第六十四話 光の加護
カシミルドがレーゼの部屋を訪れると、中ではレオナールが興奮した様子でレーゼに掴みかかる所だった。しかし、レーゼに窘められ、レオナールは半ば強引にソファーに座らされている。
この部屋はカシミルド達の部屋より随分と広かった。ベッドが四つあり、化粧台と二人掛けののソファーが二つ、そしてテーブルまで置かれている。
ルミエルは一番奥のベッドで横になっていたが、カシミルドに気が付くと体を起こして扉まで走ってきた。
「あら? 温泉に行きますの? 誘いに来てくれたんですのね?」
「違うよ。レオナールのことで、レーゼさんに呼ばれたからだよ」
ルミエルは唇を尖らせてつまらなそうな表情をアピールしてきたが、カシミルドはそれを無視してソファーへと向かう。
レオナールが拳を握りしめて落ち着かない様子だったからだ。
「なぁ。妹はこの村の何処かにいるんだろ? 俺も探しに行かせろよ!」
「まあ、待ちなさい。今テツ様が情報を集めてくれているから。カシミルド、魔力探知の魔法は使えるか?」
「魔力探知?」
「お。知らないのか。……では説明しよう。風の精霊の力を借りた初級魔法だ。風の精霊に己の魔力を乗せて対象の者を探すのだ。呪文は……無くてもいけそうか?」
「おいっ。呪文は大事だろ? いい加減なことするなよ。俺の妹が……」
ルミエルは狼狽するレオナールを鼻で嗤った。
「呪文なんて、あなた達が精霊と対話できないから唱えているのでしょう? 私たちには必要ないのよ?」
「そうなのか……」
レオナールは急に大人しくなり、納得したように頷いた。ルミエルとは同じ馬に乗ってガラザまで来たからなのか、レオナールは素直に受け止めている。
しかし、反対にカシミルドはルミエルの言葉に疑問しか浮かばなかった。
「ルミエルは、呪文とか唱えないの?」
「えっ!? えっと……人前では、唱えたりもするわよ!? その方がそれっぽいですもの!」
カシミルドに話しかけられ、ルミエルは紅くなった頬を両手で覆い、嬉しそうに恥じらいながら答えた。
「ん? どういう意味かよく分からないんだけど……。ルミエルは精霊と会話が出来るの?」
「わ、私は、まぁそれなりに……カシミルドだって、呪文なんか適当でしょ? 一緒ですの! ほら、レオナールの妹を探してあげて」
質問の答えをはぐらかされている事に納得出来ないカシミルドであったが、レオナールの熱い視線に気付き、まずはそれに答えなくてはと思った。
「あっそうだね。えっと……風の精霊よ。我が呼び声に応えよ。我が名はカシミルド=ファタリテ。我が思うままにその力を示せ……」
カシミルドはテツから借りた杖を床について意識を集中させた。風の精霊が窓をすり抜け自分に集まってきている。
確か、自分の魔力を風に乗せて運んでもらえば良いんだったよね。やっぱり杖があると、集中しやすい。
カシミルドに集まった薄緑色の光がゆっくりと周囲に解き放たれた。それはレオナールとルミエル、レーゼを過ぎ去り、別室のカンナ達も通りすぎていく。
そして村全体に、そよ風と共に広がっていった。
ーー眩しい光は。底無しの白。これはルミエル……と、レーゼさん。
レオナールの気配は不安げに揺らぐ篝火の様な、紫紺色の光。
燃え上がる赤い焔の様な光はスピラルかな?
そのすぐ横に、小さな紫色の光がある。アヴリルだ。
それからこれはラルムさん。澄んだ蒼い柔らかい光。
その近くにいるのはメイ子と……カンナかな?
