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天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第二章 東方への誘い 第三部 蒼き湖の街エテへ
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第五十三話 命の大天使

「ヴァベル……?」


 カシミルドは、カンナの手を握りしめたまま、小さく呟いた。カンナは心配そうに尋ねる。


「カシィ君? 何か言った?」


「シレーヌの声が聞こえるんだ。テツさんの声は、よく聞こえないけど……シレーヌ、テツさんの事、ルイって呼んでた。何でだろう……」


「ルイ? あ。三百年前に処刑された王子様の名前だ。パトさんから聞いたことがあるの。それから、ルイって名前を、子供に付ける人はいないんだって」


「そうなんだ……」


 誰にも付けることの無い名前を……どうしてシレーヌは言ったのだろう。


 カシミルドはゆっくりと瞳を閉じた。盗み聞きのようで気が引けるが、また、シレーヌから放たれた言葉に、カシミルドは興味を持った。


 呪いの種子、そして大天使ヴァベルという言葉に。



◇◇◇◇



「命の大天使ヴァベル様は、ルイを見て、そして捕らわれた私を見て。人間を哀れみ、憎しみの心を持ちました。ヴァベル様を中心に暗雲が立ち込め、全ての人々を呪おうとした……その時、白の天使様と黒の一族の女性がヴァベル様を止めました。そこでヴァベル様は、呪いの種子を、あの方の憎しみを、己の魂に植え付けました。再び人々が他の種族へと干渉した時、自分の魂を糧として、呪いの種子が芽吹くようにと……」


「しかし、何故ヴァベルが……彼はそんな天使じゃない。いや、私は彼の事をそう多く知らないか……」


 テツは首を何度も横に振りシレーヌの言葉が信じられないと言った様子だ。


「ですが、私はこの目で見ましたわ。そして、ヴァベル様はルイと共に消えようとしていた私の魂を掬い上げて言いました。ーー彼はお前が生きることを望んでいた。彼の最期の望みを聞いてやってくれ。お前は生きろ。私がその為の場所を用意するーーと。そしてヴァベル様は魔獣界を作りました。魔獣達が安心して生きられる世界を、造ってくださったのです」


「そうだったのか。ヴァベルはルイの最後の願いを叶えてくれたのだな……魔獣界へ、シレーヌや他の魔獣は、移り住んだのだね?」


「ええ。殆どの魔獣が移りました。ですが残った種族もいますわ。人間を好んでいたフェルコルヌ種やルーヴ種。逆に人間を嫌っていたセルパン種やルナール種。そして、人に寄生することで生きてきたサキュパス種などです」


 テツは幼い頃に本で調べた事を思い出した。

 シレーヌの説明と全て辻褄が合う。


 呪いに関する記述が無いこと以外は……。

 きっとそれは、人間側の問題なのだろう。


「だから三百年前に魔獣の種が急激に減ったのだな。魔獣界が出来たから……しかし、黒の一族が魔獣を召喚できるのは何故だ?」


「ヴァベル様は魔獣とこの地の繋がりを完全に断つことはしたくなかったのだと思います。この地から離れることを拒んだ種族もおりましたし……ヴァベル様を止めに入った黒の一族の女性が、魔獣界と地上との門番の役割を受けておりました。その後、ルイの友でもありました、黒の一族のジオルドが族長となり、語り継いでいったそうですが……私の御主人様は、その辺の事情は知らないみたいですわ」


 テツはシレーヌから発せられた名前に懐かしさを覚え、目を細めた。


 黒の一族のジオルドとは、前世のルイが城を抜け出した時に出会った少年だ。ルイより二つ年上だったが、弟の様な存在だった。人懐っこく甘え上手な、頼れる精霊使い。


「カシミルド君はまだ若いからな。知らなくて当然だろう。しかし……シレーヌはカシミルド君をどう思う? 地下で暴走しかけた時、彼から感じる魔力は異常だった。それに先程、崖で見た彼の漆黒の翼。天使が持つ白い翼とは真逆だが……」


「漆黒の翼。ヴァベル様と同じですわ」


「ヴァベルが? 何故だ?」


「ヴァベル様が人々を呪おうとした時、白く美しかった六枚の翼は……黒く染まりました。あの場にいた……いえ。……ルイは、白い翼のヴァベル様しか知らなかったのですね。ヴァベル様の翼は黒ですわ。呪いのせいで……」


