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天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第一章 城下の闇 第二部 王都城下街にて
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第十二話 初めての王都

 子供の頃によく嗅いだ、甘酸っぱい果実のような、ほんのり甘く穏やかな香りがする。

 そう、これはカンナが好きだった小さな白い花の香りだ。

 懐かしい。よく二人で篭一杯に花を摘みに行ったな。


 カンナはよく崖を滑り降りて、花畑がある秘密の場所に連れていってくれた。

 僕はいつも傷だらけになって、姉さんに怒られたっけ。


 カンナの真似して木登りしては降りられなくなったり。

 そうそう、そういう時は僕を木の上までカンナが迎えに来てくれた。

 大丈夫だからってカンナに諭されて、二人で木から飛び降りた事もあったな。


 あの後、僕だけ大怪我して何日も家から出してもらえなかった。

 カンナは無傷だったけど。

 そう、カンナはよく木の上から飛び降りて登場してきた。


 僕が木の下で昼寝をしていると……そうだ、カンナが上から落ちてきたんだ。

 あれは夢?

 自分の記憶を辿っていくと最後に見たのは……心配そうなカンナの顔。


 カシミルドは飛び起きた。

 そこはふかふかのベッドの上だった。

 周りには誰もいない。


「ここは……?」


 頭が少しフラフラする。

 周りを見回すと誰かの部屋のようだ。

 窓から陽射しがよく入り明るく清潔感のある部屋だ。

 テーブルと椅子、鏡台に扉は二つ、窓辺には白い小さな花が花瓶に生けてある。


 そしてベッドの上にはメイ子が……と思ったが、同じ位の大きさのぬいぐるみが二つ転がっている。

 その一つを手に取ると白くて丸くモコモコしているが、犬? だろうか、カンナが好きそうだ。

 もしやここはカンナの部屋か……。

 カシミルドが状況を飲み込めずにいると、


「カチィたまー。心配したなののー!」


 どこから声がするのかと思えば、ぬいぐるみと思っていたもう一つのモコモコはメイ子だった。

 カシミルドの胸に飛び込み涙と鼻水をゴシゴシと服に擦り付けてくる。


「ごめん、メイ子。心配かけたね。ここ、どこか分かる?」


 メイ子は体をコクコクと縦に振る。

 メイ子はどこか分かっている様だが、涙が止まらず答えられずにいる。


 その時扉の向こうからドタドタと誰かが走る足音が聞こえた。

 その足音は扉の前で止まり、ガチャリと扉が開く。


「よいしょっと」


 カンナが二人分の昼食を持って部屋に入ってきた。

 メイ子はコロコロ転がり、カシミルドの後ろに隠れぬいぐるみのふりをした。

 ベッドに座るカシミルドを見てカンナは驚く。


「起きて大丈夫? 魔封具を外したら倒れちゃったから、また何か起きちゃうんじゃないか心配したんだけど……やっぱりただの貧血かな?」


 カンナはテーブルに食事を置くと、カシミルドに駆け寄り両手でカシミルドの頬を包み込む。


「顔色、良くなったね」


 カシミルドの眼前でカンナがにっこりと笑って言った。

 カンナの顔があまりに近すぎるからか、笑顔が天使の様だからか、カシミルドの顔が急速に火照る。


 そして緊張のあまり、ギュルルルルとお腹が豪快に鳴った。

 朝から何も食べていない事を思い出す。

 美味しそうなシチューの香りに体は正直だった。

 カシミルドは恥ずかしくてカンナから視線をそらし、益々顔が紅潮する。


「ふふふっ。話は後にしてさ、食べよう。ポムおばさんの料理は、この国で一番美味しいんだから!」


 カンナは自慢気に言いながら、カシミルドに椅子に座るよう促し自分も椅子に腰かけた。

 トーストと野菜たっぷりのシチュー。

 香りだけでなく見た目も最高に食欲をそそる。

 まずは腹ごしらえだ。


「いっただきます」


 カシミルドはそう言うと、お皿を空にするまで無言で一気に食べてしまった。

 カンナはその様子を楽しみながらゆったりと食事をする。

 カシミルドはお腹が満たされると、自分の状況を思い起こした。


「カンナ。会って早々、色々と迷惑かけてごめんね。食事もありがとう。ここはカンナの部屋? 叔父さんと叔母さんは?」


 カシミルドは周りを見回す。

 窓の外には少し離れた所に隣家が見える。


 クロゥの情報だと第四王区は農村らしい。

 地図でみたそうだ。

 叔母さんの家は第四王区だと聞いていたが農村地域と言うより、街だ。

 こんなに近くに隣家があるなんて、さすが王都。


「ここは、私がお世話になっている第三王区の宿屋なんだ。叔父さんと叔母さんとは、今一緒に暮らしていないの」

「えっ。そうだったんだ……」


 カンナはシチューをスプーンでくるくるゆっくりかき混ぜながら、一つ一つ言葉を選びながら話す。


「二人にね、子どもが出来たの。それで、子育てするなら王都じゃなくて、もっと田舎の方がいいってなって……」


 姉弟か、カシミルドは姉を思い出す。

 カンナだったら素敵なお姉さんになれるだろう。


「カンナ、お姉さんになるんだね。弟? 妹?」

「あっ弟だって。……それで」


 カンナは言いかけて口を閉じる。

 そして何か考えながら、ゆっくりと口を開く、


「私だけ王都に残ることにしたの。黒の一族としての調査もあるし。その……ミラルドさんには内緒でお願い! 本当なら里に戻って子育てすればいいんだけど、気まずいからとか色々言っていて。多分私のせいなんだけど……。――まあ、私の話はいいとして、黒の一族の本家の人間が島を出るなんて、ビックリだよ。何があったの?」


