第一章
夢の続きは、何故に訪れないのだろう-。翌朝、目を覚ましたとき、僕は思わず、夢の続きが見たいと願った。あの紫の瞳の女性との出会いを、そして、夜の女神との更なる邂逅の瞬間を。しかし、いつものようにベッドから這い出し、いつもと同じ机の上を見た瞬間、僕の心には、驚きと幸福感が満ち溢れた。
そこには、石ころが一つと、血に染まったハンカチが置かれていた。昨夜の物語の象徴ともいうべき、僕の二つの宝物。
あれは、夢ではなかったのだ。では、あの再会の約束も・・・。
僕は、明日の夜、あの紫の瞳に再会できるという期待に思いを馳せ、朝っぱらから甘美な陶酔感に浸りながらも、学校という名の現実へ向かって、必死に自転車を漕いだ。
キーン コーン カーン コーン。
判決を告げる鐘が鳴り響き、罪人達は、地獄の鬼達によって、牢獄へと追い立てられる。しかし、僕は、その罪人の列にはいない。仲間と共に息を潜め、ひっそりと、鬼達が通り過ぎるのを待っている。
始業開始のベルと同時に、バタバタと廊下を走るスリッパの音が聞こえてくる。教室へと急ぐ、生徒や先生達をよそに、僕は、仲間と共に、部室長屋の薄暗い部屋の中に、身を潜めていた。
歴史研究部と表札に書かれた狭苦しい部室には、僕を含め、三人が潜んでいた。シンヤとスグル。二人とも中学時代からの親友で、名ばかり生真面目そうな部活に所属している。しかし、実際、表札とは裏腹に、歴史の研究活動など、ほとんど行われたとはない。
歴史の本は大好きで、頻繁に読むのだが、研究発表など、何か部活として活動したことは、ただの一度もなかった。僕達が入学した頃から、この部室は、地域で一番の進学校の空気になじめず、落ちこぼれ、教室にも運動場にも居場所が無い、不良少年達のたまり場になっていた。
何の活動もしていないくせに、部員が十人と盛況なのは、部室が自由に使えるからだ。狭い部室の小さな本棚には、誰かが持ってきた『ドラゴンボール』や『聖闘士星矢』、ボロボロの『週刊少年ジャンプ』『週刊少年マガジン』など、漫画ばかりが並んでいる。
その漫画の充実振りは、漫画部と表札を書き換えた方が相応しいぐらいだ。
「なんかおもしれえことないかな~。」
最近、シンヤは顔を合わせるたびに、ぼやき声をあげる。今朝買ってきたばかりの『週刊少年サンデー』を夢中で読む僕とスグルに対し、開口一番、同じセリフを言った。
「そう言えばおまえ、昨日Y女子高との合コンどうだったの?」
漫画を読み続けたいと思いながらも、いつまでも相手にしないと、余計にうるさくなると思い、僕はどうでもよさそうな話を切り出した。
「あ~、もう、動物園に行った気分だったよ。」
いつもながら、シンヤの表現力はすごい。村上龍の『すべての男は消耗品である』なみの表現だ。特に、顔の悪い女の子を、人間とはみなしていない。以前、クラスのブサイクな女の子が、シンヤに気があるという噂を聞いたとき、
「あいつ、鏡見たことねえんじゃねえの。」
と、言った記録がある。
「まあ、おまえみたいに精力的に活動を続けてりゃ、じきに女もできるだろ。」
早く漫画の続きを読みたくてしょうがない僕は、適当に返事をして、会話を打ち切ろうとした。が、漫画に目を戻しかけた矢先、
「いいよな、リュウイチは、ミキがいるから。」
と、今度は、僕の話題を持ち出してきた。
「べつにカノジョじゃないよ。」
青春学園ドラマでは、必ず一度は出てくるであろうセリフで、軽く返事を返しながら、僕は今、教室の中で一生懸命、英語の授業を聞いて、ノートを取っているであろう、クラスメイトの一人に思いを馳せた。
