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天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第二章 東方への誘い 第四部 魔兵器と魔獣の隠れ里
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第八十五話 魔道具研究棟三階資料室

 シエルは小銃に興味を持っていたこともあり、ラルムと同じく魔道具の研究資料の棚へ。スピラルも同じかと思ったが、魔法の勉強がしたいらしく魔導書の棚へ案内してもらっていた。


 カシミルドはスピラルと同じく魔導書の本棚の前へ来た。

 呪術や歴史に関する本は一冊ずつしかなく、リーヴルが持ってきてくれたからだ。


 カシミルドは、隣で一緒に本棚を眺めるリーヴルに礼を言った。


「ありがとうございます」


「はい。魔導書は種類が多いので、お好みの系統がありましたらお探ししますよ?」


 リーヴルはとても気が利く女性のようだ。ルミエルは興味無さそうにカシミルドの隣で本棚を眺めている。


「じゃあ、ルミエルに、光の魔法の本とか……」


「光……ですか? 光の魔法に関する書物はありません。地上に光の魔法を行使できる人間はおりませんので。──あ! よろしければ、この七大魔法論をお読みいただければと……」


 リーヴルは本棚からさっと一冊の本を抜き取り、カシミルドに手渡した。


「あ、ありがとう。後は……」


 カシミルドが本棚に視線を巡らしていると、ルミエルがリーヴルを押し退けカシミルドの隣に入り込んだ。そして本棚に手を伸ばす。


「私が見繕って差し上げますの。──カシミルドに良さそうなのは……これとこれとこれと……」


 その余りの選別の速さにリーヴルは目を丸くしている。


「おおっ。四大魔法の中上級呪文の本ですね! しかも実戦的なものばかり。中々マニアックです! もし、魔導書の呪文を試したければ、一階の演習室をご利用ください! 余り過激なものは駄目ですよ」


「あら。便利なのね──さあ。カシミルド! 私と一緒にお勉強しましょう?」


 ルミエルは不適な笑みを溢すと、カシミルドに腕を絡ませ階段へ向けてぐいぐいと引っ張った。


「えっ? ちょっ……か、カンナも……」


 カンナはスピラルと魔導書を探していた。

 カシミルドに気付くとスピラルの肩を叩き、二人とも一緒に演習室へと向かうことにした。


 資料を高速で読み進めるラルムと、その隣でラルムばかり見ているシエルは三階に残ることになった。



 ◇◇◇◇



 シエルは資料室の一人掛けソファーに腰を下ろし、魔道具の資料に目を通していた。隣のソファーで同じように資料を読み耽るラルムを横目で見やりながら。


「ラルム。どうだ?」


「そうね。これは狩猟用小銃とのことだけど、扱いが難しそうね。弾の元の素材となるものは、研究室の技術では製造不可能。……加護石のように石に精霊の力を込めて、それを弾に置き換える様だけど……どうなるのかしら?」


「そ、そうか……」


 ラルムは短時間の間に、先程見た小銃についての資料を殆ど読み終えていた。しかし、武器に対してラルムが興味を持つとは意外だった。


 ラルムは資料をテーブルに置くと、小さくため息をついた。


「精霊の森での事……覚えてる?」


「え? オンディーヌの事か?」


「うん。オンディーヌは、精霊が減少しているって言っていたの」


「精霊が減少?」


「それも、フォンテーヌのせいで……。だから、最近の研究に何かヒントがないかなって思ったんだけど……資料を見た限りでは、不審な点は無かったわ。他の研究も目を通さなくちゃ……」


