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夜想曲  作者: Harry
7/12

第五章

それから、僕達は、暗い暗い、夜の国の中で、頻繁に逢瀬を重ねた。十月を過ぎ、十一月に入ると、僕の聖域の紅葉は、美しい紅色に染め上げられ、闇を刺す微かな月明かりに照り映えて、血染めの滝のように、ゆっくりと流れ落ちていた。

十一月も下旬に入ると、長時間、外で立ち話をするには、少し寒い季節になった。僕は、シャツの上にコートをはおり、レミは、黒いワンピースの上に、ウールのコートを着るようになった。僕は、レミのその姿を見て、銀河鉄道999のメーテルを思い出した。

今なら、鉄郎の気持ちが良くわかる。僕も、レミに誘われたのなら、遥か宇宙の彼方、アンドロメダ星雲まで、一緒に旅立つかもしれない。

ある日、いつもの聖域で待ち合わせをした後、彼女に、行きつけのお店で、ゆっくりと話をしようと誘われた。この眼下に広がる、宝石箱を引っ繰り返した様な煌きを見せる夜景を捨て去るのは惜しかった、僕は、彼女が、どんなお店の常連になっているのか、好奇心をそそられた。そのお店は、街中の淋しい路地裏の地下にある、『ノクターン』という名のBARだった。

『ノクターン』の内部は、個室で区切られており、他の客の姿は、完全に見えない造りになっていた。不思議なことに、気配すら感じさせない。店内は、キッチンを除けば、電灯の類は一切、使われておらず、優しい香を漂わせる、アロマキャンドルの灯が、わずかな視界を照らすのみであった。そして、遥か彼方から、極めて微かに、ノクターンの音色が聞こえるような気がした。

僕は、その幻想的な雰囲気と、ほろ苦いカクテルによって、視覚・嗅覚・聴覚・味覚の全てを酔わされ、自分自身の存在さえ、現実のものとは感じられなかった。アレクサンドル・デュマの小説、『モンテ・クリスト伯』の地下宮殿は、かくの如き世界だったのかもしれない。そこは、僕ら二人にとって、新しい聖域となった。

母親は、最近、僕が、頻繁に夜遅くに外出するので、何か、悪いことをしているのではないかと、心配し始めていた。僕は、友達の家で勉強しているとだけ言っておいたが、たぶん、まったく信じてはいなかっただろう。

ただ、最近、この街で、行方不明事件が多発していたために、余り心配させるのも気の毒なので、十一時を過ぎるようだったら、必ず、電話を入れることだけは約束していた。

一ヶ月半近く前に発生した、二十代男性の行方不明事件は、解決するどころか、同様の事件が、頻繁に続いていた。テレビのニュースは、この小さな地方都市で、既に、四人もの男性が、行方不明になっていると告げていた。行方不明事件は、定期的に、約二週間に一人の割合で発生しているらしい。しかも、全員、十代後半から二十代の男性だった。警察は、誘拐と失踪、単独事件と連続事件の双方の線で、捜査を進めているらしかった。

一方で、僕は、ミキとの関係も、相変わらずのままだった。今までと同様、放課後、二人で街をブラついたり、彼女に勉強を教えてもらっていたりしていた。何も変わらない、いつも通りのミキとの時間。しかし、僕の心の中だけは、以前とは異なっていた。

僕は、今以上には、ミキとの関係が進展しないようにセーブし、極力、恋愛の話題を避けるようにしいた。彼女も、僕のことを信じ切っているのか、二人の関係について、突っ込んだ話はしてこなかった。

ただ、一度だけ、クラスメイトの女子に、レミと二人で歩いている場面を、目撃されたことがあった。僕とは余り話したことがなかったので、何も言わずに擦れ違ったが、その女子は、ミキの友人の一人だった。

僕は、さすがに「まずいな」とは思った。クラスメイトの女子が、ミキにその話をしたかどうかはわからなかったが、僕は、ミキに対して、先手を打って、自分から言い訳しておくことにした。幼い頃から仲の良い従姉妹が、この街に転勤してきたので、最近、頻繁に会う機会が多くなったと。本当は、僕には、同じ街に住む、いや、仲の良い従姉妹など、一人もいない。明らかな嘘だった。

