第百九話 裏切り
カシミルド達が通った里への入り口は、土砂で覆われ進行不可能になっていた。テツはさっきまで洞窟だった土砂の山を睨み、シレーヌに尋ねた。
「シレーヌはどこから来た? そこは俺達も通れるか?」
「いいえ。私は上空から来たので、入り口はわかりません。ですが、別の入り口からパトリシア達がそろそろ到着すると思いますわ」
この里は山と山の谷間に作られていた。
シレーヌは入り口を使わず、空から来たのだ。
「そうか……。シレーヌは遠くにいてもカシミルド君と連絡がとれるのか?」
カシミルドは土砂を呆然と眺めながら、テツの問いに言葉を返した。
「遠すぎなければ大丈夫だと思います」
「ならば、この土砂の先にいるヴェルメイユと……シエルを追ってくれないか?」
シレーヌは眉を潜め、テツとカシミルドを見返した。
二人とも、怒りよりも哀しさと戸惑いの色が濃い。
これはシエルがこちら側にいないからだったのだ。
「シエルってあの? ……裏切ったのですか?」
「そうとは分からないよ。シエルなりの考えがきっと……」
カシミルドはゆっくりと首を横に振った。
しかし、今日見てきたシエルの顔を思い出しても、シエルの考えが何処にあるのか考えもつかなかった。
ルミエルはスカートに付いた砂を払いながら、口を尖らせ冷たく言い捨てた。
「考えが違うから、私たちを除外して別の行動をとるのですわ。そういう行為をする人を、裏切り者って呼ぶんですの」
カンナは納得のいかない様子で俯いた。
そしてテツは否定も肯定もしなかった。
「どちらでも……良い。シレーヌ、二人の行く場所が分かったら、すぐに知らせてくれ」
シレーヌはカシミルドに視線を伸ばした。
カシミルドも深く頷き、シレーヌもテツの言葉を承諾した。
「分かりましたわ。パトリシアに状況を伝えておいてください。ご主人様、水鏡を……」
「うん。──シレーヌ、気を付けてね」
「はい」
カシミルドが水鏡を作ると、シレーヌは土砂の隙間へ消えていった。
カシミルド達が水鏡を覗いていると、その横でテツは剣を抜いた。
「もう少し向こうで見ていてくれないか? 土砂を破壊してみる」
「やめなさいよ。壊しても壊しても、また上から崩れてくるだけですの」
「……では、他の入り口を探してくる。カシミルド君、パトリシアが何処にいるか気配を辿れるか?」
「は、はい!」
カシミルドが水鏡をカンナに渡し杖を構えると、皆の背後から声がした。
「私ならここよ?」
振り向くとそこに息を切らせたパトの姿があった。
隣にはレオナールの姿も。
テツはパトに、事の次第を説明すると、パトは水鏡を見ながらため息をついた。
「まんまと嵌められたのね。……この方向だと、北へ向かっているわね。私達が通った入り口からだと、遠回りになるわ」
「北か……。どれくらいかかる?」
「ちょうど裏手なのよ。追いつく頃には日が落ちているわ」
「……夜は動かないだろう。ならば追い付くか……それとも、ヴァン達はもう、目的の里についているかもしれないな」
「えっ? それ、どういうことだよ!?」
焦りの色を滲ませたレオナールを、パトが止める。
「レオナール落ち着いて。取り敢えず追いかけましょう」
「人間なんか連れてたら間に合わないですよ。パト様っ。俺達だけでも急がないと」
「でも、カシミルド君がいないと、水鏡が見れないの。北には何ヵ所か里があるし、どれだか分からないわ」
「シレーヌみたいに空でも飛べればいいのに……」
レオナールは地面に拳を打ち付け、カンナとテツは、同時にカシミルドに目を向けた。
「カシィ君。飛べるね」
「えっ……うん。確かに、飛べる」
「今日はクロゥ君は何処へ行ったのだ? 二人いればここから脱出するのも早いだろう?」
テツはチラっとルミエルにも視線を送ったが、目を反らされた。ルミエルは協力してくれないようだ。
「クロゥは……どこだろう? カンナは知ってる?」
「うーん。宿屋でゴロゴロしてたけど……呼んだら来るんじゃないかな?」
「クロゥは呼んでくるような奴ではありませんの。カシミルドがピンチなら来るかもしれませんけど」
「……だったら、ルミエル君が協力してくれないか?」
「い、嫌よ!?」
皆の視線がルミエルに向けられる。
「もしかして……ルミエルも飛べるの?」
「わ、私は……」
カシミルドの羨望の眼差しにルミエルは頬を紅く染めた。
「やっぱり、ルミエルも箒で飛ぶの?」
「はい?」
「僕の姉さんは箒で飛ぶんだ。ルミエルも?」
「え……ええ。そうね」
「私、箒探してきます!」
「お、おい!?」
カンナが箒を探しに里の奥へと駆け出すと、レオナールも慌ててついていった。
◇◇
ルミエルは箒に腰かけると、そこにパトとレオナールが獣型になって箒の穂に飛び乗った。箒に乗らずとも飛べるのだが、カシミルドが興味深そうにこちらを窺っているので箒を使って飛んでいるように見せることにした。
「カシミルド。私、スカートですから、こちらを見ないでくれます?」
「えっ。はいっ」
カシミルドと、ついでにテツもルミエルに背を向けた。
カシミルドは黒い翼を生やし、テツを運ぼうとしている。
あまり集中して見られると、ルミエルの飛び方がカシミルドに気づかれてしまうかもしれないので、目を反らさせた。
ルミエルは瞳を閉じて集中した。
手から光の鎖を出して箒に縛り付け、背中から一対の白い翼を生やした。といっても、皆の目に見えないように魔法をかけている。
「二人とも、落ちても拾いませんからね?」
ルミエルは、パトとレオナールにそう告げると大地をひと蹴りし、翼をはためかせ空へと舞い上がった。
一瞬で空高く飛び立ったルミエルを、カシミルドほ不思議そうに見上げていた。
「テツさん。あれ、何の魔法ですか?」
「そんなこと私に聞かれてもな……」
「あれは、風の魔法じゃないんです。姉さんとは違う」
「……事が済んだら聞いてみるといい。さ、早く私達も行こう」
「はい。──カンナ、テツさんを運んだら戻ってくるから、少し待っていてね」
「うん」
「ではテツさん。失礼します」
カシミルドはテツに向き直り、背中へ抱きついた。
テツを持ち上げて運ぶためだが……。
「あれ?」
全く持ち上がらなかった。カンナが気づく。
「カシィ君。翼がないよ?」
「えっ?……もしかして、テツさん。僕の魔法、打ち消しましたか?」
「……その様だな」
三人は顔を見合わせ、その場で頭を抱えこんだ。