第四章
フェティシズム。現代日本では、足フェチ・声フェチ・眼鏡フェチなど、性的倒錯を指し示す、軽い意味で使用されているが、本来の意味は違う。フェティシズムとは、元々、人類学・宗教学の用語である。
フランスの啓蒙主義時代の思想家、ド・ブロスは、その著書である『フェティッシュ諸神の崇拝』の中で、アフリカの原住民が、『護符』を宗教的崇拝の対象としている現象を、フェティシズム(呪物崇拝)と呼んだ。
ドイツの経済学者、マルクスは、ド・ブロスの著書の影響を受け、『資本論』の中で、商品の持つフェティシズム(物神崇拝)について論じている。
あえて、フェティシズムを定義し直せば、「人間にとって価値のない存在を、あたかも価値のあるように崇拝する現象」となる。突き詰めれば、人類社会は、あらゆるフェティシズムによって成立している。
人間の生存に必須な物質は、究極的には、食料・水・塩のみである。しかし、人間は、その三つだけでは、決して満足しない。綺麗な服、大きな建物、輝く金・宝石など、生存には本質的に必要のない物質を崇拝し、渇望している。
人間の虚栄と豊かさを満足させる物質は、人間の社会的活動によって生産される。しかし、社会そのものさえも、人間のフェティシズムが作り出しているのである。社会を構成するための、究極のフェティシズム。それが、貨幣、正義、そして、愛である。
現代社会に流通する『貨幣』は、貨幣の存在そのものには、何の価値もない。紙幣は、単なる紙切れに過ぎず、鋳造貨幣は、単なる金属でしかない。特に紙幣は、『北斗の拳』の核戦争後の世界の様に、現在の文明が消滅すれば、紙屑同然の存在に還元される。
人間は、貨幣を自分にとって価値のある物質と交換することで、貨幣を価値ある存在に変える。それは、紙幣のみならず、金の場合でも同様である。金の輝きは、身につける者の虚栄心を満足させるだけで、人間の生存そのものには、何の価値も持たない。金の輝きを求める人がいてこそ、初めて交換手段としての価値を持つのである。
常に疑問に思うことがある。それは、地球上で初めて、金を欲しがったのは、どんな人間だろう?何故、石コロと大差のない金属に、それほどの欲求を感じたのであろうか?最初に求めた人間がいなければ、金は、交換手段としての価値を有することはなかった。
『正義』とは、現代社会においては、法として、その姿を現している。しかし、物質的には、正義という実体は存在しない。正義は、人間の個体の生存にとって、何の価値も持たない。正義は、社会の構成員である、すべての人間が、正義を守らなければならないという、共通認識を持つことで、人間の生存に価値を持つものに生まれ変わるのである。
しかし、「正義とは何か?」という問いに、明確に答えられる人間など、本当の意味で存在するのだろうか?否、明確に答えられる人間ほど、危険な存在はない。自分の心の内に、正義を明確に定義できる人間は、自分の正義を、他者にも押し付けるからである。正義は、独善となって、その正義を認めない人間を敵として認識し、排除する。
あらゆる戦争は、正義のために起こる。人間は、正義のために、剣を、銃を手に取り、他者を殺す。独善に囚われた人間にとって、敵は、自分と同じ血の通った人間ではない。殺されても仕方の無い、悪魔に変貌するのだ。
『正義』に囚われた人間の恐ろしさは、宗教が証明している。キリスト教の十字軍は、聖地エルサレム奪還のために、イスラム教徒の殺戮を繰り返した。イスラム教のジハードは、現在の中東諸国で、自爆テロを繰り返している。
『旧約聖書』では、モーゼの後継者のヨシュアが、ユダヤ人にとっての約束の地である、カナーンを征服するために、カナーン人を大量虐殺する。しかも、それが、さも正しいこと、当然のことのように記されているのだ。本来、人間を幸福に導くための宗教が、正義の名の下に、人間を人殺しに駆り立てる姿には、戦慄すら覚える。
神の名における『正義』を振りかざす、ユダヤ教に対して、イエスは、『愛』を説いた。「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出しなさい」と。イエスは知っていたのだ。正義は簡単に独善に変わることを。人間にとって必要なのは、正義ではなく、『許し』を与える、寛容の心なのだということを。
