第八十三話 ラルムの婚約者
会議室での顔合わせが終わり、後発隊のメンバーは明日の夜会の為にと、仕立て屋に体のあちこちを採寸された。予め用意してある衣装を直すそうだ。
そして、昼食は屋敷内にある食堂へと案内された。
それぞれ四人掛けの丸テーブルに分かれて座る。
カシミルドは会議終了と共にすっきりと目覚め、食事中に会議での話を聞き驚いていた。
「ラルムさんが……婚約?」
「そう。ほら、今も同じテーブルに座ってるでしょ? 船着き場に迎えに来てくれた人だよ」
カシミルドはラルムのテーブルに目を向けた。
ラルムの向かいに父であるラジュールが座り、隣にはラージュが機嫌よさ気に座っている。そしてレーゼも同じテーブルに。
その隣のテーブルには、シエルとシエルの兄、そしてテツと先発隊唯一の女性指揮官ヴェルメイユが座っていた。
カシミルドとテーブルを共にするのは、勿論余り物メンバーだ。
「ラルムさんは婚約のこと……今日知ったのかな?」
「あんまり驚いてはいなかったけど、そうだと思うよ」
「シエルが心配だね」
スピラルがボソッと呟いた。頷くカンナとルミエルに、カシミルドだけは意味が分からないといった表情だった。
「何でシエルが? ……そっか。二人は幼馴染みなんだっけ。──僕も、カンナにそういう人が出来たら……嫌だな」
急に自分の名前が出て、カンナは思わず口にしていたパンを吹き出しそうになった。ルミエルは口の中の物を飲み込みと、手にしたスプーンを震わせながら、カシミルドに尋ねる。
「かっカシミルド? それは幼馴染みだからですの? それとも……?」
「ん? 幼馴染みっていうか……カンナは家族みたいなものだよね?」
「なるほど、お姉さんがお嫁にいく感覚ですのね!」
「うーん。それだと僕にお兄さんが出来るのか……ちょっと楽しみかも……」
カシミルドは腕組みしてまだ見ぬ兄を勝手に思い浮かべ微笑んだ。カンナも同じように想像を膨らませていた。
「ミラルドさんに旦那さん……想像できないね」
「ミラルド?」
カンナが口にした名に、ルミエルが反応を示した。ミラルドとは、ルミエルが何通も手紙を破棄し続けている差出人の名だ。
「ミラルドは僕の姉さんだよ。里に一人で残っているから、手紙を書く約束をしているんだけど……そういえば、返事は来てないな。やっぱり怒っているのかも……」
カシミルドはそう言うと顔を青くした。
ルミエルはカシミルドの反応に胸を痛めた。
しかし、ルミエルが手紙の配達を妨害していることは口に出来ない。そのせいでカシミルドが怯えていると思うと、少し不憫であるが致し方ない。
だが、あの手紙の差出人──ミラルドとはカシミルドの姉だったのか。ならば将来のルミエルの姉になる存在ではないか?