「そうか……」


 ラルムが次の資料を手に取り、シエルも改めて資料を見直した。精霊が減少しているということは、精霊に何らかの影響を及ぼすほどの研究という事だろうか。


 資料を見ただけでは全く分からなかった。

 まあ、ラルムが分からない事が自分に分かる筈もないかとも思う。


「シエル? 何だか珍しいわね。シエルが資料を読んでるの。研究……とか、興味無かったわよね?」


 ラルムは微笑みながらシエルに尋ねた。


 その笑顔が、いつも隣で見ていたラルムの笑顔のままで……シエルはそれが気に入らなかった。何故、普通に笑っていられるのだろうかと。


「まあ。そうだな……。ラルムは楽しそうだな。……婚約……いいのか?」


「へっ? ああ……そうだったわね……」


 ラルムは婚約の事を忘れていたのか、思い出すと少しだけ表情を曇らせ、また資料を読み始めた。それはまるで現実から逃げるかのように、シエルの目に映る。


「なぁ。本当に結婚するのか?」


「え? そうね……。私に拒否権はないわ。それに……私はこうやって、自分のやりたい研究を続けられるなら、それでいいわ」


 ラルムの諦めたような、自分自身の事と言うより他人の事を語るような物言いに、シエルは怒りを覚えた。

 ラルムに、というより……何もできない自分に。


「……俺は嫌だよ」


「シエル? 何か言った?」


「……だからっ。ラルムが誰かと結婚するのは嫌だって言ってるんだよ!」


 シエルが勢い余って怒鳴ると、後ろでドサドサと本が崩れる音がした。リーヴルが驚いて本を落としてしまったのだ。


 ラルムは顔を真っ赤にして驚き、シエルを見つめたまま資料を手に固まっていた。シエルは二人の視線に堪えきれず頭を抱えて唸る。


「あーー。もうっ──にっ兄さんに呼ばれてるから……行ってくるっ」


 そう吐き捨てる様に言い、ソファーから立ち上がると、誰とも視線を合わせず階下へと去っていった。





「うわー。びっくりしたなぁ~」


 本棚の影で、山の様に資料を抱えたサージュが感嘆の声を上げた。


「さ、サージュ兄さん。いたのですか?」


「ああ。最新の資料は研究室に置いてあったから、ラルムなら見たがると思って持ってきてやったんだ。──まさかこんな場面に出くわすとはなぁ~」


 テーブルに抱えていた資料を置くと、サージュはラルムの肩にそっと手を乗せた。何故かニヤニヤしている。


「何ですか。その何か言いたげな表情は?」


「ラルム。お前みたいな研究馬鹿も青春をしていたとはな。兄さんは嬉しいよ!」


「サージュ兄さん。シエルは……私みたいな研究馬鹿ではないんですよ」


「シエルって、あのミストラル家の次男坊か。……じゃあ、ウチのラルムちゃんは荷が重いか……」


「兄さんは何の話をしているのですか?」


「ん? だから、ラルムとシエルの話だろ?」


 お互い顔を見合わせて首をかしげた。


「シエルは、私の唯一の友人です。私はいつも本を読んでばかりだけど……シエルは違うの。実技の方が得意だし、好きな筈なの。──でも、今日は変。……ずっと隣で資料を見ていたし。いつもならすぐ何か試しに行くのに。それに……」


「ラルムと誰かが結婚するのは嫌だ! って叫んでたな」


「うん。別に結婚しても今まで通り好きな研究だって出来るのに……」


「うわぁ~。研究馬鹿は人間の心が理解できないんだなぁ」


「サージュ兄さん? さっきから私の事、バカにしてるでしょ!?」


「だって馬鹿なんだから仕方ないだろ? シエルは何が嫌なんだと思う?」


「私が……結婚する事? そっか。シエルのお兄さんもまだ結婚してないのに……私の方が先にっ──痛いっ」


 サージュがラルムのおでこを軽く指で弾いた。


「違う違う。全然違う。あそこまで言わせておいてその反応は可哀想だよ」


 サージュの発言にラルムは唇を噛み、新しい資料を手に取った。そしてポツリと呟いた。


「だって。……そう思うしかないじゃない」


 サージュはラルムの言葉に小さく唸る。


「ラルム? それでいいのか?」


「いいの。今はそんな事より、もっと大切なことがあるんだから……ねえ。サージュ兄さん。資料のこの部分なんだけど……」


「はぁ……どこだ?──」


 サージュの解説を聞きながら、ラルムは自分に言い聞かせた。


 今はオンディーヌとの約束が最優先だと。


 どうせ婚約について、自分が口出すことなど出来ない。

 そんな無駄な足掻きなど時間の浪費だ。


 精霊減少について探ることが、今の自分が一番にすべきことなのだ。





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