「そうか。僕のせいか……」


 テツの瞳が後悔の色で染まる。


 テツにとって……いや、ジンやルイにとって、ヴァベルとは、どんな存在なのだろうか。シレーヌはテツの様子をじっと眺めた。


 するとテツは何かを思い出したようにハッと顔を上げシレーヌに尋ねた。


「天使の祝福を受けた者でも、空は飛べない。アグレアーブルはそう言っていた。カシミルド君は何故飛べるんだ? シレーヌなら、分かるんじゃないか?」


 アグレアーブルという名を聞くと、シレーヌは顔をしかめた。アグレアーブルはルイの前世であるジンの奥さんだ。


 ジンが死ぬまで愛し続けた慈愛の天使。

 ルイがずっと求め続けた、夢の中の天使のことだ。


「天使については、私は詳しくありません。ヴァベル様にお会いしたのもあの日だけ……ですが。私は、御主人様から感じるのです……」


「……何を……感じる?」


「ヴァベル様を……あの方の力を感じます。御主人様がお産まれになったのが十四年前。その頃から、魔獣と人との軋轢が大きくなりました。きっと……ヴァベル様は、御主人様を依代に、呪いの種子を発動させる気ではないでしょうか?」


「なっ何故、そんなこと……」


「御主人様は魔獣討伐と聞いて、胸の痛みを訴えていました。あの時感じたのです。ヴァベル様がご自身に植え付けた呪いと比べましたら、とても小さい物ですが……御主人様には呪いの種子が……」


 テツは宿での一件を思い出した。ルミエルが苦しむカシミルドにかけたおまじない……あれは、呪いの種子の成長を抑えたのではないかと……。


「ルミエル君がカシミルド君に、まじないをかけていた。しかし、ヴァベルがカシミルド君にそんな物を植え付けるだろうか……」


「さあ?……理由は分かりかねますが……。ヴァベル様が、何らかの理由から、ご自身の力、もしくは魂の一部を、御主人様に分け与えたのではないかと思っております……」


 テツは腕を組み眉間にシワを寄せた。

 ヴァベルがカシミルドに祝福を与えたということだろうか。


 しかし、これは祝福というより、呪いだ。

 ヴァベルはそんなこと……するだろうか。


「ヴァベルは……彼は他者から何かを奪うことなどしない。彼がそんな事……」


 しかし、言ってテツは気づく。ヴァベルは元に人間を呪い殺そうとしたことがあるということに。思い止まったものの……彼はもしかしたら……。


「ル……テツ。もしもこの先、魔獣か人か選ぶ時が来たら、あなたはどちらに付きますか?」


 テツはとても悲しい瞳でシレーヌを見つめた。


「シレーヌ。私の考えは、昔と変わらないよ」


 昔。それはルイの事だ。


 シレーヌはそう思うと、自然と涙を溢した。

 この人はルイじゃないけど、やっぱり、ルイの匂いがする。


 自分は何もかも捨てて、魔獣界へ逃げた。

 ルイの死も、同胞の死も、すべて忘れたくて。


 でも、地上から逃げてきた小さなフェルコルヌと出会い、彼女に誘われるまま、御主人様と誓約を結んだ。私を助けてくれた天使様と同じ匂いのする彼に魅いられて、引き寄せられて、また、こちら側へ来た。


 本当はどんな世界になっているのか気になっていた。ルイが愛した世界が、彼が守りたかった世界が、ヴァベル様の温情により少しでも良くなっていればと……。


 しかし、ヴァベル様の呪いの事を人間は誰も知らなかった。そしてメイ子の姉を見て、人間は何も変わっていないのだと、ただのクズだと思った。


 御主人様の中に呪いの種子を感じて、発動してしまえばいいと思った。


 だけど、こんな世界に……また彼がいた。また、会えるなんて。


「シレーヌ?」


「この世界から……私は逃げた。私は、ルイの足枷にしかならなかった……でも、またあなたの隣で、共に戦うことを……許してはもらえませんか?」


 テツは剣に手をかけて俯いた。

 そして目線だけシレーヌに向け、そっと首を横に振った。


「シレーヌ。君がこれ以上傷つくことは、ルイも望んでいないだろう。……それに、君がいるべきは私の隣ではない。君は自分の主と決めた者を守りたまえ」


「ですが……あっ……」


 シレーヌは急に顔を青くした。


「どうした?」


「ど、どうして気づかなかったのでしょう……私としたことが……御主人様に全部……筒抜けでしたわ……私、御主人様の所に行きますね」


「あ、ああ……」


 シレーヌは慌てて泡となって消えていった。

 一人、森に残されたテツは大きくため息をついた。


 ルイの大切な人魚姫。彼女を巻き込みたくはない。

 もう悲しい思いをさせたくない。傷付けたくない。


 それに、シレーヌといると、心の中が全部ルイになってしまいそうで、怖かった。自分ではいられなくなりそうで。


 しかし今は、そんな事をうじうじ考えている時間すらないようだ。


 テツは剣を強く握りしめ、その手からスッと力を抜くと、森の奥に目を向ける。


「はぁ……迷子かね? それとも……盗み聞きか?」


 テツの視線の先……木の影から銀髪の少女が現れた。







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