第三十四話 落札
カシミルド達は水鏡を通して、会場の様子を伺っていた。カンナが舞台に立つ男を見て唸る。
「うーん。これ、音が聞こえないね。ちょっと不便……」
「あっそうなのか。蜥蜴の尻尾主催のオークションだって……」
「ネーミングセンスねぇな」
クロゥが突っ込みを入れた。
水鏡の向こうの音はカシミルド以外には聞こえないようだ。カシミルドには、恐らくシレーヌが聞き取った音が聞こえているのだろう。
逐一、会場の様子を説明することになった。
◇◇◇◇
シレーヌはオークション会場中央の上空から壇上を見下ろす。そして、人とふれ合うことがないように十分高い位置から眺めていた。
会場内もランタンで照らされるとオークションがスタートする。
オークションは小さな子供から順番に行われた。
子供達は何か薬でも飲まされているのだろうか。
皆遠い目をしている。
オークショニアが初めの値を付けると、番号が書かれたプレートを掲げ参加者達がどんどん値を上げ競っていく。
落札者は壇上から下りた横にある扉に案内され、その場で直ぐに金貨を支払っている。
子供目当ての参加者達は、購入後会場からすぐに姿を消していった。
大事そうに買った子供を抱き抱えて連れていく者もいれば、犬でも扱っているかのように引き摺って連れ帰る者もいた。
目的の商品が落とせず怒りながら帰っていく参加者もいる。
始まった時は六十人程いた参加者がいつの間にか半分になっていた。
人が人に値段をつけて、競い合い買う。
何と滑稽なモノだとシレーヌは見ていて馬鹿らしくなってきた。
全ての子供達に買い手が付いたところで、会場から明かりが消え、壇上のオークショニアだけに光が集められた。
会場の空気が張り詰める。
シレーヌも殺気立った瞳で壇上を見据えた。
「御主人様。次ですわ……」
◇◇◇◇
ラルムはオークションの途中、何度も帰ろうとしたがフラムに止められていた。
子供が引き摺られていく姿を見てゲラゲラと笑いながら、フラムは言う。
「これからすげぇのが来んだよぉ。マジでちょっと待てって。なっシエルからも言ってやれよ」
フラムに肩を叩かれたシエルは、何の反応も示さなかった。仮面で表情が隠され、怒っているのか悲しんでいるのか、ラルムには何も読み取れなかった。
オークショニアは勿体ぶった咳払いをすると、大層自慢気に話し出した。
「さぁ、これからが今宵の目玉商品となります。そして何と本日は、皆様にビッグニュースが御座います!……先ず一品目の魔獣をご覧下さい」
オークショニアの合図で、屈強な男二人に連れられてアン=フェルコルヌが壇上に立った。
その後ろからもう一人男が現れ、オークショニアの隣に並ぶ。手には布が掛けられた籠を持っていた。
「この魔獣は大変希少なフェルコルヌ種となります。どうです?――角も、おまけに胸も立派でしょう? 使い道は色々ありますよ。――そして、こちらをご覧下さい」
オークショニアは鳥籠に掛けられた布を豪快に投げ捨てた。会場から歓声が上がる。
籠の中では白くて丸い毛玉が小刻みに震えていた。
「これは何と、数日前に生まれたフェルコルヌ種のベイビーとなります! 育成は難しいようなので、母親とセット販売と致します。またフェルコルヌ種は、年間四体は繁殖可能です。正に金のなる木!――ではまずは、金貨百枚から!」
「百五十!」
「二百!」
値はどんどんつり上がっていき、会場の熱気が増す。
それとは逆に、シレーヌの心はキリキリと凍りついていくようだった。
冷ややかに、アンに値を付ける人間達を見下ろす。
シレーヌの周りに水の精霊が集まる。
このままこの空間を水で満たせば人間はこんな馬鹿げた事を止めるだろうか。
いや、きっと生まれ変わってもまた同じ事を繰り返すに違いない。
ああ、今すぐに息の根を止めてやりたい……。
シレーヌの感情はカシミルドに、そして水鏡を持つメイ子も伝わった。
「シレーヌ。今は我慢して。そんな事しても、何も得られないよ……」
「分かっておりますわ。御主人様」
シレーヌはゆっくりと深呼吸をして気を静める。
それでもシレーヌの内に秘められた闘志に、水の精霊は引き寄せられた。
◇◇◇◇
ラルムは初めて見る魔獣に興味津々であった。
しかも、子供はモコモコなのに、その親は人型の魔獣だ。
一体どの段階で人のように進化していくのだろうか。
オタマジャクシと蛙を想像したが、あのモコモコに手足が生えてくる姿は想像し難い。
きっともっと美しく変貌するのだろう。
何故なら、壇上に佇む魔獣はとても美しかったからだ。
髪は白くメレンゲの様にふんわりとしていて褐色の肌とよく合っている。
角は銀色で光沢があり神々しさを覚えた。
精霊以外にこんなにも惹かれる存在は初めてだ。
「な? すげぇだろ?」
フラムが愉しげにラルムに話し掛けた。
先程まで背もたれに張り付いていたラルムだったが、いつの間にか前に乗り出して座り、壇上に釘付けであった。
フラムに同意を求められ、ラルムは頷きそうになった。
フラムに話し掛けられた時、確かにラルムはすごい……と思っていた。
ラルムは魔獣の美しさに感嘆していた。
――しかしフラムはこの状況をすごいと言ったのだろう。
