第九十三話 試作品〇九二七
翌朝。カシミルドは朝からテーブルの上で手紙を書いていた。眉間にシワを寄せ、何やらブツブツと呟いている。スピラルはベッドから体を起こし、テーブルに向かうカシミルドを視界に入れた。
「カシミルド。何書いているの?」
「スピラル、おはよう。──姉さんへの手紙を書いてるんだけど……それより、よく眠れた?」
「あー。うん」
スピラルは男が苦手だと思っていたのに、朝までぐっすり爆睡していた自分に驚き首を傾げた。シエルに触れた時は拒絶反応が出たのだが、カシミルドでは起きないのだろうか。
まあ、カシミルドに触れた訳でもないから平気だっただけかもしれないが。
テーブルに向かうカシミルドは、頭を掻きむしると落胆の声を漏らした。
「あー。何て書こうかな……」
カシミルドの周りには丸めた紙屑が幾つも転がっていた。
「何をそんなに悩んでいるの?」
「呪いについて聞きたいんだけど……姉さんから手紙の返事が来ていないから……多分、姉さん怒ってるんだと思うんだよね。どう書き出したらいいのか分からなくて……」
「普通でいいんじゃないかな?──お元気ですか? 僕は元気です。呪いについて教えてください──って、何の呪い?」
「えっと、何のって……説明が難しいんだけど……」
カシミルドは呪いの種子について順を追って説明した。
城で魔獣討伐と聞いて体に異変が起きたこと。地下で闇市のチラシを見た時も体に違和感があったこと等々、包み隠さずスピラルに話した。
スピラルは驚きと困惑の入り交じった顔で考え込む。
スピラル自身も自分の痣が何かの呪いの類いかと悩んでいたのだが、カシミルドにかけられた呪いの方が段違いに厄介だろうと推察する。
だって、呪いをかけたのが天使だと言うのだから。
しかし、そのせいだろうか。
カシミルドの周りにルミエルやクロゥがいるのは。
「それ、ルミエルやクロゥには、どうにか出来ないの?」
「あー。二人とも呪いの事は知ってるけど……難しいみたい。……スピラルってさ、みんなの事よく見てるよね。その二人の名前を出すとは思わなかった。でもどうして?」
「魔法に詳しいのは、その二人だと思ったから。それより書けたの?」
「うーん。全然書けてない。ははは……」
カシミルドが空笑いをすると、ノックと共に扉が開き、メイ子が飛び込んできた。
「おはようなののーー!!」
「メイ子ちゃん。勝手に開けちゃ駄目だよっ」
カンナは後ろからメイ子を制止するも振りきられたようだ。メイ子はカシミルドの背中に飛びつくと、テーブルの手紙に視線を落とした。
「何してるなのの?」
「姉さんへの手紙だよ。どう書いたらいいのか悩んでて……」
「どれどれ?」
カンナも手紙の内容を見て助言をする。
カシミルドは成る程と呟き手紙を書き始めた。
──数分後。
カシミルドは手紙を高々と掲げ満足そうに微笑んだ。
「出来た!」
「上手く書けた?」
スピラルの問いにカシミルドは大きく頷き、手紙を丁寧に折り始めた。
「僕にかけられた呪いとは書かずに、天使の呪いを解く方法を聞いてみた。後は姉さんが好きそうなモフモフについて書いたし、姉さんの気を引けると思うんだ。──よぉし……」
カシミルドは鳥の形に紙を折ると、窓の外へ向けて手紙を放り投げた。白い鳥は瞬く間に風に乗り空の彼方へと飛んでいく。
「これでよしっと。──みんなありがとう。さ、ごはん食べたら実験だっけ?」
「そうだね。今日は街の外でやるみたいだよ。テツさんが迎えに来てくれるって」
「そっか。じゃあ。メイ子はまたカンナのポシェットに入っていてね」
「むぅ。了解なのの」
メイ子は頬を膨らませつつ了承した。
そして窓の外へ目を向けた。
「あ。テツ、もう来てるなのの」
