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天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第二章 東方への誘い 第四部 魔兵器と魔獣の隠れ里
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第百十四話 封魔の雨

 テツ達は炎の中、長老の家を目指していた。

 そこの裏手が里から外への出入り口の一つなのだ。行く手を阻む炎を斬り裂き、パトが先へ進む。


「火の手が早い、パト、大丈夫か!?」

「ええ。あの大木の辺りが長老の家よ。みんな、無事に脱出出来ていると良いのだけれどっ。──きゃあっ」


 パトは何かにつまずいて転びかけたところを、テツに腕を引かれ、何とか体勢を立て直した。

 足元の大地が所々裂け、幾つも亀裂が入り、里の中央には大きな谷が出来ていた。

 レオナールは割れた大地の窪みに、人影を見つけた。


「れ、レティ姉!」


「兄様?」


 シエルはそう呟くとレオナールと顔を見合わせた。眼下で互いの兄姉が戦っていたのだ。


「俺はレティ姉に加勢する」


「俺は兄様を止める。──って加勢じゃなくて止めろ!」


 シエルが怒鳴った時にはレオナールはレティシアの元へと駆け出していた。シエルも風の魔法を唱えて後を追う。

 テツはシエルの後ろ姿を見ると叫んだ。


「シエル。任せたぞ。私はパトリシアと先へ行く」


「は、はい!」


 シエルは、テツからこの場を任せられ力強く返事をした。

 シエルが裏切ったのに、テツは何も言わなかった。

 それどころじゃなかったのか。シエルは何か言葉をかけるほどでもない些細な存在なのか。

 それとも信頼しているのか。


 そんな事を考えながら窪地へ向けて滑り降りていると、ヴァンの声が響いた。


「シエル。来るなっ!」


 ヴァンは、数名のルナールを杖一本で攻撃を受け流し弾き飛ばしていた。


 それはおかしな光景だった。

 ヴァンならあれぐらい、簡単に凪払えるのに。

 どう見ても、手加減している。


「レオナール。早くルナールを止めろっ。兄様は戦う気なんかないんだ!」


 レオナールは耳を引くつかせると、レティシアに叫んだ。


「レティ姉。一度距離を取れ。そいつは人間だけど敵じゃない! ミィシアは生きてる!」


「「ミィシアが!?」」


 ヴァンとレティシアの声が、そして杖と爪が重なり合った。


 その瞬間──空から大粒の雨が降り注いだ。

 黒煙を晴らし、青い空の下、その雨は里中に降り注いだ。


 ヴァンもレティシアも周りにいたルナールも、その青い空を見上げた。

 エルブも木の上で呆然としていた。

 その雨は、里の炎を消し、肥大化したルナールの爪も徐々に小さくさせた。


 レティシアはハッと我に返る。今しかないと──。


 皆が空を見上げる中、雨音に紛れ、肉を裂く音がレオナールにも聞こえた。レティシアの腕には雨とは違った生温い赤い液体が伝っていく。


「ヴァーーン!?」


 エルブは杖をヴァンに向け叫んだ。

 ヴァンの腹をレティシアの腕が貫く瞬間をその目で見ていたのに、何もできなかった。止められなかった。

 何度呪文を唱えようとも、魔法が使えなかったのだ。


「に、兄様!?」


「レティ姉!?」


 レオナールはレティシアの身体をヴァンから引き離した。シエルは膝から崩れたヴァンの身体を受け止め腹部を押さえた。


「に、兄様……」


「シ……エル。──ミィシアは、生きているのか?」


「えっ?」


 ヴァンが最初に聞いたのは、ミィシアのことだった。


「は、はい。今、メイ子が、治療しています。そうだ。兄様も、早くメイ子のところへ」


「これぐらい。大したことは……」


「ふん。そいつ、まだ喋れるのか」


「レティ姉。この人はミィシアを守ってくれていた人なんだ。さっき、ミィシアが……言ってたんだよ」


「レオ、気でも狂ったの? 人間がそんなことする筈がない」


「俺も……俺もそう思ってたけど。違ったんだ。レティ姉、俺達が戦わなくちゃいけない奴は、この人じゃないんだ!」


「レオ……」


