第八十四話 魔道具研究棟二階研究室
魔道具研究棟には、一階に簡易演習室が四部屋、二階に研究室、そして三階に資料室があるそうだ。真ん中に螺旋階段があり、一階から三階までその階段で移動できる。
カシミルド達が案内されたのは二階の研究室だった。
室内には五名の研究員が、各々何かに没頭している。
五人中二人が分厚いゴーグルをつけ、他の三人は眼鏡を掛けている。白衣を纏い、これが研究者の基本スタイルだそうだ。
二階に個室は無いが、四つのブースに仕切られていた。
机の上に資料が山積みのブースや、フラスコやらビーカーが幾つも並んだブース等、初めて見るものばかりである。
魔道具開発のための研究をしているそうだ。
お世辞にも綺麗とは言い難いその室内の、一際ガラクタ──研究材料が溢れかえったブースから、一人の男性が現れた。
藍色の髪の、無精髭を生やした白衣の男性。
分厚いゴーグルを着けており、顔はよく見えないが、まだ若い方だろう。
その男性はカシミルド達に気が付くと、気さくに手を振りながらこちらに歩いてきた。
「おお! ラルムじゃないか!!」
「サージュ兄さん。新人団員を連れてきたわ。施設の説明をお願いします」
ラルムが挨拶すると、男性は慌てて分厚いゴーグルを外し白衣のポケットから眼鏡を取り出した。そして至近距離でラルムの顔を覗き込む。
「ラルム~!? 随分と色々成長したなぁ~。まぁ、五年ぶりだもんな!」
そう言ってサージュはラルムの頭ポンポンと優しく撫でた。
シエルが不機嫌そうにサージュを睨み付けるが、本人は気付いていない。
「ちょっ。やめてください。サージュ兄さんっ」
ラルムが恥ずかしそうにサージュの手を払うと、奥の方から赤い長髪の女性が声を荒げながらこちらに走ってきた。
「サージュ! ラルムちゃんは婚約したのよ! 気安く触らないの!」
そして持っていた杖でサージュの脇を躊躇なく突き刺した。
「ぐぇっ。……酷いよ、メディ~」
研究員の態度に、シエルは苛々とした様子でラルムに尋ねる。
「ラルム。この人達は? ラルムに兄はいないだろ?」
「ええ。紹介するわね。──今、お腹を押さえて蹲っている男性が、この研究室の室長。サージュ=アンヴァン。父の御姉様の御子息で、私の従兄よ。それから──」
「私は自分でするわ」
サージュを杖で一突きにした女性がラルムを制し名乗りを上げた。
「私はこの研究室の研究員。メディ=アンヴァン。サージュの妻よ。よろしくね。──因みに、新人さん達の中に、研究者志望の子はいるのかしら?」
「えっと──」
ラルムはカシミルド達に視線を巡らし、メディに気まずそうに答えた。
「私……くらいしか、いないですね」
「あら、そうなの? 残念。じゃあざっくり説明するだけでいいわね。──サージュ。そろそろふざけてないで立ちなさい!」
「はいはい」
サージュは立ち上がるとラルムの肩に手を回した。
「ラルム。婚約おめでとうな。──まぁ、結婚して五年も経つと優しかった嫁は……痛っ」
「変なこと言ってないでさっさと仕事しなさい! それから一々ラルムちゃんに触らないの!?」
「はいはい。では僕に付いてきてください……」
サージュは各ブース毎に順に説明をしてくれた。
一つ目は、個々の研究用ブース。
次は加護石と精霊についてのブース。
その次は今までの製品の改良についてのブース。
そして最後に紹介したのはサージュが現れたガラクタばかりのブースだった。
「ここで研究しているのは新型の武器なんだ」
「武器? どんなことに使うためなの?」
ラルムがガラクタに目をやり尋ねた。
サージュは大きく息を吸い、今までで一番得意気に話す。
「それはもちろん諸外国への牽制のためさ」
そしてメディが鉄で出来た武器をもって奥から現れた。
「これは何と、第一王子が婚姻を結んだ国。ルジュエマシヌ帝国の小銃という武器を改良したものなんだ」
「小銃?」
シエルも興味をそそられた様で前のめりになる。
「おほっ!? 興味あるか? これは弾を入れて発射する物なんだ。狩猟用として帝国が百丁献上してくれたんだが、弾は六百しか無くてな……その弾を僕達が開発してるんだ」
「でも、なんで武器なんて必要なの?」
ラルムが疑問を投げ掛けると、サージュは小銃をテーブルに置き腕を組んだ。
「最近魔法を使える人間が減ってるだろ? まあ、人口事態が減少傾向にあるから、比率的にはあまり変わらないんだけどな。ただ、諸外国は争いに活発らしいからな。魔法での防衛力が衰える前に、防衛を強固にしておかなくちゃならないんだ」
サージュは真剣な面持ちで語った。
最近まで小さな島にいたカシミルドにとっては、想像も出来ないような大それた話だ。小銃を不思議そうに眺めるカシミルドにサージュは気づくと、頬を緩ませた。
「おっ? 君も興味ある? やっぱり。武器は男の浪漫だよな?」
「……は、はい」
カシミルドは正直あまり興味は無かったのだが、確かに、シエルとスピラルは興味津々といった様子だった。
カンナは緊張しているようで、カシミルドの後ろからこっそり説明聞いている。ルミエルは存在すら感じられないほど、静かに後ろの方で自分の髪を弄っているだけだった。
「明日は楽しみにしてろよ。旧エテ市街地で唯一残った建築物、闘技場で試作品のテストをする!」
「試作品?」
「ああ! 加護石を改良して魔弾を作ったんだ。まだ見せないからな。明日だからな」
サージュは勿体振ってそういうと、小銃を奥へ片付けるようメディに指示した。
「ま、説明はこんなもんだ。研究者志望がいないなら、三階の資料室に行くか」
メディも頷き、カシミルド達を螺旋階段へ案内する。
サージュはそれを見送ると、再びガラクタの奥へと消えていった。
◇◇◇◇
三階は資料室だそうだが、まるで書庫であった。
カシミルドの家の書斎の百倍くらいの数の本が並んでいる。
一階や二階より天井は倍以上に高く、壁は全て本棚で埋められていた。並べられた本棚にも本がぎっしりと詰まっている。
「じゃあ。私はここで。後は管理人のリーヴルに聞いて──ラルム、またね」
「メディさん。ありがとうございました」
メディは軽く頭を下げると、螺旋階段をカタカタと駆け下りていった。
すると本棚の影から小柄な女性が現れた。
肩まで伸びた水色の癖っ毛に、丸縁眼鏡。
多分、カシミルド達と同い年くらいだろう。
「いらっしゃいませ。新人団員の皆様。私は今年、この資料室に配属されたリーヴルと申します。室内の資料・書物はご自由にご覧下さい。屋敷内でしたら貸し出しもできますので、お申し付け下さい。ご所望の資料がございましたら、お調べ致しますが、どうなさいますか?」
リーヴルと名乗った女性は、ゆったりとした丁寧な語り口調でカシミルド達に尋ねた。ラルムはザッと資料室全体に視線を巡らすと、リーヴルに口を開く。
「私は最近の魔道具の研究資料が見たいわ。カシミルド君は?」
「えっと──僕は呪いとか呪術関連の資料やここ百年ぐらいの歴史書とか……後、魔導書がみたいです。ありますか?」
「御座いますよ。他の皆様もよろしければお伺いします」
リーヴルは丁寧に皆の要望を聞き、各々の棚へと案内してくれた。