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夜想曲  作者: Harry
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第九章

生命とは、何だろうか?

水素60.3%、酸素25%、炭素10.5%、窒素2.4%-。人間の体の98.2%は、左記の四つの元素で成り立っている。生命の約98%は、還元すれば、たった四つの元素の集合体に過ぎない。生物多様性が謳われて久しいが、あらゆる植物、昆虫、植物、そして、人間は、宇宙で最も多量の元素、水素・酸素・炭素・窒素で構成されているのである。

人間の行動を司る脳、怒りと哀しみ、夢や希望・絶望などの心、暴力・財力・権威などの社会的権力-。人間が生きるということ、そのすべては、究極的には、肉眼で捉えることさえできない、微細な物質の集合体に過ぎないのだ。

再び問う。生命とは、何だろうか?生命は、約40億年前、地球上の生命のスープから誕生した。その最初の生命の遺伝子が、コピーを繰り返し、植物を、昆虫を、動物を、哺乳類を、そして、人間をも作り出した。

リチャード・ドーキンスは、その著書『利己的な遺伝子』の中で、「人間を含めた生物個体は、遺伝子が自らのコピーを残すための、『一時的な乗り物』に過ぎない」と述べている。

植物は、誰に教えられることなく、太陽の光を浴びて、二酸化炭素を酸素に変える、光合成を行って、成長を続ける。動物は、その本能によって、食物を食べ、水を飲み、生命を維持している。

約240万年前、アフリカで誕生した最初の原人も、おそらく、本能によって生命を永らえていたのであろう。その活動のすべてが、水素・酸素・炭素・窒素を、個体として構成するための設計図、遺伝子をコピーするための行為なのである。

約40億年前に誕生した、たった一つの生命は、コピーを繰り返し、兆を超える単位の数の生命を生み出した。そして、わずか五万年前にアフリカを出発した150人の現生人類は、コピーを繰り返し、現在では60億を超え、地球を埋め尽くそうとしている。その行き着く先には、いったい、何があるのだろう?

再び問う。生命とは、何だろうか?植物は、光合成を行う時に、その意味を考えたりしない。動物は、獲物を仕留め、貪る時に、その意味を考えたりしない。そして、人間以外のあらゆる生命は、その機能を維持するために、意味など考えたりはしないのだ。人間だけが、自らの人生に、生命に、そして、存在することに意味を求める。

『旧約聖書』の失楽園の物語は、狂おしいほどに正しい。その敬服すべき慧眼には、恐怖さえも感じられる。アダムとイブは、神に禁じられた『智恵の果実』を口にしたが故に、裸であることを恥じ、楽園を追放された。人類は、『意識』を有したが故に、意味の奴隷と化した。キリスト教の原罪、仏教の四苦は、意識を有した人間にのみ与えられた、耐え難いほどの苦しみなのだ。

人間は、父と母の半分ずつの遺伝子のコピーによって生まれ、育ち、結婚し、夫婦の半分ずつの遺伝子のコピーを有する子供を生み、育てる。リチャード・ドーキンスの言う通り、人間は、生命の遺伝子が、自らのコピーを残し続けるための、一時的な乗り物、生存機械に過ぎないのだ。

最後に、改めて問う。生命とは、何だろうか?おそらく、約40億年の生命の歴史とは、いつかは儚く消えてゆく、無意味な『現象』に過ぎない・・・。

「あなたが・・・スグルをコロシタ?」

僕は目を見開いて驚愕すると、うめく様に、ようやく絞り出したかの如き言葉を発した。友達を殺した?スグルが死んだって?

スグルが行方不明になってから、既に十日。それでも、僕は、何故か彼が死んでいるとは想像していなかった。この街からいなくなっているだけで、きっとどこかで生きているに違いない、と信じていた。

スグルが、あの中学の時からの数少ない友達の、スグルが、死んだ?レミに殺された?僕は、現実を受け入れることができなかった。自分の大切な友達が、最も愛する女性に殺されたなどと、俄かに信じられるわけがない。

「そうよ、彼だけではないわ。この街で最近、行方不明になった、十代後半から二十代の男性達。彼等はすべて私が血を吸い、殺したの。」

驚愕の事実だった。九人の行方不明者は、すべて、レミがコロシタ・・・。

スグルは、彼女の八人目の犠牲者だったということなのか?