イエスは、原罪を背負って生まれた人類に許しを与えるために、自ら十字架に架けられることを選んだ。しかし、イエスの教えを継承したはずのキリスト教は、ローマ帝国の国境となり、権力を得るに従って、『許し』ではなく、『正義』を振りかざすようになった。
ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の大審問官の章では、正義の名の下に行う魔女裁判によって、数多の女性を火炙りにする大審問官が、「我々は神ではなく、悪魔と契約したのだ」と明言している。そう、正義とは、神の教えなどではなく、悪魔の所業なのだ。ユダヤ人をおぞましい方法で大量虐殺したヒトラーさえ、自分の行為は、正義だと思い込んでいたのである。まるで、ユダヤ人のヨシュアが、カナーン人を大量虐殺することが、正義の行いだと信じていたように。
『愛』も同じだ。愛には実体がない。愛は、究極的には、種の保存を目的とした本能に生み出された、人間の幻想に過ぎない。男女の愛、親子の愛情は、家族という、社会の最小単位を構成するために作られた、幻想の産物なのである。
種の保存への本能は、人間以外の生物も所有するため、人間特有の現象ではない。『利己的な遺伝子』の著者、リチャード・ドーキンスによれば、我々は、生命の遺伝子に操られた、生存機械に過ぎない。そして、生命の遺伝子は、自らの複製を生み出すために、生存機械間の性交渉を要求する。
遺伝子の采配は、実に見事だ。まさに、神の采配と呼ぶべきかもしれない。人間には、死には苦痛を、生(を作るための性交渉)には快楽が与えられている。もし、死に苦痛が伴わなければ、自殺者は、現在の何倍にも膨れ上がるだろう。また、性交渉に快楽がなければ、動物は、性交渉への動機を失い、生命は、何億年も前に滅びていたに違いない。
そして、意識を持った人間は、性交渉を、愛という名の幻想に包み込んだ。なぜなら、性交渉の結果、子供が生まれた時、養育するために必要であるからだ。人間は、生まれただけでは生きることができない。未熟児同然で生まれてくる人間の赤ん坊は、誰かに保護されなければ、数日で死んでしまう。母親に、子供に対する愛という感情が無ければ、人類は、瞬く間に滅亡するであろう。
貨幣・正義・愛とは、人間が社会を構成するために生み出した、『共同幻想』に過ぎない。人類の歴史は、共同幻想の歴史である。人間は、個体の生存に本質的に価値を持たない共同幻想を、自ら作り出して、自ら溺れた。それは、フェティシズムの歴史以外のなにものでもない。
そして、僕自身も、そんなフェティシズムに捕われ、共同幻想に振り回され続けた、哀れでちっぽけな人間の一人に過ぎなかった。
その日、家に帰り着くまで、僕の頭は、ほとんどミキ一色に染まっていた。あの現実感の全く無い、夜の女神の存在など忘れて、このまま、ミキと付き合ってしまおうかと。何度も考えた。しかし、その気持ちは、手帳を開いた瞬間に、消え失せてしまった。
そこには、昨夜、あの女神からもらった、ホテルの電話番号のメモが挟まれていた。そのメモを見た瞬間、僕、は無性に彼女に会いたくなり、同時に、そんな気持ちを抱いた自分を嫌悪した。
「オレも、スグルやシンヤと変わらないんじゃないのか・・・。」
ついさっきまで、ミキのことを、あれほどまでに大切に思いながらも、なおも、他の女性を狂いそうなほどに求める-。そんな自分の心理が、自分自身で理解できなかった。
その感覚は、一人の女性のみを愛し続けるという、自分の理想の愛の姿とは、遥かに隔絶した感覚であった。僕は、レミのことを頭から振り払う為に、懸命に、ミキのことを、ミキを愛する自分の気持ちを思い出そうとした。しかし、一度走り始めてしまった気持ちは、とどまることを知らない。
僕は、何度も何度も、メモに書かれた電話番号を読み返しながら、美しくも哀しい色を漂わせた、あの紫の瞳のことを思った。
電話は、一階にある。今、母親は在宅中で、ちょうど、夕食の支度をしている所だ。しかし、コードレスフォンのため、二階の自分の部屋に持ってきてしまえば、電話の会話を聞かれることはないはずだ。
僕は意を決して階段を下りると、母親に話しかけもせずに、コードレスフォンの受話器を取って、再び、自分の部屋へと戻った。
縦横三列に数字が並んだ受話器が、今、僕の目の前にある。先ほど、あまりにも頭の中で復唱したせいで、既に、電話番号は暗記してしまっていた。しかし、いざ、受話器を目の前にすると、緊張で、ボタンを押す手が動かない。