 レティシアは首を横に振り、すがり付くレオナールを引き剥がそうとしたが、ヴァンの傷口を見ると手を止めた。

 止めどなく溢れる血液。

 この人間は確実に死ぬ。

 そう悟ったのだ。


「シエル! そんなボーッとしてないで!」


 木から飛び降りてきたエルブは、ヴァンの身体をマントできつく巻き上げた。


「このままじゃ死んじゃ……あーー!! やっぱりマント取って、シエル。早くっ早くっ!?」


「は、はい」


 エルブは慌てて胸から光輝くペンダントを取り出した。


「あっ。これじゃないんだよーー」


 慌ててもう一つのペンダントを──紫色の宝石が嵌め込まれたペンダントを取り出した。


「これは使えてくれよっ。慈愛の加護石よ。今こそ力を解き放て──」


 エルブはヴァンの腹部に当てた。

 王都を出立する時、ユメアが贈った加護石だ。

 紫色の宝石は淡い光を放つと、儚く砕け散っていく。


「ヴァンっ!? なぁ、生きてる?」


「げほっ──ああ……」


 ヴァンは激しく血を吐き言葉を返した。

 完治はしていないのだ。


「兄様。良かった」


「シエル。それより、今はあの双剣使いを追わねば。それから、地の魔法を操る奴が何処かに潜伏している」


「そいつらだよ。レティ姉。俺達の敵は、蜥蜴の尻尾。早くテツを追いかけよう」


「テツ? テツ王子がいるのか?」


 ヴァンはシエルに支えられ、体を起こした。


「空里に置いてきたのですが、もうここに来ています。カシミルドも……。でも、この炎を消したのはカシミルドです」


「そうか。雨を浴びたら、魔法が使えなくなった」


「えーー。テツ王子が来てるの!? だからまた光ったのか。何だよ。もぉ!」


 エルブは一人でペンダントに文句を言っている。


「エルブ。それは後だ。今は──」


 ヴァンは立ち上がろうとして地に腹部を押さえて膝を着いた。


「兄様。動かないでください。──レオナール。俺は一度カシミルド達のところに戻る。兄様の手当てをしないと」


「俺はレティ姉と里長のところへ行く」


「あ、じゃあ。僕も付いてくよ。人探しの最中なんだ。あ、人間ってこの里にいる?」


「いない。いるわけないだろ?」


「えー。まあ、取り敢えず付いていきます。ヴァン。後で合流しよう」


「ああ。すまない」


 ◇◇


 カシミルドはオンディーヌに礼を言い、術式を解いた。オンディーヌは静かに森へと帰っていった。


 カンナは水鏡をカシミルドに見せた。


「カシィ君。シレーヌさんの声、聞こえる?」


「えっ? そうだ。シレーヌはどこだろう」


 カシミルドもカンナと共に水鏡を覗いた。

 シレーヌの視界は川の近くだった。


「シレーヌ。今どこ? シレーヌ?」


 水鏡の視界は靄ががっていて良く見えなかった。


「カシィ君?」


「シレーヌの返事がないんだ……」


 カシミルドは意識を水鏡に集中させ、シレーヌの気配を辿った。


「あっちの方からシレーヌの気配がする。カンナ、行ってみよう」


「うん」


「メイ子、ミィシアは?」


「ミィシア。もう大丈夫そうなのの。でも、まだ身体を動かしちゃ駄目なのの。メイ子が抱っこするなの」


 ミィシアは獣型のまま丸くなり、それをメイ子が抱き上げた。すると横からルミエルがミィシアをすくい投げる。


「私は見ているだけしかしませんの。ですから、この子を守るぐらいはしてあげるわ」


「あ、ありがとう」


 ミィシアは掠れた声で礼を述べた。

 メイ子がカンナのポシェットに収まると、カシミルドはじっとクロゥを見つめた。


「はいはい。俺も行きますよ?」


 クロゥは嫌そうに返事をすると、渋々カシミルドに付いていった。


 ◇◇


 ミシェルは川原で一人、回収作業に勤しんでいた。


 今日の獲物は素晴らしい。

 皆、生きた獲物なのだ。


 川が近いから洗うのも簡単。

 いつの間にか、川の淵は真っ赤に染まっていた。


 さっきまで炎の赤色が川に映り気が付かなかったが、雨で消えたので、赤い川がよく見えた。


「さてさて。回収はあと少し。もう少しだけ待っていてね。──お魚さん?」


 ミシェルは小さな風の渦に向かって微笑みかけた。





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