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天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第二章 東方への誘い 第三部 蒼き湖の街エテへ
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第七十話 水の檻

「ぐっるぁぁぁぁ!!」


 獣のような雄叫びに共鳴して、窓ガラスが音を立てて震えた。シエルは慌てて窓から外の様子を確認するが、外は白い霧が立ち込め何も見えなかった。


「何だ……今の。……そうだ。テツ様に……」


 シエルはテツに風の防護魔法をかけようとして思い止まった。

 テツは魔法拒絶体質だと言っていた。

 恐らく試みるだけ無駄だろう。


「せめてあの餓鬼だけでも……」


 シエルは窓に向かって杖を構えた。

 レオナールの事は見えないが気配は感じる。


「風の精霊よ……」



 ◇◇◇◇



「「レオナール!」」


 魔力が飛散した突風に煽られながら、テツとシレーヌが同時に叫んだ。水の檻をレオナールが破壊した際に発生した魔力の奔流に、二人は視界を奪われていた。


 そして視界が開けた時には、飛び出していったレオナールがミシェルまで後数センチというところであった。


 しかしレオナールは、隣にいた大男の拳で腹を殴られ、派手に弾き飛ばされ、庭の大木に体を強く打ち付けられていた。


 大木の下で踞るレオナールにゆっくりとミシェルが歩み寄る。その後ろに二人の男も続いていた。


「シレーヌ。目眩ましを頼む」


「はいっ!」


 シレーヌは上空に舞い上がると呪文を唱えた。

 辺りが白い霧で包まれる。


 霧に紛れ、テツはレオナールの所まで駆けた。


 もちろん蜥蜴の三人が、それに気づかない筈がない。纏まりつく白い霧に顔をしかめながら、オウグはミシェルを肩に担ぎ上げた。


「ミシェル行くぞ」


「えっ! オウグもやる気満々なんだと思ったのに。ディーンだって……」


「人間は駄目だ。引くぞ……」


「なっ……」


 ミシェルが顔を上げると、既にレオナールの前にはテツが立っていた。


 この人は、宿の空き部屋を貸してくれた殺気まみれの優しいお兄さん……確か王子様だとか。


 だからダメなのか。王子だから。私達とは違う。

 同じ人間だけど、生まれた瞬間から人の上に立つ存在。

 屑人間の私達と、目が合うことすら、有り得ない存在。


 また、殺気まみれの瞳で王子はミシェル達を見据えていた。   

 そんなに嫌いなのかな……私達のこと。


「つまんないの……」


 テツはその場を立ち去ろうとする蜥蜴の三人へ、威嚇するように剣を抜いた。テツの剣が触れた先だけ、霧が散っていく。その淡く光を帯びた剣身に、ミシェルは口角を上げ、身震いした。


「きゃは……やっちゃったね。お兄さん……」


 テツは嘲笑うミシェルに眉を潜め、冷たく睨み付けると口を開いた。


「ルナールの少女を何処へやった? それさえ答えたら今日は見逃す……」


 ミシェルを支えるオウグの手に力がこもる。そして厳しい顔つきで隣のディーンに目をやり、その顔はみるみる青くなっていった。ディーンが背中の二本の刀剣に、手をかけていたのだ。


「おいっ。ディーン……まさかお前っ」


「あらら~やっぱり。スイッチ入っちゃったね~」


 ディーンは長さ四十センチ程の、湾曲した片刃の刀剣を両手に一本ずつ持ち、体の前でそれを交差させ、剣越しに標的であるテツを見据えていた。


 剣を向けられ、昂る気持ちを抑えられなかった。全身から溢れる殺戮衝動に胸の高鳴りを感じ、高揚していた。


「オウグ? ミシェル達はどうしよっか? レオナール君のこと回収してもいい?」


「……まあ。お前は好きにしろ。俺は見物してるわ。ディーンが殺りそうになったら……止めてやるよ」


「きゃはっ。やった~! 馬鹿なお兄さん。ディーンに剣を向けるなんてさ」


 ミシェルはオウグから飛び降り、テツとディーンから距離をとった。巻き込まれるのは御免だからだ。


 オウグも同じように後ずさった。

 そしてディーンに忠告する。


「ディーン。殺るなよ?」


「ああ。善処する……」


 そう呟くとディーンは腰を低くし大地を蹴った。

 テツもその殺気に反応し、身構える。


「シレーヌ! サポートっ頼むっ」


 テツは指示を出しながら、向かって来るディーンに剣を向けた。二本の刀剣をクロスさせたまま突っ込んできたディーンの初撃を薙ぎ払い、仰け反ったディーンの足を狙うも斜め後方に避けられ、ただ白い霧を切る。きぃんと言う金属音が霧の中に響き、その音に紛れる様に、シレーヌは見物している二人に向けて呪文を唱えた。