「しかし、先程のトランシルヴァニアの話が正しいのなら、貴方は・・・」

「そう、私は人間ではないの・・・。既に三百年以上は生きているわ・・・。」

僕の疑問の全てを見透かしたような彼女のセリフに、僕はますます混乱して、何も言えなかった。三百年以上生きている?人間じゃない?何を言っているのだ?困惑した僕の表情を察すると、彼女は、遂に決定的な一言を発した。

「そう。私はヴァンパイア。人の血を吸い、闇の遺伝子を持つ、不死の生物よ。」

僕には、彼女がスグルを殺したなど、到底信じることができなかった。同時に、彼女がヴァンパイアだという話には、僕は全く驚かなかった。というより、彼女の話を、完全に否定していた。僕は確かに、ファンタジー小説は好きだった。ブラーム・ストーカー原作の『吸血鬼ドラキュラ』を読んだこともあるし、他にも、ヴァンパイアが出てくる小説を何冊も読んだことがある。

だが、それが現実に存在するなどと、考えたこともなかった。突然、知り合いに、「私はヴァンパイアです」と言われても、「はい。そうですか」と、信じられるはずもない。

「信じられないのも、無理はないわ。だって、現存するヴァンパイアは、世界中で私だけ。たった一人しかいないから・・・。」

 彼女の頬を、一滴の涙が伝うのを、僕は見逃さなかった。彼女が言っていることが、真実かどうかは別として、その紫の瞳に宿る、孤独と哀しみの全てが、今の一言に凝縮されていることだけはわかった。彼女が、重い十字架を背負い、過酷な人生を送ってきたことが。彼女は。ゆっくりと話を続けた。

「私は奇跡に近い確率で生まれた、そして、最後に生まれ、最後に生き残ったヴァンパイアなの・・・。」

それまで伏し目がちに話していた彼女は、突然、顔を上げると、真っ直ぐに僕の目を見た。僕はその勢いに気圧されて、思わず目を逸らしてしまった。

「目を逸らさないで。これから、一番肝心な話をするから、まだ、私の言うことが信じられないかもしれないけど、ちゃんと聞いて。」

彼女の迫力に、僕は反射的に彼女の瞳を見た。その瞳の美しさはいつもと変わらず、まるで、世界の哀しみの光を全て凝縮したような色だった。

 「ヴァンパイアは、二週間に一度は血を飲まないと、不老の肉体を保てないの。だから人間に追われる身となった。そして、私も、三百年以上の間、何千人もの血を吸って生き永らえてきた。十五日前、あなたの友達も、私が血を吸い、私がコロシタの。」

 僕が混乱すればするほど、彼女は努めて冷静に、僕に語りかけた。そして僕の脳裏には、二週間以上前、薄暗い林の中で、レミとスグルが抱き合っているところを目撃した時の光景が、まざまざと浮かんできた。

あの時、レミはスグルの両腕をスグルの体に回しながら、確かに首筋を噛んでいた。そしてレミの口元で、何かが光ったのが見えた。あれは、キバ・・・?

「ヴァンパイアは、血だけでなく、ある意味、細胞のエネルギーそのものを飲み込むの。だから血を吸われた死体は、朝になって紫外線を浴びれば灰になる。後は、衣服さえ燃やしてしまえば、証拠は一切残らない。行方不明になった男性達は、死体がないのだから、永遠に見つかることはないわ。」

僕の思考は、彼女の話を少しずつ、受け入れ始めていた。レミはヴァンパイア。人間の血を飲む。スグルは死んだ。レミに血を飲まれ、殺された・・・。

僕は今までの彼女の話を頭の中で整理しようとした。そして、彼女の話を信じ始めるに従って、言い知れぬ悲しみが、僕の胸を襲い始めた。

スグルは死んだ。何年もつるんでいた友達が、僕が裏切り、彼を傷つけて仲違いしたまま、和解することのないままに死んでしまった。僕は、改めて、スグルを裏切りマリコと寝たことを、そして、そのことをスグルに謝罪しなかったことを後悔した。

いずれは、時間が解決してくれると思っていた。しばらく経てば、また元のように仲の良い友達に戻れると思っていた。だが、もう二度と、彼とは、会うことも話すこともできないのだ。

その時ふと、僕の心に芽生えた疑問があった。瞬間、僕は、恐怖を覚えた。

「なぜ、よりによって、スグルだったんですか?そして、なぜ、今まで何度も会っているのに、僕の血は吸わなかったんですか?」

「そうね・・・。」

彼女は、ゆっくりと深呼吸をすると、再び語り始めた。

「ヴァンパイアにとって美味なのは、若い異性の血なの。あの日、あなたの友達は、たまたま、街で私に声をかけてきた。だから、誰にも見られない場所に連れて行っただけ。彼は、大喜びでついてきたわ。自分を待ち受ける運命も知らずに。そして、あなたをコロサナカッタのは、あなたと初めて会った日、私は、他の男性をコロシタしたばかりだった。だから、しばらくは人間の血が必要なかったのよ。」

