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フアニとロンガ  作者: かなた みちこ
人喰い野獣の仔、ロンガが辿る運命の旅
11/13

その11 ギィとユェン再び

ロンガは長い時間を眠った。

夢も見ずに眠るロンガは内側から輝き、被毛は白さを増した。


そして目覚めると、樹木の新芽や草の実を食べるシカの列に加わった。

シカや小動物はロンガが近づいても、家畜たちと同程度の興味しか持たなかった。

オオカミやヒグマはロンガに敬意を示し、ふさわしい距離を保った。



ロンガは旅を続け、何度となく野獣と遭遇した。

ロンガはどの野獣よりも強く獰猛だった。

戦いを重ねるごとに、戦法に老獪さが加わっていった。



ロンガの旅路は果てることなく、時には孤独に苛まれ、眠れぬ夜がある。

そんな時、ロンガは虚空に向かって咆えた。


「ぼくはロンガだ! フアニのロンガだ!」


「フアニ」と呼ぶと、帰らぬ日々の思い出に胸が痛む。

「フアニのロンガ」と叫べば、このわびしい運命を、最後まで歩き続ける勇気がよみがえって来るのだった。


ロンガの声は谷間にこだまし、夜の生きものたちは鳴りをひそめた。

空にはほうき星が現われ、山なみの遠く、ふるさとの村の方角を指した。

ロンガは立ち上がり、再び歩き始めた。



ギィとユェンは、悲しみに押し潰されなどしなかった。

二人は互いに支え合い、苦しい時期を乗り越えた。


やがて数年の時を置き、一男一女をもうけた。

子供たちは良い人間に成長した。

ギィは、この時代の人にしては長生きだった。

子供たちがそれぞれに家庭を持ち、生まれた孫たちに自立心が芽生えた頃になっても、一人で狩りに出るほどかくしゃくとしていた。


その日もギィは森に出かけた。

ギィほどの年寄りともなると、日常のさまざまな役割はおおむね免除される。

子供たちや若い隣人が、なにかと面倒を見ようとするので、なにもわざわざ狩りになど出かける必要などないのだ。


しかし、ギィが森へ入るのは狩りのためだけではなかった。

ただひとり森の奥、鬱蒼と茂った木々が生み出す霊気に身を委ね、瞑想に浸る。

やがて心が平らになり、自我が薄まって行く。

星を読み、生き物を狩って暮らしを立てる者には、そうした時間が必要だ。ギィは若い頃からそう考えていた。


だがこの日の森には異変があった。

深く息を吸うと、空気に混じって、あの毒々しい臭いを感じる。

ギィは矢に手をかけ、慎重に辺りを探った。

すると、村人たちが森の境界線と決めている、一段と陰の濃い木立の先に、倒れている野獣の姿があった。

周囲の草は踏みしだかれ、低い枝が折れて、激しい戦いの後を示している。

その片隅には、さらなる死骸。二体ともすでに、あらかた黒い土塊と化していた。

地面には特徴的な丸い足跡が、暗闇の奥へ去っている。

それはギィの記憶にあるより、ふた回りほど大型化していた。


ギィは野獣の死骸に振り返った。

かろうじて原形をとどめる鉤爪の先に、綿毛のようなものが絡みついている。

ミルクのように白い、柔らかな長毛のひと房である。

ギィの動きが空気を震わせて、毛の房は鉤爪を離れ、宙に浮いた。

房毛に見放された鉤爪はすぐさま土と化し、バラバラと崩れ落ちた。

房毛は空中をふわふわと舞い、ギィが来た道へと向かって行った。


そのさまは、まるで村に戻りたがっているかのようであった。

「ロンガ!」ギィは呼んだ。

ロンガの白い房毛は、陽だまりに出ると透けて見えなくなった。



ギィはユェンの待つ家に帰った。

ユェンも長命であったが、足が弱り、家から出るのも困難になっていた。

それでも仕事をしたいと言うので、ギィは試行錯誤の末、可動式の椅子を造ってやった。

機織り機も座ったまま作業できるよう工夫を凝らした。

羊毛は家畜を受け継いだ子供や孫たちが用意してくれた。


この日もちょうど、一番下の孫娘メイ・リーが訪ねて来たところであった。

母親に教わって祭り用のパイを焼いたので、持って来たと言う。

シャオの長男タイがお供を務めていた。

幼いシャオは、フアニとロンガの不在を受け入れられずにいたが、長じて村の誰よりもギィ一家を思いやるようになり、その気持ちは息子たちにも受け継がれていた。

パイは正しく伝統に則って仕上げられていたので、ユェンは孫娘を褒めた。

明日は『夏至の祭り』である。

タイは少し緊張していた。今年は会場の警備当番を務めることにしたと言う。


いまだかつて、誰一人として、『夏至の祭り』を中止しようとか、別に季節に移行しようとか、考えついた者はいない。

この美しい季節を祝わずして、なんの喜びがあろう?

それが村の流儀だ。


メイ・リーも託児所のヘルパーに志願した。

二人ともダンスデビューは来年以降になる。

「大人になったら、いくらでも踊れるから」メイ・リーは笑った。

メイ・リーの笑顔は、小さなフアニによく似ていた。

四人は手を重ね合って祭りの無事を祈り、子供たちは帰って行った。



ユェンは寝床に入る支度をするにもギィの手を借りねばならなかった。

使わない足に痛みがあり、ギィのマッサージを受けるのが毎晩の習慣になっていた。


その夜、かつては力強くしなやかだった妻のふくらはぎを揉みほぐしながら、ギィは昼間の森で目にした事柄を話して聞かせた。

ユェンはしばらくの間もの思いに沈んでいたが、やがて夫に呼びかけた。

「ギィ」

「何だい、ユェン?」

「あの頃に、戻りたいわ・・・」

それがいつのことなのか、ギィはよく分かっていたので、何も言わず、そっとユェンの手を握った。



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