、きっと会えたなのの。……あっ。星がたくさん見えるなの。姉たま。空から見てるかもなの」


 メイ子はカシミルドと空を見上げた。

 星の瞬きが、ぼやけて優しく目に沁みた。

 カシミルドの頬に暖かくて柔らかい唇が触れる。


「メイ子からの祝福なのの。天使様の祝福って、こうやるなの。絵本で見たなの。――カシィたまは、メイ子のお願いを叶えてくれたなの。ありがとなの」


 そう言ってカシミルドにギュッと抱きついた。

 カシミルドはメイ子の頭をフワリと撫で、そして肩を強く抱き締めた。


「ありがとう。メイ子」



 ◇◇◇◇



 ビスキュイの向かいの店の屋根の上にて、カンナの部屋の窓を凝視する白い小鳥がいた。

 それに寄り添うように、黒い小鳥も飛んできた。


「やぁ。白い小鳥君。こんなところでお散歩かい? 奇遇だな。俺もだぜ?」


「やぁ。黒い小鳥君。私は白い小鳥君ではなくて、白い小鳥ちゃんだよ。――貴方はクロゥ様ですね。よろしければ、私の家にご招待したいのですが? いかがですか?」


「……断るとどうなる?」


「――リュミエ様からお仕置きされます」


 そう言うや否や、白い小鳥から光の鎖が現れてクロゥに襲いかかる。

 後ろへ飛び上がり寸での所で避けるが、鎖は勢いよく屋根に突き刺さり穴を開けた。


 白い小鳥がいた場所には、白い光を纏った男装の女性が立っていた。


「くっそ。風の――」


 クロゥも人型に変身し応戦しようとしたが、背後から杖で後頭部を殴られた。

 視界が霞む中、後ろを振り返る。

 そこには目の前にいるレーゼとそっくりの人影が見えた。


「もう一人……?――」


「光の鎖――。クロゥ様。捕獲完了」


 レーゼの放った光の鎖に縛り上げられ、クロゥは意識を失った。


 

