#004.女神の帰還とチョコレート
『むー……』
「むー……」
まだメルーとニーナは視界が復活しない中、睨み合っている。
「レオン、このままだとニーナが暴発するんじゃねえか?」
「いざとなったら止めに入るから心配は要らない、クレイン。」
「そうは言ってもよ、ニーナは仮にも賢者だぞ。あらゆる魔法を極めてるんだから、お前が止めに入っても……」
「勇者の特性は【全スキル取得可能】だ。【次元断層】で空間を断ち切れば、いくらニーナの魔法でも掠り傷すら負わないさ。」
「よくレオンはそう堂々としていられるな。俺だってそこまでしようとは思わないぞ。」
「ラファエル、お前は天使族の末裔のくせにチキンなのか?」
「腰抜けとは失敬な。用心深いと言ってくれ。」
ラファエルはムッとしたような顔でそう言うと、【天使長の杖】をこっちに向けて構えた。
「悪かった悪かった。謝るから杖をこっちに向けないでくれ。」
「【次元断層】で空間を断ち切れば俺の魔法なんか余裕でガードできるんじゃないか?」
「お前の魔法は次元を超えて作用するじゃないか。異界魔人を倒す時に使ってたやつとか。」
「じゃあ降参か?」
「ああ。降参だ。」
俺が呆れ顔をしながらもお手上げのジェスチャーをすると、ラファエルは杖を降ろしてくれた。元々本気では無かっただろうが、ともかくことは穏便に済んだ。
「ちょっと! 早く天界に帰ってよ! レオンが見られないじゃない!」
『そっちが魔法を解いてくれるまで帰還する気はありません!』
「あなた、女神のくせに知らないの? 【不可視化】は術者が対象を視認出来ないと使えないのよ!」
一方、メルーとニーナの言い争いはヒートアップしている。
「魔法の基礎知識も知らないなんて、これだから駄女神は……」
『はぁ? 誰が駄女神ですか! そのくらい知ってますし!』
「じゃあ何で無理だって分かってることをやらせようとする訳? 意味分かんないんだけど!」
『あなたは仮にも勇者パーティの賢者なんでしょう? だったらどうにか魔法を改変できるんじゃないんですか?』
「仮にも、って何よ! 正真正銘勇者パーティの賢者だし! それに、私じゃ魔法の改変も無理! 世界の摂理に背いたり、世界のルールを一時的に変えたりできるのは勇者レオン・アントニウスをおいて他にはいないんだから!」
ニーナはどや顔をする。視界が失われているのだからどや顔をしても意味がないということに気付いても良さそうなのだが、残念ながらこの賢者様はそういう点、頭のネジが緩い。ついでに俺のことでどや顔をするのも道理に合わないのだが、そういう点に関しても頭のネジが緩い。
「レオン、いい加減止めてくれないか?」
「ラファエルに同意だ。ニーナの駄々捏ねには慣れてるが、流石にウザい。」
「はあ……お前らは協力しようって気が無いのか?」
「レオンがあの女神呼んだのが原因じゃねえか。俺は手を出す気はない。そもそもニーナと俺が絡むとロクなことにならねえからな。」
「クレインに同意だ。レオンが宥めればニーナはおさまる。俺やクレインだとさらに拗れる。」
「分かった分かった。その代わり……」
「玉露を仕入れればいいんだろ?」
「それと羊羹も。」
「そうだ。じゃあ契約成立な。」
俺はそれだけ言うと、ニーナの肩に手を置いた。
「ひゃっ! 誰? クレイン? それともラファエル?」
「俺だよ、ニーナ。」
「レオン? なら良かった。これ解いてよ!」
「言っただろ、メルーが天界に帰還するまでニーナの視力は戻らない。」
俺は魔剣デスラビ・キラーを抜き、掲げながらそう言った。そして、
「守護神よ、天界へと帰還したまえ!」
と叫ぶ。すると、メルーの身体が浮かび上がり、段々と上昇し始めた。
『えっ、レオン様? 何するんですか!』
「強制的に帰還して貰うことにした。迷惑だから。」
『私はレオン様の守護神なんですけど?』
「守護神なら守護してる人間に迷惑をかけるな。そのうちまた呼んでやるから、今はおとなしく帰ってくれ。」
『うう……立場逆転してます……』
そうブツブツ言いながらも、メルーは天界へと帰って行った。それと同時に、ニーナの視界も戻ったらしく、彼女は振り向きざまに杖を横薙ぎにして攻撃を仕掛けてくる。
「よっと。」
その攻撃を予測していた俺は10m程垂直に跳躍して杖の一撃を避け、ニーナの後ろに着地するとナイフを彼女の首筋に当てる。
「不意打ちっていうのはこうやってするものだ。目の動きや筋肉の動きで狙ってるのがバレるぞ。」
「うう~……」
ニーナは悔しそうだが、ナイフを首筋に当てられたのは紛れもない事実。すぐに降参した。
「もう、レオンは乱暴なんだから!」
「仕方ないだろ。あの守護神を召喚したのはレオンだが、言い争いを始めたお前が悪い、ニーナ。」
「分かってるわよ、ラファエル。ごめんなさい、レオン。」
「最初からそうしてりゃいいのに面倒事増やしやがって、全くお前は……」
「クレインは黙ってなさいよ。血だまりに沈められたいの?」
「はいはい、喧嘩しない。そんなことに時間を使ってる暇はないんだぞ。」
俺はテーブルや椅子、急須、湯飲みなどを片付けると、3人を見回してそう言う。
「レオン、これからどうするの?」
「取り敢えず一番近い街へ向かう。」
「となると、東の街だな。」
「そうか。じゃあ東へ向かうぞ。」
俺は歩き出そうとする。しかし、ニーナに止められた。
「ちょっと待って!」
「どうした、ニーナ?」
「男性陣にプレゼントよ!」
ニーナが異次元から取り出したのは、綺麗にラッピングされたハート型の箱だった。
「はい、レオン、クレイン、ラファエル。あげる。」
「これは……チョコレートか?」
「そうよ。大魔王を倒した後、最初のバレンタインデーに渡そうと思ってたの。今日だったのは偶然だけど。」
そういえば今日は2月14日だな。すっかり忘れていた。
「因みに、レオンのが本命チョコで、クレインとラファエルのは義理チョコ。」
「そうか。」
俺はそのコメントは軽く流し、
「じゃあ、東の街に着いたらゆっくり食べるか。」
と言って歩き出す。
「さあ、自己犠牲じゃない旅の始まりだ!」
「おい、待てよレオン!」
「レオンは相変わらずね。」
「全くレオンは……」
俺たちはこんな風に話ながら東の街へと向かうのだった。
季節ネタです。
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