まるで、浮気をした亭主が、聞かれてもいないのに、部下の女性と、仕事の話をするために二人で食事をしたことを、冷や汗をかきながら言い訳しているような気分だった。ミキは「そうなんだ~」と頷いただけで、それ以上は、何も追求してこなかった。

そんな、ある夜のことだった。僕は、いつものように『ノクターン』でレミと過ごした後、一緒に、街中を歩いていた。僕は、お酒には、かなり自信があり、強い方なのだが、その日は、相当に酔いがまわっていた。冷たい空気が、僕の頬にチクチクと突き刺さったが、それでも、目の前がぼんやりとして見える。

レミは、『ノクターン』で、いつも、ギムレットを飲んでいた。ここまで飲酒の話をしておいてなんだが、まだ、高校生の僕は、ジンを飲んだことがなかった。初めてジンを飲んだ時は、まつやにを口にしたような、強烈なインパクトがあった。しかし、カッコつけて、何度も飲んでいる内に、影響された僕は、次第にその味を覚えてしまい、今では、二人とも、ギムレットばかり飲んでいた。

ヘミングウェイに怒られそうだ。「ギムレットには、まだ、早い」と。

レミは、どれだけ飲んでも、酔うことはない。彼女が乱れた姿は無論のこと、感情的になったことさえ、記憶する限り、一度しかなかった。一方の僕は、フラフラとした千鳥足で、客観的に見れば情けない様子で、街中を歩いていた。

その時だった。突然、「おい!」という低い声と共に、僕は、誰かに肩をつかまれて、強引に体を引っ張られた。巨漢の、すごい力の持ち主だった。

どこかで見たことがある顔だ・・・。十秒ほどの間、ぼんやりと相手の顔を眺めた後、溜息と共に、僕は、その顔を思い出した。最近では、最も思い出したくないランキング一位、一ヶ月半ほど前に、歴史研究部の部室でケンカした、熊男だ。

その後ろには例のごとく、熊男の子分A・Bが付き従っている。これほど、心の底から「めんどくせぇ~」と思ったのは、いったい、いつ以来のことだろう。

「今日は、あのゴトウって野郎はどうした。」

熊男の方も、子分A・Bと、酒を飲んでいたのだろうか。顔が赤く、目が座っており、どう見ても酔っ払っているらしい。相手は、最初から、ケンカ腰だった。お互い、高校生のクセに、飲酒した上に、ケンカでもして、警察に捕まったら、大変なことになる。停学どころでは済まないだろう。

「さあ、いつも一緒にいるわけじゃないんでね。」

しかし、僕も酔っ払っているせいか、少し気が大きくなって、思わず、ぶっきらぼうに答えてしまった。冷静に振り返れば、あまりにも浅はかだったのは明らかだ。

「てめえ、先輩に対する口の聞き方を知らねえのか!」

ガツン、という衝撃がアゴに走り、僕は、たまらずによろけて、その場に倒れ込んだ。間髪入れず、熊男のヒザ蹴りが、僕の痩せた背中に食い込む。

「ツウッ!」

僕は、一瞬、息が止まるほどの衝撃を覚え、目の前が真っ暗になった。正直、僕は、ケンカ慣れしていないので、ハッキリ言って、弱いはずだ。態度だけはデカイが、実戦経験は、ほとんどなかった。僕は、背中の激痛に呼吸ができなくなり、その場所にヒザを着いたまま、立ち上がれなくなった。熊男は、とどめを刺すかのように、僕の背中に、再度、蹴りを入れようとした。

その時だった。僕の背後にいたはずのレミが、突然、熊男の正面に回り込んだ。そして、奴の腕を掴むと、まるで赤子の手をひねるように、簡単に熊男を、一、二メートルは投げ飛ばした。熊男は、壁に背中を激しく打ち付け、地面に倒れ込む。どうやら、頭は打たずに済んだようだ。レミは、更に、驚くべき速さで、呆然とその様子を見ていた、子分A・Bのみぞおちに、両手で同時にグーを食らわした。

その間、わずか、一、二秒であったろう。ほんの一瞬の出来事だった。その動きは、完全に素人ではなかった。しかも、ほとんど音を立てず、声も出さず、流れるように動く。僕は、何が起こったのか、全く理解できず、唖然として眺めていた。子分A・Bは、みぞおちを抑えて、呻き声を上げながら、前のめりに倒れ込んだ。

まるで、ジャッキー・チェン主演のアクション映画を見ているようだった。レミは、中国拳法でもマスターしているのだろうか?