彼女は、僕の両肩をつかむと、目を伏せたままだった僕の体を、しっかりと自分の方へ向けた。彼女の瞳には、いつもの哀しみだけではない、強い魔力の様な色彩が宿っていた。その時、僕は改めてその美しさが、人間ではあり得ないことを実感した。そして、彼女が今から、何か更に恐ろしいことを言おうとしていることが、直感できた。

「ヴァンパイアにとって、最高の贅沢は、自分が愛する相手の血を飲むことなの・・・。私が、度々、あなたと会っていながら、あなたをコロサナカッタのは、敢えて、あなたを愛そうとしたから。あなたを愛し、自分の気持ちを高めたところで、最高の美味に変貌した、あなたの血を飲もうとしたのよ・・・。」

僕の背中に、言い知れぬ戦慄が走った。いつもと違う彼女の雰囲気から、冗談を言っているわけではないことは明白だった。僕の耳の奥の方で、死神が近づく足音が聞こえてくるような気がした。

長い沈黙が続いた。彼女は、僕の思考が整理されるのを待っているようだった。僕は、何が何だかわからなくなっていた。考えがまとまらないままに、僕は、彼女にコロサレルのだろう、という恐怖感が襲ってきた。

僕は、再び、彼女の話を最初から思い返し、整理してみた。まず、レミは人間ではない、ヴァンパイアだ。人の血を飲まなければ生きてはいけない。特に、若い男性の血が良い。スグルは、彼女にコロサレタ。

僕は、たまたま、他の男性をコロシタ直後に出会ったために、命拾いした。僕は、記憶を遡った。そうだ。最初の行方不明事件が発生したのは、確かに僕が、彼女と始めて会った日だった。彼女が、一人、闇夜の中を歩いていたのは、最初の犠牲者をコロシ、死体を隠した後だった?死体は、あの僕の聖域の、背後の林の中にあったのか?

そして、彼女が、相手のことを愛すれば愛するほど、それだけ、血は美味に感じられる。故に、レミは僕のことを愛そうとした。つまり、僕と逢瀬を重ね、キスを交わしたのは、グルメのため、僕を殺し、血を飲むためだった?僕は殺されるのか?いつ?

彼女の沈黙が、僕の恐怖感を増大させていた。僕は、これまでの短い人生の中で、死にたいと願ったことが、何度もあった。睡眠薬を大量に服毒し、自殺さえしたことがあった。そして、永遠に眠り続けることを願ってきた。生きる意味がわからない僕は、夢を追うことを人生の目的として、自分を生に縛りつけようとした。。

同時に、楽して死ねるのなら、いつ死んだっていいやと、投げやりな生き方をしてきた。だが、いざ、目前に迫ると、死ぬことは怖かった。何を恐れたのだろう。『死』そのものか?死の間際の苦痛か?それとも、生きることへの渇望が、僕の中にも、少しは存在していたのだろうか?

そして、混乱が収まるにつれて、死への恐怖よりも、僕の心を、悲しみが覆い始めた。今まで、僕は、彼女が僕を愛しているのではないかという、微かな希望を抱いていた。愛する人に、自分のことを愛して欲しいと願うのは、人間として当然の想いだ。

そう、彼女は確かに僕を愛していた。いや、愛そうとしていた。だが、それは『愛』という想い故ではなく、ただ、僕の血を美味にしたいという、欲求のための、グルメのための打算にすぎなかった。僕のこの数ヶ月の想いは、彼女にとって、フォアグラを食べるために、ガチョウにエサを与える期間に過ぎなかったのだ。

僕は、レミを愛していた。ミキの気を引こうと、マリコと寝ようと、レミに対するこの想いこそが、真実の愛だという気持ちは、揺らがなかった。

その想いは、今、彼女の一言によって、無残にも打ち砕かれたのだ。

 彼女の話を、頭の中で整理はできたものの、僕は、何を、何から話せば良いのか、皆目見当がつかなかった。だが、沈黙は、恐怖と哀しみを倍増し、僕を圧迫する。僕は、やむなく、口を開いた。

