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天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第二章 東方への誘い 第三部 蒼き湖の街エテへ
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第六十話 ガラザ村へ

「ごっごめんなさい。何だか気持ちが抑えられなくてっ……ぅうっ」


「シレーヌさん。大丈夫ですか?」


 カンナも初めて見るシレーヌの狼狽えた姿に心配して声をかけた。するとシレーヌは涙を拭って話始めた。


「大丈夫ですわ。失礼しました。……ですが、テツ。……魔獣は人にとってただのモノですわ。レオナールに期待を持たせるような事は吹き込まないでください。もう、仲良く手を繋いで共に生きよう、なんて夢のまた夢。どちらが優位か。力のある者に従うしかないのです。人間は、同族同士でもそうでしょう? 人間の子供ですら売り買いされる国なのですから」


「……王都のオークションは潰した。シレーヌ。蜥蜴の尻尾は私が壊滅させて見せるよ」


 テツの瞳は強い決意で満ちていた。シレーヌはそれを見ると小さくため息をつき、クルリとレオナールに振り向いた。


「だ、そうですわよ。レオナール。あなたの妹を拐ったのは、蜥蜴の尻尾。テツはその対抗勢力とでも思えば良いのですよ。妹を救いたければ、一緒に行動しましょう」


 先程までの号泣していたのは何だったのか。シレーヌは悠然とレオナールに向かって宣言した。


「……俺は人間なんて信じない。それは変わらない」


「無理に自分を変える必要はない。ただし、見た目は変えてもらおうか?」


 テツはそう言って微笑んだ。レオナールはその笑顔を睨み付け、ふと他の者にも視線を流した。


 カシミルドは目が合うと少しだけ微笑み返した。この人間の魔力は濃くて柔らかくて暖かかった。敵意はないだろう。


 そして隣にくっつく銀髪の天使様。テツに怒られてから、カシミルドの後ろ髪を手で弄りながら、不満そうに影に隠れている。何を考えているのかサッパリ分からない。


 そしてカンナはメイ子を膝の上に乗せて、俺を心配そう見つめ、そして勇気付けるように笑顔をくれた。何だか見ていてホッとしてしまう。


「さあ。レオナール。時間は有限ですわよ」


「わかった。ミィシアの為に、俺はお前達と行動を共にする……」


 レオナールは両手で印を結ぶと白い煙に包まれた。数秒後に煙が晴れると、目立っていた耳や尻尾が消え、人間の少年が皆の目の前に現れた。



 ◇◇◇◇



 そうしてカシミルド達一行はレオナールと共にガラザ村を目指す。カシミルドは昨夜の疲れか、朝食中もウトウトしていたため、テツが心配して自分の馬に乗るようにと進言した。


 別にシエルを信頼していない訳ではない。ただ、カシミルドは剣の訓練が初心者なのに、飛ばしすぎた。と反省していたからだ。


 そして、シエルはカンナを乗せることを嫌がったため、スピラルと乗ることになり、流れ的にラルムの馬にカンナが乗ることになった。レオナールはレーゼの背中にくっつくような形で乗ることとなる。


