第九十六話 次は精霊
「精霊の魂が、あの魔道具の動力源という事か……シレーヌには伝えたのか?」
「伝えてはいないのですけど、メイ子も見ていたので、すぐに伝わると思います」
「……そうか」
テツは小さくため息をつき、目の前の大きな蔦を凪ぎ払い霧散させた。カシミルドは掌に種を乗せ呪文を唱える。種は根を生やし茎を伸ばし、蔦が四方に広がった。
そして、ある程度成長させると、それをテツに向かって投げていく。演習室の中は蔦で一杯になっていた。
「なあ。話すか遊ぶかどっちかにしたらどうだ?」
クロゥは蔦で作ったハンモックの上で寛ぎながら、呆れ声で言った。そんなクロゥに視線を送ることもせず、カシミルドは次々と種を発芽させていく。
「クロゥのためでしょ。誰も演習室に入れないように、蔦で邪魔してるんたから……それに、そんなまったりしながら言われても説得力ないから!──それより、テツさん。あの研究、止めることは出来ないんですか?」
「目に見える実害が確認できれば中止を訴えることが出来るが……現状では厳しいな。国の事業の一つではあるが、フォンテーヌが主体となって行っていることだからな。それ相応の理由がないと、止めることは出せない」
「……そうですか。ラルムさんだったらどうですか?」
「うーむ。ラルム君がフォンテーヌを継ぐことはないからな。先程の会話を聞いていても、ラルム君が出来る事は……精霊の現象を立証し、それによって人々にどんなリスクがあるのか、それを提示するしかないだろうな……」
「人々へのリスクですか?」
カシミルドは魔法の手を休めることなく、テツの言葉を反芻しその意味を考え込む。
「ケケケッ。さっきの女も言ってただろ。精霊が生ききていようがなんだろうが関係ないんだぜ? 要は、精霊という物資が減ったら人間は困るかどうかだけなんだ。そういや、培養すればいいとかも言ってやがったな……」
クロゥは苦笑いを浮かべ、ハンモックに横たわり天井を見上げた。カシミルドは小首を傾げテツに尋ねる。
「あの、培養って……何ですか?」
「培養とは……草で言えば栽培と同じ意味だ。といえば分かりやすいかね?」
「えっ、じゃあ、精霊を自分達で育てて増やす。ってことですか?」
「ああ。その意味でいいのではないか」
「ケッ。んなこと出来るわけねぇだろうが」
クロゥが悪態をつくと、二人もそれに同意したかの様に会話が途絶えた。すると、カシミルドの頭上から声がした。
「──本当に。人間は傲慢で卑劣な生き物ですわね」
皆、声のした方へと視線を向ける。
そこにいたのは水泡に包まれたシレーヌであった。
「シレーヌ……」
テツと見つめ合い、シレーヌは悲痛な面持ちで呟いた。
「天使、魔獣。次は、精霊ですか?」
クロゥはその言葉を聞くと、黒鳥に姿を変えカシミルドのフードの中へと隠れた。するとシレーヌも泡となって消えてしまった。
「あっ。シレーヌ……。クロゥも、どうしたの?」
カシミルドがフードの中のクロゥに呼び掛けると、演習室の扉がノックされ、見知らぬ男性が部屋に入ってきた。だからクロゥ達は隠れたのだ。
「こんにちはー。あー。どもども。テツさま。えーと君は初めましてかな? 僕はエルブ。エルブ=テラン」
エルブは自己紹介をしてカシミルドに手を差し出した。
カシミルドは手を取り、ぎこちない挨拶を返す。
「あ、カシミルド=ファタ……ールです」
「へぇ~。後発隊の子だよね? ごめんね。僕、会議はいつも寝ててさ。──それよりさ。この蔦凄いね~。僕も地属性の魔法が使えるんだけど……これ全部君が?」
エルブは陽気な笑顔を振り撒きながら部屋を見渡した。
そしてハンモックに気付き瞳を輝かせる。
