第八十話 リュミエの正体
その頃王都では──。
ユメアは薔薇園で、レーゼル扮するリュミエとお茶を飲んでいた。
数日前も、リュミエと今日の様にお茶を嗜んでいたのだが、あの時の出来事が、ユメアにはまだ理解できずにいたのだ。
しかし考えに考えた結果、一つの答えを導きだしていた。
「あの。リュミエ様? 貴方は本当はレーゼさんなのですか?」
「げほっこほっ……」
リュミエはあからさまに動揺し、紅茶でむせ返った。
ユメアはその反応を見て悟った。
「やはりそうなのですね。レーゼさんだけ、王都にお戻りになったのですか? それに、リュミエ様は何処ですか?」
ユメアは淡々とレーゼを質問攻めにした。
「な、なんの事でしょうか? 私にはさっぱり……」
「では、指輪を外してください」
「…………」
ユメアの視線に、リュミエは笑顔のまま固まった。
「リュミエ様の不在を、姿を変えてまで隠蔽する目的は何ですか? まさか……視察についていったレーゼさんが、リュミエ様なのでは? 姿を変えられるなら、出来ますよね?」
「…………」
何も言わず笑顔で固まるリュミエに、ユメアは確信した。
やはり、レーゼとリュミエが交替したのだと。
しかしそれだと、教官がいないのではないだろうか。
あの我が儘そうなルミエルと、リュミエがセットで一緒なんて、想像しただけでもカシミルドの身の安全が心配だ。
「私も行きます。──皆ズルイです。私だって、カシミルド君の隣にいたいのに……」
自分の思いを口にすると、ユメアはたまらずポロポロと涙を溢れさせた。
「ユメア……様?」
「失礼しますっ」
ユメアは勢いよく立ち上がると、薔薇園の奥へと走っていった。
◇◇
レーゼルは一人残され頭を抱えた。
リュミエがルミエルだということまでは気付かれていない様だが、逆にそれが心配だった。
ユメアは今、リュミエとルミエルの我が儘親子が、視察団に同行していると勘違いしているのだろう。
レーゼルとしても、リュミエがもし二人いてそれを放置しているなんて考えたら発狂してしまいそうだ。
かといって勘違いを正すには自分が双子だと話すしかない。
それも無理だ……。
「うーむ。関わりたくは無いが。……放ってもおけないか……」
レーゼルは悩んだ末、ユメアの消えた方角──。
西塔へと足を向けた。
◇◇
ユメアは西塔へ走った。西塔には地下への階段がある。
そこは第一王区、そして第二王区へと繋がっている。
城にいる事が耐えられなかった。
ルミエルのカシミルドを見る熱のこもった瞳。
同行したレーゼ──リュミエのすました顔。
そしてラルムの探究心に溢れた強い眼差し。
それから、いつも隣にいる幼馴染みの女の子。
皆ズルイズルイ。自分だけ取り残されてしまった。
エテに行くにはどうしたらいい?
馬車は出ている? それとも行商に紛れる?
自分は何も知らない。一人でどうすればいいのか。
せめてテツお兄様がいれば……。
いや。テツお兄様は王都から出ることに協力はしてくれない。
──ああ……私は一人ぼっちだ。
西塔の小部屋。王家の紋章が描かれた壁画の前へ来た。
手を翳すと、壁にぽっかりと穴が開き、地下への扉が開かれる。
ここから外へ出て、自分に出きることは……分からない。
怖い。でもここにいたくない。
「ユメア様っ!?」
背後からリュミエの声がした。
ユメアは振り向くこともせず、地下へと大きく一歩踏み出した──が、リュミエに腕を掴まれ、振り返った。
「離してっ」
「離せませんっ」
ユメアが無理矢理手を引くと、リュミエはスカートの裾に足を取られ、体が前へと倒れた。
「きゃあっ」「くっ……」
二人は絡み合い、地下階段へと身を投げ出された。
リュミエ扮するレーゼは、咄嗟にユメアを庇い抱きしめ、階段に体を強く打ち付け二人で階下へと落ちていった。
「だ、大丈夫ですか!?」
ユメアはレーゼに抱きしめられ無傷だった。
暗闇の中、ユメアはレーゼに手を伸ばした。
ベットリと生温い液体に手が触れる。
「血……そうだ。炎の加護石が……」
ユメアは胸元から加護石を取り出し、燭台に灯をともした。
目の前に倒れていたレーゼは、頭を抑え起き上がろうとしているところだった。怪我は大したことがないようだ。
「あの……血が……ごめんなさい」
「平気ですわ。ユメア様はお怪我はございませんか?」
「え、ええ」
「でしたら、私と一緒に上へ戻りましょう?」
目の前のレーゼは、女性口調で淑やかにユメアに手を伸ばした。
まだリュミエを装っているのだろうが、ここは地下。
魔法禁止区域。レーゼは本来の姿に戻っているのだ。
本人は気付いておらず、リュミエの振りをしている。
普段の仏頂面なレーゼを知っているユメアは、どうしても笑いを堪える事が出来なかった。
口元に手を添え、レーゼに隠れる様に背を向け、笑った。
「ふふっ。ふふふっ……」
「ゆ、ユメア様?」
「あの……ふふふっ。ここは魔法が使えないのです。なので……」
ユメアはレーゼに視線を戻した。
レーゼも自身を見やり、そして絶句した。
「…………」
頭を抑え壁にもたれ掛かるレーゼを、ユメアは声を殺して笑った。
「やはり、レーゼさんだったのですね? リュミエ様は、視察に参加されているのでしょう?」
「……」
「また黙りですか。──もう結構です。私がエテに行って確かめます!」
「ユメア様。それは不可能かと……。協力してくださる方などいないでしょう?」
ユメアはレーゼを一瞥すると、踵を返して地下の奥へと足を向けた。そして、レーゼの言葉を無視し、地下へとどんどん進んで行くのだった。