第十九話 城への道
アヴリルの月十一日。選定の儀当日。
年に一度この日だけは通行証が無くても第二王区より先へ出入りできる。
いつにも増して街は賑わいを見せている。
カシミルド達も準備万端だ。
もしもの時の為にカンナが色々と鞄に詰め込んでおいたそうだ。
何が入っているのかはよく知らない。
メイ子は妹設定なので、髪色もカシミルドと同じ栗色に染めた。
ヴァニーユおじさんからメイ子へと、リボンやフリルの付いた洋服を頂き、鏡の前で朝から興奮気味だ。
「メイ子。もう行くよ。先に降りてるからね」
「はいなの。すぐ行くなの!」
一階へ降りると、食堂は朝食時を過ぎたというのに人でごった返していた。
今日だけ特別、ランチ用にお弁当を販売していた。
カンナとカシミルドに気が付くと、ポムおばさんは忙しいのにも関わらず声を掛けてくれた。
「カンナちゃん。今日は人が多いから気を付けてね」
「はい。忙しいのに手伝えなくてごめんなさい」
「いいんだよ! 今日はマロンが頑張るからね。ほらマロン渡しておいで」
マロンはポムおばさんから三人分のサンドイッチ弁当を受け取るとこちらへ駆けて来た。
珍しくカンナではなく、カシミルド目掛けて走ってくる。
「お前も行くんだろ?」
マロンから話しかけられるのは初めてだ。
カシミルドは驚いて自分の顔を指差し、マロンの話しかけた相手を確認する。
「そうだよ。お前だよ」
マロンはムキなってそう答えた。
そしてカシミルドの三つ編みを引っ張り自分の口元まで顔を下げさせると、こっそり耳うちする。
「お前が魔法使えるの知ってるんだからな。もっもし教団で働くことになったらこの宿に置いてやってもいいぞ」
少し照れくさそうに耳元でマロンは言った。
そしてカシミルドと目が合うと顔を赤くする。
「べっ別にお前の事認めたとかじゃねぇからな! カンナさんには近づくなよ!」
そう早口で言い切ると、サンドイッチをカシミルドに押し付けた。
ポムおばさんはその様子を嬉しそうに眺めている。
「昨日の大雨の後から、この子変なのよ。カシミルド君の事ばっかり聞いてくるんだから」
「母さんは黙っててよ! お前も早く行けよっ」
どうやらマロンには魔法を使っていた所を見られていたようだ。
いつも一生懸命自分の気持ちをぶつけてくるマロンが可愛く見えた。カンナはマロンの頭を優しく撫でた。
「マロン君。ありがとう。行ってくるね」
「カっカンナさんもお気をつけて」
カンナに撫でられマロンは幸せそうな笑みを浮かべる。
「待ってなのの!!おにぃたま」
二階からメイ子が階段を駆け降りてきた。
勢い余ってあと少しだった階段をすっ飛ばして宙を舞う。
そしてカシミルドに抱きついた。
突然二階から降ってきた女の子にマロンの視線は釘付けになった。
マロンより小さな五歳位の女の子。
カシミルドの妹とはこの子の事か。
母親から話は聞いていたが……可愛い。
フワフワそうな髪に、クリっとした大きな瞳が上目遣いで自分を見つめる。
しかしこんな可愛い子がカシミルドに抱きついているとは……。
つくづくこの男がムカつく。
「メイ子。階段は危ないから走っちゃ駄目だよ」
「ハイなの」
カシミルドに叱られ、しょんぼりとした表情がまた愛くるしかった。
口を大きく開けたままメイ子を凝視するマロンにメイ子も気付き尋ねる。
「君は? 誰なのの?」
マロンはメイ子に話し掛けられ心臓が飛び出そうな程驚いた。
口は開いているのだが、言葉は一言も出てこない。
これは惚れたな……。その場を見ていた誰もが思った。
「メイ子ちゃん。この子はマロン君。ポムおばさんの息子さんよ。――マロン君。この子はカシィ君の妹のメイ子ちゃん。よろしくね」
「よろしくなのの!」
メイ子はニコニコとマロンに右手を差し出した。
全く動く気配のないマロンの手を、