「急ぐわよ。」

レミは、僕を助け起すと、何事かと遠巻きに僕らを眺めていたギャラリーを無視して、足早にその場を立ち去ろうとした。背中に蹴りを喰らっていた僕は、まだ、呼吸困難の常態で、とても歩くことができなかった。レミは、僕の右手を肩に回すと、ほとんど持ち上げるように抱えながらも、まるで、手ぶらだと言わんばかりの勢いで走った。

「すごいパワーだな・・・」

熊男を退治し、軽々と僕を抱えて走る、レミのパワーとスピードに、僕は内心、恐怖すら覚えた。もし、彼女とケンカでもすれば、僕が負けることは間違いなかった。いや、僕の知る、ありとあらゆる、優れた運動神経の持ち主の中でも、彼女に勝てる人間は、一人もいないだろう。

彼女は、まるで、疲れを知らないように、走り続けた。そのまま、十五分ばかり、走っただろうか。

 「大丈夫?」

人込みを通り抜けて、ホテルのロビーに入ると、レミは、とりあえず、ソファに僕を降ろした。どうやら、彼女が宿泊しているホテルらしい。

「ええ、なんとか。」

アゴがジンジンと痛み、呼吸は、未だに乱れ切ったままだ。僕は、ぐったりとソファに横たわると、痛みの引かないアゴをさすった。レミは、僕の手を取り去ると、代わりに、彼女の右手を僕のアゴに当ててくれた。凍りつきそうなほどの彼女の冷たい手の感触が、ゆっくりと僕の脳に伝わってくる。

 「じゃあ、少し、私の部屋で休んでいきなさいな。」

僕は、著しく呼吸を乱しながらも、一瞬、「ラッキー」と、笑顔で声を上げそうになった。今までのレミとの邂逅は、すべて、あの聖域か、『ノクターン』の前で終わっていた。彼女の宿泊するホテルに来るのはもちろん、部屋に入れてもらうのも、初めてだったからだ。

あまりの幸運な展開に、アゴの痛みと憎き熊男に、感謝の気持ちすら覚えた。僕は、苦痛から喜びに変化しそうな顔の表情を、必死になって抑えなければならなかった。

しかし、先程、彼女の圧倒的なパワーとスピードを見せつけられた後では、とうてい、ヨコシマな考えを抱くことなど、できるはずはなかった。きっと、彼女も、間違いなく、返り討ちにできる自信があるのだろう。

 部屋に入ると、彼女は、すぐに僕をベッドに寝かせてくれた。彼女が、毎日、寝ているベッドなのだと思うと、妙に興奮した。僕は、コートを着たままベッドに横たわり、部屋の中を見回した。机とベッドがあるだけの、何もない、極めて簡素な部屋だ。唯一の窓には、カーテンがキッチリと閉められており、外界の光を、完全に遮断していた。何故か、僕は、カーテンが昼間でさえ、開けられていないのではと感じた。

実際、僕と初めて会った日に遡って計算すると、既に彼女は、一ヶ月半近くの間、この部屋で暮らしていることになる。その割には、私物らしきものがほとんど見当たらず、部屋からは、彼女の生活感が、何一つ感じられなかった。