「迷惑がられたらどうしよう、会いたいという気持ちが、自分の独りよがりだったら?」
高校入試の時でさえ、これほどには緊張していなかっただろう。同時に、ミキに対する一抹の後ろめたさも、心に引っかかったままだった。
頭の中で、レミとの会話のシミュレーションが、幾度となく繰り返される。電話をすべき、正当な理由はあった。僕は、まだ、二人をつなぐハンカチを返していないのだ。
しかし、いざとなると、何かに怯えたように、なおも不安が胸に充満する。僕は、大好きな、BONJOVIの『ALWAYS』を一度聞き終えたら電話することを心に決め、コンセントレーションを最大限高めた後、観念してダイヤルをプッシュした。
受話器の向こうから、電話の呼び出し音が聞こえてくる。僕の心臓も張り裂けそうな程に鼓動が高鳴り、まるで、死刑執行を待つ、罪人の気持ちだった。
「はい。」
聞き慣れた、あの美しい声が、受話器の向こうから響いてくる。
「あ、あの、レミさんですか。」
僕は、少し上ずった声を精一杯絞り出し、相手の返答を待った。
「はい、そうですが。」
「あ、あの、昨夜、お会いした、リュウイチですけど。」
「ああ、どうもこんばんは。」
ここまでは、シミュレーション通りだった。
「あの、また近いうちに会えませんかね。あ、結局この前、あの、ハンカチを返し忘れてしまったので。」
自分自身で、「あの」を連発していること気づきながらも、僕の緊張は、解けようとはしなかった。昨夜の邂逅では、あれほどまでに自分の想いを吐露することができたのに、そして、互いの心が近づいた気がしたのに、どうして、彼女は、僕にとって、再び遠い存在になってしまったのだろう。
「そうなのよ、私も昨日、帰ってから気づいたのよ。」
受話器の向こう側から、彼女の笑い声が響いてきた。その声のおかげで、僕の緊張も、少しずつ、ほぐれてきた。
一度でも緊張が解けると、そこから先は、割とスムースに会話ができた。結局、僕は、二日後、明後日の夜の九時に、同じ場所で会う約束を取り付け、幸福の陶酔感を味わいながら、電話を切った。
その時、ミキのことは、完全に、僕の頭から消え去っていた。
翌日、ミキの顔を見た瞬間、僕は、何とも言えない後ろめたさを感じていた。昨日、彼女に自分の気持ちを伝えた直後に、頭の中をレミ一色にしてしまったことに対し、さすがに、ミキに対して、申し訳ない思いで一杯になった。
だが、そのことをミキに悟られぬように、僕は、不自然なほどに、彼女に笑顔を振る舞い続けた。ミキは、その笑顔を、二人の関係が進展したことの証明だと信じたようだ。そのせいか、周囲のクラスメイト達も何かを感じ取ったようで、彼女が、数人の女友達に、僕との関係を冷やかされている声が聞こえてきた。
僕の心は揺れていた。確かに、ミキと一緒にいると、とても居心地がよかった。彼女が僕に恋愛感情を持っていることは、最早、確実であった。ミキは、誰から見てもカワイイので、男友達の評価も高い。他人に自慢できるカノジョであることは間違いなく、ミキを愛し、付き合うことは妥当なことだと思えた。例え、誰に相談しても、彼女と付き合うべきだ、と返答が帰ってくるだろう。
しかし・・・と、そこで、どうしても、僕の思考はストップしてしまう。打算以上の感情に辿り着かない。その原因は、間違いない。僕の心から決して離れることがない、夜の女神、レミの存在ゆえだ。あの、しなやかに揺れる黒髪、宝石のように澄み切った紫の瞳、そして官能へと誘う、柔らかな声・・・。
自分のこの感情が、いかに、非現実的かは自覚していた。合理的に考えれば、レミを想うことはあきらめて、彼女のことは忘れ、ミキと付き合い、愛してゆくべきなのだろう。なぜならば、レミは、たったの二回しか会ったことのない、しかも、名前と生まれた国しかわからない、外国から来た旅行者なのだ。この先、何回会えるかさえわからない。もしかしたら、今日が最後になるかもしれない。そして、いずれ、いや、近い将来、確実にこの街から去ってゆく存在なのである。
それに、レミ自身が、僕のことをどう思っているのか、まったくわからなかった。いや、間違いなく、僕のことをたまたま知り合った妄想気味な少年ぐらいにしか感じていないだろう。レミへの気持ちは、決して遂げられることも、報われることもない想いなのだ。
