第百七話 魔獣の里へ
カシミルド達はエテから北西に進んだ森の中で昼食を取っていた。
メンバーはテツとシエル。
それからカンナとルミエルとカシミルド。
そして、先発隊の指揮官ヴェルメイユだ。
彼女が魔獣の里まで案内してくれるというのだ。
ヴァン率いる先発隊は北東から進み、後発隊は北西ルートから里を目指している。余り大人数だと警戒されるだろうとの事だ。
因みにラルムはまだ体調が悪く、スピラルはパトの勧めでラルムに付き添い留守番になった。パトとしては、サラマンドラを里に近づけたくないのだ。
そしてレーゼは教官として引率するべきであるが、ラルムの父に引き留められ屋敷に残っている。レーゼ自身はこれもいい機会だと言い、屋敷内でミィシアを探してくれると言っていた。
テツはヴェルメイユがいるせいか、始終真面目な顔でいるし、魔獣の里と聞いてから、更に表情が鋭くなり、後発隊は普段と違い張りつめた空気に包まれていた。
しかしヴェルメイユだけは、まるでピクニックに訪れたかの様に柔和な笑みを浮かべたまま昼食のサンドイッチを食べている。
カシミルドとカンナ、そしてルミエルは倒れた丸太に並んで腰掛け、サンドイッチをそれぞれ無言でせかせかと口に運ぶ。テツは食べ終えると直ぐ立ち上がった。
ヴェルメイユはそれを見て、驚いて声を発した。
「テツ様。まだ皆さん食事中ですよ? そんなに焦らなくても魔獣の里は移動しませんから。フフっ」
「ここから後どれくらいだ?」
「えっと……この先に小さな村がありまして、その少し先ですわ。村から先は徒歩で移動になります。今夜はその村で一泊する予定ですわ」
「そうか、帰りは一緒なのだな?」
「はい。帰りは一緒ですわ」
「……確認だが、里へはヴァン殿とエルブ殿、それから私で対話を試みる……で良いのだな?」
「そうですわ。テツ様は先発隊と行動して頂いても良かったのですが、戦力的に心配ですので……。野生の獣も多いそうですから」
「ああ。分かっている」
分かっていると言いながらも、不服そうにテツは北の方角を見据えた。
カンナはそんなテツを心配そうに眺めていた。
「カンナ。どうかした?」
「カシィ君。大丈夫なのかな……人が、魔獣の里に行くこと……」
「……うん。パトさんもすごく慌ててたからね。テツさんもいつもと様子が違うし……」
カシミルドはパトを思い出し、言葉を濁した。
宿屋から出発する前に、カシミルドとカンナはパトとレオナールと会話を交わした。二人とも戦々恐々とした面持ちで、里が王国の貴族ごときにに見つかったことが納得できない様子だった。
二人とも里へ先回りすると言っていたが、この辺りには空里がいくつかあるらしく、今どの里を使用しているかは分からないそうだ。
だから今も森の何処かから、カシミルド達の行く末を見張っているだろう。ちなみに、シレーヌもパト達と行動を共にしているはずだ。
「でも、パトさんもいるし大丈夫だよね……何だか、モヤモヤする」
そう言って胸元を押さえるカンナに、ルミエルはフンッと鼻を鳴らした。
「ただの二日酔いですのよ。だらしない。──ねえ、カシミルド。この件が終わった教団に残りますわよね?」
「今その話をしなくても……」
顔を寄せ上目遣いで瞬きするルミエルに、カシミルドは困り顔だ。そしてその顔を見てルミエルは頬を膨らませた。
「ふーん。教団に……王都に残る気は無さそうですのね」
「えっ……」
「バレバレですの。でも、まぁ私も王都に未練はないですし……カシミルドについていきますからね!?」
「…………」
カシミルドが返答に窮しているといつの間にか近くにヴェルメイユが立っていた。カシミルドとルミエル、そしてカンナの顔を見比べ顔を綻ばせている。
「仲がいいのね。……同期って、ちょっと特別よね?」
「同期か……」
カシミルドはふとシエルに目を向けた。
今日はいつにも増して口数が少ないように思える。
ここまで一緒の馬に乗ってきたのだが、話しかけるなオーラが強かった。ラルムがいないからだろうか。
「さぁ、出発するぞ!」
テツが全員に号令をかけ、皆立ち上がり各々の支度を済ませる。この後は休憩無しで、もう魔獣の里付近へ着き、先発隊と合流するそうだ。カシミルドはきを引き締め、馬へと跨がった。
◇◇◇◇
パトとレオナールは、休憩するカシミルド達を遠目で監視しながら、地面に地図を描き密談していた。
「この先の村の奥に、確かに里の一つがあるわ。目指しているのはそこで間違いないわね。……レオナール。先回りできるかしら?」
「この位置からだと……あいつらを追い越すしか先に着く手はないです。遠回りして別の入り口から行くとなると、あいつらより少し遅れて着くことになります」
「うーん。何かしらの手を打って、妨害しようかしら……でも、カンナちゃんが怪我したら大変だし」
「パト様。どんな手を使おうとしているのですか?」
「土砂災害とか、野生の獣に襲わせるとか……」
真顔で答えるパトを尊敬しつつ、レオナールには気がかりがあった。勿論、妹のことである。
浮かない顔のレオナールにパトもすぐに気が付いた。
「ミィシアのこと、ごめんなさいね。結局後回しにしてしまって」
「いえ。エテでも探してくれるそうなので……。今は、里の誰かに人間のことを早く伝えて、俺やミィシアが帰る場所を守らないといけません」
「そうね。本気を出せば先に着けるかしら?」
そう言って腕や肩の骨をポキポキと鳴らしながら体を解すパトに、上空から声がかけられた。
『パトリシア。正確な場所を教えてくれたら、私が先に行って里の者に知らせてやってもいいわよ?』
「あら? シレーヌ、いたのね」
シレーヌは透明な体のまま空を見上げたパトを見つめ返した。パト達に気付かれるのが嫌で、かなり上空から動向を見守っていたのだが、同胞のピンチとあらば力を貸すに決まっている。
『ルナールに知らせたら、私は御主人様のところに戻りますわ。パトリシア達は、別の入り口から里へ入るといいわ』
「そう。助かるわ。里の者に伝言をお願いするわ。──この里は人に見つかった。今すぐ里を移動せよ。──ってね」
『いいの? 人は対話を望んでいる……と御主人様は言っておりましたわ?』
パトは遠くのカシミルド達を一瞥すると小さな溜め息をついた。
「ルナールは人との対話なんて望んでいないわ。もし対話がしたいなら、私が里の代表として話すわ。だから、一人残らず早く里を出てって伝えておいて」
『分かったわ。レオナールの無事も伝えておいてあげる。後、妹のことも、分かったことはないか聞いておいてあげるわ』
シレーヌの言葉にレオナールは驚き空を見上げた。
シレーヌの声はとても冷ややかで優しさなんか微塵も感じられないのだが、レオナール、そしてミィシアの事も気に掛けてくれていたのだ。
「よろしく。シレーヌ──レオナール、里までの道のり、図に書ける?」
「は、はい!」
レオナールは急いで地面に地図を書きなぐるのであった。