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天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第二章 東方への誘い 第三部 蒼き湖の街エテへ
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第四十九話 襲撃の後で

 テツはメイ子の回復魔法を隣で見守っていた。

 メイ子はフェルコルヌ種の魔獣。慈愛の精霊の力を授かり進化した獣。


 自分がもし、慈愛の精霊の力を行使出来たら、こんな小さな女の子一人に無理をさせなくて良いのにな、と考えながら見ていた。


 カンナの傷は致命傷ではないにしろ、崖の上で見た時は大分深い傷に見えた。しかし、テツが思っていたより治療はすぐに済んだ。


 崖の上では、止血だけの治療をメイ子に指示したつもりだったが、カシミルドの手前、粗方回復させてからこちらに運んだのだろうか。


 カンナの怪我に、カシミルドは大分ショックを受けている様子だった。


 全て自分の責任だ。


 やはり、レーゼに頼むべきだった。

 ふと、テツはメイ子と目が合った。

 メイ子がこちらを見ていたからだ。


 メイ子は少し不安そうな顔でにっこりとテツに微笑んだ。

 この笑顔は反則だ。

 こちらも笑顔を返さずにはいられなくなる。


 メイ子はカンナの治療を終えると、今度はルナールの少年の治療に移った。彼は何故一人で野犬から逃げてきたのだろう。


 カンナから逃げ出した様子からして、彼から事情を聞くことは可能か悩ましい所だ。やはりルナールは、人間が嫌いなのだと改めて思い知らされた。まだ若い少年なのにな。



 私の判断ミスでカンナに怪我を負わせたことを謝ると、カシミルドは複雑な表情で俯いた。


 謝るべきではなかった。彼自身が責任を感じてしまったようだ。メイ子も怪訝そうな目で私を見た。


 しかし、カシミルドはメイ子に叱責されると、表情が和らいだ。メイ子はスッと人の心に入り込むのが上手いようだ。


 メイ子は、真面目な視察団のメンバーの要だな。


 私が感心していると、カシミルドはある女性を呼んだ。

 どうやら、彼女の方から語りかけていたようだ。


 私の前にシレーヌが現れた。

 野犬と戦っている時、私は初めて彼女を見た。


 とても小さな体だが、すぐに彼女がシレーヌ=セイレーンだと分かった。まさか、また会えるなんて思ってもいなかったよ。




◇◇◇◇




「そうだ。シレーヌ。この子が起きたら話を聞いて上げてくれないかな? ルナールの子みたいだし、シレーヌの方が話しやすいかと思って……」


「そうですわね。ルナールも人間は嫌いだと思いますわ。私が事情を聞いてみます……」


 カシミルドの頼みを、シレーヌは快諾すると、チラッとテツの方を見た。しかし見てすぐに視線を別の方へと向け直す。


 テツはというと、真っ直ぐにシレーヌを見ていた。


 カシミルドがその視線に気付き、慌ててシレーヌを紹介する。


「テツさん。彼女がシレーヌです。ーーシレーヌ。この人が、テツ=イリュジオンさん。初めてだよね?」


「……はい」


 珍しくシレーヌの目が泳いでいる。

 人間嫌いが発動したのだろうか。


「テツ=イリュジオンだ。宜しく」


「わ、私は、荒波の魔獣シレーヌ種が一人。シレーヌ=セイレーンですわ……」


「ああ。知っているよ」


「えっ?」


 シレーヌが顔を紅くし、感極まって口元を手で押さえた。


「地下で会っただろう?」


「あっ……そうでした……わね……」


 今度は酷く落胆した様子で肩を落とした。


「しかし、あの時は声だけで分からなかったが……随分と小さい姿なのだな」


 テツの言葉を受けるとシレーヌは顔を上げ瞳に期待を滲ませた。テツの言葉に一喜一憂するシレーヌの姿に、カシミルドとメイ子は顔を見合わせた。


「むぅ? さっきから、シレーヌ変なのの?」


「えっと……そ、そんなことはありませんわ……」


 明らかに動揺の色を隠せないシレーヌ。恥ずかしそうに体を弾ませ、カシミルドの後ろに隠れてしまった。