しかし、やっかいなことに、僕は、レミに対する、自分のこの気持ちこそが、本当の愛なのだと、既に、自覚してしまっていた。確かに、彼女は、まだ二回しか会ったことのない、まだ、素性の知れない女性かもしれない。
だが、彼女に会いたいというこの気持ちは、狂いそうな程に僕の心を支配し、他のことが、何も考えられなくなり始めていた。こんな気持ちは、生まれて初めてだった。他の誰にも、ミキにも感じたことはなかった。
そして、何よりレミは、あらゆる人間に対して築いていた僕の心の壁を、ただ、見つめただけで、一瞬にして崩してしまったのだ。一緒にいる時の居心地の良さから、愛情を錯覚させ続けてしまったミキには申し訳ないが、今、僕が愛しているのは、間違いなくミキではなく、レミであった。
ここで、僕の狡猾な部分が前面に現れた。本当にミキに申し訳ないと思うのならば、僕が、誠実な男であったのならば、他に、愛する女性がいることをハッキリとミキに告げ、他の男に幸せにしてもらうことを、祈ってやるべきなのだろう。ミキぐらいのレベルの女子ならば、相手には事欠かないはずだ。
しかし、僕は、ミキには、レミのことを、そして、他の誰にも言わずに、黙っておこうと思った。それどころか、ミキとの関係はこのままで、相変わらず愛情を感じさせながら、そして、周りにもミキと付き合っていると思わせたまま、レミと邂逅を続けようと考えた。
どうせ、レミは、いずれはこの街を去ってゆく。僕の愛も、そこで、終幕を迎えることになるだろう。その後は何事もなかったように、ミキと付き合い続ければいい。
自分で自分を激しく嫌悪するほどに、僕は、ミキとの関係を打算的に考えた。そして、学校では、ミキにこれまで通りに、いや、今まで以上に仲良く振る舞いながらも、二人きりになるとなんとなく、気まずかった。きっと、ミキの方は、照れているだけだったのだろう。そんな状態で二日が過ぎ、再び約束の夜が訪れた。
いつもの時間、いつもの場所に、女神は再び姿を現した。僕にとってこの場所は、最早、誰にも侵されたくない聖域と化していた。挨拶を交わすと、僕はまず、今度こそ、ハンカチをポケットから取り出し、レミに返した。
彼女のハンカチは僕にとって、レミの存在を肯定する証明であり、今までは、このハンカチを返すことを口実に、邂逅の約束を重ねていたため、本心では、返したくはなかった。次は、何を口実に、会いたいと言えば良いのだろう。
二日の間に、彼女に対する自分の気持ちを確信していた僕には、最早、照れや迷いはなかった。ハンカチを失った今、何の口実もなく、僕自身の価値を認めてもらうことで、次の約束を手にするしかなかった。誇大妄想狂だと思われてもいい。ありのままの自分のすべてを、彼女に知って欲しかった。
こんな気持ちは、今まで、一度も感じたことはなかった。これは、賭けだった。今までの十七年間の人生の中で、僕の会話の相手は、常に、身近な人物であった。親・姉・友人・先生。記憶する限りでは、一期一会の関係など、一人もいなかったような気がする。
だからこそ、自分が、誇大妄想を秘めていることを知られるのが、怖かったのかもしれない。マツシタリュウイチという、ちっぽけな存在に関わる人々が生み出した、小さな社会。僕は、その社会の中では、普通の高校生であり続けなければならなかった。
普通に会話し、普通に勉強し、普通に遊び、普通に笑い、普通に涙する。普通の人生を送り、普通の幸せを得る。いったい、普通とは何なのか?普通・常識・当たり前、という言葉は、僕にとっては、苦痛の代名詞でしかなかった。
自分以外の人間が、本当は、何を考え、何を幸せに思うかなど、いったい、誰が知っているというのだろう。僕は、自分自身が作り出した、普通という名の幻想の世界に、がんじがらめに捕らえられた、哀れな蝶に過ぎないのだ。
レミは、僕にとって、おそらく、初めての一期一会の存在であった。マツシタリュウイチの日常社会とはかけ離れた、異世界から来た来訪者であった。僕の生み出した小さな社会の中で、レミの存在を知る者は、一人もいない。おそらく、この先も、彼女が僕の社会に影響を与えることはないだろう。だからこそ、レミには、己のすべてを晒すことができるのかもしれない。
そして、僕は、再び語った。自分の全てを吐露し続けた。小さな悩みから、大きな苦悩まで、身近な出来事から神の存在まで、これまで、一人で抱え続けてきたありとあらゆる思想が、まるで、小川の水が大河に注ぎ込まれるように、僕の口から流れ落ちていった。
