第1章 エルフの森の抜刀者
鳥の囀る声が聞こえる。
まるで、目覚めるまで鳴き止まないと言わんばかりにチュンチュンと交互に挨拶を交わしていた。
ゆっくりと目を開けると、二、三度目深く瞬きをする。
「...ここは?」
首を軽く横に向けると、すぐに見て分かるほどに、綺麗に掃除の行き届いた空間が広がっている。
とても特徴的なのが、そこにある大半の家具がオーダーメイドで作られているのか、タンス、テーブル、本棚までもがアンティークのように美しい造形をした木で出来ていた。
---何処なのだろうか...。
部屋を軽く見渡す限りでは十畳はありそうな広々とした部屋に一つ置かれたベッド。その上に丁寧に寝かされていた。
起き上がろうとして体に力を入れるが、首を曲げる程度しか力が入らない事に初めて気がつく。
思えば、発した声も乾いた様であり、まるで生気がなかった様に思える。
---なぜ、私は...?
意識が一つの事柄に集中することが出来ない。
それが寝起きだからなのか、この体が動かないことに起因しているのかは定かではないが、ただ確かなのは、自分が深手を負っていて動くことが出来ないという事だった。
誰かに襲われた?
何かの事故に巻き込まれた?
或いはそれ以外の何かでこうなっているのだろうか?
目をつぶり、落ち着いて深呼吸をする。
---駄目だ...。
何も思い出せない。
それに、前後の記憶だけではない。
今まで自分のやってきたこと、生まれた場所や国、この世界の情勢、なにより自分自身の事。
それら全てが、まるで大きな穴が開いているように抜け落ちていた。
思わず喉が鳴った。
ふと、今自分のおかれている状態は思っている以上に芳しくないのかもしれないと不安がよぎる。
手厚く看護してもらってる所を見るに敵視されている可能性は、かなり低いのではないかと概ねの予想が出来るが、だが、それが正しいとは限らない。
そんな事を思っていた時だった。
部屋に一つだけ取り付けられたドアから、キィっとゆっくりと開く音が聞こえた。
その方向へ首を小さく傾けて扉を見つめると、そこから鼻歌を歌いながら一人の女性が入ってきた。
腰まで伸びた綺麗で艶やかな金髪、目は細く微笑んでいる様な印象の目元、すらっとした体型に豊満な胸。恐らくこの土地の民族衣装なのか緑を基調とした綺麗な模様が描かれた膝くらいの丈のチュニックを着た女性が入ってきた。
ゆっくりとこちらへ近づいてくるその足取りは軽やかで、その陽気さにはどこか微笑ましく思えた。
敵意などは感じられないその様子にほんの少しほっとする。
口を開き、カラカラになった喉から声を絞り出す。
「...あ、あなたが私を...?」
まだ私が目覚めていないと思っていたのか、突然の問いかけに女性は少し驚いた様子で体を強張らせたが、直ぐに私の方へと顔を向ける。
「き%°#いた〆ですね。よ$%た。」
にっこりと微笑む彼女から発せられる言葉が、まるでノイズの様に断片的に聞き取れなかった。
それに加えて、キーンと脳の奥へと響く様な不快感と頭痛が私を襲った。
顔をしかめて苦しむ様子を見て、目の前の女性はそっと左手を包み込む様に握って、心配そうな顔で覗き込む。
微笑んでいる様な細く綺麗な緑の瞳が真っ直ぐ私の顔を見つめると、何故だかほんの少し痛みが和らいだ気がした。
「...ありがとう」
果たしてこの言葉が相手に伝わっているかは分からないが、女性がにっこりと笑いそっと手を離すと、乱れたシーツを整えてくれた。
---ゆっくり休め、と言うことか。
互いにそれ以上の会話は無かったかが、俺は促されるままゆっくりと目を閉じて再び眠りについた。
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