第百一話 ダンス
ラルムの父、アジュール氏の紹介により、ラルムはラージュにエスコートされて会場に入った。
皆の祝福を受け、会場の中央で婚約指輪をラージュから貰う。
ああ。私はこの人と結婚するのだな。
と、他人事のように思いながら。
シエルは、こちらを見ずに食事に勤しみ、スピラルは骨付きチキンにかぶりついていた。そしてカシミルドは放心状態でルミエルにケーキを食べさせてもらっている。
カシミルドの周りの魔力がいつもより強い気がした。
自力で立つのも面倒で、風の精霊に支えてもらっているようだ。
本当に面白い人物である。
「ラルム。今日はラルムの親族向けの挨拶だ。王都に戻ったら、我が屋敷で改めて婚約式を開くぞ」
「はい……ラージュ様」
ラルムは微笑みながらそう答え、ラージュはラルムの一言一言に悶えるのだった。ソルシエール家の者は皆、気が強い。そんな女性ばかり見てきたラージュにとってラルムの様な女性は理想であったのである。
そして、エテの名物であるハープが奏でられ、ラルムとラージュがまず一曲ダンスを披露し、他の者達も踊り始めた。
カシミルドはその光景をぼーっと見ていた。
ラルムは眼鏡を掛けていないと誰だかわからない。
王都の地下オークションで出会っていなければ、あれがラルムだとは気付かなかっただろう。
テツはカンナと楽しそうに踊っている。
何で皆踊れるのだろう。
きらびやかなドレスとタキシードが遠くに見える。
ここは自分の知らない世界のようで居心地が悪かった。
貴族が多いのか、研究員も何故か皆踊っている。
その中にはサージュとメディの姿もあった。
フォークを口に加えたまま微動だにしないカシミルドに、ルミエルが声をかける。
「カシミルド? 私と踊りましょう」
「えっ? ムリムリっ」
「私がエスコートしますの」
「ええっ!?」
自分よりも小さなルミエルに手を引かれ、踊る人々の間に立たされる。
ルミエルは淑やかに礼をすると、カシミルドもルミエルに合わせてお辞儀をして手を取り合った。そしてルミエルに動きを合わせてダンスをした。
ぎこちないカシミルドにルミエルは微笑みながら体を寄せ合う。途中誰かと背中が触れそうになるが、相手の方が軽い身のこなしで避けてくれた。
ふとそちらに目を向けるとテツさんだった。
遠くから見ても気付かなかったが、カンナはひきつった笑顔で固まっていた。凄く緊張しているみたいだ。
その向こうにはスピラルとレーゼさんもいた。レーゼさんがスピラルをくるくる回して遊んでいるようにしか見えない。
するとルミエルがカシミルドの耳元で囁いた。
「私を……見て」
言ったルミエルの瞳はカシミルドだけを見つめていた。
赤みがかった黄色い瞳。天井のシャンデリアの光と、カシミルドの顔だけが、その瞳に映り込んでいる。
銀色の髪は光を反射して輝きとても綺麗だった。
こんなに近くでルミエルを見たのは初めてかもしれない。
ちゃんと見つめ返す事も、初めてかもしれない。
──その時、演奏が終わりパートナーを代えるようにアナウンスがされた。
ルミエルと挨拶を交わし、そっとテーブルの方へ掃けようとしたカシミルドは、後ろから誰かに袖を引かれ立ち止まった。
振り替えると、カンナが立っていた。
桃色のドレスに身を包んで、目元や唇がキラキラと艶やかだ。真正面から見つめられると、緊張して心臓が高鳴る。
カンナはカシミルドに微笑みかけながら口を開いた。
「か、カシィ君……一緒にどうかな?」
「えっでも、僕、踊れないよ……」
「私、テツさんに教えてもらったから、大丈夫……」
テツがカンナの後ろでカシミルドに目で合図を送る。
ここでやらなきゃ男じゃないぞ。といった顔だ。
「……じゃあ……」
ハープの音が聞こえる。カンナはカシミルドを少し見上げて、軽く会釈すると手を握った。
カンナの指はこんなに細かっただろうか。
腕も腰も足も、いつもより身体の線がはっきり見えて、何だか落ち着かない。
クロゥがいたらうるさかっただろうな。
もしかしたら何処かで見ているかもしれない。
回りに目をやると、スピラルは何故かテランさんに、そしてルミエルはテツにダンスを申し込まれている。ムスッとしながらもテツの手を握るルミエルの姿にカシミルドは笑みをこぼした。
そしてダンスが始まる。ゆったりとしたハーブの音に合わせて、カンナが足を動かす。カシミルドもそれに合わせた。