 メイ子はハッとしてカシミルドに耳打ちする。


「シレーヌはきっとテツの事が気に入ったなのの! カシィたま! 二人っきりにしてあげるなのの!」


 耳打ちと言っても、テント内の者の耳には聞こえる声量であった。


「メイ! 勝手なことを言わな……」


 シレーヌはカシミルドの後ろから飛び出して声を荒げた。

 しかし、テツの気まずそうな表情を見ると、自分だけ興奮しているのが悲しくなり言葉を失った。


 その時、カンナの腰の辺りで短刀が煌めいた。

 シレーヌの目にそれが映ると、シレーヌは目を丸くしてその短刀を見つめた。


「輝剣、七煌の……何故ここに?」


「あ。これはパトさんがカンナにくれたんだ」


「パト……。何で、この短刀を手放したのかしら……」


「そうだ。パトさん、シレーヌによろしくって言っていたよ。多分だけど……」


「よろしく……ですって? この短刀をカンナに? 私への決別ですわね」


「決別? シレーヌ、それどういう意味? パトさんとは……」


 シレーヌは両手を握りしめて、怒りで体を震わせていた。

 川が近くにあったら氾濫させていただろう。シレーヌの怒りと悲しみがカシミルドにもひしひしと伝わってきた。


 そして静観していたテツが口を開いた。


「そのパトという人はカンナ君を大切に思っているようであったぞ。ーーきっと、対の短刀をカンナ君に与え、その身を案じているのだよ。対の剣は互いに惹かれ合うからな……」


「パトを庇うのですね……」


 シレーヌの言葉に、テツはため息をつき、瞳を細めた。


「庇ってるつもりはない。彼女の事となると、シレーヌはいつも厳しすぎるよ」


「なっ、やっぱりそうやっていつも庇……う?」


 シレーヌはカッとして反論したかと思うと、テツを見つめたまま瞳を曇らせ、目に涙を浮かべた。

 カシミルドはメイ子と顔を見合せ、互いに首を傾げた。



 その時、テントの入り口からレーゼがひょっこりと顔を出した。


「あの。片付けは終わったので、シエルを起こして見張りにつきますね。皆さんも早く休んで下さい。明日に差し支えますから」


「ああ。レーゼ殿、ありがとう。メイ子君。少年はどうだ?」


「大丈夫なのの、メイ子が隣で見とくなの! 皆も早く休むなのの」


「カシミルド君、テントに戻ろう。後で見張りの時に起こすからな」


「あっでも、カンナが目覚めるまでは……」


「そうか……では一緒にいてやりなさい。私は、向こうのテントで休むよ……」


 テツはシレーヌの方には目も向けずにテントから去ろうとした。するとシレーヌが意を決して声を上げた。


「あのっ! 少し、二人でお話出来ませんか?」


 テツはシレーヌではなく、カシミルドに目を向けた。

 そして申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。


「……カシミルド君。少しシレーヌをお借りするよ」


「は、はい。どうぞ」


 シレーヌは一瞬だけ顔を綻ばせ、そしてまた瞳を曇らせ不安げな笑みを浮かべた。


「御主人様。行ってきますね」


「うん」


 テツとシレーヌは二人一緒にテントを出ていった。何だか訳が分からないまま、カシミルドとメイ子はテントに残された。


「メイ子? 二人って、知り合いなのかな?」


「むう? それはないと思うなのの。シレーヌは魔獣界に住んでるなの。あ、でも、魔獣界ができる前はこっちにいたらしいなの」


「魔獣界ができる前?」


「随分昔なの。確か、三百年くらいも昔なの。メイ子にはそれぐらいしか、分からないなのの」


「そっか……」


 カシミルドはカンナの隣に寝転び、両手でカンナの手を握りしめた。すると、カシミルドとカンナの間にメイ子が割り込む。


「カンナもすぐ目を覚ますなのの」


「うん……」


 シレーヌの事が気がかりではあったが、カンナの寝顔を見ると、カシミルドは急に眠気に襲われた。


 そして、ゆっくりと瞳を閉じ思考を停止させた。

 今は、休もう。カンナが目覚めるまでは……。





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