ホンダミキ。高校一年生の時に隣の席になって以来、僕にとって、最も仲の良い女子だ。身長が147センチしかない、目がクリッと大きい、かわいらしい子で、男子の評判は、すこぶる良い。なにより、学級委員長で、成績も良く、まじめにお勉強をするタイプで、先生たちの評判もすこぶる良い(最近、仲間内で「すこぶる良い」が流行っている)。
僕は、テストの時には、いつも、彼女にノートをお世話になっていた。彼女がいなければ、僕の成績表は、きっと、初めから赤インクで印刷した方が早かっただろう。
幸運なことに、今年もまた同じクラスになり、休み時間になると、
「リュウイチ、リュウイチ!」
と、僕の席に駆け寄ってくる。学校の七不思議と呼ばれる現象の一つだ。
成績は、いつも学年十位に入る優等生のミキが、なぜ、いわゆるおちこぼれの僕にかまうのか。先生達も、クラスメイトも、そして僕自身にも理解できなかった。
先生やクラスメイト達は、僕ら二人が付き合っていると思っているようだ。一部の先生達は、僕らの関係を、『美女と野獣』と呼んでいるらしい。失礼な話だ。ルックス的には、僕は決して野獣などではなく、長身細身のヤサ男タイプなのに。
親友のシンヤやスグルでさえ、僕らの関係を疑っていた。しかし恋愛経験のない僕には、二人の関係どころか、自分の気持ちすら、よくわからなかった。もちろん、ミキの気持ちなど知るよしもない。
確かにミキはかわいいと思うし、カノジョにしたら、誰にでも自慢できるようなレベルの女だ。だが、今の僕の彼女に対する感覚は、恋愛映画や漫画に出てくるような、狂おしいほどのせつなさとは、まったく違う。
ミキと一緒にいると、自分の中に優しい気持ちが溢れ出て、とても意心地は良いのだが、あまりにも愛らし過ぎて、性欲の対象として見ることができない。ラブコメ風に表現すれば、妹をかわいがるような感覚だ。
「で、ミキとはどこまですすんでんの?」
この話題に興味を覚えたのか、それとも漫画を読み終えたからなのか、今度は、スグルが口を挟んできた。
「リュウイチ、秘密主義者だからな。実はもう、やっちゃったりしてんじゃないの?」
「なに言ってんだよ。オレは、まだ、キスもしたことないって、いつも言ってるじゃねえか!」
これは事実だ。そして、僕は、秘密主義者でもなんでもない。女性に対して、本当に何の経験もないから、話すことがないだけだ。だが、スグルには、トモダチという中間的な関係が、男女の間で存在することが、どうしても理解できないらしい。仲の良い女の子がいるというだけで、すぐに思考がHまで直結するようだ。
そう言うスグル本人は、少し古い表現を使えば、謂わば、プレイボーイだ。十七歳にして、すでに八人の女性経験があり、ここ最近は、最低でも二ヶ月に一度は、カノジョが代わっている。だがスグルのカノジョの定義はよくわからない。同時期に何人もの女たちが、『カノジョ』なる呼ばれ方をしているからだ。
中学の頃はサッカー部のレギュラーで、不特定多数の女子達のアイドル的存在だったが、高校に入ってサッカーを辞めたあとは、その甘いマスクと過去の栄光を活かして、三十歳までに千人斬りを達成すると豪語していた。
男同士の世界には、女性経験が多ければ多いほどカッコイイという、男性が女性に求める価値観とはまったく正反対の、身勝手な価値観がある。男たちの間で蔓延するこの価値観を変えない限り、スグルのような男に泣かされる女の子は、あとを絶たないのだろう。
しかし、少女漫画の読みすぎで、これが一生に一度の恋、を何人もの男と繰り返し続ける、ハーレークインロマンス系の女性陣も、僕から見れば、ある意味、似たりよったりに思えるのだが。
「あ~あ、早くやりたいな。」
