閑話 眠りにつく前に天使のお話を
(第十四話 王都の夜にて、寝る前のカシミルドとメイ子、シレーヌの三人のお話しです。シレーヌの目線でお話は進みます)
私は荒波の魔獣。シレーヌ=セイレーン。
数日前、親愛なる御主人様に魔獣界から召喚されました。
御主人様はメイが話していた通りの、濃厚で甘美な魔力を持ったお方でしたわ。
寝る前に御主人様がメイにお話を聞かせてくれるそうで……私も薄汚い人間の街に喚ばれてしまいました。
傲慢で下劣な人間が作った天使の話。
少し興味がありましたの。
人間がどんな風に、自分達の歴史を歪曲して、美化したのか。
御主人様は目を瞑り、天使の話を語り始めた。
あら?
本も見ないでお話が出来るなんて……可愛らしいお方。
このお話は、まだ天使が地上にたくさん住んでいた頃のお話です。
精霊たちと精霊の森で暮らす天使たちは、お友だちの精霊さんの力を使って、魔法を使うことが出来ました。
風を巻き起こし、炎を灯し、水はどこからか溢れ、光は天使のもとに集まり、より輝きを放ちました。
人々は天使の力に憧れ、その力をいつも遠くから眺め、崇拝していました。
天使の住まう島で暮らす人々は、平和に天使と共に生きていました。
しかしある時、他の島の人間が現れました。
彼らは天使がもたらした、肥沃な大地を羨み、島の人々から奪おうとする悪者たちでした。
天使を、そして豊かな大地を巡る、争いが起きたのです。
天使は慈愛に満ち、人々を傷つけることは出来ません。
天使たちを守るために、島の人々は力を合わせて悪者たちと戦いました。
人々は天使のような奇跡の力を持っていませんでしたが、知恵と勇気と優しさを持っていました。
戦禍の中、勇敢に戦う青年と一人の天使が出逢いました。傷ついた青年を天使は魔法で癒しました。
青年は美しい白い翼を持った天使に心を惹かれ、天使もまた青年の優しさに心を惹かれました。
二人は恋に落ちたのです。
人々を救うために、その天使は立ち上がりました。
島の人々を癒し、悪者たちに共に立ち向かったのです。
天使は青年を守るために、彼の頬に口づけをし、自らの力を分け与えました。
天使の祝福を受けた青年を先頭に、島の人々は悪者たちから、豊かな大地を守り抜いたのです。
人々の功績を称え、精霊の森に住まう心優しき天使たちは、人々に祝福を与えました。
そして天使を巡る争いが繰り返されぬよう、この地を去っていったのです。
もちろん、青年と恋に落ちた天使はこの地に残りました。
そして天使は青年と結ばれて幸せに暮らしました。
天使の祝福を受けた人々は、世界を巡る精霊さんの力をかりて、魔法が使えるようになりました。
きっと天使たちは、今もどこかで人々を見守っていることでしょう。
あなたにも、天使の祝福があらんことを。
「カチィたま。天使はどこに行っちゃったなの? メイ子、白い翼の天使に会ってみたいなのの。……むぅ?」
「御主人様。お話を語り終えた瞬間に寝ましたわね」
「むぅ。つまんないなの。……む? チレーヌは何を怒っているなのの?」
私が怒っている? 顔に出ちゃってたかしら?
「メイ。もう少しメイが大きくなったら、教えてあげる。私達魔獣達が、何故魔獣界に住むのか。天使が何故、この地を棄てて去ったのか。人間が何をしてきたのか。ーーその時は選んでね。人間か魔獣か、どちらか正しいか」
「むぅ。いつもチレーヌは難ちい事ばかり言うなのの」
「クスクス。疲れているんでしょう? もうおやすみ」
「おやすみなのの……」
まだメイに話すのは早いわよね。幼すぎるもの。
こんな話が語り継がれているから、何時までも人間は過ちに気付かずに、愚行を繰り返すのですわね。
きっと御主人様は、この世界の成り立ちを遠くない未来に知ることなるでしょう。
だって、あなたはーー。




