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天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第二章 東方への誘い 第三部 蒼き湖の街エテへ
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第七十四話 輝剣七煌

「未来?」


 カンナはパトの言葉に首をかしげた。


「そう、未来。私の力は弱いから、沢山は見られないけれどね。──私の名前はパトリシア。パトリシア=ルナール。先詠みの力を有する魔獣が一人……今まで秘密にしていてごめんね。カンナちゃん」


 パト──パトリシアは、カンナに寂しそうに微笑みかけると、両手で印を結び白い煙に包まれた。


 カシミルドはこの煙に見覚えがある。

 レオナールと同じだ。


 煙はすぐに晴れ、パトが現れた。

 頭の上には大きなフサフサの三角耳が二つ。

 背中には三つに別れたフサフサの尻尾が生えている。

 カンナは驚いて目を見開き、そしてパトに飛びついた。


「パトさん!! 可愛い!」


「あら。カンナちゃんったら。よしよし。もうカンナちゃんは可愛いいんだから」


「あの……パトさんはルナールの一人なんですね」


 カシミルドが訪ねると、パトは小さく頷いた。


「そうよ。皆、あまり驚かないのね……。私は力を使って、この七煌の未来を見たの──私は、燃え盛る炎を見つめる自分の姿を見た。燃えているのは私の故郷。そしてこの剣は他の誰かが握っていたの。ルナールを共に守ろうとしてくれる人──ここに来る間、ずっとそれが誰か考えていたの」


 パトはカシミルドをじっと見据えた。


「私はね、それがカシミルド君。貴方かと思って」


 カンナの手を優しく振りほどき、一歩ずつカシミルドに近づく。パトはカシミルドに剣を突きつけた。


「受け取って、カシミルド君。剣は主を自分で選ぶ。さあ……」


 カシミルドは目の前に差し出された剣を見据えた。

 七煌……何処かで聞いたような。


 恐る恐る、その鞘に触れた。

 その瞬間──バチンっ。


「いっ……いったぁ」


 カシミルドの指は何かに弾かれた。赤くなった指先を擦るカシミルドを見て、パトは残念そうに剣を眺めた。


「あら? カシミルド君じゃないのね」


「カシィ君っ大丈夫?」


「大丈夫だけど……痛い。──でも、パトさん。故郷が燃えているって、どういう事かな?」


「それは分からないの。遠くない未来……かもしれない。私の先詠みは不確かだから……でも、ルナールの郷に危険が迫っているのは確かよ。蜥蜴を使って、視察団に何かをさせようとしているみたいなの」


「それは誰が……」


 パトはカシミルドの口を人差し指で塞いだ。


「知らない方がいいわ。でもカシミルド君じゃないなんて……シレーヌが御主人様と呼ぶ人だから、絶対にそうだと思ったのに……どうしよう……」


 パトは剣を抱きしめてカシミルドを見つめた。

 そして腰に光る杖に気付いた。


「カシミルド君。それ……まさか。レイラ様の杖? 王家の紋章、七煌と同じ虹珊瑚から造られた魔石。どうして貴方が?」


「これは、テツさん……テツ王子から借りたものです」


「そっか。あの王子様ね。カンナちゃんと一緒に馬に乗っていた人ね?」


「うん、そうだよ。パトさん……その、テツさんに相談してみたらどうかな? テツさんならルナールにも詳しくって、力になってくれると思うし。それに今ね。ルナールの男の子も一緒なの。妹さんが……蜥蜴に拐われて迷子になって……」


「その子、名前は?」


「レオナールです」


「レオ……じゃあミィシアが……レオに会わせてもらえるかしら?」


「今、隣の部屋でシレーヌと喧嘩して……郷に帰るって言ってたんだけど……」


 パトさんはそれを聞くと印を結び、いつもの人間の姿に変身し、部屋を飛び出した。



 ◇◇◇◇



 ラルムはシエルの部屋をノックした。「どうぞ」と返事が聞こえ扉を開けると、ベッドから体を起こし、足の包帯を交換しているテツと目があった。


「へっ? テツ様? その包帯は……」


「おっ。ラルム君か。ちょっと掠り傷だ。シエルならまだ寝ているぞ」


 シエルはベッドの上で熟睡していた。三階全体を包み込む防護壁を長時間形成し続けたため、魔力も体力も使い果たしていたのだが、そんな事を知る由もないラルムには、とても不思議な光景だった。