「おまえって、ホント、そればっかだな。」
シンヤのぼやきに、呆れたように答えながらも、内心僕も、Hはしてみたくてしょうがなかった。それもミキのような子供っぽい女の子ではなく、グラビアアイドルのような、ナイスバディ(死語?)の女性と。
「イイ女って、ホント、ブラウン管の向こうにしかいないよな。」
自分のカノジョを忘れたようなセリフをスグルが口にした時、僕はふと、昨日出会った女性のことを思い出した。イイ女なんてレベルではない。神が彫り上げた彫刻の中でも、あれほどの作品は二つとあるまい。どんなアイドルも、どんなミスコンの優勝者も、いや現実には存在しない芸術の世界の美女だろうと、あの紫の瞳の女神の前では、ただのオバサンに見えるであろう。
僕は、彼女のことを口にしかけたが、すぐに思い直してやめた。こんな俗っぽい話題の中で、昨夜のことを口にするのは、自分の中の美しい思い出と、彼女のことを、何となく穢してしまうような気がしたからだ。
会話が終息し始め、再び漫画に目を落とした時、コツ、コツと、誰かが廊下を歩く音が聞こえてきた。足音は確実にこっちに向かってくる。ヤバイ、誰か、先生に気づかれたかもしれない。僕らは互いに目くばせして漫画を隠すと、ジッと息を殺した。
しかしその甲斐もなく、三十秒とたたないうちに部室のドアがガラリと開かれ、
「おまえら、何やってる!」
という怒鳴り声が、僕らの脳ミソに反響しまくった。生徒たちの間で、<ハエ男>と呼ばれている、ジジイの英語教師だ。
「おまえら、授業はどうした!授業は!」
部室の入り口に立ったまま、うざったいハエが、ブンブン唸り続ける。
「ちょっと頭が痛かったんで、ここで寝てました。」
僕はうつむきかげんで額に手を当てて、具合の悪そうな演技をしてみた。
「あ、僕は腹が痛いんで。」
そう言って、今度はシンヤが腹を押さえる。こんな言い訳を信用するバカは、そうザラにはいないだろう。顔中に’「ウソつけ!」と、極太のサインペンで書いたような表情をしながら、
「調子が悪かったら、こんなとこにたまってないで。保健室に行け!」
と、中に入ってきてシンヤの腕をつかみ、引きずりだそうとした。シンヤが舌打ちしながら、ハエ男の腕を振り払う。僕らは、仕方なくノソノソと立ち上がると、追い立てられるように部室を出て、そのまま本当に保健室へと向かった。
大抵の学園ドラマでは、大抵、保健室の先生は美女と相場が決まっている。しかし、中学校に入学した時、その妄想は、見事に打ち砕かれた。中学校の保健室の先生が、非の打ち所のない、完璧な<ババア>だったからだ(白髪まであった)。
中学校のときに(妄想に)裏切られた反動か、高校に入学して、保健室の先生を見た瞬間、僕の高校生活は薔薇色になる!と、胸がときめいてしまったものだ。
高校の保健室の先生、堤翔子は、美人でスタイルもよく、男子生徒全員の憧れの的だ。生徒達は、先生のことを「ショウコちゃん」と呼び、授業がサボりたくなると、すぐに頭が痛いとか、気持ち悪いといって、保健室に群がろうとする。
だが、ショウコちゃんの方も手馴れたもので、あからさまに仮病そうな奴が来ると、優しく、しかも、巧みにあしらって、教室に追い返していた。ご多分に漏れず、僕も保健室の常連組の一人だ。
「先生、気持ち悪いんですけど~。」
保健室に入るとすぐ、僕はいつもの演技で、いつもと同じセリフを口にしながら、先生の正面の丸椅子に勝手に腰を下ろした。シンヤとスグルは、僕の後ろに突っ立ったまま、
「オレも~。」
とセリフを受け継ぐ。さすがに先生は見抜いているようで、
「また、いつものアルファベット拒否症状がでたのね。」
