第三十三話 オークション
王都の地下は迷路のように入り組み、曲がれど曲がれど同じような通路が続く。一行は分かれ道の度にカシミルドの示す方向へ進んでいく。カンナはその度に不安そうにキョロキョロと左右を確認していた。クロゥは心配し、カンナの肩に飛び移り声をかける。
「どした? カンナちゃん?」
「えっ。だってカシィ君、方向音痴だから。心配で……」
あ、昔からそうなんだ……とクロゥは心の中で納得した。しかし道のりは順調だ。既に何度か階段を上がり、迷う素振りすら見せずに進んでいく。クロゥとカンナの会話を聞きカシミルドは足を止め、二人の方へ振り返った。
「皆にも教えておくよ。僕が迷わない理由」
カシミルドは珍しく自信満々にそう言うと、分かれ道の壁に掛けられた燭台を指差した。よく見ると片方の燭台にだけ、三角を二つくっ付けた小さな蝶々のようなマークがついている。
「何だろう? 蝶々かな?」
「さぁ。意味は知らないけど……。ユメアに教えてもらったんだ。正しい道にはこのマークが燭台に付いているって!」
「だったらこのマークを辿って行けば、城まで着くってことか? よく教えてくれたな」
「そうだね。でも、城への扉は地下からは開けられないって言ってたよ。それに、第一王区よりも上の層の地下では、魔法が使えないんだ」
「警備は万全って事か」
ランタンに凝視する三人の傍らで、メイ子が急に大声をあげた。
「人なのの! 鏡に人がっ……」
「しっ聞こえちゃうよ」
「むぅ……」
カシミルドはメイ子の口を両手で塞ぎ、辺りを警戒した。するとシレーヌが皆の所まで引き返してきた。
「御主人様ぁ! 仰っていた通り、広間がありましたわ。この先を三十メートルほど進んで右に曲がり、次の角をまた右に行くと階段があります。階段を上って少し進むと、広間の入り口がありましたわ。そこが受付のようでした。警備の男たちは四名。魔法は使えなさそうな雑魚でしたわ。皆さんはここで水鏡で見ていて下さい。私は中の様子を探って参りますので……何かご要望はありますか?」
「シレーヌ、くれぐれも誰かに触れないようにね。気を付けて行くんだよ」
「もちろんですわ。御主人様」
「シレーヌ。姉たま、近くにいるなのの! もし見つけたら……」
「わかりましたわ。お元気かどうか、しっかり見てきますわ。メイ、勝手な行動はしないで下さいね。御主人様を守ることが、何よりも大切なこと……。ですからね」
メイ子は大きく頷いた。シレーヌはそれを見ると、満足そうに広間の方へ飛んでいった。四人はメイ子の持つ水鏡を囲むようにして座った。クロゥは水鏡を見つめて一言、
「これ。ずっと見てると酔う……オェッ」
「移動中の視界なんだから、ずっと見てたら駄目だよ……大丈夫?」
「あっ広間に入ったよ! まだ人も疎らだね……」
「むぅ。姉たま。早く会いたいなの……」
ずっと探していた姉がすぐ近くにいる。嬉しい? 不安? 目頭が熱くなる。メイ子の一滴の泪は、水鏡に波紋を起こす。そして鏡と混ざり合い溶けて消えていった。
ラルムは、第一王区の中央噴水広場でシエルと待ち合わせをしていた。濃紺色のフード付きのマントを羽織り、精霊の系統に関する書物を読んでいる。そこへ、約束の時間から少し遅れてシエルがやってきた。
「ラルム! お待たせ」
「よお。ラ・ル・ムゥ!」
機嫌よくシエルの後ろからひょっこりと顔を出したのは、一つ年下のフラム=ソルシエールだ。小柄で短い金髪の髪は毛先だけオレンジがかった色をしている。皆からはイガグリ頭と呼ばれ、本人は粋がった呼び名だと気に入っているそうだ。耳には大きなリングピアスを付け、切れ長なオレンジ色の瞳は目付きが悪く柄の悪い少年だ。何故かオレンジ色の派手な燕尾服を着ているが、シャツがズボンから中途半端にはみ出ており、だらしがない。ラルムはフラムが視界に入ると表情も変えず顔を反らす。
「シエル、遅刻よ。時間は守って」
ラルムはシエルだけを見て話す。フラムは無理矢理二人の間に入りラルムに話しかけた。
「なぁ! ラルム。久しぶりだなぁ。今日は楽しも……。って何だよそのドレス! エッロ!」
ラルムは顔を赤くし慌ててマントで体を隠すとフラムを睨み付けた。フラムは睨まれたとは思っておらず、ラルムと目が合うと嬉しそうににやついた。反対にラルムは心底嫌そうな顔をした。
シエルはフラムに言われるまで全く気が付かなかった。ラルムは普段スカートすら履かないのに、珍しくドレスを着ていた。水色のフリルのついたワンピースのようなドレスだが、水滴が散りばめられたようにキラキラしている。膝より少し長い丈だが、片側に大きくスリットが入っており、白い太ももが覗く。よく見ると髪も編み込み、アップにしている。
「ラルムどうした……んなドレス着て……似合ってるけど……」
シエルも急に気恥ずかしくなり頭を掻きむしる。ラルムを直視できないでいる。
「母様にはシエルと食事に行くと伝えたの。他に理由が思い付かなくて……早く行きましょう」
「おう! じゃあ一緒に……」
