その13 ロンガとダレデモナイ
ロンガはその長い生涯の間にただ一度だけ、子供をさらったことがある。
物語の終わりに、その出来事を記しておこう。
その村を見おろす丘に立った時、これほど賑わいに欠ける村もついぞ見ないとロンガは思った。
村人は皆黙々と働き、冗談のひとつも聞こえて来ない。数人の子供がいて、時折はしゃいだ声が上がることもあったが、いずれも陰気な大人の顔に行き当たると静まり返った。
午後になると子供たちは追い返され、それぞれの家の中に消えた。
元気を持て余した子供の声が聞こえないのは、どこか不自然だった。
やがて大人たちは広場に集まり、祭りの準備を始めた。
ロンガは驚いた。
今日は夏至の当日である。『夏至の祭り』を行う村などあって良い筈がない。
だが、準備と言っても、会場の中心に侘しい花綱を張り、小さな祭壇を設けた上に供物を置いただけである。楽器の音を合わせる若者の姿もなく、あれこれ指示する歌姫もいない。祭日用のご馳走の匂いすら漂ってこなかった。
ロンガは茂みに身をひそめ、なりゆきを見守った。
やがて一人の男の子が、親に付き添われて現れた。昼間畑にいた子供たちとは別の子だ。
その子が祭壇に登った時、ロンガはこの祭りの目的を理解した。
男の子は自分の名前を「ダレデモナイ」だと思っていた。
発端は二年ほど前のある日のこと。たまたま家の門が開きっ放しになっていたので、外に出てみることにした。畑の畦道で同じくらいの年頃の子供たちが遊んでいた。
男の子を見て、子供たちは尋ねた。
「君は誰だい?」
慌てて追いかけてきた親は、男の子を抱えて帰りしなに言った。
「誰でもないよ」
ダレデモナイの不運は、予定より数週早く、よりにもよって夏至の日に生まれ落ちたせいだ。
両親はすぐさま子供の将来を諦めた。
この子は野獣への貢ぎ物になるのだ。
一体どの時代にこのような取り決めを結んだのか、知っている人はもう存在しないが、ともかく、もともと人口の少ない村と、そこで子供を狩ろうとする野獣とは、互いにリスクを避ける道を選んだのである。
すなわち、野獣は村を襲わない。無駄な怪我や死人を出す代わりに、しかるべきシーズンが来たら、食べ頃に肥えた健康な子供を一人差し出す。
それには、ちょうど夏至に生まれて年の満ちた子供が最適であった。
ダレデモナイの親たちは、子供に名前をつけなかった。
外で遊べる年になっても、他の子供に引き合わせない。友達などこしらえては、よすがとなるだけである。
無茶な遊びをして怪我をさせるわけにはいかないし、流感でも貰って健康を損ねてはなんにもならない。畑仕事や糸紡ぎなどを教える手間は無駄である。
だからダレデモナイはいつもひとりで、家の中か内庭で遊んでいた。
食事やおやつは充分に与えられていたので、なにか没頭できる作業をしたかった。
そこで、かまどのそばにあった木炭と板切れを用いて絵を描くことにした。内庭に来る小鳥や、壁に映る樹木の影、一度だけ目にした他の子供たちの姿を、心に浮かぶまま描いた。
親たちはダレデモナイがおとなしくしているので好きなようにさせておいた。
しかし、ある日ダレデモナイは間違いを犯した。
今度の誕生日が来たら、お前は野獣の所に行くのだよ。ダレデモナイはそう聞かされていた。
絵を描くのは楽しかったから、向こうに行っても続けたいと考えた。
そこで親にこう言ったのである。
「大きくなったら、絵を描く仕事に就きたい」
親たちは急いで画材を取り上げた。未来のない子供が将来を語る姿など見たくない。この村の住人は、大概がそのような思考回路の持ち主である。
板切れは本来の役目に戻り、焚き付けとなった。
ダレデモナイはすっかり退屈してしまい、環境の変化を求めて、野獣が迎えに来る日を楽しみに待つようになった。ようやく誕生日が来て、祭壇の上に座った時も落ち着いたもので、お供えを食べながら野獣の出現を待っていた。
しかし、薄闇が降り、野獣が目の前に立った時、ダレデモナイは大きな勘違いをしていたことを思い知らされた。
野獣は恐ろしい姿をしていた。巨大な黒い体は獣脂でごわついている。あまりの悪臭にダレデモナイは食べていたお菓子を吐き出した。ぎらぎら光るその両眼が、子供の未来など保証していないのは明白である。
胴体をつかみ上げられたダレデモナイは、自分は今日のうちに死ぬのだと悟った。
