第二十七話 作戦会議
選定の儀が終わり、街に溢れていた人々は半分ほどに減ったがお昼時のビスキュイは大賑わいであった。
客足も一区切りつきカシミルド達は遅めの昼食を取りながら作戦会議を始めた。
パトから得た情報をクロゥとシレーヌとも共有する。
メイ子はベッドで熟睡していた。
まずはカンナが意見を述べた。
「やっぱり、地下で何か問題を起こすのは危険だと思う。逃げ場も無いだろうし、皆はどう思う?」
「僕もカンナの言う通りだと思う。通路は細いし、造りも古い感じがしたから……派手な魔法は身を滅ぼすね」
「地下に居るときにかっ拐うのは無理か。――だったら買った奴を調べて、そいつから取り戻した方がいいんじゃねぇか?」
「それなら私が、地下の闇市に潜入しますわ。透明になれますし、適任かと思います。ただし、御主人様が近くにいないと……水の無い場所で長く存在を維持できませんの」
「おっ割とすんなり話がまとまってきたじゃねぇか!」
カンナも嬉しそうに頷く。
「そうだね。後はどうやって第二王区の地下の入り口まで行くかだね。そうだ。パトさんに頼んでみるよ。仕入れ目的なら簡単に入れるんだ。私も何度か手伝ったこともあるの」
「闇市は夕刻からか……昼頃に潜入できたら丁度いいかもな」
「明日パトさんに頼んでみる」
カシミルドとクロゥは大きく頷いた。
しかしシレーヌだけはパトという人間を知らない。
人間などみんな信用に足る生き物とは思っていないが気になる。
計画に不安要素は残しておきたくない。
「あの。パトという方は信用できますの?」
シレーヌがそう言うとすぐに、クロゥがシレーヌにコソコソと耳打ちをした。
どうせろくでもないことを吹き込んでいるのだろう。
シレーヌは小さく何度か頷きそして驚いていた。
「クスクス。一度お逢いしたいですわ」
クロゥは一体何を吹き込んだのだろう。
シレーヌが会いたいなど人間に興味を示すのは珍しかった。
「むぅ」
その時ベッドからメイ子の声がした。
ベッドではメイ子が目をコシコシしながら欠伸をしていた。
「なんのお話なのの? 姉たまのこと?」
クロゥがメイ子に作戦の説明をした。
メイ子は少し不安そうな表情で聞いていたが、何度か頷き了解したようだ。
「メイ子も地下に行くなの。早く姉たまに会いたいなの」
「あ。メイ子はお留守番ね。あんまり人が多くても目立つし。今回の目的は誰が買うか調べるだけなんだから、僕とシレーヌで行くよ」
カシミルドがそう言うと、省かれた三人は顔を見合わせた。
「俺は付いてくぜ。小さいし目立たないからな」
「私も行くよ。もう単独行動は許さないんだから!」
「メイ子も行くなの。邪魔な時は魔獣界に戻ればいいなの。絶対にお荷物にはならないなのの」
カンナもメイ子も一歩も引く様子はないようだ。
クロゥはまぁ良いとしても、二人の事は心配だ。
決めかねているカシミルドを見てカンナも食い下がる。
「私の方がカシィ君より強いんだから。カシィ君は二区で男の人に絡まれたとき何も出来なかったんでしょう? 私だったら卒倒させたよ」
カンナは拳を握りしめて言った。
痛い所をつかれカシミルドも考え込む。
「うーん。でもカンナ、久しぶりに会ったときも木から落ちてきたよね。おっちょこちょいだから心配だな」
「カンナ。木から落ちたなのの? 怪我したらメイ子が治してあげるなのの!」
「メイ子ちゃんありがとう~」
カンナはメイ子を抱き締め頭ををモフモフと撫で回した。
メイ子も嬉しそうにカンナの膝の上に座っている。
いつの間にか仲良くなったようだ。
「でも大丈夫だよ! 私あんまり怪我しないんだ。それにヴァニーユおじさんから護身術を教わったから、腕には自信あるんだよ。カシィ君は対人的な魔法なんて知らないでしょ? 私がいた方が絶対に安心だよ!」
「確かに。一番のお荷物はカシミルドかもな。ケケケッ」
皆一斉にカシミルドを見た。
まさか矛先が自分に向かうとは思ってもみなかった。
「えっちょっと待ってよ。そんな目で見られても……そうだ! クロゥ、対人的な魔法教えて!」