 カンナはそれ以上、自分の話はしたくないような口振りでカシミルドに話を振る。

 急に話を振られ、カシミルドは戸惑いながらベッドで寝たふりをしているメイ子に目をやりながら答える。


「えっと。何から話そうかな。メイ子? ちょっと来て」


 ベッドの方に向かって呼び掛けるカシミルドを見て、カンナは訳がわからず首を傾げた。


「メイ子?」


 カシミルドがもう一度声を掛けると、ベッドの上の白いモコモコがフワリと宙に浮かび上がる。

 そしてくるりとカシミルド達の方に振り返ると、焦げ茶色の丸い顔とつぶらな紫の瞳、そしてハートの形をした銀の角がひょっこり現れた。

 メイ子はよく透る声で、


「わたくち、メイ=フェルコルヌと申ちますなのの。カチィたま。その馴れ馴れちい女は誰なのの!」


 小さな瞳をメラメラと燃やしながら偉ぶって言った。

 メイ子の突然の登場にカンナは目をパチパチさせて驚いている。


「紹介するよ。こちらは僕の幼馴染みで、従妹のカンナ。それでこの白いモコモコは魔獣のメイ子。――僕達はメイ子のお姉さんを探しに来たんだ」


 メイ子はずっとカンナを睨みつけている。

 が、カンナはメイ子に見つめられていると勘違いしそのつぶらな瞳に引き込まれる。


「カ、カッワイー! モコモコだぁ!」


 カンナは椅子から跳ね立ちメイ子の元に駆け寄って抱きしめようとする。


「ひぃっ。触るななのの! あっち行くなのぉー」


 メイ子はカンナの手をすり抜け部屋中を飛び交い逃げるが、カンナも怯むことなく追いかけ回し、ついには天井の角に追い詰められた。

 今にも飛びかかって来そうなカンナを見て、メイ子は泣きながら、


「カチィたまぁぁぁ!!」


 カシミルドに助けを求めた。

 カンナはそんなメイ子の声など耳にも入らない様子で、天井まで跳び上がろうと身を屈める。


「カンナ。ちょっと落ち着いて。メイ子、泣いているから」


 カンナは跳び上がる既の所でカシミルドに腕を捕まれ我に返る。


「えっ? ごめん。あまりの可愛さに、自分を見失ってたよ」


 メイ子は二人が話している隙にカシミルドの背中にピッタリと貼り付いて隠れた。


「本当にごめんね。怖がらせちゃったかな。あの……さ、触るのは駄目かな?」


 カンナはそれでも諦められず、カシミルドの背中を覗き込もうとしながら申し訳なさそうに言った。


「嫌なのの。メイ子にも、カチィたまにも触るななのの」


 メイ子はカシミルド越しにカンナを威嚇した。

 メイ子の悪態にカシミルドは見兼ねて叱責する。


「メイ子もいい加減にして。メイ子のお姉さんを探すには、カンナの協力が必要だよ。メイ子も仲良く!」


 メイ子はしょんぼりとカシミルドの背中から離れていった。

 そして反論するのかと思いきや、


「そうなのの。協力なのの! そこの女! カチィたまは、お前の事をただ利用してるだけなのの!」


 先程まで泣いていたとは思えないほど愉しげに意地悪く口擊した。

 しかしカンナには全く効いていないのが可哀想である。


「そっか。そうだね! 仲良くしようね。メイ子ちゃんのお姉さん、絶対見つけよう。私に出来る事なら何でも言って! 何か手掛かりはあるのかな?」

「むぅ。わ、割りと話の解る女なのの……。メイ子の姉たまは、お城の方にいるなのの。メイ子には、姉たまの気配が解るなのの!」


 メイ子が自信たっぷりに説明する。

 カンナは顎に手を添え考え込む。


「すごいね! でもお城か……。ねぇ。どうして探しているの? メイ子ちゃんは迷子なのかな?」


 メイ子はカンナの言葉にピクッと反応し、急に興奮し怒りだす。


「メイ子は迷子じゃないなの! 失礼な女なの。――メイ子が産まれてちょっとした時に大きな地震があったなの。その時に姉たまがメイ子や他の姉妹を魔獣界に逃がしてくれたなの。メイ子は姉たまに会いたくて、ずっとこっちに戻る機会を伺ってたなの。そんな時にカチィたまに出会って――。と、兎に角、迷子では無いなのの!」


