第七十八話 自己紹介
「父は、屋敷の執事をしていたそうだよ。でも、母さんの妊娠がわかって、二人で屋敷を出ようとしていた時に、事故でなくなったらしい。だから会ったこともないんだ」
スピラルは、顔も知らない父を思い浮かべるように、そっと瞳を閉じた。
「そうなんだ。両親がソルシエールの人と、親戚だとかは……」
「それは無い!! あ、ごめん。本家にならあるかもしれないけど、俺がいたのはソルシエールの分家の分家みたいな屋敷だったから。金で売られた庶民ばかりだよ」
スピラルはカンナの言葉を怒気のこもった声で強く否定した。しかしすぐに謝り、その根拠を付け足す。
「そっか。……教えてくれてありがとう。パトさんがね、スピラル君には、ソルシエールの血が流れてるって言うんだ。どうしてだろう……」
スピラルは指輪のサラマンドラに視線を向けた。
カシミルドもスピラルの視線を追い、指輪の上で揺らめくサラマンドラを見た。スピラルに向かってブツブツと何か話している。
「サラマンドラも、スピラルはソルシエールの血縁者だって言ってるね。蜥蜴の痣がその証。分家の分家とか言ってるけど直系だぞって」
「カシミルド、サラマンドラの声も聞こえるの?」
「う、うん。でも、あんまり僕とは話したくないみたいだね」
サラマンドラは口をつぐみそっぽを向いてしまった。スピラルに話していたことを盗み聞きしたようなものだったからだろうか。嫌われたようだ。
「スピラル君は、お母さんとそのお屋敷で働いていたの?」
「うん。母さんは旦那様のお気に入りだったのメイドだったから。そのまま使用人の部屋に住まわせてもらって、俺を産んで、その後も屋敷で働いていたんだ。母さんが生きている間は、メイド達の生活のお手伝いをしてた」
「お母さんはご病気で?」
「事故……かな。まだ五歳だったから、よく分からなくて……」
「五歳の時に……」
カンナは申し訳ないことを聞いてしまったとばかりに肩を竦め視線を落とした。スピラルもそんなカンナを見てしょんぼりと肩を落とす。
ソルシエールとの繋がりを見つけたかったのは分かるが、スピラルの辛い過去を掘り起こしてしまったと思うと、胸が痛む。
スピラルだけに話をさせてしまったと思い、カシミルドはある事を思い付いた。
「そうだ! スピラル、今まで忙しなくて、ゆっくり話すことも出来なかったよね。──だからさ、改めて自己紹介するよ」
「へ?」
皆の視線がカシミルドに集まった。
カシミルドは驚いている皆に視線を巡らせ、笑顔で口を開く。
「僕はカシミルド=ファタリテ。十四歳。自分にも他人にも厳しい姉と、二人で暮らしてました。母親は僕を産んで亡くなって、父はそれから何処かに旅に出たまま。顔も覚えてない」
始めは訳が分からないと言った表情をしていたスピラルだが、次第に真剣な顔で聞いていた。
「王都に行ったのは、メイ子のお姉さんを探すため。八年ぶりに再会した幼馴染みのカンナに色々教えてもらって……少しずつ魔法も使えるようになってきた、田舎者の精霊使いです。好きな物は甘いもの。最近、テツさんから貸してもらった杖が使いやすくて、魔力のコントロールが出来るように、日々精進しています!」
言い終えると、隣に座るカンナが声をあげて笑った。
「あははっ。今更おかしいね。──でも、カシィ君に習って私も! 私はカンナ。名字は分からない。カシィ君と同い年で、赤ちゃんの頃から同じ里で一緒に育ったの。カシィ君のお母さんの、妹夫婦の娘としてね」
カンナは少し寂しげに、自分の生い立ちを話し始めた。
「……でも、六歳の時に、私のせいでカシィ君の力が暴走しちゃって、私は義理の両親と一緒に里を追い出されたの。それから色々あって、私は両親の子どもではないことが分かって、私だけ王都に残って宿屋で働いていたんだ。そしたらカシィ君とまた会えて、今は何故か国の視察団に参加してるの。好きな物はワンコフ。最近は、毎日モコモコのメイ子ちゃんに会えるし、パトさんもモフモフで可愛かったし……不安なこともたくさんあるけど、それ以上に、皆と仲良くなれて毎日楽しいです!」
カンナはカシミルドと目が合うと、ハニカミながら笑顔を溢した。そして、待ってましたとばかりに、その上をメイ子がフワフワと宙を舞う。
「次はメイ子なのの! 癒しの魔獣が一人、メイ=フェルコルヌ。メイ子はアン姉たまとはぐれて魔獣界にいたなの。それで、ある日怪我をしたカシィたまに会って、命を救ってあげたなのの。カシィたまの魔法の練習にいつも付き合ってあげる、可愛くて優しい癒しの魔獣なのの! 好きな物はカシィたま。カシィたまの側にいることが、メイ子の幸せなのの!──むぅ。次は、レオナールなのの!」
隅っこでこっそり聞き耳を立てていたレオナールは、不意をつかれ、驚いて飛び上がった。
「おっ俺!? 嫌だよ。面倒くせーよ」
「恥ずかしがらずにやるなのの! どうせ全部聞いてたなのの。ズルいなの!」
皆の注目を浴び、目線を反らしながらもレオナールは話し出した。
「お、俺は、幻妖の魔獣ルナール種が一人。レオナール=ルナール。十三歳」
「えぇっ!? 一つ違い?」
カシミルドが身をのりだし反応した。
レオナールは目を細め頬を膨らませ、不満の声を漏らす。
「ルナールは成人してから急に成長するんだ。俺だってそろそろ成長期なんだ……」
「ご、ごめん。続けて……」
「……兄弟は六人。俺は五番目で妹が一人。両親は八年前の争いで戦死した。俺は姉や兄、それからじぃちゃんに育てられた。蜥蜴の尻尾が最近しつこく里を襲ってきてて、数日前の奇襲で妹が拐われた。だから、その足跡を追ってここにいる」
「好きな物はないなの?」
「ない。以上」
恥ずかしそうに視線を皆から外すも、レオナールは意外としっかり自己紹介をしてくれた。それが可笑しくて、カシミルドとカンナ、そしてスピラルは顔を見合わせて静かに笑い合った。
そして最後に残ったのはスピラルだ。
「俺は。スピラル。何故か女と間違われていたけど、八歳の男です。カンナ達と出会ったのは地下オークションだったね。俺があそこで売られようとしていたのは、仕えていたソルシエールの屋敷を燃やしたから。旦那様に火をつけて、俺がこの手で……殺したからだよ」
アヴリルが震えるスピラルの指にその身を擦り寄せた。スピラルはアヴリルにそっと目線を落とし微笑むと、続きを話し始めた。
「母が亡くなって少し経った時、俺は掃除中に失敗して、旦那様にお仕置きされることになったんだ。ムチ打ち三十回の刑。だけど、俺の顔を見た旦那様は言ったんだ。クレアにそっくりだって……。クレアは俺の母の名前。旦那様はその日から、俺に女のメイドの格好をさせて部屋に置いたんだ。毎日朝から晩まで身の回りの世話をして、あいつが他のメイドをお仕置きする姿も毎日見せつけられて。俺もお仕置きされないように、失敗しないように、ずっと怯えて過ごしてきた。そんな日々が二年ぐらい経って、あの日が来た」
スピラルはアヴリルをギュッと抱き締めた。
そして震える唇であの日の事を語った。