と、苦笑いを浮かべた。
「英語の教科書見るだけで、すぐに頭が痛くなるんですよ~。」
「日本軍が大東亜帝国を築いてりゃ、日本語が世界の公用語になったのにな。」
僕は、とても具合が悪いとは思えないような笑いを浮かべ、シンヤと顔を見合わせた。
「でもリュウイチ君は、外交官になりたいんでしょ。英語ができないようじゃ、とても外交官になんかなれないわよ。」
ショウコちゃんの何気ない一言が、僕の胸のとても痛いところに突き刺さった。
そう、確かに僕は、将来の希望を問われたとき、外交官になりたいと答えていた。でも、僕の本当の目標は、外交官になった後の、そのずっと先にあった。外交官になり、国連の事務総長となって国家間の壁を破壊し、世界政府を樹立する。
希望、夢・・・なんてレベルではない。完全に妄想の暴走だ。自分が考えていることが、妄想だとは、自分自身、ハッキリとわかっていた。
それでも、僕は、自分の人生の目標を、世界政府の樹立、いや、もっと正確に言えば、世界征服に設定した。それは僕が、目的をもたなければ、妄想にすがらなければ、生きていくことができない人間だったからだ。
「外交官は、ほとんど東大を出た人達よ。たとえ、運良く、三流の大学に入れたとしても、外務省には入れないわよ。」
先生のダメ押しの一言が、僕の胸を鋭くえぐり抜く。
「夢、か・・・。」
僕は、周囲に人がいるのを忘れたかのように小声でつぶやくと、ぼんやりと目の前の女性を眺めた。
僕は、幼い頃から、本を読むのが好きだった。特に、歴史の本を読むのが大好きだった。最初は、聖徳太子や源平合戦、豊臣秀吉などの子供向けの本を読み、英雄に憧れ、心躍らせていた程度だった。だが、成長するに従い、近代史に興味を持つようになり、第二次世界大戦・米ソ冷戦についての本を読み漁るようになった。
僕の疑問は、常にたった一つだった。人間は、何故、戦争をするのだろう?小学校五年生の時、宇宙から撮影された地球の写真を見て、僕の心の疑問は氷解した気がした。
「青く眠る地球の写真には、土地を分ける線なんて存在しないのに、何故、世界地図には、国境という人や土地を分ける線があるんだろう?」
「人間が戦争をするのは、国家があるからだ。国境が人を隔て、憎み合いをさせて、戦争を起こす原因になるんだ。だから、世界が一つの国家になってしまえば、戦争なんてなくなるはずだ。」
幼い僕には、その単純な理想が、すべてを解決してくれるような気がした。そして、自分こそが、その理想を実現するための使命を負っていると、自分に言い聞かせるように生き始め、その理想を実現できると、頑なに信じた。
しかし、さすがに、そんなことを人に話せば、馬鹿者呼ばわりされることはわかっていた。だから、他人に将来の希望を問われたときは、目標の第一段階である、外交官になりたいと答えていた。
だが、今の僕は、現実に押し潰されていた。外交官どころか、二流の大学に入ることさえ、危うかった。確かに、幼い頃には、神童と呼ばれて、中学においても、成績は、常にトップクラスだった。だが、地域で一番の進学校に入り、自惚れて努力もしないうちに、いつのまにか落ちこぼれになっていた。
今でも、世界史の成績だけはずば抜けて良い。英語はビリから数えた方が早いが、世界史だけは、学年トップの座を譲ったことはなかった。読書量は校内でも抜きん出ており、博識という意味では、クラスメイト達からも先生達からも認められていた。
しかし、受験はしょせん英語と数学だ。この二つだけはどうしても苦手だった。理由を強いて言えば、『つまらない』からだろう。そして、残念ながら、『つまらない』ことを、必死で努力できる性格に生まれついてはいなかった。