「えっ!? 急がなきゃ、ご飯食べたい」
「うん。急ごう!」
三人は慌てて部屋から飛び出し、食堂へと駆け降りて行った。
◇◇◇◇
湖上に広がるエテの街から北東に位置する湖の畔に、旧エテ市街地がある。
市街地というより、跡地と言った方が正しいだろう。
跡地といってもあるのは半壊した闘技場のみであるからだ。
湖と山に挟まれたエテは、三百年ほど前に火山の噴火による溶岩でその存在を失った。町を形成していた家並みは溶岩に覆われ、山側に面した闘技場の半分が崩壊している。
湖上の街から見る闘技場は、外傷もなく綺麗なまま佇んでいる様に見えるのだが、近くで見ると内部はボロボロでまるで廃墟であった。
今日はこの闘技場で、実験を行う予定だ。
この場所なら街からも見えないし、大掛かりな実験には丁度いいのかもしれないが……昨日みた小銃にそんな威力があるとは思えない。
他にも秘密兵器があるのかもしれない。
カシミルドはそんな事を考えつつ、周りを見渡した。
サージュさんは大きな鞄を闘技場の中央に置き、その横でラルムとシエルが補佐に当たっている。
瓦礫と化した山側の闘技場の壁面にはメディさんが作業中だ。大きな瓦礫を選びバツ印を書いている。
カシミルドの腕にはルミエルがしがみつき、その隣にスピラル、そしてカンナとテツが立っていた。
皆、サージュの鞄から何が出てくるのか注視している。
もちろんカシミルドも興味津々であった。
「ルミエル。腕、そろそろ離してよ。動き辛いんだけど?」
「何を言っていますの? 夜這いして、それを受け入れた仲じゃありませんの?」
「カシミルド君。何の話だ?」
ルミエルの戯言にテツが反応した。
カシミルドの首筋に振動が伝わってくる。
ローブのフードの中でクロゥが笑っているのだ。
カシミルドは首筋を睨みながら、テツの疑問に答える。
「テツさんから借りた杖を、夜中にこっそり取り返しに行ったんです。結局ルミエルに気付かれちゃったので、夜這い失敗でしたけどね」
「……それは夜這いとは言わないと思うぞ」
「……あ、追い剥ぎでしたっけ?」
「普通に取り返しに行ったでいいんじゃない?」
スピラルがボソッと呟くと、皆が納得したように頷いた。
その時、サージュが満面の笑みで大手を降りこちらに呼び掛けた。
「おーい! 準備万端! もう少しこっちに来いよ!」
サージュの手には昨日の小銃が握られていた。
昨日と違うことと言えば、サージュが握っている部分が仄かに赤く光っていることだ。
「あの光は……」
「加護石かしら?」
ルミエルにも赤い光が見えているようだ。
サージュは小銃をぎこちなく構えると、メディが印を付けた瓦礫へと銃口を向けた。メディはいつの間にかラルムの隣でその様子を見守っていた。
「んじゃ。一発目行くぞー! 試作品〇九二七。ドーン!!」
サージュは気の抜けた掛け声と共に引き金を引いた。
ボンヤリとしていた赤い光が一際強く発したかと思うと銃口から赤い光のような何かが発せられる。
──次の瞬間、百メートルほど先の瓦礫が粉砕した。
メディが印を付けた瓦礫より十数メートル右に逸れた所にあった、獣型時のメイ子サイズの岩だった。
今は跡形もない。でも、消えたのは岩だけではなかった。
カシミルドの腕を掴むルミエルの手にグッと力が込められた。
「……おぞましい」
ルミエルは顔面蒼白で呟き、カシミルドに体重を任せた。
「ルミエル。大丈夫?」
「……気分が悪いですの」
「……やっぱり?」
ルミエルの不調にカシミルドは心当たりがあった。ルミエルもカシミルドが勘づいていることに気づき、その問いに答える。
「ええ。あの武器から発せられたのは──精霊の魂の欠片ですわ……」
ルミエルは真っ直ぐに小銃を見つめ、そう断言した。