 「この部屋には、どのくらいいるんですか?」

紅茶を入れている彼女の背中に、僕は、前々からの疑問を率直にぶつけてみた。

 「そうね、この街に来てから、一週間後ぐらいにあなたと出会ったから、既に、二ヶ月近くにはなるわね。それより、蹴られたところは大丈夫?」

 「ええ、呼吸もだいぶ、落ち着いてきました。アゴは、まだ、ちょっと痛いですけど。」

二人分の紅茶を机の上に置くと、彼女は、ベッドの僕のすぐ脇に、腰を下ろした。彼女の体は、あまりにも近く、僕の心臓の鼓動は、異常なほどに高まった。

 「さっきの人たち、リュウイチ君の知り合いなの?」

彼女は、紅茶を一口すすると、再び机の上に戻した。僕も、上半身を起して壁に寄りかかると、少しだけ紅茶を口にして、喉をうるおした。

 「ええ、だいぶ前に、僕の友達と揉め事を起して、学校で、三対三でケンカになったんです。だから、僕にとっては、ほとんど知らない人なんですけどね。」

 「いきなり殴りかかってくるなんて、ずいぶん、乱暴な人ね。」

 「そうなんですよ。前にケンカした時も、部室に乗り込んできて、いきなり、僕の友達を殴りつけたんですよ。それにしても、レミさんて、とても強いんですね。殴られたことより、むしろ、そっちの方が驚いたなあ。」

 僕の質問に対し、彼女は「フフフ」と笑って答えただけだった。

 「アゴ、まだ痛い?」

突然、彼女が、手を伸ばして、僕のアゴをさすった。先程と同じように、柔らかいが、冷たい手だった。僕の心臓は、張り裂けんばかりに、最高潮に高鳴ったが、とても心地良い緊張間だった。

その言い知れぬ陶酔感の後押しを受け、僕は、今まで、怖くて聞くことができなかった質問を、ついに口にした。

 「レミさんは、いつまで、この街にいるんですか?」

彼女は微笑んだまま、ゆっくりと顔を近づけてきた。

 「そうね、いつもは、二週間以上は、一つの街に滞在したことはないけど、この街には、離れられない事情ができちゃったからね・・・。」

彼女の紫の瞳に、僕の姿が映っていた。その距離は、五センチと離れていないだろう。神に召され、天国に昇るような、暖かな雰囲気に包まれて、僕は、何も考えられなかった。どれくらいそうやって見つめ合っていただろうか。

 「ねえ、リュウイチ君は、私のこと好きなの?」

突然の彼女の質問に、僕の頭は、全く回転しなかった。だが、だからこそ、咄嗟に、そして、ハッキリと言い切ることができた。

 「はい。好きです。」

 一瞬、ほんの一瞬の出来事だった。あの初めての出会いの夜からの思いの全てを込めて、彼女に愛を伝えた瞬間、彼女は瞳を閉じ、僕の唇にその真っ赤な唇を重ねてきた。

僕は、しばらく、何が起こったのか理解できなかった。目を見開いたまま、動くこともできずに、目の前にある彼女の真っ白なうなじを眺めていただけだった。

キスは、レモンの味がすると、何かの本に書いてあったが、僕には、マシュマロみたいに、甘く柔らかく感じられた。しかし、彼女の手と同じ様に、炎の色を成す彼女の唇は、その紅の鮮やかさとは対照的に、氷のように冷たかった。

これが、僕のファーストキスの思い出だった。その時は、頭が完全に混乱していて、そのことには、後から思い当った。いつのまにか、アゴの痛みは消えていた。


レミと初めて口づけを交わした日、僕は、そのまま彼女の部屋に泊まった。しかし、それ以上のことは何もしなかった。ただ、どことなく冷たい彼女の体を両腕に抱きながら、柔らかな陶酔感に包まれ、心地良い眠りに落ちた。

翌朝、僕が目覚めた時には、彼女はまだ、眠ったままだった。僕は、彼女を起さぬようにそっと部屋を抜け出すと、大急ぎで家へと帰った。

 その数日後、僕は、スグル・シンヤと共に、コンパに行った。シンヤのたっての頼みに、スグルが根負けして、ようやくセッティングした企画だった。

レミのことも、ミキのことも頭から離れない僕は、最初、そんな気にならないとスグルに断わった。だが、メンツとしては、僕と三人で行くのが最適だと二人に食い下がられ、スグルのためというよりは、シンヤのために、仕方なく参加することにした。

