第百十二話 利用される者
エルブは放心状態のヴァンを背中に担ぎ上げ、洞穴へと退避しようとした。
しかし、そこにはラージュの姿があった。
教団の精鋭部隊の者を数名だけ連れて。
皆、手には試作品〇九二七を構えていた。
「ラージュ。これは罠だ。一旦引くぞ!」
エルブの発言をラージュは鼻で笑った。
「何言ってやがる。奴らは武器を手に取った。だったらやることは一つだろ?」
「違う。これは僕達と魔獣の争いじゃない。別の勢力と魔獣の争いだ。関わるべきじゃない」
「そうだ。恐らく、先発隊の中に……もしくは、先発隊の行動を知っていたものの中に内通者がいる」
ヴァンは右目を押さえながらそう言った。
左目には強い怒りが滲んでいる。
「はぁ? じゃあ、さっき俺のところに来た、今すぐ動けって伝令はヴァンじゃないのか?」
「ああ。知らない」
「俺は別の出口に精鋭部隊の半分を残してから、こっちに来たんだ。──でもよ。これは好機だぜ。ルナールという魔獣を根絶やしにする絶好の機会だろ」
「ラージュ。功績を挙げたいのは分かるが、この戦いは俺達が関わるべきではないものだ。むしろ、俺達を利用しようとする奴らを潰すべきだろ?」
「あー。成る程な。確かに、利用されんのは御免だな。だったら……俺ら三人と精鋭部隊十五名。それ以外の奴ら全員潰せばいいだろ?」
「ラージュ。それじゃあ、結局奴らの思うつぼだろ? 僕は──」
「ラージュ様っ!?」
エルブが言いかけた時、足を引きずった教団の者が走ってきた。身体中傷だらけで、その者は言った。
「あ、あちらの出口の精鋭部隊が……ルナールの襲撃により全滅しましたっ」
「な、何だとっ!? ──ヴァン。これじゃあもう引けないな。俺達の部下が手を出されたんだぞ? あいつらは、人間に牙を向けた。これは事実だろ!」
「……」
ヴァンは大地から隆起した木の根に目をやった。
それには火矢がささり、燃え始めていた。
あの時、ミィシアが狙われるとは思ってもいなかった。
自分の判断ミスだ。
もうミィシアはいない。
ルナールとの対話は不可能。
しかし、彼らはこちらの陣営にも危害を加えた。
ならば、先発隊の団長としてすべきことは決まっている。
「命令だ。──ルナールを我が隊の敵とみなし、捕縛する。我が隊に属さない人間と遭遇した場合、そいつらも捕縛……もしくは殺せ」
ラージュはその言葉を聞くと納得がいかず聞き返した。
「……ちょっと待て。ルナールは捕縛のみか?」
「聞かなければならないことがある」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ?」
「エルブさんの密命を達するためには、必要なんだ」
「はあ?」
「ごめんね。ものすっごく大事なことなんだけど、ラージュには秘密」
「何でだよ」
「それはもちろん。密命だからだよ?」
エルブはラージュを信用しきっていない。
目がそう語っていた。
ラージュは苛立ち叫んだ。
「あー!? くそっ。精鋭部隊、試作品を構えやがれ! 塀をぶっ壊せ!」
ラージュの指示で五名の精鋭部隊が動き出した。それを見送り、ヴァンはエルブだけに聞こえるように耳打ちする。
「エルブさん。里の中に入ったら、ルナールを片っ端から捕縛して下さい。俺は……」
「ああ。尻尾が掴めるといいね。僕の背中はヴァンに預けるから、よろしく」
「はい。エルブさん」
ヴァンとエルブは、互いの拳を重ね合わせると里へと突き進んだ。
◇◇
里を見渡せるほど背の高い木の上で、ミシェルはオウグに尋ねた。
「ねぇ。ミィシアの死は必要だったの?」
「ああ? まあ、そうだろ。見たら分かるだろ? あのヴァンって奴。白狐を大切にしてたからな。あれがいたら、奴は動かない。ルナールを攻撃しない」
「ふーん。大切に……かぁ。じゃあ、ミィシアは最後は幸せだったのかな?」
「さぁ? 女なんて、所詮男を利用するだけして捨てるんだろ?」
「え? それは……男も一緒でしょ?」
「……あー。だな。ってかさ、そろそろ動かないとディーンに怒られるな。今日は穴を塞いであるからな。──全回収だ。ミシェルは転がってる奴等の回収。俺はディーンのサポートに回る」
「なんでさ、ミシェルは回収なの? こんな大仕事なのに」
「お前は見境がないからだろ。あいつは殺していいけど、あいつは駄目だ。区別つくか?」
ディーンはヴァンとエルブを指差して言った。
ミシェルは目を細めて二人を見比べため息をついた。
「つかない」
「だろ? さっきあっちの出口の奴らを殺ったんだろ。それで今日は我慢しろ」
「うーん。あの人間、弱かったんだよねー。つまんないの。……せめて、ミィちゃんは私が殺りたかったよ」
「だーかーらっ。お前が殺ったら周りも死ぬだろうが!?」
「そうかな? あっ。オウグ、見て。綺麗だね~」
「ん? ああ。良い景色だな」
里を囲んでいた丸太の塀は、雑魚っぽい人間の武器で粉砕されていた。
そして塀が無くなると、赤髪の大きな男が呪文を唱え、塀が燃えた。
その炎は里の家々に、まるで生きた蛇のようにうねり広がっていった。
「あ。綺麗だけどさ、燃えて回収出来なくなったら怒られちゃう!」
「燃える前に回収しないとな。──お。ルナールを縛り上げてる奴がいるな」
オウグはエルブを見て言った。
エルブは里の南西を流れる川の向こう側にある植物の蔦を操り、ルナールを捕縛していた。
捕まったルナールは川の向こうまで連れ去られ、気絶している。
あの場所なら火は届かないだろう。
ミシェルには大層都合が良い。
「じゃあ。ミシェルはあの川の向こうで回収するね」
「ああ。怪我するなよ」
「やめてよ。変な心配するの。じゃね」
「おう」
二人は同時に反対へと飛んだ。
オウグは、里の中で剣を振り回すディーンの元へ。
ミシェルは川の向こうで眠るルナールの元へ。