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天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第一章 城下の闇 第二部 王都城下街にて
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第十六話 普通か魔法か

「カシィたま。お水でない」


 メイ子は不満そうに蛇口とにらめっこしている。

 洗面所には大きな樽が置いてあり、その樽に蛇口がついている。蛇口を捻れば樽の中の水が出てくる仕組みなのだが……カシミルドが蛇口を軽く捻る。

 すると水は音を立てて勢いよく流れた。


「使い方わかった? どうぞ」


「わかったなの。ありがとなのの」


 メイ子は慣れない様子で、手で水を受け顔にばしゃばしゃとかけて洗う。

 前髪も水でびちゃびちゃになっている。


「出来たなのの! むぅ? 水が止まらないなの」


 蛇口をぐるぐる回しても水は止まらない。

 カシミルドはメイ子の頭にタオルを掛けてやり、ついでに蛇口も閉めてやった。


「はい。簡単だろ? ほら、よーくタオルで拭いて」


 蛇口の仕組みに納得出来ず、メイ子は顔も拭かずに頬を膨らませ、蛇口を指でつつく。


「カシィくーん。扉開けてー」


「メイ子が開けるなのの」


 カンナが下から戻ってきた。

 扉を開けると、カンナが三人分の朝食と、水がたっぷり入ったバケツを持っていた。


「よいしょっと」


 カンナは何食わぬ顔でテーブルに朝食を並べ、バケツを床に下ろす。

 よく二階までこんなに一度に運べたな……とカシミルドは感心した。


「ご飯なのの! いっただきまーすなのの」


 いつの間にか椅子に座り、メイ子は朝食にありついている。


「あっ。メイ子ちゃん。手を洗ってから食べなくちゃ! 今、樽の中にお水入れるから待ってて。裏の川で汲んできたのよ」


 カンナは手際よく、空の樽に水を注いだ。


「メイ子はもう、顔も手も洗いましたなのの」


「お水、無かったと思うんだけど……? あれれ?」


 カンナは首を傾げつつメイ子を見る。

 前髪もびちゃびちゃで、確かに洗った痕跡がある。


「お水はジャバジャバ一杯でたなのの。シレーヌの魔法みたいだったなのの」


 カンナは、そんなはずは無いのだが……と考えていると、


「ここは、川から水を引いてないんだね」


 とカシミルドが言った。

 故郷のミヌ島では、川から水を引いていただろうか。

 いや、川は里から少し離れていて、井戸から汲んでいた筈だ。

 カンナはその言葉に違和感を覚えた。


「川から? 王都にはフォンテーヌ製の水瓶とか、水の玉があるから。あ、魔法道具の一つで、それがあれば水が涌き出てくるの。でも、すっごく高価だから、三区で使っている店は無いなぁ。皆、井戸とか山頂から流れている川の水を汲んで生活しているよ。ねぇ、シレーヌって誰? メイ子ちゃんのお友達?」