自分より下位の愚かな生き物が、その命を金で弄ばれるその様をすごいと言ったのだ。
内容は違えど、こんな腐った奴と同じ感想を抱いた自分が恥ずかしく嫌悪感を抱いた。椅子に深く掛け直す。
その時ラルムの隣を通り過ぎる水の精霊の姿を視界の端に捉えた。
何かに呼ばれているかの様に、水の精霊は迷うことなく真っ直ぐに上空へ向かっていった。
ラルムはそれを目で追った。
会場の中央辺りの上空に水の精霊が集まっている。
ラルムは首を傾げた。
何故あんなところに……目を凝らして見ると、その中心が蜃気楼のように歪んで見えた。
「何かしら?……あれ」
シエルはラルムが指を差した先を見るが、何も見えない。
「何だ? 俺には見えない……精霊か何かか?」
「ええ。水の精霊が集まっているの……何故かしら?」
「さぁな……? 今、天井が歪んで見えたような……」
「はい! 三十七番様、金貨二千枚で落札です」
会場が歓声と拍手で包まれる。
フラムも椅子から立ち上がり興奮した様子だ。
「すっげぇ! 二千だってよ! マジかよっ」
アンを落札した三十七番のプレートを持った男性は、沸き上がる拍手の中その場に立ち上がると、オークショニアに発言の許可を求めた。
オークショニアは快くそれを受け入れる。
男性は大きく咳払いを響かせると、オークショニアに向かってある提案をした。
「ここで一つ。パフォーマンスをお願いしたい。――いや、簡単なことなんだがね。その俗物は中古だろう? 私は新しい物好きでね。子供が手に入るのなら、必要ないんだよ。親の方は角だけ頂きたい」
会場が俄にざわついた。
男性は壇上に向かって話していたため、ラルム達がいる後ろの方の席の者には男性の発言は聞き取れなかった。
参加者達の様々な憶測がヒソヒソと場内を行き交った。
「かしこまりました! しかし、育成方法が不明ですので、まだ生かしておいた方が宜しいかと……角を落とせば、絶命しますので」
オークショニアの言葉を受けて買主の男性は高らかに笑った。
会場に響く男性の声が威圧的でラルムは身をすくませた。
「フハハハハハハッ。そんな事は存じているよ。それに育成に関しては問題ない。私の専門でね……。――始めに言った事は覚えているかね? パフォーマンスをお願いしたいと……?」
そこまで言うと男性は会場の参加者に向かって囃し立てるように述べた。
「なぁ、諸君! 皆も、魔獣の角が切り落とされるところを観たいとは思わないかね? 一つの命が散る瞬間は……とても美しい」
会場に残った参加者は立ち上がり男性に拍手で答えた。
もちろんフラムも。
オークショニアは快諾し仕切り直した。
「では、こちらの素晴らしい紳士のご提案により、切断ショーを始めましょう! 恐らく血が流れることになるでしょう。苦手な方はご退室を……あ。切断するのは角だけで宜しいですか?」
オークショニアはおどけて会場の笑いをとった。
アンは全て聞いていたものの顔色一つ変えず静かに目を閉じた。
「マジかぁ! すんっげぇ!!」
フラムは大喜びで仮面を外し壇上を指差して言った。
「なぁ。もっと前に行こうぜぇ」
ラルムはシエルの袖を引っ張り苦悶の表情を浮かべる。
「ねぇ。ここにいる人達、おかしいよ。シエル、止めてよ」
「んな事、無理に決まってるだろ。外、出るぞっ」
席を立ち上がった二人に喜んだフラムであったが、壇上と反対に向かおうとする二人に驚き止めに入る。
「おっおい何処行くんだよ! これからって時じゃん。――それにほら、この次が火災事件の犯人登場だぜ? なぁシエルぅ」
ラルムは心底軽蔑した目でフラムを見た。
後方の扉から出ようと座席の間の通路に出ると、二人は小さな女の子とぶつかりそうになった。
「きゃっ。――あれ? 今の子……」
壇上では角を切断するための巨大な鋏を持った大男が、アンの頭上に鋏を掲げ会場を沸き上がらせる。
そしてアンの角に鋏を掛けた。
「ラルム。見るなっ……」
シエルは壇上から顔を背けラルムの顔を自分の胸に押し付けた。
丁度シエルの目に、入り口の扉が見えた。
扉の辺りが騒がしい――そう思った瞬間、受付の男が場内に吹っ飛ばされて来た。
「何だ?」
「うわぁぁぁぁ」
それから時間を置かずに足と腕に火がついた男が場内に叫びながら飛び込んできた。
会場内の注目は壇上から後方の入り口へと向いた。
皆の注目が散乱とした瞬間、小さな女の子が会場の中央に浮かび上がった。
水色のフワリとした髪を靡かせ、銀色の角を輝かせながら呪文を叫んだ。
「ネムネム、プードゥー!!」
女の子の体から煙のような白い粉が周囲にばら蒔かれた。
ラルムが気にしていた水の精霊は一度凝縮され、弾けて細かな霧となって飛散した。
その霧は白い粉をさらに広範囲に拡散さる。
シエルに守られていたラルム以外の人間はバタバタとその場に倒れ込んだ。
シエルも体の力を失いラルムに倒れ込む。
毒ガス?
ラルムの脳裏に最悪の状況が過るが、シエルを見てほっと息をつく。
シエルはただ眠っているだけのようだ。
「メイ子!!」
入り口の方から少年の声がした。
聞き覚えのあるその声に、ラルムは驚いて振り返った。
そして、ラルムはその少年の名を口にする。
「カシ……ミルド君?」