ドイツの哲学者、フリードリッヒ・ニーチェは、その著書『道徳の系譜』の中で、弱者の強者に対する嫉妬を、『ルサンチマン』と呼んだ。「弱き者は幸いなるかな。」
ニーチェは、キリスト教の教義を、強者に対して行為によって復讐できない人々が、想像上の復讐によって、その埋め合わせをつけようとしていると壟断した。
現代の学歴批判は、正にその典型だろう。優秀な人間の最大の才能は、『つまらない』ことに対して、努力ができることだ。実際、学年トップのカワサキ君は、運動神経も抜群なのに、バスケ部も辞めて、彼も少なくとも『面白い』とは思っていない、英語と数学の受験勉強を必死に頑張っている。
一切の努力をせずに、軽々と東大に合格する天才など、現実には、皆無に等しい。学歴批判は、所詮、努力を怠り、競争に出遅れた、弱者のルサンチマンに過ぎない。
現実と理想とのギャップ。僕は、この青春の最も典型的なジレンマに陥り、鬱屈とした日々を送っていた。
「とにかく、もうあと十分しかないから、授業が終わるまではここにいていいけど、次の授業からはちゃんと出席するのよ。」
「は~い~。」
気の抜けた返事をすると、僕はノソノソと立ち上がり、壁際のソファーに座り込んだ。シンヤとスグルは、ペチャクチャとおしゃべりを続けたが、僕自身は、先生の一言がいつまでも心に残り、自分の世界に入り込んだままで、一人、物思いに沈んでいた。そして、チャイムが鳴ると、そんな気持ちを抱えたまま、重い足取りで教室へと向かった。
「リュウイチ、今日もまた英語さぼったでしょ!」
かわいらしいコブシを振り上げたミキが、笑いながら僕の肩をたたく。
「もう、絶対ノート見せてあげないんだからね。」
「え~っ、たのむよ~。ミキだけが頼りなんだからさぁ~。」
放課後、僕はミキと一緒に、駅前の商店街へと出かけた。ミキと二人きりで、街中をフラつくのは、もう何度目だろう。だいたいいつも、僕が帰ろうとすると、彼女の方から声をかけてくる。かといって、格別、何か目的があるわけではない。ゲーセンに行ったり、デパートに行ったり、ただ、二人で話しながら歩いているだけだ。
しかし、今の僕らには、それが楽しかった。格闘ゲームに二人で熱中し、バイクゲームで勝負して、ファーストフードでポテトをつまみながら、たわいのないおしゃべりを続ける。何の目的も、意味もない時間-。男どうしでツルんで遊ぶのも確かに楽しい。
しかし、ミキと二人でいる時の、どことない甘い雰囲気、そして心の奥底から湧き上る優しい気持ちは、男友達からは決して得られない、いや、これまで、他の女友達からも決して感じることのできなかった感覚だった。
ひょっとしたら、これが恋心というやつなのかもしれない。周囲の人間が、僕らが付き合っていると勘違いする気持ちはよくわかる。僕自身、時々そういう錯覚に陥る時もある。ミキは、僕のことを好きなのかもしれない、とも・・・。
「いつまでも、今のままでいられたらいいのにね。」
ハンバーガーをほおばりながら、突然、僕は彼女の愛くるしい瞳をジッと見つめた。ミキは、意味がわからないと言いたげに、首を傾け、キョトンとした表情で僕を見ている。
今日は、ゲーセンで恋占いをした後に、その結果を二人でじっくり読もうと、マックへと入った。どうやら、占いによれば、二人の相性はピッタリらしい。その診断結果に、密かに気持ちの高揚を感じながらも、照れのせいか、何となく口に出せずにいた。
たぶん彼女も同じ気持ちを抱いているのだろう。
「これ食べ終わったら、Y書店に行こう。」