家を出る前に、少し、アルコールを口にしてきたせいもあって、今日の僕には、恥ずかしいという感覚がなくなっていた。彼女もそんな僕に応えてくれるかのように、自分が今まで見てきたことや、僕の考えに対する、彼女自身の意見を話してくれた。
「でも、あなたと同じように、『正義』と『平和』のためだと信じて戦争を引き起し、逆に、多くの人々を不幸に陥れてきた人々は、歴史上数え切れないくらいいるわ。」
それは、強力な軍事力を行使して、全世界征服をしてでも、世界を統一すべきではないかとの僕の意見に対する、彼女の答えだった。
「いや、でも、正義を実現するためなら、多少の犠牲は、仕方がないのでは?」
「じゃあ、正義って何?正しいことと、正しくないことって、誰が決めたの?」
彼女の問いかけは、僕自身が、昔から抱いていた疑問だった。人類の歴史は、戦争の歴史であり、正義の歴史だ。武器を取って戦う者は、皆、自らの正義を主張し、正義の名の下に、他人を殺すことを厭わない。敵を悪とみなして、相手が自分と同じ人間であるとは、考えもしないのだ。
アレクサンドロスもナポレオンもヒトラーも、そして、現在、ユーゴスラヴィアで殺戮を行っている、セルビア人達も同じだ。正義と平和は、共に人類にとって必要なはずなのに、平和を乱す最大の敵は、皮肉にも正義なのだ。
そして、その正義の恐ろしさは、僕自身、よくわかっていたつもりだった。たぶん、ナポレオンもヒトラーも、歴史上の出来事としては、正義の危険性を認識していたのではないだろうか。それでも、人間の愚かさは、自分だけは違う、自分の行う正義だけは、本当に正しい、成し遂げられなければならない正義だと、思い込んでしまうのだ。
それは、僕も同じだった。宗教が、イデオロギーが、民族主義が、どれだけ、人間を殺戮に駆り立て、不幸に突き落とすかを理解していながらも、世界国家の樹立という目的のためには、戦争が必要なのだと独善に陥っていたのだ。
「人間って、勝手なのよね。自分自身のエゴを、正義という言葉に置き換えて、他人の生命を奪った罪を正当化し、自己満足している。この世界に、正義なんていうものが本当に存在するのなら、たぶん、人間の数と同じだけ存在するのでしょうね。そして、正義という名に彩られた殺し合いを、未来永劫続けてゆく。それが、人間の背負った宿業、原罪なのかもしれないわね。」
僕は、彼女の言葉を聞き、ドストエフスキーの『罪と罰』を思い出した。目的が正しければ、手段は問われない。自由のために、ヨーロッパ中を戦争に巻き込んだナポレオンは、英雄として称えられた。一人殺せば犯罪者だが、百万人殺せば英雄になる。まさに、チャップリンの『殺人狂時代』のセリフ、そのままだ。
『罪と罰』の主人公の青年、ラスコーリニコフは、社会にとって、自分の方がお金を世の中にとって有益に使用できるという、自己正当化の下に、老婆を殺し大金を奪った。目的と手段。正義のための人殺し。誰かを幸福にするために必要な、他の誰かの不幸。戦争を終わらせるための戦争。その自己矛盾は、人類の普遍的なテーマの一つであることは、間違いないだろう。
僕が、目的と手段について、心の底から考えるようになったのは、中学生の時、アニメ映画の『機動戦士ガンダム~逆襲のシャア』を見たからだ。『逆襲のシャア』を見た僕は、目的と手段について更に学びたくなり、『罪と罰』を手に取った。
ガンダムの世界では、地球に住む人々は特権階級として、宇宙に建造されたスペースコロニーで暮らす宇宙移民者を支配している。その支配を嫌って、宇宙移民者の地球の特権階級に対する叛乱は絶えない。
宇宙移民者のカリスマ的指導者、シャア・アズナブルは、戦争の根源である、地球の特権階級と宇宙移民者の間の階級闘争を根絶するために、地球に隕石を落して寒冷化し、地球に人が住めなくしようとする。そのラディカルな解決策は、まさに、目的のためなら手段を選ばない、正義のための犠牲はやむを得ないという発想だ。
当然のことながら、主人公のアムロ・レイは、シャア・アズナブルの隕石落としを阻止すべく、ガンダムに乗って戦う、というストーリーだ。しかし、僕には、シャアの隕石落としが、本当に止めるべきことなのか、確信が持てなかった。戦争を根源から根絶するためには、血を流す痛みが必要なのではない、かと思ってしまった。もしかしたら、アムロは、主人公なのに、間違っているのではないだろうか?
