将来何がしたいとか
「健って、本当モテモテだよね〜」
「……そうか? そうでもないと思うけど」
「そうだよ! 今日だって私、大変だったんだから」
でも私はモテモテの男と一緒にいることができるだけで最高だから。
「そっか、それは悪かった」
「もう〜」
高校から最寄り駅までは、歩いて十分程度かかる。私たちは二人とも電車通学だったから、それを言い訳にして駅まで一緒に帰ることができた。駅から先は反対方向だったから、その時々によって健が一緒についてきてくれたりもした。なんだかんだで入学してから二ヶ月ちょっと、そんな感じで一緒に登下校したりしてきた。他にもバスケ部のオフの日は男女で合わせてくれていたから(顧問が同じだからかな?)、一緒にデートしたりもした。でもなんというか、全然進展がない。
「健〜今日もちょっとだけカフェ寄らない?」
「ん〜別にいいけど俺今日金ないんだよな〜」
「私が出すよ!」
「ん〜じゃそれなら」
しかもこんな感じで最近そっけない。前はグイグイきてくれたのに。それでもカッコいいし、一緒にいれるだけで全然私はいいんだけど。あれからもちょくちょく嫌がらせみたいなものはあったけど、やっぱりそれは仕方のないことで、モテる男と一緒に遊んでいる女である以上、避けては通れない税金みたいなものなのかもしれない。でも健は私のこと守ってくれるから、そのたびまた健のことを好きになる。
「俺、アイスコーヒーもらう」
「じゃ私も」
「悪いな、本当に」
「うぅん、お互い様だから大丈夫」
「そっか、ありがとな」
この笑顔があれば私は大丈夫。健はいつも飲み物が来てすぐ半分くらいまで一気に飲んでしまう。その潔さも可愛くて好きだ。私はいつも通り貧乏くさくチビチビと飲む。
「今日さ、俺予備校行かなきゃなんないからちょっとだけな」
「え、予備校とか行ってたんだ? 私全然知らなかったんだけど」
私の知らないところで、私の知らないことをしているのは許せない。ムッとする気持ちを必死で抑えようとして唇を少し噛む。
「いや、先週から行き始めたばっかだからさ」
「そうなんだ。ふ〜ん。どこの予備校?」
「N進ハイスクール」
「映像のやつね」
「そ」
そこの予備校は自習室が出会いの場になっている、という噂があるのです。
「自習室でナンパしている男とかいるんでしょ?」
「そういう奴もいるらしい」
「健は?」
私はまじまじと健の目を見つめて言った。健は窓の外を見ていたが、私の両の目をまじまじと見返して言った。
「……ナンパなんかするかよ。鈴華がいるんだから」
言わせてしまったようで何か申し訳ない。
「ふふん。でも健がナンパしたらすぐだよね、きっと」
「どうだろ」
「てか健ってどこの大学目指してるの?」
「う〜ん、決めてないけど、東京の私立かな」
「そうなんだ。ちゃんと将来のこととか考えてんだね。偉い偉い」
「ま〜それなりには」
「なりたい職業とかあるの?」
「う〜ん、特にはないけど。とりあえず手に職、っていうか、食いっぱぐれのない職業について、金をガンガン稼ぎたい、かな」
「そこまで考えてるんだ」
「いや、それを言うならその程度までしか考えてないという方が正しい」
そう言って健は笑った。私は将来何がしたいとかないな〜、なんて思ったりした。でもその時も私は健と一緒にいたい。それだけは確かだ。
「ところでさ、私たちって……」
「……私たちって?」
私たちが知り合ってからもう二ヶ月になる。その間、手を繋いだり、キスをしたりもした。でもまだ一番大事なことを済ませていなかった。
「……付き合ってるんだよね?」
ついに我慢できなくなって、私の方から切り出してしまった。私はこう見えて、結構強気なのだ。行くときは行く女なんだ。肉食系、と呼んでいただいても構わない。
「う〜ん、まぁ」
何だその煮え切らない態度。
「どっちなの? 私たち付き合ってるのか、付き合ってないのか?」
私は我慢できずにまた健を問い詰める。健はこんな時も飄々としている。女慣れしてる感じ。ムカつく。
「俺は鈴華のことが好きで、こうやっていつも一緒にいる。それでいいんじゃないか?」
言わせてしまったようで申し訳ない。その煮え切らない回答でもまぁこの際良しとしよう。ニヤニヤが止まらない。
「……そんなもんか」
「今度の日曜の夕方空いてる?」
「え、空いてるけど」
「ホテル行かね?」
「は」
「ラブホテル。そろそろ俺たちセックスした方が良いし。お互い好きじゃん、相手のこと」
「はぁ」
「そしたら普通セックスするじゃん」
軽っ。あまりにも軽すぎる。近頃の男子高校生はこんなに気楽に彼女をセックスに誘うもんなのか?
「でもまだ私たち付き合ってないんじゃないの?」
「う〜ん、まぁ付き合ってるんじゃね?」
何この軽さ。
「とにかくさ、空いてる?」
「まぁ、一応」
「じゃ予定入れといて」
「……でもホテルには行かないよ!」
それには返事をせず、また窓の外を何をするともなく眺めだした。全く何を考えているんだ、この男は。