 その反対側のベッドでは、昨日から行動を共にしている少年がメイ子の後ろに身を隠し、ラルムの事を警戒している。

 メイ子はラルムに手を振ると、少年と何か小声で話している。

 ラルムは視線をシエルに戻した。枕を抱き込む様にうつ伏せで眠るシエルは、会話に反応することなく小さな寝息を立てている。


「まあ。珍しい。こんなこともあるんですね。温泉が気持ち良かったのかしら」


「たまにはゆっくり寝かせてやろう。昼までに出ればエテには日が落ちる前にギリギリ着くだろう」


「そうですね。ふふふっ」


「どうした?」


「初めてかもしれません。こんな気持ち良さそうに寝てるシエルを見るの。いつも不機嫌そうな顔をしていますからね」


「そうかもな」


「あっメイ子ちゃん。一緒に朝風呂に行きませんか? 昨日はバタバタしちゃって、ゆっくり出来なかったでしょう?」


「むぅ~。でもまたカシィたまに怒られるなのの……」


「大丈夫よ。今度はちゃんと女風呂だから。ねっ?」


 メイ子はテツに視線を送る。テツはそれに笑顔で答えた。


「行っておいで。カシミルド君には伝えておくよ」


「分かったなの! む?」


 立ち上がったメイ子の服を、レオナールが掴んでいた。


「フェルコルヌ。お前人間なんかと……」


「むぅ。……レオナールはいつも誰と話してるなのの?」


「えっ?」


「メイ子は、フェルコルヌだけど、メイ子なのの。メイ子はメイ子なのの!」


「はぁ?」


 メイ子はレオナールの腕を振り払うと、ラルムと手を繋ぎ部屋を出ていった。


「何だよ。意味わかんねーよ……」


「レオナール君。魔獣にも人にも、皆、名前があるだろう? 名前で呼んでみれば、メイ子君が言った意味が、いずれわかるんじゃないか?」


「……?」


 その時また、扉がノックされた。朝から騒がしい。


「どうぞ」


「失礼します」


 声と共に、長い金髪の女性が慌てた様子で入室した。女性はレオナールを見ると駆け寄り、勢いのまま抱き締めた。


「レオナールっ」


「ぱっ……んんっ」


 レオナールはパトの胸に押し潰され悶え苦しむが、パトには伝わらず更に力が込められる。


「パトリシア。レオナールが窒息死しますわ」


 頭上からシレーヌの声がした。

 部屋の隅でずっと様子を伺っていたのだ。


 パトはハッとしてレオナールを離した。

 そして、レオナールの赤い顔を、愛しそうに両手で包みこんだ。


「ごめんなさい。──レオナール。無事で良かった」


「ぱ、パトリシア様ぁ。俺、何も出来なくて。ミィシアがぁミィシアがぁ……」


 泣きじゃくるレオナールを皆静かに見つめた。

 カシミルドは扉の前にカンナと並んで立ち尽くした。

 カンナの手には、七煌が抱えられている。


 シレーヌだけはその光景に冷たい視線を送っていた。


「ルナールの事はルナールでどうぞ。カンナ様。その剣は七煌ですね。それは我が種族の剣。私が預かります。パトリシアもそれで良いでしょう?」


「……そうね。そういう運命なのかも知れない。私はもう一つの剣を……」


「もしや。石竜の火剣もあるのか?」


 テツがベッドから立ち上がって言った。

 パトリシアはテツを警戒し、探るような視線を送る。


「何故それを? まさか、蜥蜴側の人間なのですか?」


 シレーヌが呆れた様に首を振る。


「パトリシア。テツは……。いえ、何でもないわ」


「私は蜥蜴とは対立関係にあるのだよ。パトリシア……君。その火剣をどうするのだ?」


「ラージュ=ソルシエールに届けるのです」


 テツが苦悶の表情を浮かべた。


「なっ何故……」


「それが私の今回の任務なの。──驚くということは、蜥蜴の人間ではないようですね。これ以上は話せません。カンナちゃん、その剣をシレーヌに渡してくれる?」


「は、はい。シレーヌさんっ」


 シレーヌが手を伸ばすが、それよりも先に、テツがその剣を握りしめた。


「あっ、テツ……さん?」


 カンナは驚いたものの、剣をテツに委ねた。

 剣がそう望んでいるかの様な気がしたからだ。


 テツは、剣を鞘から少しだけ抜き、刀身を見つめると、瞳にその七色の光を反射し、一筋の涙を溢した。

 その瞬間、カンナとテツは目と目が合い、お互い気まずく、直ぐに目を反らした。


「ちょっと。何故貴方が七煌をっ……」


 パトリシアは、剣がテツの元へ渡った事に納得出来ずに声を上げるが、刀身から放たれた七つの光を目にすると言葉を接ぐんだ。そして消え入りそうな声で呟いた。


「七煌が……認めた? ルイ兄の……子孫だから? ──カンナちゃん達は、これからエテヘ行くのよね?」


「そうだよ。パトさんは?」


「私も行くわ。王子様が七煌を持つ者に相応しいか、この眼で確かめたいわ。それに、エテに用があるもの」


「パトリシア君。ラージュに火剣を渡してはいけない」


「……レオナール。行こう」


 パトはテツを睨み付けると、部屋から出ていった。

 カシミルドとカンナはその後を追いかけた。



 ──皆が部屋を出た後、シレーヌはテツの持つ七煌に手を触れた。


「あの頃と変わらない。ずっとパトリシアは、この剣を守っていたのですね」


「そうだな……」


「言わないのですか? 記憶のこと」


 テツは俯き眉を潜め、小さくため息をついた。


「……シレーヌ。君は魔獣界に戻るんだ。嫌な予感がする。君が私の隣に居ることが、どうしようもなく不安なんだ」


「でも、私も一緒に──」


「駄目だ! もう……もう君をあんな目に会わせたくないんだっ。君が消えそうになる姿は、もう見たくないんだよ……」


 テツは瞳に涙を貯めて、思いの丈をシレーヌにぶつけた。

 シレーヌはまた、瞳から白い珠をポロポロと溢した。


「私──」


「……すみません! 寝すぎました……ん?」


 シレーヌのか細い声が、寝呆けたシエルの第一声にかき消された。

 シレーヌはそっと泡となって消えて行く。

 魔獣界に戻ったのだ。


「あの……何かお話し中でしたか?」


「いいんだ。丁度話がついたところだよ」


 テツはそう言い、シエルに微笑みかけた。




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