 迷子という言葉が気に入らなかったのだろう。

 その言葉を否定したかったのに、話しの途中からメイ子は自分が何を喋りたかったのかよく分からなくなっていた。

 カシミルドが助け船を出す。



「メイ子は迷子じゃなくて、僕の命の恩人なんだよね」

「そうなのの! メイ子は迷子じゃないなの。迷子は……メイ子じゃなくて、姉たまの方かもなの」


 そう言うと、メイ子はしょんぼりしながらカシミルドの腕に顔をコシコシして身を委ねる。

 カシミルドはそれに答えてメイ子を優しく抱きしめた。


「よしよし。――カンナ。メイ子のお姉さんと、どこではぐれたのか、それにどうして城に居るのかは、よく分からないんだけど。……お城って行けるのかな?」

「お城ね……。ちょっと外に行こうか! メイ子ちゃんも」


 カンナに誘われ、メイ子をカシミルドの鞄に隠して三人で外に出ることにした。


 一階の食堂は静かで、夕食前の休憩時間のようだ。

 外はもうすぐ夕焼けが広がるであろう、陽が大分落ちてきている。


 宿屋をでると大勢の人が行き交っている。

 カシミルドはその人の多さに驚いた。


「都会だ」


 カシミルドがボソッと呟くとカンナがカシミルドの手を取る。


「こっち。はぐれちゃうといけないから、手。離さないでね」


 カシミルドの耳元で囁いた。

 まるで子供の時に戻ったかのように、二人は手を取り合い歩みだした。


 カンナに手を引かれ人混みを縫って歩く。

 都会とはこんなに人が多いのか。

 カシミルドはキョロキョロ辺りを見ながら進んだ。


 行き交う人々はこの街の人だろうか。

 小さい子連れの家族が多い、夕食の買い出しだろうか。

 カシミルドのようにこの街に不慣れな人も多いようだ。

 商店で土産物を見る家族や、道を聞いている人と何度もすれ違った。


「カンナ。いつもこんなに他の街の人もいるの? さすが王都だね」

「いつもではないよ。今は特別な時期なの」


 カンナは空を見上げて言った。

 カシミルドもカンナの視線の先を見る。


 十字架と赤い薔薇を象った紋章が描かれた白い旗がいくつも商店の間に張られたロープから吊り下げられている。

 特別ということは、何かの祝祭だろうか。


「もう少し。こっちだよ」


 カンナは港の方へと歩き出す。

 人がこんなに多いのに、誰もぶつからないのは不思議だ。

 カンナも慣れた様子でスイスイ歩む。

 しばらく歩くと大きな噴水のある広場に出た。


 噴水の真ん中には水瓶を持った白い天使の像が飾られている。

 天使の持つ水瓶からは、水が燦々と輝きながら溢れ出している。

 カンナは噴水に駆け寄ると自慢げに言った。


「綺麗でしょ。この噴水! この国の初代女王の母である、慈愛の天使アグレアーブル様の像なんだって! それにこの水瓶。凄いでしょ。ずっと水が出るんだよ! もちろんフォンテーヌ製。第三王区のシンボル」

「天使……」