 「僕は、いつ、殺されるのですか?」

恐る恐る、しかし、どこか開き直ったように、僕は質問した。今度は、彼女が目をそらす番だった。彼女の顔には、明らかに戸惑いの表情が浮かんでいた。

その戸惑いが、何を意味しているのか、僕にはわからなかった。彼女は再び、言葉を選んで、考え込んでいるようだった。そして、彼女は、再び重い口を開いた。

 「私は、父が死んでから二百年以上の間、たった一人で、孤独の中で生きてきた。その間、何千人もの男性をコロシ、人間達に追われてきたわ。人間は、人をコロシ、血を飲む私を、悪魔と呼び、殺そうとした。でも、しょうがないじゃない。私だって、生きているのよ。ヴァンパイアは、決して死人なんかじゃない。人間が、動物を食べるのと同じ。生きるためには人をコロサナケレバナラナイのよ!」

 僕はふと、以前、彼女が言っていた話を思い出した。人間は、食物連鎖の頂点に立ったと自負し、他の生物が人間を殺そうとすると、悪魔と呼んで、抹殺しようとする。

その話をした時、彼女は、異様な興奮に包まれていた。あれは、決して考え方の問題だけではなく、彼女が三百年もの間味わってきた、苦しみの重さそのものだったのだ。

 「たまに、贅沢な食事がしたくなる、あなたと同じように、選んだ相手を愛し、愛し抜いたところで、血を吸って殺してきたわ。それも何十人も。相手を愛すれば愛するほど、それは甘美な味わいとなって、私の体内を駆け巡った。でも、ヴァンパイアは、元々人間なのよ。九千年もの長い間、太陽の光の届かない地下迷宮に閉じ込められ、体の構造が変化してしまっても、心の中は、人間と大して違いはない。愛する人をこの手で殺してしまうことに、痛みを感じないわけがないじゃない!」

 彼女は、激昂して叫んだ。彼女の紫の瞳からは、涙が溢れ出していた。僕は、その時、彼女の瞳の奥に宿る、深い哀しみの色の真実を、初めて理解したような気がした。愛した人をこの手で殺す、自分が生きるために。それが、どんなに心に苦しみを植えつけてゆくのか、僕には想像さえできなかった。

彼女は、ずっと孤独だったのだ。二百年以上の間、誰も信じることができず、誰も傍にいることもない。そして、出会った人間は全て、自分自身の手で殺すしかない。

自分を知る、自分のことを記憶する人間は、この世に誰一人いない。それは、完全なる死の姿だ。数百年以上も生きているのに、彼女は、この世界にとって、存在していないに等しいのだ。

 彼女に哀れみを感じた時、僕の心から、恐怖と屈辱の感情は去っていた。僕は泣き続ける彼女を、そっと抱きしめた。僕は、彼女を愛していた。今はただ、その思いがあるだけで良かった。僕が今まで求め続けていた、生きる意味。僕には今、それがわかったような気がした。愛する彼女の血となり肉となる。

それ以上に、僕の命にどんな意味があると言うのか。

 「僕の血を吸って下さい。あなたが生きるためならば、あなたの中で生き続けられるのであれば、僕はかまわない・・・。」

正直、死に対する恐怖は、心の中に存在はしていた。しかしそれ以上に、これ以上、抵抗を続けることで、彼女を苦しめることはできないと感じていた。

僕は、ミキを裏切り、スグルを裏切った。自分を愛してくれる女性を苦しめ、親友の彼女と寝た。そして、学校という小さな社会から、二度もつまはじきにされた。

僕には、生きる意味などなかった。夢を描き、追い続けたのは、生きる意味が欲しかっただけだった。こんな僕が生きていくことに、どんな価値があると言うのだろう。

この上、愛する女性をこれ以上苦しめて、いったい何の意味があると言うのか?

 「さあ、僕の血を吸ってくれ!」

僕は、彼女を抱きしめる両腕に、力を込めた。彼女は、しばらくの間、僕の腕の中で泣き続けていた。やがて、僕を見上げた時に放った彼女の言葉は、再び、僕の想像を遥かに越えていた。

 「私は、もう一人で生きてゆくのは嫌なの・・・。これから、私と一緒に生きて欲しいの。何百年も、何千年も。世界が滅びる、その日まで・・・。」

僕は、彼女が言うことが理解できずに、怪訝な表情を彼女に返した。

 「あなたも、ヴァンパイアになって欲しいの・・・。そして、ずっと、永遠に私の傍にいて欲しいの・・・。」

今宵、何度目の驚きだったろうか?彼女と一緒に生きてゆく。これから、何百年も何千年も、永遠に。おそらく、それは僕が、人間でなくなることを意味していた。

人間として生まれ、人間として育てられた僕が、人間ではなくなる。それは僕にとって、どんな意味をもつのか、何も考えることができなかった。しかし逆に、人間であることに、何の意味があるのだろう。

自分が何のために生きるのかわからず、自殺を試み、生きるために、敢えて目的を作って、自らを生に縛りつけなければならない僕にとって、人間であらねばならないことに、いったい、どんな意味があるというのか。

