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フアニとロンガ  作者: かなた みちこ
人喰い野獣の仔、ロンガが辿る運命の旅
12/13

その12 補足

補足として

民謡「秋に旅立つ人」をひもとくこととしよう。


副題

「秋に旅立つ人  または農夫ヴォルクの物語」



ギィやハンの家系を遡ると、必ずヴォルクという男に行き当たる。

ヴォルクは善良で平凡な農夫であった。

彼には二人の息子がいた。

長男のジエンは、時として愚鈍なのではないかと疑いたくなるほど寡黙な若者だが、こと家畜の扱いにかけては非常に巧みであった。

次男の名はディー。兄より大柄で頭の回転も速く、快活な性格は誰からも好かれていた。


その年、冬は異常な寒波が居座り、短い春は雨が降り過ぎ、いきなり危険なまでに暑い夏に取って代わった。

多くの家畜が寒さと病気で死んだ。

次の収穫まで、おおかたの村人がしわの寄った芋やカビの生えた豆などで食い繋がねばならないと分かった秋の日に、税吏がやって来た。


知らせを受けたヴォルクは、生き延びた家畜を森に隠すようジエンに命じた。

隣人も僅かなヤギや羊を託した。家畜たちは無駄口を叩くこともなくジエンに従った。

ヴォルクとディーは希少な穀物を地面に埋めた。


「なるほど、収める作物が無いうえに、家畜はすべて死んだというのだな」

農場に立った税吏は、疑わし気な顔で空気を嗅いでいたが、やがて言った。

「では、息子を一人連れて行くことになる」

ヴォルクは愕然とした。

「案ずることはない。ちょうど今年、支払いの出来ない家からは若い男子を徴兵することになったのだ。わが国王は領土を拡張しようと考えておられる。海峡を越えて隣国の広い国土を攻めるのだ。軍隊は兵を増員する。戦いに参加するのは国民の義務であるぞ。

さて、確かお前の家には男子が二名いるはずだが・・・もう一人はどこにいるのだ?」

ヴォルクは狼狽のあまり言葉も出ない。

「兄はキノコを採りに行っています」

ディーが急いで答えた。

「だけど兄さんはのろまだから、とても兵士など務まらない。ぼくの方がのみ込みも早くて力もある。ぼくは王様の兵士になります」


もはやヴォルクにはなすすべもなく、良い働きをすれば三年で戻れるという税吏の言葉を信じるしかなかった。

ディーは泣いている母親に別れを告げ、役人の馬車に乗った。



残された家族は懸命に働いた。

ジエンは弟の仕事も引き受け、以前にも増して黙々と働いた。

農場は徐々に力を取り戻していった。

そして皆、ディーからの便りを心待ちにして暮らした。


それにしても、ヴォルクの懸念は次男の消息だけではなかった。

ジエンは祭りの宵にダンスの相手を探そうともしない。

極端までに無口なあの長男が、所帯を持つ日など来るのだろうか?