「どんな方なのかしら?」
「うーん。自分にも他人にも厳しくて……」
カシミルドがそこで言葉に詰まり、カンナがその続きを受け負う。
「家族思いの優しいお姉さんだよ」
「多分、大魔人……」
それにスピラルが謎の代名詞を付け足した。
カシミルドとカンナはスピラルの一言に、妙に納得した様子で笑っている。
ルミエルも、何故かその笑顔につられ、一緒になって笑い合うのだった。
◇◇◇◇
ラルムが座るテーブルでは、ラージュとラルムの父が会話を弾ませていた。
「ラージュ君がラルムと婚約を承諾してくれて、私も嬉しいよ。実は、本人に会うまではと言われてしまい、承諾してくれるか少し不安だったのだよ」
「いや~。失礼しました。とても素晴らしいお嬢様で、一目見て気に入りました」
「いやいや。まぁ。確かにラルムは良くできた娘なのだ……教官殿から見て、ラルムはどうですか?」
「はい。ラルムさんは何事にも真摯に取り組み、頑張っていらっしゃいますよ」
「やはりそうか! 会うのは久しぶりだが、母親に似て聡明で──」
「お父様。恥ずかしいので止めてください。あの……」
ラルムは何か言いかけたものの、皆の視線に口を紡ぐ。
「言いたいことがあるなら言いなさい」
「……はい。その、私は結婚しても研究を続けたいのですが……」
ラージュはラルムの言葉に頷き、胸を張って答える。
「それなら安心してくれ。王都の屋敷に、ラルムが望む物は全て揃えよう!」
「やはり、王都で暮らすのですよね?」
「別宅なら各地にあるぞ? そこで研究をするのも良いだろう」
「ほぅ……興味深いです」
ラルムの瞳が眼鏡の奥で輝いた。
ラージュはその瞳を満足そうに見つめる。
その両者の姿に、ラルムの父は大喜びだ。
「おお! ラルムとラージュ君は気が合いそうだな! 良き哉良き哉……」
そんな会話を背中で聞き、シエルは肩をすくませた。
「……ル。シエル?」
「あっ。──すみません。呼びましたか?」
シエルはハッと顔を上げ、テツの呼び声に答えた。
テツが心配そうにシエルに目を向けている。
ヴァンがテツに頭を下げた。
「テツ様。シエルが失礼しました。──大丈夫か?」
「は、はい」
「ヴァン殿、いいのだよ。シエルは後発隊でもよくやっていた。いつも冷静に周りの状況をみて判断できる。とても優秀で助けてもらっていたよ」
「あら? ヴァン様も優秀ですけど、弟君もそうなのね!? 素晴らしいわ」
ヴェルメイユがヴァンにアピールするように大袈裟にシエルを持ち上げた。
シエルはこういう女性が一番苦手なのだ。
ぞっとして腕をさする。
ヴァンもそれは承知の上だ。別の話をシエルに振った。
「シエル。後で見せたいものがある。手が空いたら、部屋に来てくれないか?」
「はい」
テツはヴァンの言葉に興味を持った。
「見せたいものとは?」
「いえ、大したものではありませんよ──」
テツはそれでは納得しないとでも言わんばかりに首を傾げた。
「私に宛がわれた部屋は、一番ベランダが広いのです。風景が美しいので、シエルにも見せてあげたかっただけですよ?」
「ほう。ヴァン殿は意外とロマンチストなのだな」
「素敵ですわ! 私もご一緒したいですわ」
ヴァンはヴェルメイユの言葉をサラッと笑顔で流し、食事の手を早めた。
◇◇◇◇
食後は先発隊とは別行動となる。
テツとレーゼはまだラルムの父と話があるようで先発隊と共にカシミルド達と別れることになった。
ラルムの父達が見えなくなると、ラルムはカシミルドに近づき話しかけてきた。
「カシミルド君? ごめんなさいね」
「え? 何が?」
「いえ、私の家でゆっくりしてもらいたかったんだけど、カシミルド君達は家に泊められなくて……」
「あっそうなの?」
カシミルドはカンナへと顔を向けた。
「そっか。カシィ君、寝てたね。……私とルミエルさんとスピラル君、後カシィ君はね、街の宿に泊まるの。私達は貴族じゃないから……」
ラルムは申し訳なさそうに視線を落とす。
「気にしないでください。そしたら、パトさん達にも会えるし」
「ごめんなさい。夜は自由時間だから、カシミルド君に、色々な実験に付き合って貰おうと思っていたのに」
「えっ……」
何となく命拾いしたような気持ちになるカシミルド。
ラルムは諦めたように溜め息をつき、クルリと向き直った。
「さて。魔道具の研究所に案内します。シエルも行くでしょう?」
「ああ。俺も新人団員だからな」
ラルムに案内され、カシミルド達は屋敷の奥から外へ出て、大きな橋の先にある別棟へと移動した。