「ねえ。あのハンモック乗っていい?」
「ど、どうぞ……」
エルブは蔦を掻き分けてハンモックに飛び乗った。
ユラユラと揺れ、心地よさそうに寛いでいる。
「あの……あの人は?」
「エルブ殿はあまり会ったことがなくて知らないのだが……何しに来たのだろうな?」
テツは楽しげなエルブを見て首を捻るばかりだった。
するとエルブは突然起き上がり二人に顔を向ける。
「そうそう。仕立て屋さんが夜会の服を届けくれたんだ。それをテツ様に伝えに来たんでした!」
「そ、そうか。ここを片付けたら取りに行くよ」
「じゃ、僕はこれで!」
エルブは軽く会釈すると部屋から出ていった。
「あの人も指揮官の一人……ですよね?」
「ああ。優秀だと聞いていたのだが……よく分からん」
◇◇◇◇
演習室の扉の前で、エルブは淡く光るロケットペンダントを眺めていた。
「うーん。やっぱり微妙に光っている。テツ様のせい……かな?」
不思議がりつつエルブはペンダントを胸元にし舞い込んだ。
昨夜はペンダントは光っていなかった。
しかし今は微かに光っている。
やはり壊れているのだろうか。
「こんなので見つけられるかな……まぁ成るようになるか!」
エルブは一人で納得し、屋敷に向かって足を進めるのであった。
◇◇◇◇
ルミエルはレーゼに用意された部屋で、ドレスを胸に当てご機嫌な様子である。その隣で心配そうに見守っているのはレーゼではなくカンナだ。
「ルミエルさん? 休まなくていいんですか?」
「もう平気よ。寝込んでいても仕方がないもの。私は──いえ。何でもないですの。カンナは、夜会のドレスはどうしますの?」
「テツさんが皆の分を用意してくれるそうです」
「それは知っていますの。どんなドレスか聞いたのですわ」
「さぁ……そんなことより、さっきの演習は──」
「やめてっ!──思い出したくないの……次は、精霊だなんて……」
ルミエルは声を荒げてカンナの言葉を遮った。
カンナは驚き口元を押さえて口を接ぐんだ。
「どうしました。大きな声を出して?」
「レーゼさん……」
スピラルとともに部屋に入ってきたレーゼを見て、カンナはホッと息を吐いた。
「レーゼ……兄さん。スピラルの洋服は?」
「あー。それが……」
レーゼは赤いドレスの様なものを抱え、スピラルを気にしながら引きつった笑みを浮かべた。その横でスピラルはいつも通り無表情だが、カンナには分かる。
「スピラル君……怒ってる?」
カンナと目が合うと、スピラルはサッと目を反らした。
一体スピラルとレーゼに何があったのだろうか。
「実は……」
「言わなくていい」
レーゼの言葉をスピラルが遮る。
レーゼは困ったように笑い、スピラルは不満そうに俯く。
ルミエルはそれを見てクスッと笑った。
「カンナ。私達は夜会の仕度をするので、出ていってくださる? カンナは──ラルムの部屋で仕度なさい」
カンナはレーゼとスピラルを見た。
二人とも男だから、自分が居ては仕度ができないのだ。
ルミエルはレーゼの妹だからいいのだろうか。
「分かりました。ルミエルさんは……」
「私はレーゼと一緒でいいの。──一晩同じ部屋で寝たぐらいで、私と親しくなったとでも思っているんですの?」
「いえ。では失礼しますっ」
ルミエルに睨まれ、カンナは慌てて部屋を飛び出した。
そして廊下に出て気がつく。
ラルムの部屋が何処にあるのか知らないということに。
部屋に戻ろうとしたが、ガチャリと鍵のかかる音がした。
「あ。閉まっちゃった……どうしよう」
カンナが戸惑っていると、遠くから足音が響いてきた。
三階から誰か降りてくるようだ。
降りてくる人物が知り合いであることを祈りながら、カンナは階段をじっと見つめた。