しかしそれは杞憂に過ぎなかった。


レダは村一番の器量良しで、ジエンとは幼馴染みだった。

ある日のこと、レダは決然とした足取りでやって来て畑のジエンに問うた。

「あんたはなぜ、わたしに求婚しないの?」

そしてジエンが口を開くまで、ヒツジ雲を数えて待った。

さらにもう一度数え直している時、ジエンが言った。

「二週間、待ってくれ」

レダは星占いをしながら待った。


二週間後、ジエンはレダの家を訪れて言った。

「祖父母の遺した家を修繕している。台所の棚を付け直す前に、君の好みを訊きに来た」

レダは顔いっぱいに笑みを広げて答えた。

「今のままで、ちっとも構わないわ」

働き者で忍耐強く、余計な口もきかず、こちらを寛いだ気分にさせてくれる男など、そこいらへんにごろごろ転がっているわけではないのだ。


長く憂鬱な歌詞の中にあって、このくだりだけが唯一明るい調子を帯び、今日(こんにち)まで歌い継がれている。



ディーからの便りがないまま三年が過ぎ、秋になった。


ヴォルクは新任の税吏に息子はいつ帰るのか尋ねた。

小役人は言った。

「そんな話は引き継いでいない。書類を見せなさい」

もちろん、書類など最初から存在しない。

「では、私が作ってあげよう」

ヴォルクは複数の書類にサインした。

「これでよろしい。契約は書かれた日付をもって起点とする。三年の約束を守りなさい」

税吏はそう言うと書類の控えをヴォルクに与え、収穫物で満杯の荷馬車隊を引き連れて帰って行った。

「そんなの、おかしいわよ!」

レダは抗議しようとしたが、折から陣痛が激しくなり、それどころではなくなった。

母親は落胆のあまり茫然となり、ジエンはレダを助けて第一子を取りあげた。



さらに三度目の秋、またもや新人の税吏がやって来た。

前任者の一行は出張中に丸ごと姿を消した、書面の類いも残っていない、と言う。

ヴォルクは控えの書類を見せた。

役人はやたらと時間をかけて読み、腹立たしげに告げた。

「書式が間違っている。新たに作らなければならない」 


それでも村はまずまずの平穏を保っていたと言えよう。

遠い戦地の噂などただのひとつも届かなかった。

ヴォルクは自分の浅知恵のせいでディーを犠牲にしたのだと自らを責め続け、すっかり老け込んでしまった。


ジエンとレダは三人の子供を授かった。

皆可愛く利発な子供で、一番上の子は農場の仕事を手伝えるまでに成長した。 


ヴォルクは旅に出る決意を固めた。

息子の行方を探すのだ。

妻は夫の身を案じながらも、我が子との再会を熱望する気持ちとの間で板挟みになった。

めずらしくジエンが口を開いた。

「ただ苦悩しているより、行動したほうが父さんのためになるだろう」

レダは家中をさらって路銀の工面に走った。

もともと役人は農民が力を持つのを好まない。村には貧しさが定着していたから、用立てたのはほんの僅かなものであった。


こうして晩秋のある朝、ヴォルクは家族に別れを告げ、旅立った。


村から町へ、峠を越えてさらなる土地へ、ヴォルクは東を目指し歩き続けた。

田舎者のヴォルグには、宿の良し悪しも分からなかったから、善意の民家に泊めてもらった。

そのほとんどが同様に息子を戦地に送り出した家庭であった。

ヴォルクは彼らの悲しみをも背負い込み、先を急いだ。


やがて冬と疲労が、老いた男に追いついた。


雪が舞い始めたその日の午後、どこかで道しるべを見誤ったに違いない。

足の痛みに耐え歩き続けたが、いつになっても目指す村は現れなかった。

それどころか、険しい山中に道は途絶えた。

戻ろうとして冷静さを失い、なおいっそう山中に迷い込み、その事実に気付いた時、周囲には真っ暗な闇が降りた。

疲れ果てたヴォルクは地面にうずくまった。

もはや立ち上がることすら困難である。

熱意のみで立てられた計画が、早くも崩れ去ろうとしていた。

こんなありさまで、どうやって息子の行方を求めようと言うのか。


ヴォルクは古い人間なので山の守り神に祈りを捧げ、救いを求めた。

暗澹とした梢のはるかに、蒼白い月がのぼった。

ヴォルクは地面に臥したまま祈り続けた。


すると、山の神が現れた。

「お前は農夫のヴォルクではないか。こんなところで何をしているのだ」

ヴォルクの目に映るその姿は、半分オオカミ、半分は人間のかたちをして、純白に輝く毛皮をまとっていた。

その声は優しく清らかで、幼い孫娘を思わせた。

「帰りなさい。このままでは人喰い野獣の餌食になってしまうぞ」

ヴォルクは事情を説明した。


「愚かなヴォルク」

山の神は言った。

「お前の家族は、お前が多少の見聞を得たのちには帰って来ると考えたのだよ」

しかしヴォルクの決意は悲壮なまでに固く、山の神は哀れをもよおした。

「それではお前の姿を、旅路が楽になるものに変えてやろう」

ヴォルクはありふれたヤマイヌに変身した。

すぐにも走り出せそうな体力があった。 

「行く先々の都合で姿を変えると良い。しかし忘れるな。あの月が三度目に同じ形を見せた時、私を呼ばなければ、お前は元の姿に戻れない」 

そう言い残して、山の神は消え去った。


ヴォルクは軽々と夜を走り、いくつもの峠を越えた。

村々の脇を抜け、町に着いた時は小さなネズミとなって急ぎの馬車に便乗した。


港を見おろす丘に立った時、ヴォルクは翼を広げて海峡を飛び越えた。

タカになり、ハトになり、ヴォルクはあちらこちらの戦場を飛び回った。

三つの月などとうに過ぎて行った。


そして、最も困難な前線に息子の姿を見た。



兵役に就いたディーは、期せずしてその才能を開花させた。

見習い兵の時期には、厳しい訓練を楽しんでいるかのようにこなし、辛さに()を上げ、ホームシックに罹って鬱々とする同期を励まし、時には庇い時には叱咤して、瞬く間にリーダーとしての頭角を現した。