相手はスグルの現在の彼女のマリコとその友達、つまり、同じ高校の先輩達だった。正直、それも、僕が行きたくない理由の一つだった。同じ高校の、それも先輩とコンパなんてすれば、学校で会った時に、気まずい思いをするに決まっている。それに、否応なく、ミキの耳にも入ることになる。それに、僕は、マリコが原因で、熊男に、二度も殴られていた。彼女を目にすると、アゴの痛みを思い出しそうだった。

その日の彼女は、胸元が大きく開いたシャツを着ているため、Eカップはあろうかと思われる強調された胸も、彼女の色気を一段と引き立てていた。その友達の二人も、顔もスタイルも、正直、レベルはかなり高い。同じ進学校の先輩なので「頭」のレベルも高いはずだ。もっとも、この受験の真最中の時期に、何故、コンパなんぞしている余裕があるのかは謎なのだが。

「自己紹介ターイム!」

スグルの威勢の良いセリフから、みんな一斉に盛り上がり始める。僕は、コンパは初めてではなかった。そして、嫌いではなかった。自分に対する先入観が全くない、初対面の相手に、新しい自分のイメージを植え付けるのは面白かった。

今回は、遊び人風、今回はガリ勉風というように、毎回異なるキャラを演じ分けることを楽しんでいた。だが、今日は、明らかに、頭の中がレミとミキのことで溢れていたので、別の自分を演じることなど、とてもできそうになかった。それに、同じ学校の先輩なので、普段の僕のキャラを知っている人がいてもおかしくない。

盛り上がっているみんなの空気に、どうしても入り込むことができず、僕は、なんとなくつまらなそうに、黙ったまま、ひたすら水割りを飲み続けた。本当は、ギムレットが飲みたかったのだが、大衆的な居酒屋だったので、「そんなシャレたお酒はウチにはないね。」と言われてしまった。

その日、ほとんど口を開かなかった僕は、「無口でクール」なキャラとして、三年の女子達のデータにインプットされたようだ。

シンヤは、アキという名の女子と意気投合し、ずっと二人で楽しそうに語り合っていた。スグルは、自分のカノジョであるはずのマリコをほったらかしたままで、キョウコと熱心に語り続けいた。キョウコは、驚くほど胸が大きく、Eカップのマリコでさえ勝てないことが、服の上からでもわかった。巨乳好きのスグルが、キョウコに目を付けることは、火を見るよりも明らかだった。マリコは、何故、こんなスグル好みの女子を、誘ってしまったのだろう。

冷静さを失わなかった僕は、マリコが、僕と同様、盛り上がる四人の輪からは、完全に置いてきぼりにされていることに気付いていた。

 十一時半を回った頃には、僕らは全員、完全に酔っ払っていた。方向が一緒だったので、僕は、スグルの彼女であるマリコを送って帰ることになった。自分のカノジョぐらい、自分で送っていけばいいのに、と、別れ際に思ったのだが、スグルは、マリコにほとんど挨拶もしないままに、キョウコと楽しそうに喋り続けたまま、夜の闇に消えて行った。シンヤとアキも、いつの間にか消えていた。

 僕は、マリコと二人きりになると、仕方なく何か会話をしなければと思い、話題を探した。その時、先に、マリコの方が、真剣な表情で口を開いた。

「ねえ、スグルとすごく仲がいいんだよね?」

「うん、中学の時からの友達だからね。」

「スグルって、私の他にも、誰か付き合っている人がいるのかな?」

「またその話か」と、僕は思った。僕とシンヤは、スグルが恋人を変えるたびに、毎度その友達を紹介され、コンパをしていた。そして、大抵の女子達は、スグルの浮気性に悩まされ、二股をかけられているのではないかと、疑心暗鬼になっていた。

スグルは高校に入ってからカノジョがいない時期がなく、常に新しいカノジョを確保してから、前のカノジョと手を切っている。当然、そこには、重複期間も存在している。歴代のスグル彼女達にしてみれば、常に、自分は単なる浮気相手なのではないかという疑惑と、自分も前のカノジョと同様に、すぐに捨てられ、乗り換えられてしまうのでは、という不安が消えないのだろう。