僕は、顔にクエスチョン・マークをたくさんつけたままのミキの気持ちを置いてきぼりにして、話題を切り替えてしまった。自分自身、なぜ、あんな言葉を口にしたのか、よくわからなかったからだ。急いでハンバーガーを食べ切ってしまうと、そそくさと席を立って、マックを出ると、本屋へと向かった。
本屋に入った僕の目に、最初に飛び込んできたのは、『レイプ収容所』という見出しが書かれた、新しいニューズウィークだった。内乱が続く、ボスニア・ヘルツェコヴィナの地で、民族浄化の名の下に、セルビア人がムスリム(イスラム教徒)女性を収容所に集め、レイプを繰り返しているというのだ。ムスリムの男性を根絶し、女性にはセルビア人の子を生ませることで、ボスニアから、ムスリムを『浄化』しようとしているのだ。
世界では、日本に暮らす我々の想像を絶する出来事が、日夜行われ続けている。
子供が銃を取って子供を撃ち殺し、毒ガスを撒き散らし、ナパーム弾で森を焼き払う。
F・F・コッポラ監督の映画『地獄の黙示録』では、米軍の騎兵部隊(戦闘ヘリコプター)の隊長が、サーフィンをしたいがために、ワーグナーの『ワルキューレ』を大音量で響かせながら、ベトコンの前哨基地を壊滅させるため、殺戮を繰り広げる。
とても我々と同じ、血の通った人間の所業とは思えない。しかも、それらの行為の悉くが、正義の名の下に行われているのだから、この世に正義など、本当に存在するのか、疑わしく思える。
「ねえ、ユーゴスラヴィアの人たちって、何で戦争しているの?」
ミキの質問で、僕はふと、我に帰った。
「うん。セルビア人・クロアチア人・ムスリムは、あ、ムスリムっていうのはね、イスラム教徒っていう意味で、そういう意味では、民族とは、ちょっと違うんだけどね。その三つの民族は、基本的には、ゼルボ・クロアチア語っていう、同じ言葉を喋ってるんだけど、信じている宗教が違うんだ。セルビア人が、ギリシア正教で、クロアチア人が、カトリック。あと、ムスリムが、イスラム教だね。まあ、ギリシア正教もカトリックも、キリスト教徒には違いないんだけどね。
ユーゴスラヴィアは、第二次世界大戦の時、ナチスのヒトラーに占領されちゃったんだけど、そのナチスに対抗して、パルチザン闘争を指導していたのが、チトーっていう人なんだ。そのチトーが、第二次世界大戦後、独裁者になって、共産主義のイデオロギーで、ギリシア正教徒・カトリック教徒・イスラム教徒を、みんなまとめて、ユーゴスラヴィアという、一つの国にまとめていた頃は、平和だったんだ。
特に、ボスニア・ヘルツェコヴィナは、セルビア人もクロアチア人もイスラム教徒も、みんなが、それなりに仲良く、隣同士、ご近所さんで暮らしていた。でも、共産主義国家が崩壊して、信じるものが、イデオロギーから宗教に戻ってしまうと、その違いがモロに出てきて、お互いに憎みあうようになっちゃったんだ。つい最近まで、みんな、隣同士、仲良く暮らしていたのに。」
ミキは、僕が手にした雑誌の写真をのぞきこみながら、熱心に僕の話を聞いている。僕は、聞き上手なミキの前では、いつも、つい、長々と語ってしまう。他の友人とは、こんな話をしたことは、一度としてなかった。
ボスニア・ヘルツェコヴィナの内戦は、僕に、国家の無意味さを改めて確認させてくれた。現在の国民国家の存在意義の一つに、民族主権が上げられている。
だが、実際には、世界中を探しても、単一民族国家など、皆無に等しい。現代の世界で、単一民族国家に限りなく近いのが、日本と言われるが、その日本においてすら、かって、蝦夷と呼ばれた、アイヌ人などの先住民族がいる。では、無理矢理、すべての民族を独立させ、世界を細分化してしまえばよいのか?しかし、そもそも民族とは何なのか?