戦地に送られ、斥侯に出れば、類い希な観察眼と分析力を発揮した。

自身の拙速な判断をカバーされ窮地を救われた上官は、以後ディーを百姓の小倅と呼ばなくなった。


初めて敵兵を倒した時、ディーはさしたる感慨を得なかった。ただ矢を放った腕に、シカを射止めた時と同じ手応えを覚えた。狩りなら得意中の得意である。

ディーはいかなる場合においても冷静だった。

苦楽を共にした同僚が敵の手にかかって死んで行くさまを目にした時も、痛痒というほどの感情は呼び覚まされなかった。

かつて兄と二人で懸命に世話した牝牛が死産したと知った時の、あの無念さとは比べようもないと、人知れず考えた。


ディーはどの前線においても的確に働き、自国の軍を優位に導いた。

一方で、この戦争のそもそもの目的については詳細を知る立場になかった。

それは他の兵卒たちも同様である。


三年の月日はすでに過ぎ、ディーは上官に尋ねた。

自分は家に帰る頃ではないか? 

上官はこの若者を手放したくなかったので答えた。

この先の三年間により良い成果を上げれば、将軍様の覚えも良い。将軍様は大臣閣下のご親戚だ。お前の郷里にも優遇の措置を取られることだろう。

ディーはその甘言を信じた。

父母や兄を思い、それまでにも増して活躍し、功績を重ねた。

そのうち上官が昇進したので、ディーの(くらい)も少し上がった。


ある日、戦略上重要と考えられる道を進んだところに、小さな村があった。

広場に御旗を立て、制圧を宣言すれば事足りる筈であったが、ディーには村の静寂が気に食わなかった。そこで部下に火矢を放たせた。

すると、燃え始めた家から数名の敵兵が現れた。

さらに周りの小屋からは民兵が飛び出し、やみくもに立ち向かって来た。

たちまち村は戦場と化し、ディーの部隊は次々と敵を倒した。


ディーが最後の敵を倒したと思った時、背後に戦斧を振りかざした民兵が襲いかかった。

ディーは体をかわし、剣を抜いてその胸を刺し貫いた。

小柄の兵は崩れ落ち、頭巾が脱げた。

そこには幼さの残る少女の顔があった。


「なぜだ!?」驚愕のあまり、ディーは叫んだ。

昨日までは故郷の少女たちと変わらない暮らしをしていた。糸を紡ぎ、畑を手伝い、歌を歌っていた筈である。

敵兵はこの娘を守るべき代わりに武器を手渡したのだ。

ディーは敵兵を憎んだ。

敵国そのものを憎んだ。

このような国は滅ぼされて当然であった。


「助けて」

逃げて行く息の下で少女はささやいた。

「痛い」

ディーは少女の首を切り裂き、痛みを終わらせてやった。


この時、ディーの心に悪魔が乗り移った。


死体の中に正規兵は僅かだった。おおむねが農民で、老人や女も混じっていた。

このままにしては自分の部隊が倫理を問われる。ディーは村全体を焼き払う決定を下した。

皆で火をつけて回っていると、離れた家から赤ん坊を抱えた女が走り出し、逃げて行くのが見えた。

「証人を残すな」

ディーはそう言って敵兵の矢を拾い上げ、部下に手渡した。

部下もすでに、この病魔に感染していた。

矢は母子を串刺しにした。


炎はすべてを燃やし尽くし、部隊は次の目的地に向かった。


進路を切り開いた功績により、ディーはさらに位を上げた。

より冷酷な戦いを好む者が、ディーのもとに加わった。


ディーは鬼神のごとく戦った。

部下たちは嬉々として従い、行く手を阻む者が誰であろうと必ず倒した。

それがたまたま非武装の民間人であっても、躊躇はなかった。

ディーの指令は、最終的に「殺せ、焼き尽くせ」と言うのとほぼ同義であった。


ごくまれに、ディーの指揮に疑問を呈する者や虐殺行為を拒否する者がいたとしよう。だがそのような者に限って、なぜか戦場の露と消えた。


ディーはもはや、故郷のことなど忘れてしまった。

血も涙も持ち合わせない一流のならず者たちからなるディーの部隊は、無敵を誇った。

