第七十五話 火山と搭
パトとレオナール、そしてカンナとカシミルドは、馬車の荷台の中で話をしていた。
パトの横には布に包まれた大きな剣が置かれている。
カンナがその剣を訝しそうに眺めて尋ねた。
「パトさん。その剣が、さっきテツさんが言ってた火剣?」
「そうよ。この剣をエテの近くの火山に棄てに行くの」
「え? さっきは誰かに届けるって……」
「だって。私は運び屋として命を承けているのに、棄てるなんて口に出来ないわ。もしもあの王子が蜥蜴の一味だったら危険でしょ? 折角私が長い時間をかけて蜥蜴の中枢の人間と繋がれたのに、私が裏切ったと知れたら──剣は奪われてしまう」
「そうだったんですね。この剣は、一体何なんですか?」
「あら。カシミルド君も興味があるのね。この剣は代々ソルシエール家当主が継いできた石竜サラマンドラの力を宿した火剣。私の大切な人の命を奪った剣。──次期当主ラージュには、この剣を引き継ぐ才を示す聖痕があるらしいの。だから、絶対に渡さない。あんな腐った家系に生まれた男なんかに、この力は使わせない」
パトは憎い敵を見るような眼でその剣を見つめた。
こんなパトさんの顔は初めてだった。
カンナもとても心配そうにパトを見つめている。
「パトさん。私やカシィ君に、何ができるかな?」
「……蜥蜴は視察団を使うと言っていたの。だから、先発隊から目を離さないで。奴等の行く先に、ルナールの郷は、きっとあるから」
「分かった。レオナール君はどうするの?」
「おっ俺はエテで妹を探す」
「ミィシアはエテにいるの?」
パトはレオナールの言葉に驚き、そう尋ねた。
レオナールはおずおずと答える。
「多分、ですけど……」
「僕も協力するよ。だから、一人で勝手なことしちゃ駄目だよ?」
レオナールはカシミルドの言葉に目を細め、フイっと顔を背けた。そんなレオナールをパトは母親のように見やり、頭を撫でた。
「レオナールには私が付いているわ」
「あっ丁度いいかも! レオは、行商人の子どもってことになってるんだ。パトさんも雑貨屋さんだから、レオナールの知り合いって事で話は通るんじゃないかな」
「そうね。じゃあ、私はレオナールのご両親の知り合いで、恐らくエテの方へ向かった行商団に、レオナールを送り届けるって事にしましょう」
「はい!」
話が纏まり、カシミルドとカンナは一旦部屋へ戻ることにした。
視察団もそろそろ宿を出る筈だ。
パトさん達もエテまで同行することを伝えたい。
でも、結局パトさんについては良く分からなかったような……。
「カンナ。パトさんは、ルナールの一人で、故郷を守るために、蜥蜴を探っていた……んだよね?」
「うーん。そうだね」
「シレーヌとは、何処で知り合ったんだろう? それに、何でシレーヌの種族が作った剣を、パトさんが持ってたんだろう?」
「うーん。また後でパトさんに聞いてみようよ」
「そうだね!」
でも、もしかしたら、テツなら知っているかもしれない。
カシミルドはそんな事を考えていた。
◇◇
「レオナール? 七煌については知っているわよね? 七煌が彼を選んだわ……あの王子様、レオナールから見てどうだった?」
「あいつ、凄い強いです。剣の腕なら、蜥蜴の暗殺者に勝ってました」
「えっ? あの王子様が? うふふっ。夢でも見たんじゃないの?」
「あいつはパトリシア様の事を知っているみたいでしたよ? セイレーンの事も、あのカシミルドって奴より親しいような感じで……」
「……どうしてかしら……。シレーヌは人間には懐かないわ」
パトは火剣を憎らしそうに見つめた。
「その剣。どうするんですか?」
「火口に捨てに行くわ。この剣はサラマンドラの爪から生まれたと聞いたわ。そのサラマンドラが生まれた場所、ヴェルニュ火山の火口に捨てる」
「……」
「あ、勿論ミィシアを見つけてからよ。道中、この剣は何処かに隠しておくわ。流石に、エテに持ち込むのは不安だから。──ミィシアも一緒に、エテの北東に位置するヴェルニュ火山に行きましょう」
「はい!」
レオナールは瞳を輝かせて頷いた。
パトという心強い味方を得て、胸が一杯だった。
きっとミィシアにもすぐに会える。
レオナールの心は希望と期待に満ちていた。
◇◇◇◇
ガラザ村から出発する準備が整った。
しかし、馬の乗り合いで少々揉めた。
ラルムの馬に少年を乗せることをシエルが渋ったのだ。
かといってシエルの馬だと体調を崩すかもしれない。
ラルムはスピラルを乗せたがっているが話は平行線だった。
