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天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第一章 城下の闇 第三部 城と薔薇と出会い
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第二十三話 王国直属聖魔術育成管理教団入団式

 並んで歩く二つの影を、テツは物陰からこっそりと覗いていた。

 両手で双眼鏡の様な形を作り、二人の姿の覗き込む。


 何処からどう見ても不審者だ。


「なるほど。そういう事か。――無詠唱であれほどの魔法を使うとは……やはり騒ぎを起こしたのは彼か」


 そう呟くと、二人に気付かれぬよう距離をとって後を追った。



 ◇◇◇◇



 カシミルドとユメアは西塔の地下扉の前に来ていた。

 それは扉というよりはただの壁だった。

 その壁には砂時計と紫色の花が象られた紋章が描かれている。


「この壁の先が地下通路です。ちなみにこの扉は、こちら側からしか開けることの出来ない魔法の扉です。二層降りて、井戸から出るのが良いと思います。階段は降りるだけですよ。決して上ってはいけません。何処へ繋がっているのか分かりかねますから」


 ユメアはそう忠告すると、カシミルドに紅い宝石の付いたネックレスを渡した。

 宝石からは精霊の気配を感じる。


「これは……火の精霊?」


「はい。火の精霊を宿した炎の加護石です。第一王区の地下に降りるまで、魔法は使えません。でもこれがあれば、燭台に灯をともすことができます。お持ちください」


「――ユメア。君に会えて良かったよ。本当にありがとう」


 カシミルドは加護石を握りしめ、はにかんだ笑顔を見せた。

 ユメアはその笑顔に我慢できず、カシミルドの頬にそっとキスをした。

 カシミルドは驚きと恥ずかしさで赤く顔を染める。


「えっと……祝福です。無事に帰れるように。カシミルド君に、天使の祝福があらんことを。――お気をつけて、近いうちに遊びに行きます」


 ユメアはそう恥ずかしそうに言うと、扉に手をかざした。すると扉は音も無く消えていく。


「さあ。扉が戻る前に……」


「う……うん。ユメア! またね」


 ユメアは大きく頷いた。


 カシミルドが地下へ一歩足を踏み入れると、扉はすぐに閉ざされた。

 光が全くない暗闇の中に一人立ち尽くす。


 カシミルドは左頬を押さえる。

 まだユメアに触れられた頬が熱を帯びている。


 ユメアの笑顔を思い出すと、不思議とカンナの顔が思い浮かぶ。

 そうだ、ユメアはどこかカンナに似ているんだ。

 

 笑った感じとか嘘を見抜くところとか優しい所とか。

 右手に熱を感じ目を向けると、握りしめていた炎の加護石がほのかに光を放っていた。


「ああ。ユメアがくれた火の精霊だね。燭台に灯をお願いするよ。さあ、行け」


 小さな光は石を離れ、地下深くへと潜っていく。

 すると壁に取り付けられていた燭台に次々と火が灯っていった。


「ありがとう。さあ行くか。メイ子のお姉さんの手掛かりを……見つけられたら良いのだけれど……」


 燭台の灯りが照らす先へとカシミルドは一歩足を踏み入れる。


「うわぁっ」


 石で作られた床が足に触れ、その硬くごつごつした感触に声をあげて驚いた。

 この場所は魔法が使えないとユメアは言っていた。


 やはり足をつかずに歩くのは魔法だったのかと再確認させられる。

 一歩一歩石の感触を踏みしめながら、仄かな灯りに映し出された地下道を進んで行った。



◇◇◇◇



 地下道への壁の前で、ユメアは祈りを捧げていた。


 彼が無事に帰れますように。

 そしてまた彼と会えますようにと。


「ユメア。友達は帰ったのかね?」


 ユメアのすぐ後ろからテツが話しかけた。

 ユメアは振り返らずに答える。


「はい。先程帰りましたよ。テツお兄様は西塔で何をされてるんですか?」


「ああ。ちょっとしたお節介の最中でね……」


 ユメアはくるりと振り返ると不満そうに兄を見る。


「テツお兄様。私の交友関係には口を出さないでいただけますか?」


「ははは。何も言ってはいないぞ? 彼の名前も、何処から来たのかも、何処を通って帰ろうとしているのかも……知りもしないし、知るつもりもないぞ」


 テツは地下扉に寄りかかり、大袈裟に興味が無いことをアピールしてきた。

 嫌な相手に見つかってしまった。


 ユメアは今日ほど兄の存在を疎ましく思ったことはなかった。しかし、兄は嘘を言わない性格だ。

 ここまで尾行してきたのは明らかだが、これ以上邪魔するつもりは無いのかもしれない。


 部外者に秘密の地下通路を教えたこともお咎めは無いようだ。

 大抵相手の目を見れば何を考えているのかわかるユメアだが、テツの考えはだけはいつも読めなかった。


「お兄様はいつもユメアの味方だぞ。はははっ。――実は先程から教団の者がユメアを探しているのだよ」


「えっ? 告げ口したんですか! テツお兄様、最低です!」


「やはり彼が追われている者なのだな」


「……兄様。嵌めましたわね」


 ユメアが悔しそうにテツを見上げて強く睨んだ。


「はははっ気にするな! ユメアに害のない者に手は出さんよ。――選定の儀がもうすぐ終わるそうでな。教団の者がユメアを探しに来るのは迷惑かと思って、言付けを預かっておいたのだが……何か忘れていないか?」