二人の光は良く似てる。チカチカして眩しいな。
それに緑に、また青……それから……ん? 暑苦しい黄色と冷たい緑……変な組み合わせだな。
でも、精霊使いはこんな村にも沢山いるんだな。
「あれ? 誰もいなくなりました。もう、村の外かもしれません……」
「え? ミィシアは!?」
テーブルに身を乗り出したレオナールをレーゼが牽制した。
「まだ探知は続いている。もう少し待ちなさい」
カシミルドの魔力探知はまだ続いている。
村を出て、少したつと小さな動物の気配がした。
おそらく森だろう。
そこを過ぎ去ると、また多くの精霊使いの気配がした。
青、黄色、緑……そして……。
「あっつ……て。熱くはないか……。凄く濃い魔力の持ち主が何人かいます……あっ、いた。レオナールと同じ……不安げに揺らぐ篝火……」
「おいっ!! それはどこだ?」
「ここは何処だろう。村から出て森を越えた先。もしかしたら、エテかな? 水の精霊が多い」
ミィシア自身の光は一定の間隔でリズム良く揺らめき、不安な色を帯びつつも安定しているように感じた。
「ミィシアは元気だよ。少し不安そうだけど、落ち着いてる」
「ミィシアは一人か? 蜥蜴の尻尾と一緒なのか?」
「えっと……いっ……たくないか……」
カシミルドはミィシアの周囲の気配を探った。すると触れれば引き裂かれそうな、研ぎ澄まされた刃の様な魔力を感じた。
「大丈夫か?」
「はい。大丈……うわぁぁっ」
カシミルドが突如大声を挙げたかと思うと、手にした杖から竜巻が起こった。
それは冷たく敵意に満ちた風。
杖から溢れた風は、カシミルドの探知魔法をはね除け逆流させたものだ。部屋中をかき乱し、吹き荒れ、ルミエルが杖に手を乗せたことで漸く終息した。
「風の精霊使いですのね。カシミルドの魔法を返すとは中々ですの」
「もしかして……ミシェル……か?」
レオナールが拳をギュッと握りしめた。
カシミルドは額の汗を拭き取り溜め息を漏らした。
「はぁ。ビックリした。……でも、今のはミシェルではないと思うよ。ミシェルみたいな、背中がゾクゾクする様な魔力じゃなかったし……」
「確かにそうだな。では、誰と一緒なのだろう」
「僕の魔法を跳ね返した人……その人の気配を感じた時、ミィシアの光が安定したんです。だから悪い人では無いのかなって……」
「人間に良い奴なんかいるわけ無いだろっ!!」
レオナールはテーブルに力任せに爪を突き立てた。
「あらあら。カシミルドにそれを言うのはどうかと思いますの。少し落ち着いたら如何?」
「落ち着いてなんていられる訳ないだろ!? ミィシアがいたのに。俺には見えない。今どんな奴といるのか、分からないのに……俺は今すぐエテに行く!!」
レオナールは立ち上がり、皆の制止を無視して扉へ向かおうとした。
「ちょっと待って……」
しかし、扉を開けるとテツが立っていた。部屋から出ようとするレオナールの前に立ちはだかり、行かせる気は無いようだ。
「おお。どうした? 風の探知魔法で何か分かったか?」
「どっ、どけよ! 俺はエテに行くんだ!」
「妹はエテにいるのか?」
テツは部屋の中のカシミルドに問いかけた。
「確証は……ないです」
「それなら今夜はここに泊まって、明日エテへ向かおう。夜は危険だ。まだ懲りてないのか?」
「もう怪我はない。俺の足なら馬と同じ位で着くぞ」
「……駄目だ。そうだ、ルミエル君。光の加護を贈ることは出来ないのか?」
「へっ? 私が……ですの?」
ルミエルは嫌そうに自身を指差し頬を膨らませた。
レオナールはそれを聞くと瞳を輝かせている。
カシミルドはふと気になった。
「ルミエルって。魔法使えるの?」
使おうとしたところは見たことがあるが、実際に使ったところは見たことが無かった。リュミエに似たあの威圧的な魔力で、ルミエルはどんな魔法を使うのだろうか。
「つっ使えますわよ……みっ見たいですの?」
「うん」
カシミルドは即答した。
そして興味津々な瞳でルミエルを見つめる。
「何それ、可愛すぎますの!! み、見てらっしゃい。光の加護なんて簡単ですの。レオナール、妹の名前は何ですの?」
ルミエルはソファーから立ち上がると窓に向かって仁王立ちした。
「ミィシア=ルナールだ。……光の加護があれば、ミィシアは大丈夫なのか?」
「居場所までは特定出来ないですけど、対象を危険から守ることが出来ますの。効果は一度キリですが、もし発動したら対象の場所がわかりますわ。ーーまずは術をかけてみますの。……カシミルド、ちゃんと見ていて下さいね」
「あ、うん!」
ルミエルはカシミルドの視線が自分に釘付けである事を確認すると、右手の指輪に口づけをした。
そして窓の外へと目を向ける。夕暮れ時だ。
これだけ光が満ちていれば、ミィシアが何処にいても術は届くだろう。
ゆっくりと息を吸い込み、呼吸を整える。
そして囁くように優しく呪文を口にする。
「光の精霊よ。我が名はルミエル。汝らの主、我が命ず。光よ集いて蝶となり、彼の者を守りて盾となれ。彼の者の名は、ミィシア=ルナール……」
窓から差し込む夕陽から、光の粒子が溢れだした。
それは広い部屋の中に拡散したかと思うと、ルミエルの人差し指に、目映い一塊のオレンジ色の光となって集結する。
それは手のひらサイズの光の蝶となって象られた。
「……ゆけ、舞え、光の蝶よ」