「はい。よろしくね」
カシミルドが勝手にメイ子の手に握らせた。
「よ。よろしく」
マロンは何とか一言だけ発すると棒の様にぎこちなく厨房に戻っていった。
厨房の裏に行くと自分の右手を抱きしめ――お兄様ナイスっと心の中で叫んだ。
第二王区へ続く門の前には長い行列が出来ていた。体格のよい門兵の男が、子連れのグループのみどんどん二区へ流していく。
大人だけでは通れないが、儀式に参加出来る者が一人でもいれば付き添いは何人でもいい様だ。
カシミルド達の番が来た。
「ん? お前達はこの子の付き添いか?」
メイ子を指差して門兵がカシミルドに問う。
「私達も参加しようと思っています」
カンナがそう言うと門兵は顔を見合わせて大笑いした。
「ハハハッ。遠い田舎からでも出てきたのか? お前達その年で参加とは、無駄なことを。まぁ、通してはやるがな。ハハハハハッ」
二人の門兵は馬鹿にした様に笑いながらカシミルド達を二区へ通した。
確かによく見ると子供はマロン位、十歳もいかないような年齢の子供ばかりだ。
カシミルドはカンナにこそっと耳うちした。
「カンナ……門兵の人、感じ悪かったね……」
「そうだね。でも仕方ないよ。八年前の覚醒の風で魔力に目覚めた人は、皆もう教団に入っているもの。覚醒の風が吹いた年の選定の儀は、それはもう凄い数の合格者が出たらしいよ。でも、翌年からぱったり人は来なくなった。だから暫く選定の儀は開催されて無かったのよ。昨年からまた儀式が始まって。――でも、国が欲しているのは、覚醒の風より後に産まれた世代なのよ。私達の年齢で来るような一般人は、魔力が少なくて最近まで気付かなかった人とか、ド田舎で通達も来ないような辺鄙な村に住む人ぐらいなのよ」
「あ、僕はド田舎パターンだね」
カシミルドは笑いながら言った。
門をくぐり抜けると第二王区の広場に出た。
食堂や本屋など、三区の店より落ち着いた雰囲気のある店が建ち並ぶ。
道は茶色い煉瓦で造られ、右の通りも左の通りも工場と思われる大きな建物が規則正しく並んでいる。
カシミルドが大きな建物に気をとられているとメイ子が腕にしがみついてきた。
「ここ。嫌いなのの。怖いなの」
「じゃあ。早く先に進もうね」
カシミルドはそう言ってメイ子の頭を優しく撫でた。
「ここは魔法道具を作る工場地域だよ。西側はテランの工場や薬草園があるらしいんだけど……」
カンナもメイ子を気遣っている様だ。
軽く説明すると、広場を真っ直ぐ突っ切る。
その先の緩い傾斜を登って行くと、今度は白くて大きな門の前に出る。
先程の倍位の門兵がいるが、特に何の審査もなく門を潜ることが出来た。
「私もこの先は行った事が無いんだ」
カンナも行ったことの無い場所。
カシミルドもドキドキしてきた。
この先は貴族という身分の人々が暮らす地区だ。
今までとは香りすら違う第一王区。
道も建物も白く滑らかな石で造られている。
二区で工場の大きさに驚いたカシミルドであったが、一区の家々も工場程の大きさの家が建ち並んでいた。
家というか、お屋敷という言葉の方がしっくりくる。
入り口の扉も大きく、扉には各家の紋章が描かれており、屋根もお揃いの色となっている。
緑、赤、青、黄、と鮮やかな色ではあるが、落ち着いた気品のある雰囲気を醸し出している。
ちらほらと結界が張られている屋敷も見られた。
城までの道も全て真っ白で、自然に生えた木々は一つもなく、石に囲まれた窮屈そうな土壌に一本ずつ等間隔で木が植えられている。
とても堅苦しく息苦しさを覚えた。
「すごいね。これが第一王区。なんか近寄り難いオーラを感じるね」
「カシィたま? お姉たまに近づいてるけど……少し遠くなった様な。変な感じなのの」
「もう少しでお城だから、行ってみれば何かわかるよ」
「なのの」