「選定の儀? ああっ忘れていました。私、儀式の後に行う入団式に出席するのでした! 着替えなくちゃ。早く言って下さればいいのに……お兄様の意地悪」


 ユメアはテツを非難すると、あたふたと教会の方に走って行った。



 ◇◇◇◇



 その頃、リュミエ=ブランシュは大聖堂から自室へ向かう廊下を足早に歩いていた。

 廊下に飾られた花瓶や壺の横を通る度に、それらは音をたてて砕け散っていく。


「掴まえたはずなのに……」


 リュミエは少年を掴んだ筈の左手を恨めしそうに見つめた。



 ◇◇◇◇


 カシミルドとカンナが忽然と姿を消した直後の大聖堂は、二人が居なくなったことなど誰も気に止めず犯人探しが続いていた。


 二人の存在が消えたことに気付いたのは、カシミルドの腕を掴んでいたリュミエと、その様子を後ろから見ていたリュミエの側近のレーゼだけだった。


 リュミエは少年の感触が残る左手を見つめ思考を巡らす。

 何が起こったのか? と。


 しかし答えは出ず自ら教会の外を探そうと入り口に向かおうとしたが、レーゼに腕を掴まれ制止された。


「リュミエ様。まだ儀式の途中です。今はいけません」


 リュミエはレーゼの手を振り払い祭壇へと足を向け直す。


 リュミエは考えた。何故彼は現れたのか。

 どうやって逃げたのか。

 立ち上った黒と紫の炎柱。


 しかしまずは儀式をやり終えねばならない。

 グラスの水はリュミエの魔力が込められており、リュミエがいないと反応は起こらない。

 儀式が終わるまでリュミエは聖堂から出ることは出来ないのだ。


 リュミエは祭壇に戻り大きく二度手を叩いた。

 騒がしかった聖堂内は静まり皆リュミエに注目した。


「皆様。いかがでしたか? 今のはデモンストレーションです。私のような精霊使いがもしもいたら……という戯れですわ。楽しんでいただけたでしょうか?」


 大聖堂のあちこちから拍手が沸き上がる。


「すごかったな!」


「キレイだった」


「リュミエ様がやれば、あんなにすごい反応がでるんだね」


 皆口々に驚きの声を上げ、リュミエを称えた。


「さぁ。まだ御済みでない方は、どうぞ」


 リュミエは焦燥感にかられながら、涼しい顔でにこやかに儀式を見守った。


 しかし儀式が終わる前にレーゼから報告を受けた。

 第一王区の方へ標的に逃げられたと。


 抑えきれない焦りと苛立ちを晴らす為、入団式まで自室で暴れ……いや、自室で休むことにしたのである。



 ◇◇◇◇



 大聖堂では選定の儀を終え入団式の準備が粛々と行われていた。大聖堂の隅の長椅子に腰かけたシエルとラルムは、不服そうに準備を見守っていた。


「シエル。さっきの巨大な炎柱、どう思う?」


「は? まだ考えてんのかよ。あれはデモンストレーションだったってリュミエ様が言ってただろ?」


「……そんなの嘘よ。感じなかった? 精霊達が喜んでいるような……とても大きな魔力のうねりを!」


 ラルムは目を輝かせて話す。

 精霊に関する話題ではいつもこうだ。


 シエルはラルムのそういう所が割りと好きだ。

 周りの人間には無頓着な癖に精霊の事となると無邪気な子供のように、その好奇心と探究心はとどまる所がない。


「俺はお前みたいに精霊とか見えないからな。んなこと言われても……あれはデモンストレーション。そうでなきゃあり得ないだろ? 俺達でさえあんな小さい反応だったのに」


「そうなのよ。……ありえないわよね! ありえないのよ!」


 ラルムの変なスイッチが入ってしまった。

 シエルは自分の発言を後悔するがもう遅い。


「ありえないのよ。私は絶対にあの少年を探すわ! 私の研究材料にするわ!」


「それって隣で寝てたやつだろ? 止めとけよ。あんな愚民と関わるの」


 ラルムの目は本気だ。

 シエルはその少年に同情すると同時に、ラルムが少年に夢中な事が気に入らなかった。


 ラルムは自分以外の人間と積極的に関わろうとすることなど今まで無かったのだ。

 しかし研究材料と言っているから良しとしよう。

 人間なんてラルムにとってはただの材料だ。


「人間なんてみんな愚民よ。崇高な精霊の足元にも及ばないわ」


 これはもう何を言っても無駄だ。

 シエルが言葉を詰まらせていると、教団の下端がこちらに駆け寄ってくる姿が見えた。


「おっ、そろそろ始まりそうだぞ? 入団式」


「お待たせ致しました。姫様がいらっしゃいましたので、式を始めます。こちらへどうぞ」


 シエルとラルムは教団の下端に案内され祭壇へと行く。

 結局今年の合格者は二人だけだった。


 二人は貴族の出であるため、教団幹部の道が約束された人材だ。

 一般の出である下端は下端らしく敬語を使い、礼をもって二人に対応する。


 祭壇では既に姫様が二人を待っていた。

 リュミエと色違いの薄紫色の薔薇のドレスを身に纏っていた。

 二人より一つ年下の小柄で可愛らしい、この国唯一の姫君だ。


「シエル=ミストラル。ラルム=フォンテーヌ。貴殿方御二人を、我が国直属聖魔術育成管理教団の一員として迎え入れます。日々精進し、国の為にその身を捧げたまえ。アヴリルの月十一日。私、ユメア=イリュジオンが貴殿方にこれを授けます」


 ユメアはそう言うと、二人に教団の記章を授けた。

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