 カシミルドは白い天使の像に見とれた。

 背中に生えた大きな翼、寂しげに微笑み空を見上げ、今にも動き出しそうな美しい像。


 これがこの国の初代女王の母親。天使が母親……。

 それなら、この国の王様は天使なのだろうか……。


「ほら、カシィ君が大好きだった絵本の主人公だよ」

「僕が好きだった?」


 カシミルドが大好きだった絵本はただ一つ。

 その絵本には、天使は青年と結ばれて幸せに暮らしましたってあったけれど。

 それが初代女王の母とは知らなかった。

 むしろ実際にあった話だとも知らなかった。


「あの話。本当の話なんだ」

「本当かは知らないけどね。――それと……見えた? この広場にある高い塀の向こうが第二王区、その上に貴族が住む第一王区。そしてその上にあるのが、私たちが目指すお城。一つの山をすっぽり都にしたこの街は、上へ登れば登るほど高い身分の人々が住んでいて、それ相応の身分がないとその王区に入ることすら許されないの」

「身分か……」

「あっちなのの。姉たまの気配あっちの方からするなのの」


 メイ子は鞄の隙間から城の方を見て心配そうに呟いた。

 噴水広場の南西に港、そして北東には、第二王区との境となる石で作られた大きな灰色の門が見えた。

 そしてその門の奥、山の山頂に目指す城が小さく見えた。

 カンナはメイ子をを励ますように言う。


「でも、大丈夫! 明後日はお城の隣の教会で大事な儀式があるの。それに私たちも参加すれば、お城に行けるわ!」

「むぅ。メイ子行くなの! 儀式行くなの!」


 メイ子は興奮して鞄から飛び出しそうになり、カシミルドが慌てて鞄に押し戻す。


「メイ子。静かにね。――カンナ、儀式ってどんなの? 誰でも参列できるの?」

「誰でもじゃないんだけどね。私たちは参加資格があるの」

「メイ子はしかくあるなのの?」

「メイ子ちゃんは駄目かな。また鞄に隠れていれば良いよ。明後日はね、選定の儀があるの。天使の祝福を受けたものは、十五歳までにその力に目覚めるって話は知っているよね?」


 カシミルドは真顔で首を横に振る。


「あれ? 知らない? まあ、私たちの年代の子はちょっと特別だしね。祖先から受け継いだ祝福の力は、遅くても十五歳までには覚醒するって云われていてね。選定の儀では力が覚醒しているかどうか試されるらしいわ。選定された者は王国直属聖魔術育成管理教団に入れるらしいのよ」


 知らない言葉ばかりでカシミルドは話に全くついていけない。するとメイ子が


「カチィたまなら入団確実なのの」


 と自慢気に話に入る。カンナは同意するかのように軽く微笑んだ。


「そうだ、メイ子ちゃんのお姉さんは何てお名前?」

「あ、僕も知らないや」


 二人は鞄に視線を落とす。メイ子は小さな瞳を瞑り、瞳の裏に暖かな姉の笑顔を思い出す。


「アン。アン=フェルコルヌ……」

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