序章
―――― このお話は、まだ天使が地上にたくさん住んでいた頃のお話です。精霊たちと精霊の森で暮らす天使たちは、お友だちの精霊さんの力を使って、魔法を使うことが出来ました。――――
葉の隙間から差し込む光が眩しくて視界が霞む。
木漏れ日の中、優しく暖かい女性の声だけが、少年の心の中に響く。
少年は気付く。
ああ、これは夢だと。
今までも何度も同じ夢を見た。
夢の中では小さい頃から大好きだった絵本が、いつも優しい女性の声で再生される。
もし自分に母親がいたら、こんな声をしていたのだろうか。
瞳を開いて声の主を捜しても、霞みがかった光の中、見つけることはできない。
それでもまぁ良いかと、瞳を閉じて優しい声に身を委ねる。
――――風を巻き起こし、炎を灯し、水はどこからか溢れ、光は天使のもとに集まり、より輝きを放ちました。人々は天使の力に憧れ、その力を――――
「きゃっ」
物語を遮り、女の子の小さな悲鳴が響く。
これも……夢?
コツッ。と上から何か落ちてきて少年の額に当たる。
「痛っ」
少年は反射的に額を手で抑えた。感触がある。
夢ではないようだ。
でももう少し、夢の続きに浸りたい。
微睡みの中、少年はまた瞳を閉じる。
バキッ。ガサガサガサッ。
少年の頭上から枝が折れるような音がした。
「いゃぁぁ」
まさか、人?
少年が目を開くと、ハラハラと舞い落ちる葉と共に、長い栗色の髪の少女が降ってくるのが見える。
落下点は原っぱに無防備に寝転んだ自分。
反射的に少年は全身を強張らせる。
身体を起こし受け止めようと思った。
その瞬間、少女と目が合った。
紅く光を帯びた瞳が美しく、目を奪われる。
少女も少年に気付き、瞳を丸くさせ驚いている様子だ。
たった一瞬の出来事のはずなのに、枝も葉っぱも、そして少女も、落ちてくることを忘れ、時間が止まっているかのように、ずっと少女と見つめ合った。
しかし、少女に触れようと手を伸ばした瞬間。
「ぐはっ。つっ」
少年の油断しきった腹部に、少女は膝から落ちていった。
少女の美しい瞳に油断した。
膝がモロに腹に入り、少年はゲホゲホと咳き込む。
少女は自分が落ちたことに気付き顔を上げた。
少女の長く柔らかい髪が、少年の苦痛に満ちた顔に触れる。
「ごっ、ごめんなさい」
慌てて少年の横に体を降ろした少女が心配そうに少年の顔を覗き込みながら言う。
太陽を背に、少年を見下ろす少女はキラキラ輝いて眩しく、その背には、光の反射か、うっすらと羽が生えているかのように見える。
あぁ、これが……
「伝説と謳われる天使か」
少年は思った。いや、確信した。
というより、後半声に出していた?
恥ずかしい。
少女に聞こえてしまったかと思うと、恥ずかしくて自然と目をそらした。
「もしかして、カシィくん?」
少女は首をかしげながら、不思議そうに少年の名前を呼んだ。
「えっ?」
少年は、自分をそう呼ぶ女の子を一人だけ知っている。
その女の子は髪の色は薄桃色で、瞳も同じ色。
頭の上で1つに結んだ髪を揺らしながら、いつも少年の前を歩き、そして新しい世界に自分を連れていってくれた。
目の前にいる少女と同じなのは、髪型と……
「ごっ、ごめんなさい。えっと、わ、私」
名前を呼んでみたものの、呆けている少年を見て、少女は少し困った様子で顔を俯かせて言った。
でもすぐに顔を上げ琥珀色の瞳で、少年を見つめる。
そして少年の手をぎゅっと両手で握りしめた。
「あっ。っと」
急に手を握られ、少年は顔を赤くして驚いたが、ふと、昔一緒に遊んだ女の子の顔を思い出す。
少女の手はあの頃と同じ、優しくて暖かい。
その手の温もりに、心も体の痛みも和らいでいく。
カシィはこの眼差しも、手の温もりも知っている。
この子は、
「カンナ。だよね?」
カンナの顔がパッと明るくなった。
そして、満面の笑みで答える。
「うん!久しぶりだね。カシィくん」
少女改めカンナとの、八年ぶりの再会だった。
ご指摘頂いた点を改稿いたしました。
ありがとうございます。