大人たちは首を垂れ、ひたすら念仏を唱えている。
ダレデモナイには別れを告げる相手もいない。その心には恐怖ではなく、寂しさと諦めが生じた。
ときに幼い子供は、自分の運命をいとも易々と受け入れるものである。
ロンガは丘を駆け下り、広場を去ろうとする野獣の前に立ちはだかった。
用心棒を雇うとは、話が違うではないか。野獣は激怒し、子供を離さぬまま雄叫びを上げた。
子供を傷つけず相手を倒すには、多少の技術を要する。しかし、契約を当てにして怠惰に生きて来た野獣など、ものの数ではない。ロンガは生まれながらの戦士なのだ。
ロンガなりの慈悲をこめた一撃を受け、野獣は息絶えた。
子供が崩れ落ちる野獣の下敷きになる前に、ロンガは素早く取り戻した。
腕に収まった子供は、栄養がいきわたり運動不足でぽっちゃりとしていた。柔らかな感触を得て、ロンガの心に懐かしい思いが広がった。
しかし、子供は親に返さねばならない。
ロンガは大人たちの前に男の子を差し出した。
もしも親たちが、すぐさま駆け寄り子供を受け取っていれば、ロンガは黙って姿を消したであろう。礼など、はなから頭にない。ひったくって家に連れ帰ってくれれば良い。
しかし、そうはならなかった。
村人たちはためらいを見せた。ロンガの姿に恐れおののき、いよいよもって地面にひれ伏し、念仏の声を高めた。
ロンガはその態度に不信感を覚えた。
腕の中の子供を見おろすと、逃げようともがくわけでもなく、じっとロンガを見つめ返している。
内なる声が何かを告げた。
そこでロンガは、子供をさらって走り去る道を選んだ。
ロンガは走った。
野を越え山を越え、眠る時間も惜しんで走り続けた。
やがて子供が空腹を訴えたので、ロンガは立ち止まり、木イチゴを摘んで食べさせてやった。
しかし、これだけではとても足りないことは、ロンガにも分かっていた。
「ちょっと遠いけど、我慢しておくれよ」ロンガは子供に話しかけた。
それはモゴモゴという鳴き声にしか聞こえなかったが、ダレデモナイは返答の代わりに、この白い野獣の頬ひげを撫でた。すると白い野獣はほほ笑んだように見えた。
ダレデモナイは今まで誰からも笑いかけてもらった経験がなかったので、嬉しかった。
白い野獣はさらに山を越え、谷を渡った。
その走りには少しの迷いもなかったので、ダレデモナイは、きっと行く先を承知しているのだと信じた。
夜を走る時にも白い野獣の胸は温かく柔らかだったので、ダレデモナイは心静かに眠りに落ちた。綿菓子のような優しい香りに包まれて見たのは、自分よりいくらか小さな女の子が隣りに眠っている夢だった。
時折目を開けると、山なみや星々が、次から次へと流れ去って行った。
やがて目を覚ますと、知らない村にいた。
朝靄の中に、手入れの行き届いた民家が見えた。
白い野獣がその家を指し示したので、ダレデモナイは一人で歩いて行き、扉を叩いた。
戸を開けたのは中年のがっしりした男だった。
「パンを二つ貰えませんか?」ダレデモナイは勇気を出して頼んでみた。
男は驚いて妻を呼んだ。やはり中年の女が顔を出し、やはり驚いて、とにかく家の中にお入りなさい、温かいスープもあるから、と言った。
ダレデモナイが振り返ると、白い野獣の姿はすでになかった。
ヤンとフェイは子供がないまま、人生の坂道を下り始めたカップルだった。
フェイが男の子に食事をさせている間に、ヤンは近隣の村人を呼びに行った。
しかし、誰もこの子供に心当たりはなかった。
「坊や、名前は何と言うの?」フェイは尋ねた。
子供はダレデモナイと名乗った。そして、ここまで来た経緯を話した。
村人たちは疑わなかった。
数年前、ヤンと隣人は、村のはずれに野獣の死骸が二体横たわっているのを見つけた。謎めいた出来事に誰もが首を傾げたものだ。
その不愉快な土塊を処分するのに、男たちが総出で半日かかった。死んだ家畜用の墓地の横に深い穴を掘って埋めたのだが、未だにその場所には雑草すら生えて来ない。
このままでは家畜の霊に申し訳ないということになり、皆で仕切りの塀を立てたのもつい最近のことである。
「可哀そうな坊や」フェイは言った。「でも、あなたが言うように、八つも九つも山を越えた先の村なんて、わたしたちではとても連れて行ってあげられないわ」
ダレデモナイは、特に帰りたいとは思っていないと答えた。
「では、この家に住む? 農繁期には稲刈りを手伝ってもらわなきゃならないけど」