今の僕にとって、生きる意味とは、無理矢理作り出した目的を達成することなどではない。僕の生きる意味は、彼女のために、愛するレミのためにこそあるはずなのだ。

期待と不安を込めて、僕は尋ねた。

 「そんなことが、可能なのですか?」

 「伝説とは違って、ヴァンパイアの牙にかかった人間は、細胞が紫外線に対する抵抗力を失い、太陽を浴びると灰になる。ヴァンパイアにはなれない。しかし、ヴァンパイアの細胞から作成したウィルスを血液に直接注入することで、驚異的な増殖力を持つヴァンパイア・ウィルスが、あなたの肉体の遺伝子を丸ごと作り直すことができる。でも、その間、死にも等しい苦痛を伴うことになる・・・。」

 「死にも等しい苦痛・・・。」

 微かに見えた希望の光を、再び閉ざされたような気分だった。だが、一度は、死を覚悟した身なのだ。このまま、彼女に血を奪われて死ぬか、激しい苦痛を乗り越え、彼女と二人、永遠を生きるか。迷いはなかった。

 「僕は、あなたと永遠に生きることを選びます。」

そして僕は、再び彼女に口づけをした。僕の思いを、僕の愛のすべてを込めて。彼女の腕から、力が抜けたような気がした。

 その瞬間から、僕は、二度と太陽の光を見ることはなかった。

 

それから二十日間、僕は、ホテルの彼女の部屋で苦しみ続けた。高熱を発し、全身を耐え難い激痛が走り、僕は、ほとんどの間、意識を失っていた。彼女はベッドの傍らで、僕の手をずっと握りしめていた。二十日目の夜、僕は意識を回復すると、全身から痛みはほとんどなくなっていた。本当に人間でなくなったのか、俄かには信じることができずに、自分の全身をくまなく眺め回した。見た目は、以前とさほど変わらないようだった。

ただ、元々白かった皮膚が、より透き通りそうなほどに、真っ白になっていた。そして、彼女に鏡を見せられた時、僕は、自分の何が変わったのか、ハッキリと認識した。

両の瞳が、レミと同じ、紫になっていた。彼女の話では、外見上、ヴァンパイアの最大の特徴は、瞳が紫色であることらしい。確かに、紫の瞳の人間などいるはずもなかった。

僕はベッドから起き上がると、全身を動かしてみた。人間であった頃より、あきらかに全身の動きが軽い。だが、自分がヴァンパイアになったという認識はなかった。僕の意識は以前と変わらず、僕は僕という存在でしかない。レミに関してもそうだ。

人間の血を吸うこと、そして不老の肉体をもつこと以外には、人間と全く変わらない。心の機能は人間と一緒なのだ。そして、彼女に何か口に入れたいと願った時、彼女は、僕がこれからとるべき行動を説明してくれた。

 「あなたは、今後、人間の食事を取る必要はない。胃に食べ物を流し込むことはできるけど、きっと美味しくないはずよ。味覚が変わっているから。それより、あなたは一週間以内に、人間の女性の血を吸わなければならない。

そして、最初に吸うのは、自分が最も愛していた、若い女性が良いわ。初めて吸った血が、美味に感じるほど、今後、人間の血を吸うことに、抵抗がなくなるのよ。あなた、人間の女性で、最も愛していたのは誰?」

 彼女に質問を投げかけられた瞬間に、僕の脳裏には、真っ先にミキのことが頭に浮かんだ。レミさえ現れなければ、間違いなく愛し、愛され、将来すら考えた女性だろう。

そして、僕は恐怖した。オレは、ミキの血を吸わなければならないのか?ミキを殺さなくてはならないのか?僕は、明らかに動揺していた。

そんな僕の動揺を見透かしたように、彼女はいつになく厳しい口調で僕に告げた。それは、僕にとって最後の審判を告げる鐘の音だった。

 「あなたは既に、人間ではないの。生き続けるためには、人の血を吸い、人を殺し続けていかなければならないの。私と、同じように・・・。私を愛しているのなら、私のために一緒に生き続けて。そして、人を殺し続けて。

だから、あなたが最も大切だと思う人間を殺して。これからあなたの中で、私以外に大切だと思う存在が、この世に一人もいなくなるように。」

 心の動揺は、そう簡単には収まらなかった。だが、僕の心には、少しずつ、新たな決意が芽生え始めていた。そうだ、僕は生き続けなければならないのだ。彼女のために。彼女を愛する、自分自身のために。

 最早、僕の紫の瞳には、彼女以外、何も映らなかった。

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