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天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第二章 東方への誘い 第三部 蒼き湖の街エテへ
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第八十一話 王女と悪魔

「ユメア様。戻りましょう?」


 振り返ることなく前へと進んでいくユメアに、レーゼが進言する。その姿は、リュミエに戻っていた。


「先程の扉は開きませんよ? 私は二区まで下りて王都を出ます!」


 ユメアは燭台の印を確認しながら進んでいく。

 その後ろにレーゼもついてきている。


「ついてこないで下さい」


「出口が分かりません」


「適当に階段を上がれば帰れます」


「はぁ……」


 レーゼは呆れたように大きく溜め息をついた。

 彼は何の為に着いてきているのだろうか。


 王女の監視?

 それとも……心配してくれているのだろうか。


「怪我は大丈夫ですか?」


「はい」


「先程はありがとうございました」


 ユメアは振り返らずに礼を述べ、恥ずかしいのか足を早めた。


 レーゼは驚き一瞬足を止めたが、ユメアに合わせて足を早める。そしてその後は会話の無いまま地下の通路を進んでいった。


 すると、大きな広間に出た。

 あちこち焼け焦げ、広間の中央には、その場に似つかわな巨木が佇んでいた。巨木が天井を支え、この空間が何とか成り立っているようだ。


 レーゼはその木の根に足をかけ木を見上げた。


「これは、クロゥ様の……」


「クロゥ? 何処かで聞いた……あっ。カシミルド君の鳥さんですよね! そうですよね」


 レーゼは気まずそうに目を反らした。


「やっぱりそうなんですね。あの鳥さんがここにいたということは……カシミルド君も? レーゼさん。ここで何があったんですか?」


「さあ?」


「……また。……またですね。誰も何も教えてくれない。いつも私は蚊帳の外。──こんなところ……もういたくない!!」


 ユメアは木の根に伏せ、声を上げて泣き始めた。


 レーゼはその後ろで頭を抱える。

 正直面倒だった。

 お姫様の我が儘に付き合っている暇などない。


「今。どこにいるの? 私も行きたい。私を必要としてくれる人のところに……私もっ……」


 泣きながら声を漏らすユメアに、レーゼは溜め息をついた。


「はぁ。……二区からどうやって、その行きたい場所へと行くおつもりですか?」


「…………。分からないわ。──分からない。どうやったらカシミルド君の隣にいられるか。わからないのっ。誰も味方なんかいないもの。──そうだ。レーゼさん」


 ユメアは急に立ち上がりレーゼの前に直進した。


「レーゼさん。秘密をばらされたくなかったら、協力してください! 私を馬でエテまで連れていってください!」


 レーゼはユメアの憂いを帯びた熱い瞳を一瞥し、冷たい瞳で即答した。


「無理です。私は王都ですべき事があります。──ユメア様もそうでしょう? 貴方はここに存在することが重要です。テツ王子も不在だと言うのに、ご自分の立場を理解されていないのですか?」


