昼休み
四限目の授業が終わり、俺は席を立った。
「どこ行くんだ?」
早水に呼び止められ、俺は一言で返した。
「購買」
「珍しいな。弁当忘れたのか?」
「まあな」
進藤家のルールその一。寝坊した場合弁当抜き。まあこのルールの殆どが俺に当てはまるのだが。
「じゃあ、なんか奢ってくれよ」
「そんな金はねーな」
そう言い返して俺は教室を出た。
購買への行き方は様々だ。俺はいつも、人が通らない通路を通るのだが、入学してからまだ一ヶ月しか経っていない一年生はまだ気付かない。
私立紅ヶ丘高等学校。俺が今年入学した高校だ。もう既に五月だが、未だに部活には入っていない。まあ帰宅部志望なのだが。
そうこうして居るうちに廊下のT字路に入る。ここを右に曲がって階段を三つ降りれば購買に……。
ゾワッ!
「……っ!」
背筋が凍りつきそうな何かに襲われ、俺は反射的にバックジャンプした。その直後、視界に何かが縦に霞み、俺の制服が何かを掠めた。
「あっぶね」
俺は制服を掠めた何かを見た。それが掃除などで使われる箒である事に驚いた。
「まさか避けられるとはな」
箒を持つ手を伝い、攻撃して来た相手を見る。長い黒髪の少女が俺を見つめていた。悪戯っ子の様な笑みで。
第一印象は可愛いの三文字で片付いた。それ程までにこの少女は美人だった。
「第一テストはクリアだな」
黒髪少女は箒を片手に持ち替え、廊下に置いてあったもう一本の箒を拾い、俺に向けて投げた。俺はそれをキャッチする。
「なにがしたいんだよ」
「この状況を見て気付かないのか?」
そう言って少女は箒を中段に構えた。まるで剣を構える様に。
俺は少女を見て何をしたいのかが分かった。
「リアルでやったら怪我するぞ」
「なんだ、負けるのが怖いのか?」
俺は彼女の身を案じて言ったのに何故か挑発された。俺は溜息を吐いて片手で箒を構えた。あのゲームと同じ様に。
「そう来なくてはな」
少女の一言が聞き終わると同時に彼女は床を蹴った。そして箒を一振り。俺はそれを難なく回避する。
今の一撃もそうだが、不意打ちの時の一撃もかなり良い太刀筋だった。これは普通に身につくものではない。恐らく《バトル・アリーナ》の上級者プレイヤー。
そのまま彼女の攻撃は続いた。度重なる連続攻撃を俺は回避しながら剣……ではなく箒で捌く。
「お前、何故攻撃しない。防御ばかりじゃ埒があかないぞ」
少女が俺の行動に苛立ちを覚えたらしい。だが仕方がないではないか。女子を攻撃するなど気がひけるのだ。
「んじゃお望みどおりに」
俺はそう言って箒を振った。どの道当てるつもりは無い。彼女の脇腹のスレスレを狙って……。
バシッという音と共に俺の箒は彼女の箒によって防がれた。そのまま彼女はそのまま箒を真上に振り払った。俺の箒はその勢いで真上へ上がる。
「とった!」
彼女は勝利を確信したらしい。真上へ掲げた箒を振り下ろした。最悪の状況だ。しかし俺はそれを予期していた。打ち上げられた箒をそのまま後ろへ回し、真下から振り上げた。
衝突。そして、思わぬ出来事が起きた。
バキッという爽快な音を立てて二本の箒が衝突部分からへし折れた。誰もが予想出来る展開なのだが、俺達はその状況に頭がついて行かなかった。
「こらあぁぁぁ‼︎」
沈黙を破壊したのはこの学校の生徒指導、兼松だ。どしどしと廊下を歩く姿はまさに獣。
ようやく何を仕出かしたか理解した時にはもう既に二人の前に仁王立ちしいる。逃げようにももう遅い。
「お前ら! ちょっと来い!」
二人は兼松に連行されるかの如く生徒指導室に連れ込まれた。