メイ子は不安そうにあたりを見回しながら歩いた。
第三王区から来た人々は第一王区を恐る恐る皆で纏まって歩いた。
自分達が歩くだけで一区の白い道は茶色く土で汚れた。
城へ渡る橋までの坂道を一歩でも外れて歩けば、汚い城下の民が道を歩いたとすぐに一区の人間にバレてしまうだろう。
カシミルド達も、群衆に紛れて足を進めた。
しかしメイ子が横道に生える一本の木の上にクロゥが停まっている姿を見つけた。
「あーっ。クロゥたまなのの!」
「メイ子。一人で行ったら迷子になるよ。カンナ、ちょっと待ってて」
橋へ向かう群衆から飛び出し、メイ子は貴族の屋敷方面の道へと駆け出した。
カシミルドもその後をすぐに追う。
「クロゥたまー。一緒に行くなの!」
メイ子が誘うとクロゥはカシミルドの肩に降り小声で忠告する。
「城というより、もう一つの教会か? 俺の嫌いな気配がする。あんまり目立つことはするなよ。気を付けろ」
「う、うん」
今からそこに行くのだが……。
怖いもの知らずのクロゥが警戒心を顕にするのは珍しい。
群衆へと戻ろうとした時、道の反対側から二人の男女がこちらへ歩いてきた。
服装からして貴族の人間だろう。
歳はカシミルドと同じか少し上といったところか。
城への橋の方へ向かっているということは、この二人も選定の儀に参加するのだろうか。
カシミルドは女性の方と目が合った。
肌が白く顔にそばかすのある、眼鏡をかけた少し地味な印象の少女。
濃い青色の長い髪は真っ直ぐに腰まで伸びている。
瞳は透き通った水色。手には水晶を持っている。
水の祝福を受けているのだろう。
少女の周りには水の精霊が見えた。
もう一人の男の方はカシミルドなど目もくれず真っ直ぐに前だけを見て偉そうに颯爽と歩いている。
まだ少年らしさの残る切れ長な翠色の瞳。
深翠色の短い髪。
腰に杖を差していることから彼も精霊使いだろう。
「メイ子。行こう」
二人の精霊使いが来る前に、カシミルドはカンナが待つ群衆の中へ戻っていった。
カシミルドが立っていた木の辺りで二人の精霊使いは立ち止まった。
少年の方が口を開く。
「なぁラルム。俺たちあの群衆の中に入って教会へ行くのか?」
「そうね。もう少し待つ?」
「はぁ。貴族様特別通路とか無いのかな」
「無いわよ。十五歳になるまで教団に入らなくていいことすら特別待遇なのに。シエルは我が儘ね」
ラルムはカシミルドが立っていた木の下を見つめる。
「さっき、この木の下にいた男の子見た? 私達より少し年下位の」
「ん? ちっこいの連れてたやつか?」
「そう。彼もあの子も都外から来たような雰囲気だったけど……」
「ああ。愚民レベルだったな」
シエルが見下した様に言う。
ラルムはまた木の下を眺めている。
そこに在る筈のものが無いからだ。
「足跡が無いのよ」
「足跡?」
ラルムは群衆から上がる土埃を指差して言う。
「ほら。三区から来た者は土で汚れているでしょ。二区から来たとしても、あの道を歩いていれば、絶対汚れるはずなのに」
「さぁなー」
シエルは興味は無さげに欠伸する。
「それに。彼の側に水の精霊が見えたの。気になるな。凄く惹かれる」
「はっ? ラルム。あんな奴ただの付き添いだろ? 本気かよ」
ラルムはシエルの問いに小さく頷いた。
人に全く興味を示さないラルムが、遠くに少し見えただけの年下男子に興味があるだと。
シエルは焦る。
「あっいけない。そろそろ時間よね。儀式に遅刻するなんて、フォンテーヌ家の恥だわっ」
「大丈夫だろ。どーせリュミエ様の話は長いだろ。フォンテーヌ家のお嬢様は大変だな」
「まぁ! シエルも少しは見習って欲しいわ。ミストラル家の次男だからって、気を抜きすぎなのよ」
「はいはい。分かったから行こうぜ」
マントを翻しラルムとシエルは土で汚れた道をいそいそと進んで行った。