「今度会わせてあげるなのの。人間嫌いだけど、カンナならいいなの。ごちそーさまっ!」


 メイ子は口の周りにスープをたっぷりと付けたまま食事を終えた。


「メイ子、顔がスープだらけだよ。洗っておいで」


「はーいなの。メイ子、蛇口使えるなの!」


 メイ子は洗面所まで飛んで行き、自信満々で蛇口を思い切り捻る。水の勢いが余りに強いので、カンナが困り顔で忠告した。


「そんなに出したら、すぐに水が無くなっちゃうよ」


 メイ子はカンナの忠告など全く気にせず顔にバシャバシャと水をかけると、蛇口をきゅっと閉めた。


「メイ子、蛇口出来たなののー!」


 と、両手を挙げて喜んでいるが、顔の汚れは少しも落ちていない。

 カシミルドが口を指差して洗えていないことを教えると、汚れに気が付きまた洗おうとするが、


「むぅ。水が出ないなのの」


「メイ子ちゃん。お水は大切にね。また、汲んでくるよ」


 樽の中は空になったようだ。

 カンナが食事を中断しバケツを用意していると、カシミルドがメイ子の様子を見に行った。


「メイ子。蛇口マスターしたんじゃないの? こうだよ」


 カシミルドが蛇口を捻ると水はまた流れ出した。

 ついでにメイ子の口も濯いであげる。


「はい。おしまい」

「メイ子が締める!」


 今度こそ、とメイ子は蛇口を閉めようとするが、水は止まらない。

 見かねてカシミルドが蛇口を閉めた。


「カシィたま。ズルしてるなのの! むぅ!」


「はいはい」


 カシミルドはメイ子の文句を気にも留めず、顔をタオルで拭いてやった。

 先程から水が沢山流れているが、バケツ一杯分しか水を入れていないのにおかしい……とカンナは不思議そうに二人を見ていた。


 そんなカンナの視線に二人は全く気付いていない。

 洗面所からフワフワと飛んで移動するメイ子を見て、カシミルドはあることを思いついていた。


「そうだ! メイ子。人っぽい歩き方を教えてあげるよ。見ててね。こうやって、かかとからつま先、順番に床に足を着けるようにして歩くんだよ!」


 カシミルドが一歩一歩ゆっくり歩いてみせる。

 メイ子は目を真ん丸くして、注意深く観察している。


「出来るなのの!」


 メイ子は両手をぴっと伸ばし、バランスを取りながら一歩、また一歩と足を踏み出した。

 しかし床より十センチ程上を、空中を歩いている。

 カンナはそれを見て、床をかかとで叩いて見せながら助言する。


「うーん。おしい! 床にしっかり足を着けなきゃ!」


「えっ?」


 何故かその言葉に疑問を持ったのは、カシミルドだった。


「えっ?」


 そしてその疑問にカンナは疑問を返した。

 カンナとカシミルド、二人で顔を見合わせる。

 カシミルドは何かに気付いてハッとした。


「そっか。だからカンナは階段をトントン上がってくるんだね。なるほど」


 カシミルドは妙に納得した様子だが、カンナにはその意味がさっぱりわからなかった。


「どういう意味か……よくわからないんだけど……?」


「メイ子わかるなの。でも難しいなの」


 カシミルドはもう一度、二人に見本を見せた。


「こうやって、床に触れないように、かかとからつま先へ順番に着けるようにして歩くんだよ。ほら、やってみて」

「ハイなの」


 カンナはカシミルドの足を目を凝らして見ていたが、よくわからない。


 でもカシミルドの説明からすると……。

 床に触れない。それは要するに浮いているって事?

 カンナはカシミルドに訪ねようとしたが、その前に確認したい疑問がもう一つあった。


 洗面所の樽だ。

 カンナは中を覗き込み樽が空であることを確かめた。

 念のため蛇口を捻ってみるがもちろん水は出ない。


「カシィ君。水、出せる?」


「えっカンナも? 蛇口壊れているのかな?」


 カシミルドが蛇口を捻ると水はザーっと音を立てて流れ出した。


「あ、ありがと。もう大丈夫。止めて」


「えっ? うん」


 水のない樽から水が流れる。地面に足を着けずに歩く。カシミルドには何の変哲もないただの日常の行動のようだが……。カンナは理解が追い付かず、何かぶつぶつ言いながら食卓に戻る。そしてランタンを見て……


「水、風?……じゃぁ……カシィ君。夜のランタンはどうやって灯りをつけたの?」

「ランタン? ランタンは触れば火がつくよね。――おっメイ子! 出来てるよ!」


 それがどうしたのかと言わんばかりに、カシミルドは笑って答えた。

 質問の意図すら考えてもいない。

 メイ子はゆっくりではあるが、床に触れないギリギリで歩く事が出来ており、カシミルドはその事で夢中だ。


 カンナは、カシミルドの言葉で確信する。

 自分とカシミルドの普通がいかに違うものなのかを。

 ただ呼吸するかのように、カシミルドは魔法を使えるようだ。


「あ、あのさぁ。私、魔法って使えなくて……素質も無くて。八年前の覚醒の風でも、私は力に目覚めなかったから。……天使の祝福は、私は受けられなかったんだなって諦めているの。――カシィ君はあの日、力に目覚めたんだよね? 私は里を出てしまったし……あれから、どんな魔法が使えるようになったのかな!?」


「覚醒の風……大陸全土をその風が貫き、祝福を授かりし者の力を目覚めさせたって云う、神風だよね。その時の事は、よく覚えていないんだよね。姉さんから後になって聞いて。僕は魔力が制御出来なくて暴走してしまったらしいんだよ。それで姉さんは呪術に詳しくなって……僕は普通の生活が送れるようになってからは、召喚魔法についてずっと調べていたんだけど、全然ダメで。魔法は全くと言っていいほど使えないんだ。魔力があるだけの只のタンク。でも、ここに来る前に初めて魔獣を召喚したんだ。メイ子の友達だから出来ただけだろうけどね」


 カシミルドは少し恥ずかしそうに答えた。

 魔法が全く使えない……とは何を言っているのか、カンナにはさっぱり解らないが、それよりも――


「召喚魔法!? カシィ君のお母さんが一族最後の召喚士だったよね……すごいよ! 叔父さんと叔母さんも召喚魔法は使えなかったよ。他の魔法は使っていたけど。黒の一族は魔力が高いから、地水火風の四大精霊に愛されているって聞いたよ。カシィ君も、使えているんじゃないかな?」


 カンナはそれとなく、カシミルドが魔法を使っていることを仄めかすが、カシミルドは気付いていない。


 カシミルドはそれより、カンナが両親の事を叔父さんと叔母さんと呼ぶことの方が気掛かりであった。

 自分に合わせてそう言ってくれているだけかもしれないが。


「叔父さんと叔母さんも魔法を……。じゃぁ、僕達も色々な魔法が使えるかもってことか! すごいな。考えたことも無かったよ」


 カンナに言われて、カシミルドは初めて召喚魔法以外にも自分の魔力の使い道を知った。


 だが、地水火風の魔法とはどんな魔法だろう。

 街灯や、噴水の水瓶のような魔法道具がなくてもそれと同じことが出来るということだろうか。

 想像するとワクワクしてくる。


「私は……」


 嬉しそうなカシミルドを見て、カンナは口を閉じた。

 カンナには魔法の才がない。


 カシミルドは自分自身も魔法が使えないと思っているから、私にもチャンスがあると思っているのだろう。

 しかしカシミルドのように、カンナには溢れんばかりの魔力など無いと言うのに。

 何だかカシミルドが遠い存在のように感じた。


「そうだ! カンナに聞きたかったんだけど。よく街で何とか製の魔法道具、とか言っているよね? それって何?」


「ああ。それなら、雑貨屋さんに行こうよ。私が話すより、見た方が早いし。買いたい物もあるから」


 カンナとカシミルドは、二人で雑貨屋に行くことにした。

 メイ子も誘ってみたが、まだ歩く練習をしたいと言い断られた。

 部屋から勝手にでないことをメイ子と約束した。


 そして二人は賑やかな街へと出掛けていった。

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