そこに打開策を打ち出したのはパトだった。
「あの~荷馬車ですけど乗りますか? レオナールを保護して下さった方々ですので、お礼がしたいのです。歓迎しますわ」
「頼んでもよいのか?」
「ええ。どうぞ」
「だったら私もスピラルちゃんと乗ってもいいですか?」
カンナが名乗りを上げ、それを聞くとスピラルも喜んでいる様に見えた。
「レオナールも含めて、三人なら乗れるわ」
カンナはスピラルの手を取り荷馬車へと乗り込んでいった。
カシミルドはテツの馬に乗せてもらうこととなる。
「よろしくお願いします。テツさん」
「ああ。よろしく」
テツの腰に輝剣七煌が煌めく。
ああ。そうだ。七煌がどうこう言っていたのはテツさんだ。
テツさんは、この剣を知っていたんだ。
◇◇◇◇
エテまでの道は山道だそうだ。
東に見えるのはヴェルニュ火山。
山頂から煙がモクモクと上がる活火山だそうだ。
あの火山が噴火して、湖の隣にあった旧エテ市街地を溶岩で失ったらしい。ただ、街の人たちはコロシアムで剣術大会を観戦中だったらしく、皆無事だったらしい。
そしてその隣の山の山頂には崩れた塔がある。
あれはおそらく──バベルの塔。
本当にあったんだ。百年前、天使のいる天界を目指して、建てられたといわれる塔。
「テツさん。あの塔の事、知ってますか?」
カシミルドは崩れた塔を指差して尋ねた。
「ん? 三百年前は無かったな」
「あ。建てられたのは百年前って噂です」
「百年前か。その辺りの事は文献でしか知らないが、塔の事は知らないな……」
「それ以外の事で何かあったんですか?」
「ああ。半月も続いた天災に見舞われたらしい。神風と雷の十四日間と呼ばれているんだが、その時の天災で崩れたのだろうか。気になるのか?」
「……はい。実は建てた理由が気になってて。黒の一族に伝わる話だと、天界を目指して塔を建てたって……」
「天界……塔を建てて行けるものとも思えないがな」
「天使は空にいるんじゃ無いんですか!?」
空から天使が見守っている。
カシミルドは、ずっとそう思っていた。
「うーん。そう言われるとそんな感じもしないでもないが、魔獣界のように別の空間へ繋がる扉があって、天界もそこから行くのではないか?」
「ほー。成る程。魔獣界の扉は何処にでもあるんです。繋げようと思えば。だったら天界と言われる所への扉も何処にでもあったりするんですかね? あっでも、魔獣界は黒の一族の祖先が造ったってメイ子が言ってたんですけど、天界は天使が作ったんですかね?」
「天界も魔獣界も、同じ天使が造ったのものだよ」
「え?」
「どちらも、ヴァベルが作ったんだ……俺の前で。命の天使は魂を導くことで知られ、そう呼ばれているが、空間を切り開き繋ぐ力を持っているんだよ。な? クロゥ君?」
カシミルドのフードからクロゥがひょこっと顔を出した。
「おっ俺に話を振るんじゃねぇよっ」
「クロゥ君は詳しいと思って」
「確かに。クロゥって黒の一族に長く使えているんだよね! 命の天使とか、あの塔のこととか知ってるの?」
カシミルドが瞳を輝かせてクロゥに尋ねた。
クロゥはジトっとした視線をテツに向ける。
「はぁ……確かに命の天使は空間を繋ぐ事が出来る。ただその扉はその空間を繋げ合わせた、その天使にしか造れない。そこにある扉を開け閉めすることなら……。ほら、カシミルドも精霊の森で見ただろ? あの扉もその類いのものだ」
「ん? その開け閉めって、命の天使がするものなの?」
「まぁな。でも、魔獣界の扉の権限は黒の一族に委ねられているんだ。天使は地上と縁を切ったからな」
「地上から縁を切った? 何で?」
「それは王子様が詳しいんじゃねぇの~」
今度はテツがジトッとした目をクロゥに向けた。
「何か二人とも、仲良くなった?」
「なっ……俺は寝る! 夜更かし王子様のせいで寝不足だからなっ」
「ははは。ゆっくり休みたまえ」
クロゥはフードの底に潜り込んでいった。
「すみません。クロゥはいつもマイペースで」
「いや。とても頼りにしているよ。しかし、あの塔については聞けず終いだったな。カシミルド君のお姉さんは知らないのかい?」
「あっ! 姉さんに手紙書くの忘れてました! 呪いと塔について、手紙出してみますっ」
「そうだな──?」
後方がまた騒がしい。
人数が多いとトラブルも多くなるが、今度は何だろうか。
「少し休憩にするか……何か臭うな」
何かが焦げた臭いがする。
後ろを走る荷馬車から、灰色の煙が上がっていた。