「は? 俺か? あー……俺は破壊専門だな。ちまちました魔法とかどうも苦手なんだよな」
シレーヌは二人の間に話って入り自身の存在をアピールした。
「はい。私が教えて差し上げますわ。クロゥ様のように大雑把な方ではなくて、私の方が適任です。明日は特訓ですわ」
「よろしくお願いするよ。シレーヌ」
「よし。パトさんのことは私に任せて! カシィ君は魔法の特訓頑張ってね」
こうして作戦会議は無事終了した。
結局一番のお荷物はカシミルドだという展開となってしまった。
カシミルドは自分の不甲斐なさに落ち込んだ。
◇◇◇◇
ビスキュイの夜の食堂は今日も混んでいた。
選定の儀は終わったものの、明日までは街はお祭りのようだ。
お祭りだから混んでいるのか普段もそうなのかカシミルドには分からないのだが、食堂の手伝いは重労働であることだけは理解した。
手伝いを終え布団に横になり体を伸ばすと気持ちが良かった。
隣のベッドからは二人分の寝息が聞こえた。
カンナとメイ子だ。
メイ子はカンナに餌付けされたらしく二人仲良く眠りについた。
カシミルドは一人、布団に寝転び明日の訓練について考え込む。
対人的な魔法……二区で男達に絡まれた時、これといった魔法は浮かばずシレーヌを呼ぼうとした。
あの時シレーヌに助けてもらっていたらどうなっていただろうか。水の魔法で相手を倒すには……。
「私でしたら……」
「えっ? シレーヌ」
隣にシレーヌがいた。
カシミルドは驚いて体を起こした。
そんなカシミルドを見て、シレーヌは口に手を当てクスクスと笑っている。
「先程私の名前を呼びましたでしょう? 無意識って恐ろしいですわね。クスクス。――ちなみに私でしたら手加減しません。相手が人間なら尚更ですわ。御主人様を傷つけようとする俗物など息の根を止めて差し上げますわ。クスクス」
にこやかに微笑みながら恐ろしいことを言うシレーヌに、カシミルドは苦笑いした。
彼女に魔法を教えてもらって大丈夫なのだろうか。
一抹の不安が過る。
「それでですね。御主人様が訓練される魔法ですが……炎の魔法なんていかがでしょうか」
「炎?」
シレーヌに教えてもらうのだから水の魔法だとばかり思っていたのに、炎とは予想もしていなかった。
「はい。御主人様は魔力が高いので、それをコントロールすることが一番の課題だと思います。炎でしたら、もし暴走させでもしまっても、私が止められますわ」
「なるほど。炎なら、水と相性がいいのか……」
「そうですわ。それに、水の魔法だと、私も一緒に暴走してしまうかも知れませんから。――強い水の精霊の力を感じたら、興奮してしまいますの」
そんな意味もあったとは、好戦的なシレーヌらしい考えだが、いつもカシミルドの身を案じてくれている。
「ありがとうシレーヌ。明日は朝から付き合ってもらえるかな?」
「あらあら。デートのお誘いみたいですわね。喜んでお受けしますわ。ではまた明日。おやすみなさいませ」
シレーヌは頬を紅く染め、嬉しそうに宙を跳ねると泡と共に弾けて消えた。
明日はそうだな……川の近くで炎の魔法の特訓をしよう。
カンナに守ってもらうなんて御免だ。
自分が強くならねば。
◇◇◇◇
窓から差し込む朝陽がカンナを照らす。
カンナは目覚めると、メイ子ではなくワンコフを抱き締めていた。
メイ子の姿はない。
「あれ?」
よくみるとカシミルドも誰も居なかった。
見渡す限りなんの変哲もない自分の部屋。
数日前まで当たり前だった自分一人の部屋だ。
「カシィ君? メイ子ちゃん?」
全部夢だったのかと思いかけた時、テーブルの上のメモが目についた。
そこにはぎこちない文字が綴られていた。
「あされんいく。おひるにもどる。じ、かけたなの。めいこより。――メイ子ちゃん。文字も書けるんだ……良かった。夢じゃなかった」
カンナは手紙の文字をそっと指でなり、引き出しの中に大切に仕舞い込んだ。
「朝練か。何時からやってるんだろ。私は私に出来ることをしなきゃ」
ーーカンナが目覚める二時間前。
第四王区との境の河原でカシミルドの特訓は始まろうとしていた。