彼らは敵からも味方からも恐れられるようになった。


上官も将軍も、この状況を黙認した。

あるいは秘かに奨励した。恐怖が先立てば敵の士気は挫かれ、内部から崩れるだろう。暴虐の名は我々を勝利に導く。

戦争とはそういうものだ。


ディーに率いられ、殺し合いに明け暮れる兵士たちの精神は崩壊していた。

狂乱と戦闘モードの区別もないまま勝ち進むこと自体、常人のなせる(わざ)ではなかった。

殺戮と略奪の進路上に婦女子の姿を見とめれば、彼らは決まって惨い仕打ちをした。

一部の者に至っては、時に相手が未だおむつの取れないような幼児であろうと、ただたんに殺すよりも残酷な行為に及んだ。



ヴォルクはその恐ろしいありさまを目にして身を凍らせた。

翼は飛ぶ力を失い、森の中に墜落した。

そして、ひたすら地面を打って苦しみにもがいた。


宵を過ぎて月がのぼった。

ヴォルクは山の神に祈った。


山の神は姿を現して言った。

「欲深な農夫ヴォルク。私の忠告を無視しておきながら、このうえ何を求めるのか」

ヴォルクは息子の窮状を切々と訴えた。

「自分はどうなっても構いません。あれは息子ではなくなってしまった。もとのあの子を取り戻したいのです」

「ヴォルクよ、私は古いタイプの神なのだ。人の心を変える力など、持っていないのだよ」

山の神は心持ち寂しそうに言った。

「だが、ひとつだけ方法がある。お前がその身を私に委ねる覚悟があるなら、息子の魂を救ってやれるかもしれない・・・」

ヴォルクは同意した。



その夜、ディーは占拠した家の一室に眠っていた。

真夜中を過ぎた頃、外で誰かが自分の名を呼んだ。

懐かしい声だった。

「・・・父さん」

ディーは起き上がり、戸口を開けて外に出た。

月明かりの庭に、人の姿はなかった。

「父さんかい?」木立の闇に声をかけると、そこからオオカミが現れた。

極北の地に住むと云われる、真白なオオカミである。


オオカミは父の声で言った。

「ディー、お前を迎えに来た」 

ディーは驚かなかった。すでに自分こそ野獣になり果てたのを知っていたから。

「父さん、会いたかったよ」

ディーは両腕を広げてオオカミに近寄った。

オオカミはディーを噛み殺した。



指揮官を失った部隊は、たんなる野犬の群れに過ぎなかった。

ならず者たちはさらなる闇を求め、散って行った。


軍は後退を余儀なくされた。

しかし気が付けば退路を断たれ、敵軍の只中にあった。

捕らわれとなった指揮官の中には、貴族の子弟が多数含まれていた。

軍人たちを救い出すため、国王は講和を働きかける次第となった。


彼らの考える和平とは、そのようなものである。


将軍は無謀な作戦の責任を問われ、断罪された。

ディーの上官はといえば、一体どんな離れ業を使ったものか、ちょっとした財産を築き上げ敵陣の背後に姿をくらました。もともと軍務より交渉ごとに長けた男であった。  


莫大な賠償金を工面するため、都市部の税率は跳ね上がった。 

それはいずれ、田舎の寒村にまで波及することになる。


ジエンのもとに弟の知らせが届いたのは、ようやくその頃になってからだった。

戦死ではないので、恩給は下りなかった。

働き手を戦地に送って優遇を受けた村など、ただのひとつもなかった。

母親は悲嘆のうちにこの世を去った。

あたかも草花が枯れるかのようであった。

それは税吏が帰った後だった。

次年度に届け出をして受理されるまでは母親の分の税も支払うことになる。

ジエンはその後の長きにわたって、父親の税負担をも肩代わりした。


ジエンとレダは心の強い人間だった。

どのような困難にも、屈することを知らなかった。

二人は農場を守り、子供たちを育てあげ、ヴォルクの帰りを待った。


どれほど待っても、ヴォルクは戻って来なかった。





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