ダレデモナイは頷いた後で、遠慮がちに「村の仕事を何も教わらなかったので、すぐには役に立たないと思う」と付け加えた。
フェイは泣きながら笑って言った。
「子供なんて、皆そんなものよ」
ダレデモナイは、「ジオウ」に改名した。
期せずして五歳児の里親となったヤンとフェイは、村の年寄りと相談してそう決めたのだ。九つの山を越えて来たのでそれが良い。なんとなくめでたい響きもあることだし。
村の腕白どもが「他所から来た子」を検分に、ヤンとフェイの庭に集まった。
その子がエイリアンではなく、ごく普通のおとなしい男の子だと分かると、子供らは皆口々に、最近流行っている遊びのルールを説明して聞かせた。そして、ジオウの身の上を「カッコいい」と思った。
ジオウがこの村に来る間の旅で空一面に流れる星を見た、と話したので、さっそく年上の子がインハ(=銀河)と言うあだ名を考えついた。
これは仲間うちだけに有効な符丁であり、友情の証しでもあった。
名前を持たなかった子は、二つの名を持つ身となり、その日常は、にわかに忙しくなった。
相変わらずやや太めで、他の子ほどエネルギッシュに走り回るのは得意ではなかったが、月日のうちに太陽の下で引き締まり、背も伸びた。畑仕事の要領を覚えて褒められた日もあれば、仲間との悪ふざけが過ぎてヤンに目玉を喰わされる日もあった。
まれにフェイとヤンは、些細な見解の相違を派手な口喧嘩に発展させることがあった。だがそんな時でも、ジオウがそこに存在しないかのようなふるまいは決してしなかった。
要するに普通の子供の生活が、この村にあった。
ある時、焚き付けの籠に平たい古材が混じっていた。ジオウはかまどの煤を使って、久しぶりに絵を描いた。板切れには糸紡ぎをするフェイの、優雅なシルエットが表わされた。
興を覚えたヤンは、翌日、さらに大きめの板を用意してやった。
ジオウは、もとの親たちの姿を描いてみようと思ったが、どういうわけか、まったく思い出せなかった。代わりに心に浮かんだのは、自分をここまで運んでくれた白い野獣の姿だった。
それならすらすらと描けた。
フェイはそれを見て、「印象深い、良い絵だわ」と言った。「あなたは芸術家になれるわ」
そうなれるかも知れない。ジオウは思った。でも、ヤン父さんのような農夫にもなりたい。さまざまの木炭を作り出す炭焼き職人というのも魅力的な仕事だと思う。
ダレデモナイは、誰にだってなれるのだ。
フェイはジオウの描いた絵を戸口脇の棚に飾った。この場所にあれば、毎日何回でも鑑賞できるし、なんとなく家の中が豊かになった気持ちがするからだ。
ある日、村の子供たちがジオウを誘いに来て、その絵に目を留めた。ふさふさとした毛並みの白っぽい生き物の顔に、不思議な親しみを感じた。
「インハ、これは何だい?」
友人に尋ねられて、ジオウはハタと考えた。
あの野獣は、自分にとって何だったのだろう?
しばらく考えて、ようやく分かった。
ジオウはにっこり笑って答えた。
「ぼくの、初めての友だちだよ」
これでおしまい。さようなら、ロンガ。
後書きにかわるものとして・・・
人名についてひとこと
ギィは、大昔のハンサムなフランス人男優のイメージに、昭和のおじさんじみた名前(義一さん、ぎいっつぁん、のような)を重ね合わせてつけた。
イエンス親子には自分の姓を分割して与え、中国語の読みにしたが、イエン(塩)のままだとユェン(円)とまぎらわしいのでSをつけた。すると北欧ぽい名前になった。
フアニについては、「花子ちゃん」くらいの意味で。
「あんたの中国語、かなり変よ」
台湾出身の友人にはいつもそうやってからかわれているから、確かではない。
いずれにしても、国籍など不明にしたかったのでこれで良いと思っている。
ロシアの格闘家の名前も半分に割って使った。
「ヴォルク・ハン」は「白い狼」という意味だと記憶している。
ダレデモナイについては、子供の頃に観たフランス映画「シベールの日曜日」の最後のシーンが今でも心の内壁に張り付いているので、自然とそうなった。自分の子供時代と重ね合わせて、この13話が何と言うか一種のカタルシスになれば良いな、と思う。
どこか分からない国。ギィやフェイが健気に暮らしている国。
いつか行ってみたい。
そしてもしも再びロンガに出会えたら、きっとお話を追加します。




