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天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第二章 東方への誘い 第三部 蒼き湖の街エテへ
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第七十七話 サラマンドラとの契り

「カンナちゃん!」


 荷台の幕を勢いよく開き、パトが中に入ってきた。


「何でこんな事に、早く外へ出て」


「スピラル君」


 カンナがスピラルを抱き上げ外へ行こうとするが、スピラルは足をバタつかせて抵抗を見せた。


「カンナっ。下ろしてっ──うるさいっ。俺は逃げないっ──サラマンドラっ」


 スピラルは剣に向かって叫んだ。


 ──その時、外からシレーヌの声がした。


「サラマンドラっ。まだ意識があったのね」


 剣から溢れる炎が一際大きくなったかと思うと、それは形を変え凝縮され、剣から炎の球体へと変化した。


 そして球体へから翼が生まれ、角が生え、赤い瞳が開く。

 炎は収まり、宙に浮かぶは一匹の小さなドラゴンだった。


「ど、ドラゴン?」


 レオナールがパトリシアの後ろから少しだけ顔を出して呟いた。


 カンナは目を丸くしてその飛行物体を見つめた。

 そして口を開く。


「か、か、可愛い!」


 小さなクリクリお目めのドラゴンに、歓喜の声を上げたカンナであったが、ドラゴンに触れようとしてパトリシアに止められた。


「カンナちゃん。こんな汚いもの触っちゃ駄目よ」


「ええっ!?」


『見た顔だな……汚いとは失礼だ。少年、名は?』


「……スピラル」


「ちょっとっ駄目よ! こんな奴を相手にしちゃ……って君は何者?」


 パトリシアはスピラルを二度見して早口で言った。


『スピラル。我の力が欲しければ我にその身の一部を寄越せ』


「カンナ。短刀借りるよ」


「えっ?」


 スピラルはカンナの腰の短刀を引き抜くと、自身の髪を掴みバッサリと切り落とした。


「スピラル君!?」


「丁度、短くしたいと思ってた。これ、やるよ」


スピラルはサラマンドラに髪を差し出した。


『確かに受け取った』


 そう言うと、サラマンドラはスピラルの髪を炎で飲み込み、姿を消したのだった。


 カンナは短刀をスピラルから取り返し、スピラルの短くなった髪を悲しげに見つめた。


「スピラル君。何でこんなこと……」


「サラマンドラが……あっつ」


 スピラルは手の甲にいた黒い痣を手で覆った。

 すると手の甲に小さな指輪が乗っていた。

 そしてその指輪から半透明のドラゴンが浮かび上がっている。


「えっ。小さっ」


「どうしたの?」


 カンナには何も見えていなかった。

 スピラルが掌と会話しているようにしか見えないのだ。


「サラマンドラが君を選んだ? 君はソルシエールの血縁者なの?」


 指輪となったサラマンドラを見据え、パトがスピラルに詰め寄る。


「俺は、あんな家の奴等と関係ない!」


 互いに睨み合うパトとスピラル。

 そこへテツが仲裁に入った。


「まぁまぁ。取り敢えずエテヘ急ぎたい。パトリシアは荷馬車の手綱に戻ってくれ。──スピラル君については、カンナ君とシレーヌに話を聞いてもらおうじゃないか」


 シレーヌと聞いて、レオナールは心底嫌そうな顔をした。

 カシミルドは二人の関係が気になり、テツにそれを伝え荷馬車に残ることにした。



 ◇◇◇◇



「それで……あの大きな剣が、ドラゴンになって、その小さな指輪になって……指輪の近くでフワフワ浮いているってこと?」


 カシミルドはカンナに聞いたことをまとめ、スピラルに確認した。スピラルはずっと沈黙していたが、カシミルドの言葉に驚き顔を上げた。


「カシミルド。見えるの?」


 スピラルは透明になったサラマンドラを指差して尋ねた。


 今は指輪から浮き出し精霊体として存在している。

 永きに渡り剣で眠り続けたサラマンドラは、形状を変化させる時に力を使い果たしたらしい。半透明の霊体で、スピラルの魔力を補充中らしいのだが。


「見えるよ。……あ、皆には見えないのか……シレーヌは?」


「見たくないけど見えますわ。パトリシアはそれを火口に捨てようとしているのでしょう。スピラルはどう思っているのかしら?」


「俺は……この力を従えたいと思ってる。サラマンドラは、力に溺れた醜い人間の姿を見たいらしい。だから俺に力を貸し、この穢れた世界を楽しみたいそうだ……」


 カンナはそれを聞くと身をのりだし、心配そうに尋ねる。


「スピラル君。サラマンドラはそんな酷いことを言っているの? 何か危ないことをスピラル君にさせようとしてるんじゃない?」


「そういうつもりは無いみたい。ただ、俺の周りには面白いやつらが多いから、面白いものが見られるだろうって……」


 そう言ってスピラルはカシミルド、シレーヌ、そしてカンナに視線を巡らせた。


 カシミルドは心配になり、シレーヌに目配せする。

 シレーヌはサラマンドラを睨み付けながら、それに答えた。


「サラマンドラは、面白ければ何でも良いのですわ。それが誰かの命を奪うことでも……スピラルが願うなら、求めるなら力を貸すでしょう。どんな事にも。──スピラルはそんな力を手に入れたのです。軽く考えては駄目よ。サラマンドラは悪意の塊なのですから」