 レーゼの正論に、ユメアはぐっと拳を握り言葉を飲みこんだ。


「…………分かりました。第一王区へ繋がる階段を上がって、城に戻りましょう。──どうせ。私に味方なんかいないから……」


 ユメアは最後の部分だけ、自分にしか聞こえないように、そして自分に言い聞かせるように呟いた。


 いつもユメアは一人だった。

 だったら一人で堪えられるよね。

 きっとお兄様が団体の規律を守らせてくれている筈だ。


 ──大丈夫大丈夫。


 でも、そう言い聞かせても、瞳が熱くて涙が溢れてしまう。

 お兄様を信用していないわけではない。

 ただただ、誰も自分の味方がいない事が寂しいのだ。


 もっとちゃんと魔法が使えたら、皆私を見てくれたかもしれない。もっと、もっと──。


 ◆◆


『もっと、もっと。何ができたら良かったの?』


 ユメアが目を開けると、そこは暗闇だけが広がる世界だった。

 しかし目の前に自分の姿が見えた。


「私?」


『うん。私だよ。何ができたら良かったのか、わかる? 私はわかる』


 目の前で自分が、自分に話し掛けていた。


 その自分は、泣いてばかりの自分とは違って、自信に満ちた精悍な顔つきをしている。


 私はこんな顔はしていない。

 私の心はいつも不安で満ちているのだから。


『不安? 私は不安じゃないわ』


「そうね。私と同じ顔だけど、違う。きっと貴女は私にはない力を持っているのね。貴女は誰? 何故私の顔で、私に話しかけるの?」


『さすが王女様。ご自分を分かっていらっしゃる』


 そう言って目の前の私は、敬意を払うように丁寧なお辞儀をした。


「忘れていたけど……今、思い出したわ。この地下には悪魔が住んでいるんですって。人の弱みに漬け込もうとする、魂を喰らう卑しい悪魔が……」


 目の前の私が大きな口でニヤリと笑った。

 ぞっと寒気がする様な笑顔で。


『知っていらっしゃいましたか。まあ、王族なら然り。──では、王女様。私と誓約を結びませんか? 私でしたら貴女が欲しがる──』


「いりません」


 ユメアは悪魔の言葉に耳を貸すことなく断言した。

 その言葉に、悪魔は顔を歪ませると、黒い煙となって消え闇と一つになった。

 そしてその声は四方八方から不気味な笑い声と共に響いてくる。


『ヒッヒッヒィ。即答とは流石であらせられますねぇ。折角、王女様の味方になってあげようと思ったのにぃ』


「味……方?」


「そうですよ? ちょっと王女様の魂を分けてくれれば……あれ? あれれれれ? 王女様は誰かと分けっこしたの?」


「それは、どういう意味? 嘘を並べて惑わそうとしても無駄よ。私は悪魔の言葉なんて信じない。早く消え去りなさい!」


「おおっ。怖~い。じゃあ~お隣さんは……あれ? 隣の彼も欠けてるね~。でも、彼は高貴な魂だから戴けないな……王女様の魂が欲しかったな~」


 ユメアは暗闇をキッと睨み付けた。


『はいはい。お呼びでないって事ですね~。寂しくなったら、またおいで。私は……私だけは王女様の味方だよ? 忘れないでね……ヒッヒッヒィ』



 ◆◆


 目の前が急に明るくなった。

 耳に残る不気味な笑い声に、ユメアは顔をしかめる。

 すると背後からレーゼに声をかけられた。


「ユメア様? 戻りましょう?」


「え? ええ。レーゼさん。──貴方は欠けているの?」


「なっ……何がですか?」


「……魂、かしら?」


 レーゼは意味がわからないといった顔つきで首を傾げた。


「そうよね。ただの戯れ言よね。……戻りましょう」


 ユメアはそう言い捨て、荒れた広間を後にした。


 ◇◇


 その後ろ姿を、レーゼは不審げに目で追った。

 内心焦っていたからだ。


 妙な気配を感じたと思っていたら、ユメアのあの発言だ。

 あの一瞬で何かあったのだろうか。


 欠けている。と尋ねられ、心臓がドキッとした。

 レーゼラと違い、自分は魔法が使えない役立たずだから。

 精霊の声は聞こえても、力を与えることは出来ないし、話し相手ぐらいにしかならない。

 その事を指摘されたのかと思った。


「魂が欠けている? 生まれながらに欠陥品な自分には、ピッタリか……フっ……」


 レーゼルはそう呟き、クロゥが生やした巨木に目をやった。

 クロゥは膨大な魔力をその身に宿し行使することが出来る。

 自分より格上の存在とはいえど、羨ましさはある。


「今頃、黒い小鳥君と白い小鳥ちゃんは仲良くやっているだろうか……リュミエ様も、無茶なことをしていないだろうか……」


 同族のことを思い浮かべ、愁然とし、踵を返しその場を後にした。



 ◇◇◇◇


「はっくちゅん」


 馬から降りようとしたルミエルが、小さくくしゃみをした。 

 レーゼラはルミエルに手を貸し、顔色を窺い尋ねる。


「ルミエル。風邪ですか?」


 ルミエルは首を横に降り、空を仰いだ。


「分からないの? 寂しいみたいよ?」


「寂しい?」


 首を傾げたレーゼに小さく溜め息をつくと、ルミエルはレーゼの耳にそっと囁いた。


「レーゼルよ……」


 レーゼはハッとして驚き、そして微笑んだ。


「ふふっ。まさか……でも。意外と寂しがりやですからね……」


「そうよ。あの子の方が繊細なのよ?」


 湖を背に、ルミエルはにっこりと微笑んだ。

 しかし、まさかレーゼルが、ユメアに正体がバレていることなど、これっぽっちも考えてはいなかった。





第二章 第三部 蒼き湖の街エテヘ

終了です。

次話から、第四部 魔兵器と魔獣の隠れ里

が始まります。

第二章最後の部となります。


よろしくお願いします(*^^*)

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