「水の檻よ――」


 ディーンの行動に気が気ではなかったオウグは、シレーヌの声に気づくことなく、檻に呆気なく囚われた。


「うおっ。誰だっ?」


「わぁ。ミシェルも捕まっちゃったよ~。水の魔法……誰かな~? ──風の精霊よ。我が名はミシェル。姓はない。我が魔力を風に乗せ、見えない敵を我に示せ──」


 ミシェルは檻の中で呪文を唱えると、瞳を輝かせて斜め上空を指差した。


「オウグ。あそこに何かいるよ! たぶん魔獣!!」


「ああ? あれは……何だ?」


 白い霧の中に、小さな瑠璃色の人魚が浮かび上がっていた。


 シレーヌは肌に触れた冷たいミシェルの風を、煩わしそうに手で振り払うと、檻に閉じ込められた二人を見下ろして呟いた。


「御主人様。好きなだけ魔力を使わせて頂きますわ──我が檻よ。囚われし者の魔力を吸い上げ糧とせよ──」


 ミシェルとオウグは檻の中で魔力を吸い上げられ、地面にへたり込んだ。シレーヌはそれを見やると、霧の向こうのテツへと視線を巡らせた。よく見えないが、剣が擦れ、弾かれ合う音が幾度となく響いている。


「テツ。今、助太刀しますわ……」



 ◇◇



「いってぇ……」


 レオナールは大木の根元で目を覚ました。頭がひどく痛むが動ける。あの大男に殴り飛ばされた割には外傷は少なかった。周りを見渡すと、白い霧で視界が閉ざされていた。


「何だ……これ。ミシェルは……ひぃっ」


 その時、レオナールのすぐ横を剣先が掠れ、頬が薄く裂けた。湾曲した二本の剣を交互に振りかざし、蜥蜴の一人の男がテツと剣を交えていた。


 その両者の気迫にレオナールは身を引いた。テツが双剣の連撃を受け止め弾き返しながら、蜥蜴の男を押している。


「レオナールっ。起きたならば妹の事を聞いてこいっ」


 テツは会話をする余裕があるらしい。軽めの連撃を休むまもなく繰り出す双剣に対し、怯むことなく、重めの連撃を返し、どうみてもテツが優勢だった。


 蜥蜴の一人はその様子に焦るどころか楽しんでいる様子だ。

 薄ら笑いを浮かべ瞳は悦びに満ちている。イカれている。


「わっ……分かったっ」


 レオナールは何とかテツに返事をすると、這うようにして二人から離れた。霧の間を縫って進み、ミシェルとオウグが囚われた檻の前に運良く出た。


 ミシェルは座り込み、力なく顔を伏せている。先程四肢を肥大化させたばかりの為、まだ身体強化は出来ないが、弱ったミシェル相手なら、今の自分でも渡り合える。


 レオナールはそっと檻の中に手を伸ばすと、ミシェルの髪からミィシアのリボンを取り返し、そして叫んだ。


「ミシェルっ。ミィシアを何処にやった!! 答えろっ!」


 リボンを失いミシェルの髪はハラリとその細い肩に降り落ちた。ミシェルはゆっくり顔を上げてレオナールを見つめた。


 その瞳は歓びの光に満ち、口元は卑しい微笑みを浮かべている。檻に囚われ力を失っていると油断していたレオナールだが、その顔を見て危険を感じ、後ろへ飛び退き距離を取った。


「レオナール君。そんな怯えないでよ。ミィちゃんの事、教えて上げてもいいよ? その前に……この檻を作ったお魚さんの事、教えてよ」


「なっ……」


「だめ? ミシェル。あれ、欲しいなぁ。あの綺麗な鱗……回収したいよ。オウグ、まだぁ?」


「おう。もう行けるぜ」


「やったぁ。今日はレオナール君のこと、オウグに貸してあげるね。私は……お魚さん」


 朗らかに笑顔を向けるミシェルに、レオナールは寒気を感じた。

 そして後ろに控えるオウグは、地面に両手を付き怠そうにしているのかと思いきや、瞳には爛々と橙の光を宿し、檻の下に大きな魔方陣を顕現させる所だった。


 レオナールは体を思うように動かせなかった。

 ミィシアを連れ去られた時と同じ。

 敵の圧力に飲まれていた。


 ミシェルの今日の獲物はシレーヌのようだ。

 嫌だ。もう俺の前で、あいつに誰も奪われたくない。


 レオナールが手に力を込めようとした時、オウグから呪文が放たれた。


「ミシェル、俺の背中に乗れ──地の精霊よ。我が名はオウグ=オーデュ。止めどなき大地の力を、我の拳を用いて顕現せよ。畝り貫けっ──」


 地下深くから何かか押し上がってくる様な気配を察知した瞬間──地面が隆起し幾本の固く太い木の根が大地を蹂躙した。


 その根は水の檻を掻き破り、大地から溢れた数多の根はレオナールにも襲い掛かり四肢を貫いた。


「うがっ……つぅ……」


 目を見開き、熱さを感じる右大腿部に手を伸ばそうとするも、その手も貫かれ動かすことは出来なかった。


 血の気がどんどんと引いていく。

 少しでも体を動かそうとすると、身体中に激痛が走った。


 太い根に貫かれ、僅かにもがくレオナールを見て、オウグは鼻をならして嗤った。


「動くと死ぬぜ?」


「ミシェルはお魚さんの所に行くね! レオナール君、また後でね……」






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