 ◇◇◇◇



「カシィ君。カシィ君、起きて! そろそろ陽が昇るよ」


 カンナに揺り起こされ、カシミルドは目を覚ました。

 体が重い……よく見ると、メイ子がカシミルドに抱きついたまま眠っていた。


「あの子は? スピラルは起きた?」


「まだ。でも早いうちに出た方がいいよね。イカダで海に出たら目立つもの」


「むぅ。今スピラルって言ったなのの?」


 メイ子がカシミルドの上から飛び起きた。

 メイ子はベッドで眠るスピラルの頬を指でつつき生存を確認する。


「カシィたま。メイ子のお願いを覚えているなのの?」


「もちろんだよ。――今やるの?」


「スピラルが起きてからでいいなの。ちょっと魔獣界に戻るなの! 起きたら教えて欲しいなのの」


 メイ子は慌ただしく魔獣界へ戻っていった。

 メイ子が消えてすぐ、ベッドから呻き声がした。


「んっ……。アン……――ここは?」


 スピラルは見慣れぬ天井、柔らかいベッドに驚き身を起こした。

 腹部に違和感はあるが傷はない。

 カシミルドと目が合い、警戒して身を引いた。


「お前だれ?」


 紅い瞳に光が宿る。拳に火の精霊が集まる。

 しかしスピラルはカンナと目が合い、戦意を失った。


 カンナには見覚えがあった。

 アンの仲間と一緒に、アンを守ってくれた人だ。

 スピラルは今にも泣き出しそうな顔でカンナに詰め寄る。


「なぁ? アンは? アンの娘は? あれからどうなったんだ?」


「落ち着いて、まだ安静にしないと。あなたも酷い怪我だったんだから。――メイ子ちゃん達はみんな魔獣界に帰ったわ。大丈夫だから……」


 スピラルはやり場のない怒りと悲しみで拳を握りしめた。昨日の記憶は所々抜けている。

 でもアンが息を引き取ったことは、今あった出来事のように覚えていた。


 ――何故自分だけ生き残ったのだろう。

 アンを殺した奴等と同じ、ゴミ以下の自分なのに。


 その時スピラルの頭上から声が降ってきた。


「スーピーラールゥーなのの!」


 メイ子はスピラルに抱きつくと顔をゴシゴシと拭いた。

 そしてスピラルを見上げて言った。


「アン姉たまから、スピラルにお願いがあるなの!」


「俺に?――アンから……」


「そうなの。姉たまの娘を召喚するなの! 魔獣界で待ってるなの」


「は? 召喚って……」


 スピラルは驚いてカンナに助けを求める。

 カンナも困ってしまう。


 カシミルドが助言する。


「メイ子。スピラルは召喚魔法を使えないと思うんだけど……」


「むぅ。そうなのの。じゃあ、カシィたまが召喚して、スピラルと誓約するなの! ね? アン姉たまの最後のお願いなのの」


「メイ子。その子の名前は?」


 メイ子はスピラルを見上げるが、スピラルもそれは知らなかった。

 まだ決まっていなかったのだ。

 スピラルは首を横に振った。


 メイ子はそれを見て悪戯に微笑んだ。


「なら、スピラルが名前を付けるなのの!」


「俺?」


 名前を呼ぶのが恐い――。アンはそう言っていた。

 名前を呼んでも、返事はいつも帰ってこないからだそうだ。俺も恐いよ……アン。


 でもアンは子供がまだ生まれる前に、こんなことも言っていた。

 ――この子はアヴリルの月に生まれるわ。


 一年のうちで一番好きな季節よ。

 雪を溶かし、生き物たちを外に誘い出す暖かな陽射しのように。この子は誰かに寄り添える子になって欲しいわ。


 ――アンだったら、どうしただろう。アンが生きていたら、何て名付けただろうか。

 きっと、


「ア……アヴリル」


 カシミルドはスピラルを見て頷くと、手を前にかざして呪文を唱える。


「略式召喚。アヴリル=フェルコルヌよ。我の元に来い。我名はカシミルド=ファタリテ。汝らの導き手なり」


 視界が全て金色の光に包まれた。フワリと香る陽だまりの匂いに誘われ、スピラルは瞳を開けた。目の前には銀色の角の小さな白いモコモコした生き物が浮かんでいた。アヴリルは嬉しそうにスピラルの頬に顔を寄せた。


「むぅ~」


 アヴリルはまだそれしか話せないようだ。

 カシミルドはスピラルに誓約の仕方を説明したが、スピラルは浮かない顔をした。


「俺が……。無理だよ。この子を育てるなんて。――俺はただの人殺し何だから……」


「それでも、姉たまはスピラルを選んだなの。――メイ子じゃなくて、スピラルを選んだなの」


 メイ子に背中を押され、スピラルはアヴリルと誓約を結んだ。


「スピラルは、まだ自分の力がコントロール出来ないんだよね? アヴリルがいれば大丈夫だよ。余分な魔力は吸ってくれるから」


 カシミルドはそう言ってメイ子を見た。


「そうなのの! メイ子の御主人様も、魔力のコントロールが全然出来ない、ダメ精霊使いだったなの。だからメイ子は沢山魔力を貰って、モコモコから可愛い女の子になったなの! アヴリルもきっといつかメイ子みたいに可愛く成長するなの」


「アヴリルも成長するのか……」


 スピラルは小さなモコモコを見つめた。

 アヴリルは目をパチクリさせ、スピラルを見つめ返す。

 紫色の瞳はアンにそっくりだった。


「カシィたま。お家に帰るなのの? メイ子、ポムおばちゃんに挨拶してくるなの!」


「ちょっと、メイ子。まだ朝早いから……って聞いてないか。――スピラルも一緒に行こう。王都にいても追われるだろうし。僕の家なら姉さんの結界があるから安心だよ」


「結界? お前も貴族か?」


 カシミルドは意味が分からず唖然としている。


「僕はただの田舎者だよ」


「?」


 スピラルは首をかしげた。

 この人の良い鈍くさそうな少年に付いていくのも悪くないかな……と思った。

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