「うーん、僕やシンヤにも何も言ってないから、今は、マリコさん一筋だと思うよ。いつも、君のこと褒めちぎっているし。」

僕は、多少うんざりした気持ちになりながら、それでも彼女を労わり、言葉を選んで返答した。そして、ちょうどラブホテルの前を通り過ぎようとした時だった。

突然、彼女が、

「気持ち悪い。」

と言って、道端にしゃがみ込んだ。僕は急いで近寄ると、

「大丈夫?飲み過ぎだよ。」

と、背中をさすって一緒に座り込んだ。すると彼女は、突然ホテルを見上げて、

「ねえ、ちょっとここで、休んでっていい?」

と言うと、立ち上がって、ラブホテルの入り口に向かって歩き始めた。

「はあ?」

と思わずつぶやき、僕は、呆然と座ったまま、動けなかった。マリコは、振り返って僕が追って来ないと見ると、引き返して僕の手をつかみ、

「早く。」

と言って、無理矢理、僕をホテルの中へと連れ込んだ。

僕には、何が何だかわからなかった。今、目の前にいるのはスグルのカノジョだ。そして、僕の心には、いつでもレミとミキがいる。それが何故、こんなことになっているのだ?いったい何が起こったのか?僕は何をしているのか?

同じ疑問だけが、頭の中をグルグルと回り続けるだけで、答えは、何一つ導き出されなかった。そして、安っぽい照明に照らされた部屋に入っても、僕は、まだ、現実を受け入れることができなかった。

だが、不思議なことに、僕は、マリコを置いて帰ることもできなかった。ただ、連れられるままに、彼女のなすがままになっていた。マリコが服を脱ぎ始め、そして、僕の服も脱がせようとした時、僕は何の抵抗もしないどころか、何も考えずに、ただ、自らボタンを外していた。そう、僕は、セックスの魅力とマリコの誘惑に負けたのだ。

マリコが、少し厚めの唇を、僕の唇に重ねてくる。目の前には、一糸纏わぬマリコの美しい裸身がある。彼女は、自分の乳房に、僕の手を押し付けた。あとはただ、本能のみが、僕を動かしていた。ぎこちない動作で、僕は、彼女の乳房を求め、唇を当てた。あとは、夢中だった。

なすがまま、僕は、彼女を強く抱きしめ、体を重ね合わせた。僕にとっては、初めての経験だったが、不思議なほどに、体が自然と動いた。そして、マリコを満足させようと、必死になった。自分が、今、スグルを裏切り、ミキを裏切り、そして、レミをも裏切っていることがわかっていながらも、僕は、必死になって、マリコを愛撫し続けた。それが、僕の初体験だった。

コトが終わり、僕は、ベッドに横になったまま、タバコに火をつけた。その時、僕の方を見ようともせずに、彼女が口を開いた。

「私ね、スグルに復讐したかったの。彼が浮気してるんだから、私も浮気して、見返してやりたかったの。たぶん、今頃、スグルはキョウコと寝ていると思うわ。キョウコ、優柔不断だから、スグルみたいにカッコいい男に強く迫られたら、断われないと思うの。」

 僕は、黙ったまま、何も答えなかった。たぶん、そういうことだろうとは予想はしていたが、言葉を発する気にはならなかった。僕の初体験は、女の怨念の道具にされた。

僕の心には、彼女に対する、恨みも、愛情も湧かなかった。スグルを裏切った、という後悔も、初体験をようやく果たしたという、満足感も、まるでなかった。あまりにも色んな感情が同時に襲ってきたせいで、思考は、完全にストップしていた。

何も喋る気がしなかった。今、自分がしたことに対し、そして今、自分がここにいることに対して、現実感が全くなかった。僕は、沈黙したままベッドから起き上がると、ただ、機械的に服を着て、一刻も早くこの場から逃げ出そうとした。

 マリコとほとんど口も聞かないままに、二人でホテルを出ようとした時だった。

「君たち、ウチの高校の生徒じゃないのか?」

と、外へ出た直後、突然、スーツ姿の中年の男が声をかけてきた。憮然とした表情で顔を上げ、相手を見返した僕らは、一瞬にして凍りついた。

その男は、僕達の高校の数学教師、イフカだった。 

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