フラムはラルムの肩に手を回そうとするが、シエルを盾にして上手くかわされた。そしてラルムは二人を無視してさっさと通りを歩きだした。フラムはシエルと肩を組み、こそこそと話しかける。
「なあ。何でラルムは俺の事ムシすんだ? やっぱり俺の事スキなのかな? どうよ?」
「は? それは無いだろ」
「あ? 違うのか? でも見ろよあの格好。誘ってるとしか思えねぇよ」
フラムはニヤニヤといやらしい目付きでラルムの後ろ姿を目で追った。
「余興が終わったら俺の家で飯でも食おうぜ。他の奴も呼んでるから。――そういやラルムって俺とシエルとしかつるまねぇよな。同年代の他の奴と話してるとこ、見たことねぇや」
「同年代か……」
確かにラルムはシエルとしか話さない。もちろんフラムと会話している姿も見たことがない。フラムと関わりがあるとすれば、睨むか無視するか顔を背ける姿しか思い浮かばない。以前ラルムは他の人と話すのは苦手、本を読んだ方が身になる……と話していた。昨日は姫様の護衛で街に降りたと聞いたが、ちゃんと会話は出来たのだろうか。シエルとラルムは母親同士が同じ仕事に就いているため、親の職場に付いていっていた二人は幼い頃から一緒に過ごすことが多かった。本ばかり読むラルムに初めは何の興味も無かったが、覚醒の風が二人の間を駆け抜けた時、シエルとラルムは初めて会話を交わした。それからはよく話すようになった。会話はすべて精霊一択ではあったのだが。それでもシエルは、ラルムがパンならエピが一番好きだと知っているし、虫が苦手でいつも香りの良いハーブの香水を付けていることも知っている。ラルムの事をシエルは沢山知っているのだ。ラルムはどうなのだろう。シエルの事をどこまで知っているのだろう。栗色の長い三つ編みの少年をラルムは気にかけていた。あの少年のことを知りたがっていた。なら俺は? 俺の事は知りたいと思った? シエルのなかで一つの疑問が浮かぶ。決して尋ねる事の出来ない疑問を打ち消すかのようにシエルは呟いた。
「違う。ラルムは精霊にしか興味ないんだ……」
「あ? 精霊? それがどした?」
「何でもないよ。――なぁ、結局どこに向かってんの?」
「あっ! ラルムゥそこ右!」
ラルムは振り返りもせず、三歩下がって右折した。
地下の広間に人が集まり始めていた。シレーヌの話だと、大きな舞台の右手に隠し通路があって、その奥に主催者達がいるそうだ。しかしその隠し通路は魔法が使えないように精霊避けが施されていて、それ以上は入れないそうだ。広間へ続く道は幾つもあるのだが、その扉は一つを残して全て錠が掛けられており、招待状を持つ者のみ中へ入れる。広間へ入る者は皆、顔にマスクを着けていて誰なのか分からないようになっていた。招待状と思われる紙と交換で一グループ一つ、数字の書かれたプレートを受け取り適当な席に座っていく。
「ねぇ。あの番号札……何だろう?」
カンナが水鏡を指差して尋ねた。クロゥが答える。
「あれの札使って、落札すんだよ。はい、◯番様お買い上げって」
「じゃあ、誰が買ったかわからないじゃない!」
四人は顔を見合わせて固まる。するとカシミルドの頭の中にシレーヌの声が響いた。
「私が買った人間についていきますわ。地上も近そうですし、御主人様がそこで待機していてくだされば大丈夫ですわ。――そろそろ始まりそうです!」
「わかった、シレーヌ。皆、そろそろ始まるって。買主のこともシレーヌが何とかしてくれるって」
「そっか……あっ真っ黒になった」
水鏡が黒く塗りつぶされたかと思うと、舞台の上だけ明るく照らされた。シルクハットを被った小太りの男が舞台の中心に佇んでいた。
闇市が始まる。四人は水鏡に集中した。
ラルムは仮面を被り、地下のオークション会場に来ていた。周りの者も仮面を被っていて誰が誰だかわからない。不気味な場内に落ち着かず、シエルの腕に身を寄せる。
「何? ここ……」
「オークション……だって。ラルム、手離すなよ」
「取り敢えず座れって、大丈夫だよ。俺たち買う訳じゃねぇし。面白いからっ」
受付の列が三人のせいで進まず、仕方なく場内に入り後方の席に腰を下ろした。
「シエル。帰ろう。母様にバレたら殺されるわ……」
ラルムが怯えながら席を立とうとした時、場内の明かりが落ち舞台のみ白く映し出された。
「ラルム。一先ず座ろう。大丈夫、俺がついてるから」
「うん」
ラルムは溜め息混じりに小さく頷くと、諦めて席に座り直した。シエルは何時でも冷静だ。何でもいい加減にこなしているように見えるが、実は状況をよく観察していて上手く立ち回っている。とても頼りになる存在なのだ。ラルムはシエルの腕をギュッと握りしめた。
舞台の真ん中にはシルクハットを深く被った小太りの男が立っていた。シルクハットの男は大きく息を吸い込むと口角を上げ声を発した。
「紳士淑女の皆様方、よくぞおいで頂きました。壇上から失礼致します。我ら蜥蜴の尻尾主催のオークションの始まりで御座います。本日のオークショニアは私が務めさせて頂きます」
オークショニアは深々とお辞儀をした。会場が拍手に包まれオークションが始まった。




