第六十七話 蜥蜴との遭遇
カシミルド達は部屋へ戻る廊下の途中で、宿の受付の方から揉めるような声を聞いた。廊下のつき当たりを曲がれば受付なのだが、テツが立ち止まり、カシミルド達にその場で待つように手で合図した。
「えー。ここの温泉が村一番って聞いたのに~。何でダメなの?」
「ですから、本日は貸し切りでして……」
「おい。もう行こうぜ。昨日の宿で良いだろ?」
「えー。こんなこと滅多にないのに~?」
声だけ聞くに、ただをこねる娘とお父さんといった様子だ。
「カシミルド君。こちらの階段から先に部屋に戻っていておくれ。少年を頼むぞ」
「はい……」
テツは背負っていたレオナールをカシミルドに預けると、一人廊下を進んで行く。
カシミルドはふらつくレオナールに肩を貸し階段を登りかけた時、レオナールの体に緊張が走った。虚ろだった瞳に赤く憎しみに燃えるようなは光をギラつかせ、テツの行く先へと視線を伸ばす。
「ミ……シェル」
「えっレオ?」
レオナールはカシミルドを突飛ばし廊下を駆け出すも、足元がおぼつかずその場に倒れ込んだ。
「大丈夫? 今は部屋に戻ろう。体を休めなきゃ」
「くそっ……」
廊下を殴るレオナールにシエルは大きなため息をついた。そして渋々カシミルドに手を貸し、レオナールは二人に引きずられるようにして部屋まで連れて行かれたのだった。
◇◇◇◇
受付の前には、金髪の小柄な少女と大柄な男、そして細身の男の三人が立っていた。受付嬢は営業スマイルのまま頭を下げている。
テツは朗らかな笑顔を受付で揉める人々に向け、声をかけた。
「どうかしましたか?」
「あ……申し訳ございません。こちらの方々が、どうしても当宿に泊まりたいとおっしゃっていて……」
受付嬢はテツの登場に深々と頭を下げ、状況を説明する。
「私達は三階しか使っていないからな。二階は空いているのだろう? こちらは構わないぞ」
「はい。ですが……」
「やったー! お兄さんやさしーね!」
金髪の少女は両手を上げて喜びテツに向かって屈託のない笑顔を向けた。
「ははは。ゆっくり休むといい。では、私はこれで」
テツは軽く会釈してその場を後にした。しかし、三人に背を向けた瞬間、瞳に鋭い光を宿す。奴等に悟られないよう、殺気を抑えながら、テツは平静を装い廊下を歩いた。
その背中を三人は無言で見送った。
そして受付嬢から鍵を受け取ると、足取り軽く客室へと移動した。
「ディーン。あの人……何者? 探り、入れる?」
ミシェルはベッドに寝転び、天井を見つめながら呟いた。
ディーンはベッドに腰を下ろし、剣の手入れをしている。
そしてオウグはベッドに大の字で寝ている。
「あれはこの国の王子だな。あの髪色、王家の証の紫だっただろ? 魔法は使うな。すぐバレる」
「へぇー。王子様かぁ~。笑ってたけどさ……殺気、駄々漏れだったよね?」
ミシェルはニンマリと口角をあげる。
オウグがムクリと体を起こしてミシェルを見た。
「おい。それはお前もだろ。ミシェル。面倒臭いとこに来ちまったな……。王子とは関わるな。それは上からの命令だぞ。飯食ったらここからすぐに出るからな」
「えっ? 温泉は?」
オウグはミシェルの問いに呆れ、ディーンに返答を任せた。ディーンは大きくため息をつく。
「さっさと入ってこい」
「やったぁ~」
ミシェルは早速ウキウキと廊下へ飛び出した。
そして天井を見上げて立ち止まる。
「あれ? あれれ~。……キャハハっ。楽しい夜になりそうだね……レオナール君……」
ミシェルは光の無い瞳で嗤い、温泉へとスキップしていった。
◇◇◇◇
「畜生っ!!」
レオナールは震える拳を壁に叩きつけ大きな窪みを生み出した。
「レーゼ殿……」
「はい。光の防壁よーー」
レーゼが呪文を唱えると、部屋全体が光に包まれた。
ここはルミエルの部屋。中にはレオナールを囲むようにしてレーゼ、テツとカシミルドがいた。
氷枕で頭を冷やすと、レオナールはすぐに元気を取り戻した。しかし、静かに寝ていてくれた方が良かったかもしれない。
スピラルはソファーに静かに腰かけている。レオナールの怒りが何を意味するのか観察中、といった目をしている。
「落ち着きなさい。レオナール君。奴等に気付かれてしまうぞ」
「やっぱり。さっきの人達が?」
「ああ。蜥蜴の精鋭部隊だな。下手に手は出せないが……レーゼ殿が力を貸してくれるなら、奴等を捕らえることも可能だと考える。恐らく奴等は夜、動くだろう。レオナール、君は部屋で待機していなさい」
「なっ何でだよ! あいつがすぐ近くにいるんだぞ? ミィシアのこと、あいつらから聞き出さないとっ」
テツはレオナールの首根っこを掴むとソファーに乱暴に座らせた。
「今の君なら五秒で奴等に瞬殺されるだろう。足手まといだ」
「……っ。くそぉっ……」
その時ノックも無く扉が開いた。
入室してきたのはルミエルだった。
「食事の用意が出来たそうですの。あら? また癇癪ですの?」
「ルミエル。そんな言い方しなくても……」
「カシミルド。今度は一緒に行きましょう!」
「えっ……ちょっと……」
カシミルドはルミエルに引っ張られ、助けを求めるようにテツに視線を送るが、むしろ厄介払いが済んだといった目をテツから向けられた。
「スピラル君も一緒に行っておいで」
テツに促され、スピラルは無言で頷くと、カシミルドとルミエルと一緒に部屋を出ていった。
「レーゼ殿。蜥蜴の尻尾のことなんだが……協力してもらえるか?」
「え? ……ああ。ルミエルやクロゥなら断るでしょうが、私はそんな事言いませんよ。夜の魔法は苦手ですけれど……捕縛は得意です」
「巻き込んですまない。頼りにしている」
「はい。テツ様も下で食事をされて来てください。レオナールには私が付きますから」
レオナールは膝に顔を埋めソファーの上で丸くなったまま動かなかった。
「では、頼んだよ」
「はい」
レーゼはテツに微笑み、レオナールの背中にそっと優しく手をおいた。