「背中で大丈夫ですの?」


 馬に乗る前に、ルミエルが珍しくレオナールを心配したのか声をかけた。レオナールは警戒した様子で、レーゼの後ろにそっと隠れる。


「あら? 失礼な子ね。……あっ」


 しかし、ルミエルはあることに気付き、レオナールの後ろにサッと回り込むと、レオナールの頭に両手を伸ばし、キュッと何かをつまみ上げた。


「ひゃぁっ」


 レオナールは驚いて声を上げ、それと同時に三角の大きな二つの耳とフサフサの尻尾がモフッと現れた。耳を掴まれ、変身が解けたのだ。


「あらら……」


 レーゼは可哀想に、とマントでレオナールをそっとかくしてやった。レオナールは涙目でルミエルを睨み付ける。


「さっ……さっきもだけど、何でそんな事ばかりするんですか!? やめてください!」


「だって、ちょっぴり耳が残ってたんですもの……掴みたくなるじゃない」


 ルミエルは全く悪びれたようすもなく答えた。そしてレオナールにポケットから出した小さな指輪を渡す。


「これは?」


「それを嵌めなさい。さっきの人間の姿を維持できるようにしておいてあげるわ。あんな未熟な変身じゃすぐにバレそうですの」


 レオナールは瞳を輝かせて指輪を見つめた。小さな黄色い宝石が埋め込まれた美しい指輪だ。


「天使様の指輪……」


「あ。その言い方やめて。私はルミエル。ルミエル様って呼びなさい」


「そこはルミエルさんで良いのでは?」


 レーゼが空かさずフォローする。ルミエルも小さく頷いた。


「あ、ありがとうございます。ルミエルさん……」


「早く付けなさいよ」


「はっはい」


 レオナールが指輪を爪先に通すと同時に、全身が仄かに白い光に包まれ、完璧な人間の少年へと一瞬で姿が変貌した。


 三角の耳も尻尾も根本から消え、いつも上手く出来なかった人間の耳までちゃんと付いていた。


「おお。さすが天……ルミエルさん」


 レオナールはルミエルに睨まれ、慌てて言い直した。




 レオナールがルミエルの指輪に感動している時、カシミルドはテツの馬に乗せてもらい、今にも寝そうだった。馬が一歩踏み出すだけで瞼が重く、視界が狭まる。


「カシミルド君。寝てていいぞ?」


「あ……でも……」


 カシミルドは重い瞼を擦りながら、テツから借りたままの腰につけた杖に触れた。杖はまるで自分の物かの様に、手に馴染んでいる。




 しかし、何故こんなに疲れているのかというと……実はテツに剣を教えてもらったのだが、実際は殆ど魔法の訓練になってしまったからだった。


 片手剣が重すぎたため、テツの杖を借りて素振りを教え込まれていたが、ふと休憩にと地面に杖を着いた時、カシミルドは違和感を覚えた。


 杖を通して何かが体の中に流れ込んで来るような、不思議な感覚だった。水の精霊より少し固くて、でもフンワリと柔らかで温かい。これは……。


「地の精霊?」


 カシミルドが呟くと、杖の先に埋め込まれた虹色の石が淡く橙色に光を宿した。


「休むにはまだ早いぞ! さあもう一度!」


 カシミルドはそのままテツに言われた通りに杖を剣の如く構え、素振りというより、何となく……思い切り振り切った。


 すると杖から突風が起こり数十メートル先まで大地がメキメキと轟音と地鳴りを伴いながら真っ二つに割かれたのだ。


 テツはそれを見ると唸り声を上げる。


「おお……。全くもって剣術ではないが……無詠唱でこれか。魔剣でも持たせたら面白くなりそうだな」


「えっ……?」


「ほら、よく見るんだ。カシミルド君が杖を振った先の大地が割れているだろう? 恐らく杖から放出されたカシミルド君の魔力が木々を活性化させ根が育ち、大地から溢れ出したのだ」


「ほう……」


 確かに、よく見ると地面から木の根がゴテゴテと溢れ出ていた。テツさんは柄にもなく酷く興奮した様子だった。


「ここは地の精霊が多いのだな! 少し待ちたまえっ。せいっ!」


 テツさんは手にしていた片手剣を構えると、カシミルドが割いた大地に向かって軽く気を込めて振りかざした。溢れていた大きな根は、テツの剣風を浴びると元の大きさに戻り、目の前には割れた大地の溝だけが残った。


「よし! もう一度やってみよう!」


「はっはい!」





 といった感じで一時間以上杖を振り続けた。七煌がどうこう呟きながら、テツさんは終始ご機嫌だったが、カシミルドは段々と杖を振ることに慣れ、魔力を多く注ぎ込む事が出来るようになっていったのだ。


 そしてテツの「もっと!」という言葉に乗せられ、つい魔力を放出し過ぎてしまっていた。


 しかし、剣の訓練で魔力のコントロールが上手くなるとは思っていなかった。杖を介することで、普段より魔力の流れがイメージしやすかったのかもしれない。



「その杖気に入ったか? 姉の物なのだが、良かったら使ってくれ」


 杖を握り、ボーッと馬に揺られるカシミルドにテツは言った。この杖はテツのお姉さんの物だったのかとカシミルドは思うが、ユメア以外に王女様はいただろうか。


「お姉さん? いましたっけ?」


「ああ……。前世の時の姉だな……ははは……」


「成る程です。姉……か……」


「カシミルド君にもお姉さんがいるのだろう?」


「はい。姉は……呪術が得意なんです。だから、呪いのことは姉に聞いてみようかと……」


「そうか、それは頼もしい話だな。ガラザ村についたら、便りを出そう」


「はい」


 カシミルドの姉は呪術が得意だ。自分の体にも魔力を抑えるために、姉の呪印が幾つかある。この呪印の解き方がもしも分かれば、呪いの種子の解き方も分かるかも知れない。ついでに、レオナールに会ったことも手紙で知らせよう。


「そう言えば、テツさんはルナールに詳しいんですね? 呪文まで知ってて驚きました」


「ああ。ルナールに知り合いがいてね。妹みたいな存在なんだ。まだあの子が上手く変身も出来ないときからの付き合いだからな。よく呪文の練習も付き合ったりしたのだよ。今頃……どうしているだろうな……」


「そっか……シレーヌみたいに、テツさんの前世の知り合いが、他にもいるかもしれないんですね……」


「そうだな……。会うべきか……会わないべきか……」


 テツの瞳に微かに影が落ちる。


「会いたくないんですか?」


「どうだろう。……会いたいのは私なのか、ルイなのか。よく、分からなくなってしまうんだよ。自分が誰なのか」


「……すみません。無神経なこと聞いてしまって」


「いや。嬉しいよ。こうして誰かに話せるだけでも……」


 テツがフッと微かに笑った瞬間、後方が騒がしくなった。

 カシミルドから後ろの様子は少しも見えないが、テツが振り向き確認する。


「また、シエルの馬か……」


 テツは呆れたように小さく呟いた。







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