第九十七話 本当の髪色
スピラルは真っ赤なドレスとにらめっこをしていた。
「はぁ……」
「あら? 可愛いくてよ。スカートは膝上、裾はふんわりとフリルが段になっていて、ドロワーズもありますの」
ルミエルはドレスを持ち上げスピラルに合わせた。
「や、やめろよ!」
「でも、これしかないのでしょう?」
「はい。スピラルのサイズですと、これしかないです」
レーゼは赤いドレスを見て真面目な顔で言い切った。
スピラルは肩を落とす。すると、アヴリルはスピラルを心配するように頬にすり寄った。
「こんなの、着たくないよ……」
「でも、夜会は楽しいですのよ? 豪華なディナーに、デザートだって沢山あるのよ?」
「豪華なディナー……」
スピラルはその言葉に心がぐらついた。
しかし、何故こんなに露出の多いドレスなのだろう。
しかも赤。一番嫌いな色だ。
「よりによって、赤いド派手なドレス……これ、誰が頼んだの?」
「あ……私が。スピラルは赤い髪だから、似合うかな……と思って」
レーゼは頼りなげに挙手をして発言した。
スピラルはため息と共に、アヴリルを抱きしめ顔を伏せる。
「赤髪のままじゃ駄目だから、今は焦げ茶色にしているんだけど。それに、皆にやっと男だって言えたのに……」
「あ、言ったんですか。それは良かったです」
レーゼは意外だとばかりの顔をした。
「そっか。レーゼは知らないのね。温泉で堂々と男湯に乱入したのよ?」
「堂々と乱入って……でも、スピラルは、こういう格好が好きでしているのでは……」
「違うから!! この教団の制服だって女物って知らなかったし、皆が勝手に勘違いして……言い出せなくて……。女物の服なんか、吐き気がするほど嫌いなんだ……」
「吐き気がするほど……ね。だったら尚更、このドレスを着るのよ!」
ルミエルは感情を高ぶらせながら赤いドレスを掲げ、レーゼとスピラルはそれを冷めた目で見つめた。
「何よ。そんな気の抜けた顔をして! スピラル、苦手な物は克服しましょう。これはきっとチャンスよ!」
「苦手を克服……って、女装を克服する必要はないだろ。俺は男なんだから」
「……可愛いは正義なのよ。スピラルはこれを着ても可愛いの。だから着る権利も資格もあるのよ。──それに、豪華なディナーは食べたくないの?」
ごくり、とスピラルの喉がなる。
ルミエルはもう一息と思い、更に言葉を紡いだ。
「さあ。苦手を克服して、美味しいディナーを食べましょう……このドレスを着れば夜会に参加できる。着なければ会場には入れない。ディナーも……なしよ」
スピラルは悩んだあげく、ルミエルに尋ねた。
「……俺にこのドレスを着せたいだけだろ?」
「あら。バレまして?」
「レーゼさんは? 男物を着るの? 女性なのに……」
「はい。……あ。私が女だと気付いてたのですね。まぁ、そうですよね。レーゼルの事も知っていますしね」
「うん。……でも、レーゼさんがそうなら、俺もそのドレスにしようかな」
スピラルは赤いドレスを手に取った。
そしてまたドレスとにらめっこをしている。
アヴリルはドレスに体当たりして楽しそうだ。
そんな一人と一匹を、ルミエルは満足そうに眺めた。
「ふふふ。スピラルはドレスで決定ね」
「ルミエル様。別に無理にドレスを着なくても、教団の制服ても良かったのでは?」
「折角だから、みんな正装がいいですの。カシミルド達の分もレーゼが決めましたの?」
「私が決めたのはスピラルとカシミルドの分だけですよ」
「えっ。カシミルドの服は私が決めたかったですの……。テツ達はまぁ、自分で決めるわよね……あら? カンナは衣装には興味なさそうでしたけれど、自分で決めましたの?」
「いいえ。カンナのドレスだけはテツ様が決めていましたよ」
「何故?」
「私しかカンナ君の本当の姿は知らないから。彼女の本当の髪色に合わせたドレスにしたい……とか言ってましたよ」
レーゼはテツの声色を真似て言った。
言った後に急に恥ずかしくなって顔を赤らめるも、ルミエルは気にしていなかった。テツの言葉の意味が気になりそれどころではなかったのだ。
「本当の姿……。あの二人、お付き合いでもしているのかしら?」
「さぁ? 淡いピンク色のレースをあしらったドレスでしたよ」
「ピンク? 焦げ茶色の瞳と髪にピンク!? 似合わないわ……私もピンクにしようと思っていましたのに!」
「……ルミエル様は何色でもお似合いになりますよ?」
ルミエルはふとあることに気づく。カシミルドもスピラルも、よくある焦げ茶色の髪色をしている。
「スピラル。カンナも髪を染めているの?」
「え? うん」
「本当は何色かしら?」
「知らないけど……」
「何で知らないのよ!」
「ルミエル様。テツ様にお伺いしてみれば良いのでは?」
「そうね……そうしましょう……あ。カシミルドは何色にしたの?」
「無難に黒ですよ」
「なら私も大人っぽく黒にしましょう!」
ルミエルは鼻唄を歌いながら夜会の準備に勤しんだ。
──しかし、扉の内と外では真逆の空気が流れていた。