「そんなに悪い子には見えなかったんだけどな」


「カンナ様。サラマンドラは面白い方へ、と言いつつ人を悪の道に陥れるような最低の精霊なんです。それに……見た目も可愛くありませんわ」


「要するに俺次第って事だろ?」


「むぅぅ」


 アヴリルがスピラルにすり寄った。ついでにメイ子も。

 そしてメイ子がアヴリルの代弁をする。


「スピラルは大丈夫なの。アヴリルも付いてるし、皆もいる。寂しがり屋の精霊さんを追い出すのは可哀想──ってアヴリルは言ってるなの!」


「寂しがり屋?」


 シレーヌが顔をしかめ、尋ねると、メイ子は小さく何度も頷きそれに答えた。


「そうなの。他の大精霊は精霊の森にいるのに、自分だけ火山に置いてけぼりで、拗ねてるなの」


「ふふふっ。初めて聞きましたわ。ふふふふふっ」


 シレーヌがお腹を抱えて笑いだした。

 カシミルドもつられて笑みが溢れた。


「シレーヌ。そんなに面白い? シレーヌはサラマンドラとも知り合いなの?」


「サラマンドラの前の宿主と知り合いですわ。そうだ、ルイに……あっ」


 シレーヌは急に表情を失い、肩を竦めて小さく息をついた。

 テツと何かあったのだろうか。


「シレーヌ?」


「あっ。火事にならなくて良かったですわ。私はそろそろ失礼します。サラマンドラに関しては、御主人様のご判断にお任せしますわ。──では」


 シレーヌは早口でそう答えると、魔獣界へ帰っていった。


「シレーヌさん。どうしたのかな。いつも一人で抱え込んじゃうから、心配だね」


「うん。テツさんと何かあったのかな……」


「なぁ。あの王子とセイレ……シレーヌってどんな関係なんだ?」


 ずっと隅っこで話をきいていたレオナールが、カシミルドに興味深そうに尋ねた。


 カシミルドもその事は疑問だった。前世の知り合いとは言っていたが、それ以外はほとんど何も知らない。


「う~ん。あの二人は……恋人って感じでは無いみたいだし……何だろうね?」


「って知らないよかよっ!? それに魔獣と人間で恋とかあり得ないだろ」


「そうかな? 気になるならシレーヌに聞いたら?」


「……ちぇっ」


 どうやらレオナールは、シレーヌとは話したくないようだ。

 また不貞腐れたように頬を膨らませ、荷馬車の隅に丸くなって座った。


「スピラル。取り敢えず、サラマンドラはそのままにしようか? 少しでも心や体に変な影響があるって分かったら、すぐに僕が預かるからね!」


「……分かった」


 唇を突き出し、不満そうな顔でスピラルは頷いた。

 如何にも仕方なく返事だけしました、といった表情だ。


「スピラルは男の子だから、アヴリルや皆を守りたいって気持ちは分かるよ……でも、スピラルが笑顔でいられる事を、アヴリルは願っているんだからね。きっとメイ子のお姉さんも……それを忘れないでね」


「……うん」


 スピラルはアヴリルを抱きしめ顔を埋めた。

 お陽様の匂いがする──アンと同じ匂いだ。


 指輪をそのままにすることで話はまとまったのだが、カンナが申し訳なさそうにスピラルに問いを投げ掛けた。


「スピラル君。パトさんが、どうしても聞いておいて欲しいって言ってたんだけど……スピラル君のご両親は、ソルシエール家と関わりがあるのかな?」


 スピラルは体をビクッと反応させた。

 アヴリルを抱く手に、自ずと力がこもる。


 自分の生い立ちは、アンやアヴ、そしてメイには話している。


 アンに初めて話した時、心がとても軽くなった。

 アンは自分を受け入れてくれたから。

 目の前にいる二人もきっと……だけど怖い。


 アヴとメイが二人並んで俺を見上げる。

 二人が何を言いたいかは、分かってる。

 

「……俺は、ソルシエール家分家のメイドの息子として生まれたんだ……」


「お父さんは?」


「…………父は」


 スピラルは重い口を開き、自身について語り始めた。








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