ソ連の独裁者、スターリンは、「民族とは、言語・地域・経済生活及び文化のうちにあらわれる心理状態の共通性を基礎として生じたところの、歴史的に構成された、人々の堅固な共同体である」と定義している。わかりづらいので、平たく言えば、民族とは、言語や宗教を同一とした、文化的共同体である。
しかし、ボスニアの例を見ればわかるように、同じ言語でも宗教が異なれば、異なる民族と見做される。というより、見做そうとする集団が現れる。そもそも言語と方言の違いは不明確で、同じ中国語の北京語と広東語の違いは、オランダ語とドイツ語の違いより大きいと言う。民族の数が最も多いのは、ヨーロッパだと言われているが、ヨーロッパの言語は、元々は、ラテン語系・ゲルマン語系・スラヴ系の三種類しかない。
更に、古代に歴史を遡って、現在のフランス・ドイツ・イタリアの前進である、フランク王国を樹立したフランク族について考察すると、『民族』と呼ばれる集団の実態が、如実に浮かび上がってくる。フランク族とは、特定の血縁集団・部族を指し示す言葉ではない。ローマ帝国国境地帯近隣のライン川からウェーザー川に至る地域に居住していた、複数の部族の総称に過ぎない。
フランクは、ラテン語ではフランキで、『自由な人』『勇敢な人』を意味する。フランク族には、血統としては、ゲルマン系だけでなく、ケルト系・イラン系、更には、ラテン系のローマ人さえも含まれている。この複数の背景・血縁を包含した集団の帰属意識は、髪型・武装の統一と、共に戦う者としての同胞精神にこそ求められる。おそらく、各部族や各々の出身社会から放逐された者、冒険精神に富み、自由を求めた者などが、古い慣習に縛られない、新しい集団を生み出したのではないだろうか。
フランク族の起源と発展は、まさに、民族が、帰属意識と同胞精神、そして歴史的経験によって誕生することの証明と言える。現代で言えば、肌の色・出身地・血縁を問わず、『アメリカ』という共通理念の下に帰属する、アメリカ人そのものの姿である。現代から数百年の後には、アメリカ合衆国には、アメリカ民族が誕生するかもしれない。
民族とは、かってのフランク族の様に、「今日から我々はフランク族だ」と自称することによって誕生する、自発的な集団に過ぎない。つまり、民族に定義などないのだ。
国境とは、各民族が、独立と主権を維持するために引いた線ではなく、戦争という名の暴力によって、かりそめに打ち立てられた、権力の壁に過ぎないのだ。
国連憲章は、『領土保全』と『民族自決』を謳っているが、明らかに両論は矛盾する。民族自決は、間違いなく、領土の分離を伴うからだ。現在においても、中国・アフリカ諸国など、少数民族を抱える国々で民族紛争が絶えないのは、間違いなく、両論の矛盾が露呈し、それに代わり得る原則がないことに起因している。
そして何より、ボスニア・ヘルツェゴヴィナの紛争で恐ろしいのは、昨日まで仲良く暮らしていた隣人どうしが、突然、憎み合い、殺し合い、レイプしているのだ。
「リュウイチって、ホント、色んなこと考えているよね。」
ミキは、なぜか、僕に対して、嬉しそうな微笑を見せた。彼女は、基本的に、僕とこういった歴史や政治の話をするのが好きなようだった。と言っても、ほとんどは、僕が一方的に喋っているだけだが。僕の方も、普段、あまり他の人とは話せない、自分の大好きな話を聞いてもらえるので、つい、夢中になって話をしてしまう。
本屋で二人、並んで突っ立ったまま、ひとしきり民族問題についての講義を終えた後、僕は、受験という目の前の現実に立ち向かうため、参考書コーナーへと向かった。ここで、僕とミキの立場は逆転する。今度はミキが講師となり、どの科目はどの参考書が良いか、詳しく教えてくれ、その参考書を使った勉強法まで、懇切丁寧に解説してくれる。
なぜか、ミキは昔から、僕の成績が良くなるようにと、一生懸命、僕の勉強に協力してくれた。僕が落ちこぼれながらも、今まで落第にならず、赤点も取らずにすんだのは、すべからく、ミキのおかげだ。
なぜなんだろう?僕は思わず、不思議そうな目でミキを見つめた。そんな僕の気持ちを察したのか、ミキはかわいい目をクリクリさせながら、ニコッと微笑んで言った。
「いっしょの大学に行こうね。」
その瞬間、僕は、ミキをむしょうに愛しく感じ、彼女の手をそっと握りしめた。ミキは耳まで真っ赤になりながら、僕の目をジッと見つめると、きつく腕をからませてきた。
柔らかな高揚感が二人を包み、周囲の風景がゆっくりと遠のいてゆく。もう何も目に映ることも、何も耳に入ることもできない。
二人の世界に入り込んだまま、僕は次の日まで、ミキといつ、どこで別れたのか、結局、思い出せないままだった。
神は、なぜ、人間に愛を与え、そして、悲劇へと導くのであろうか。
振り返れば、あの日、あの時から、僕とミキの心には、決定的な変化が生じた。
二人の心の距離が、一歩一歩、近づくことが、ミキの死に、一歩一歩、近づくことになるとは、その頃の僕達には、まだ、知る由もなかった。