目的が正しければ、手段は正当化されるのだろうか?正義のためならば、人殺しも正義になり得るのだろうか?正直、今でも正解がわからない。いや、わからない、わかるはずがない。わかったという思い込みこそが、人間を、独善の罠に陥れる。ならば、僕は何をすればいい?どこに向かえばよいと言うのだろう?
蛇に唆され、アダムとイヴが口にしたエデンの果実は、知恵の果実ではなく、正義の果実であったのかもしれない。エデンの果実によって、本能を奪われた人間は、正義という名の幻想にすがる以外、生きる術を持たなかった。
僕も今、正義という幻想に捕われたまま生きている。『普通』という、誰も明確に定義できない、共同幻想によって築かれた社会の中で。そして、その社会の中では、決して生きることのできない、自分自身の心に秘めた誇大妄想でさえも、「世界征服による、世界政府の樹立」という、正義に彩られていたのだ。
僕は、初めてその事実に気付き、驚愕した。どこまで思考を進めても、正義から脱却することができない。正義という網の目から、逃げ出すことができない。それは、完全なるフェティシズムの世界だ。
「そして、それは、対人間だけあてはまる問題ではないわ。」
少し間を置いた後、彼女は話を続けた。
「人間は、他の動物や植物を食べ、つまり、生命を奪うことで生きている。人間だけではない。二酸化炭素を吸収して、光合成を行える植物以外の動物は、例外なく、生命を食べなければ、生きていけないのよ。
人間の生存に必要な、水・塩・食料の内、食料の源は、すべてが生命。聖職者や菜食主義者が、どれほど生命の尊さを語って気取っても、植物も生命であることに変わりはない。生きるためには仕方がない、弱肉強食、食物連鎖が世の定めだって正当化することで、罪の意識から逃れようとしているわ。
でも、考えてみたことがある?人間は、捕食者無き世界に生きているの。かって、高度な文明が発生する前の人類には、熊や虎、ライオンなどの肉食動物という捕食者がいた。しかし、文明を築き、肉食動物と戦うことができるようになった人間は、人間を食べて生きる生命の存在を、絶対に許さなくなった。
例えば、熊や虎などの肉食動物が、人を襲って食べようとすれば、凶暴な野獣、というレッテルを貼り、悪と叫び、敵として、逆に殺してしまう。他の生命を殺すことで永らえている、自分自身の生命を守るために。
何故、食物連鎖の頂点は人間なの?何故、人間を食べて生きる、生命の存在は認められないの?人間は自分より優れた存在、自分達の上位に立つ生命の存在を、絶対に認めない。唯一、神という、極めて抽象的な存在を、幻想の中で作りだし、人間は、その神から、動物たちを支配する権利を与えられた、なんて勝手なことを言っているわ。
自然の摂理だとか、弱肉強食だとか、色々な表現を使いながらも、結局、人間は、人類そのものが、自分を中心にしか、世界を捉えることができないのよ・・・。」
「確かに・・・。」
僕には、何も返す言葉がなかった。正義と平和に対する疑問は、ずっと、僕の心の中で引っかかっていた問題だった。しかし、その対象を、人間と他の生命との関係にまで、拡大したことはなかった。しょせん、僕自身も、人間を中心とした思考の枠組みの中でしか、世界を捉えることができなかったのだろう。
この時、僕が知る限り、常に冷静沈着であった彼女が、異様な興奮に包まれていたことを、僕は不思議に感じていた。彼女の口調からは、人間に対する、深い憎悪すら感じられた。僕はほんの一瞬、彼女の紫の瞳の奥底に秘められた、深い哀しみの理由を垣間見たような気がした。だが、その疑問を口に出すことはできずに、険しい、しかし、なおも美しいその横顔から、目をそらすことができなかった。
陶酔した時間が過ぎ去り、最早、夜も23時を回ったところで、二人は当然のように再会を約して別れた。以前は、あれほど緊張した彼女との再会の約束が、今日は、不思議なほどに自然に交わすことができた。
二人の関係の何かが変わったことが、ハッキリと感じられる。きっと、彼女は、既に、僕の気持ちに気づいているに違いなかった。