「カシィ君。メイ子ちゃんも来れたら良かったね」
「そうだね。──おっとっ」
他の人にぶつかりそうになるカシミルドをカンナが引き戻す。
「ふふっ。焦らない焦らない……」
「ははは……」
苦笑いするカシミルドに笑いかけるカンナは、キラキラして眩しかった。
「カンナ、そのドレス似合ってるよ。髪型も……」
「ありがとう。ドレスはテツさんが選んでくれたんだ。私の髪色に合わせて……」
カシミルドは、テツとカンナが踊っている姿を思い出した。
とてもお似合いのカップルに見えていた。
「あー。テツさんか……何かズルいな……」
「えっ?」
「……テツさんが、独占してて……」
「あ、ごめんね。カシィ君もテツさんと──」
カンナが申し訳無さそうにそう言いかけ、カシミルドはグッとカンナの手を引き体を寄せ、耳元で囁く。
「違うよ。テツさんがカンナを独占してるって事が……何か……嫌なんだよ」
カンナはカシミルドの言葉に赤面する。
カシミルドの顔も赤く、しかし訴えかけるような目でカンナを見ていた。カンナは何と言葉を返したら良いか分からず戸惑いながらも口を開く。
「え、ぇえっと。その、今日だけパートナーのふりをしているだけだよ。テツさん、王子様だから、いつも大変なんだって……」
「……やっぱり。ズルい。──この後はずっと僕と……」
『ぅわぁっ。だ、大丈夫!?』
カシミルドのすぐ隣で男の人の慌てた声がした。
声のした方へ振り向くと、テランが気を失った赤いドレスの女の子を抱き抱えていた。
「スピラルちゃん!?」
カンナが慌てて駆け寄り、カシミルドも続く。
すると、レーゼが人混みを割って入り皆に謝罪した。
「失礼しました。我が隊の新人です。初めての場で気を張っていたのでしょう。別室で休ませますので……テラン様、申し訳ございません」
「いや、僕は別に。──それより、大丈夫かな?」
「はい。ご心配には及びません」
心配するテランに気を使わせまいと、レーゼはカシミルドに目配せした。
「カンナ、スピラルはレーゼさんに任せよう──あんまり、大事にしないようにさ」
「うん……でも、レーゼさんだって……」
カンナは途中で言葉を濁した。きっと、スピラルは男性とダンスしたことで倒れたのだと思ったからだろう。レーゼだって男性なのに大丈夫なのかと、心配しているのだ。
「ああ……レーゼさんだったら、大丈夫。……また今度話すね」
「うん……」
カンナは不思議がりながらも小さく頷き、スピラルが運ばれていく姿を静かに見送った。
◇◇
ダンスが終わり、ラルムはラージュと二人で参加者への挨拶周りをしている。カンナはまたテツの所へ戻り、カシミルドはルミエルと、そしてエルブと一緒にいた。
スピラルが倒れてバタバタしているうちに、カンナはテツに取られてしまったのだ。カシミルドは不満げに眉を潜めデザートの品定めをしている。
エルブもボーっとデザートを眺め、そして思い出したようにカシミルドに問いかける。
「カシミルド。君さ、スピラルちゃんと仲良い?」
「へっ? 僕よりはカンナやラルムさんの方が親しいと思いますよ」
「まぁ。そうだよね。大人しそうで、清楚で優しそうな子だもんね……大丈夫かなぁ。僕、何か悪いことしちゃったかな……」
テランはそう言って肩を落とす。
ルミエルはテランの顔を凝視した。
「あなた、ロリコン? キモッ……」
「そ、そんなことないよ。ただ、あの子……野良猫みたいで気になっちゃって」
否定するエルブの顔は真っ赤に染まり、ルミエルは至極嫌そうな顔をした。カシミルドはそんな二人に気付かず、スピラルの顔を思い浮かべ、答える。
「うん。猫っぽいかも……」
「だろ? 僕、猫派なんだよ!」
エルブが声を弾ませると、その後ろから女性の声がし、会話に入って来た。
「あら? 誰が猫派ですって?」
「ああ。ヴェルメイユ」
「あらぁ。シエル君と同期の子達よね? 可愛い~」
ルミエルの頬を撫で回すヴェルメイユに、ルミエルの顔から表情が消えた。ヴェルメイユを敵と判断したのだろう。
そして、ルミエルの頬を満喫したヴェルメイユは今度はカシミルドの方へ目を向ける。
「君には……これをどうぞ?」
ヴェルメイユは赤いブドウジュースの入ったグラスを差し出す。エルブはそれを見て自らもグラスを取った。
「よぉし。僕も飲もう! カシミルド。付き合って!」
「ええ~……」
カシミルドは不本意ながらもエルブに付き合わされる羽目になった。