3-1 その男との出会い
翌朝、三人はエーダのいる場所に挨拶に向かった。
ココルには魔族の情報収集を頼んでいる。
もともとこういったことは彼の得意分野だったようで、喜んで情報収集に向かった。
こういうのはココルの得意分野らしい。
門を入るとそこには巨大な屋敷があった。屋敷と言うよりは城のような作りだ。
それはコーレスのニルヴァ邸を彷彿とさせるつくりになっていた。
ヴァロたちがエーダの住処に入ると何処からともなく女性が現れ、三人を案内する。
フィアを先頭にやけに広い幅の通路を歩く。
足元には高価な絨毯が敷いてあり、通路の脇には銅像やら絵画などが置かれている。
ヴァロはどうも居心地が悪く感じていた。既に城を通り越して既に宮殿である。
幾つか聖堂回境師の元を訪ねたことはあるがここまでの場所は初めてだ。
コーレスのニルヴァ邸を彷彿とさせるが、それとは比較にならない。
ちなみに城は防衛の拠点となる場所を示し、宮殿というのは王族などの住居のことを示す。
この場所は明らかに後者の感じがする。
ヴァロはその場所の雰囲気に圧倒されつつその道を進んだ。
フゲンガルデンでもこれほどの場所はなかった。
そもそも質素倹約を掲げている騎士団の城と比較しようがないが。
「どこぞの王族が住んでるわけではないよな」
顔をひきつらせながらヴァロ。
「私も入るのは初めてよ。昔大魔女カーナ様がミョテイリの結界を作る際に戯れにお造りになられたといわれてる」
そういうクーナも驚きを隠せない様子だ。
「戯れにこれだけのものを作れるのかよ」
足元には黒い大理石が鏡のように光り輝き、白亜の造形物が視界いっぱいに広がる。
天井には絵画のようなものが描かれており、それがどこまでも続いていた。
「大魔女カーナは天才魔女。このぐらい出来て当然よ」
ドーラからどういう性格だったのかは聞いてるが、本当にとんでもない人だったらしい。
「お前の名前と似てるのにな」
茶化すようにヴァロ。
「…カーナ様は私たちの希望なのよ」
カーナはそう言ってうつむく。
二百年前に第九魔王ミャルディッケとの戦闘によりアビスに落とされたという伝説の大魔女。
「私の名はその再来を希望として名づけられたんだと昔聞いた。だから私も…」
クーナは言いかけて黙る。
案内された部屋には一人の男が帽子を顔にかぶせて、長椅子にどっかりと寝そべっている。
そのわきには大きなカラスが置物のように静かに椅子の脇にとまっていた。
「…まさかエーダさん?」
「何言ってるのよ、あんたは。あんたはあれがどうしたら女性に見えるのよ」
ヴァロの言葉に呆れたような表情でクーナ。
「あまりにも堂々としてるものだからつい」
「…」
フィアだけは怪訝な表情でその男を見ていた。
「それにしてもずいぶん態度が…」
当の男はと言うとまるで我が家のようにふんぞり返っままだ。
ヴァロは不意に後ろから背中を押される。
振り返るとエーダがあんたが行ってみてこいと言わんばかりの形相でヴァロをみていた。
ヴァロはため息を漏らした。
「…俺が行ってみてくるよ」
恐る恐るヴァロが近づくと脇のカラスがその者の頭をつつく。
「ああ、少しくつろいでしまったな」
そう言って起き上がる。
寝起きでぼさぼさの黒髪をしていた。
男は目を細めてヴァロたちをじっくり眺める。
「…エーダじゃないな。…だが、ここに来るってことは関係者だよな。君たちは?」
堂々とした物腰でその男はヴァロに語りかける。
肩までかかる長髪。服装も使い込んでいるものの、きっちり着こなしている感がある。
これだけの容姿ならば寄ってくる女性には事欠かないだろう。
見るからに怪しいが、不思議と悪い印象は受けない。
「失礼。人に名を聞くのであれば自身からだったな。私の名はヴィズル。今回魔族の捕縛の件でエーダに呼ばれてやってきた」
柔らかい雰囲気でその男は語る。
エーダに協力を頼まれるとは、それなりに腕の立つものなのだろうか。
「エーダさんに?」
「アイツは城壁の修理や各方面への対応に忙しいらしくてな。来るのが遅れると聞いてる。とはいえ、こっちは昨日の夜から待たされっぱなしだよ」
その男は嘆息してそう答える。
アイツと言うのはここの聖堂回境師エーダのことだろうか。
それに加え一日前からここで待っているらしい。
その事実にヴァロは頭の整理が追いつかない。
取りあえず自己紹介をすることにする。
「フゲンガルデンから来たヴァロ・グリフだ」
その言葉に男は表情をぴくりと動かす。
「…ヴァロ…ヴァロ…聞いたことがある。ひょっとして『竜殺し』のヴァロ君か」
意外そうな顔でその男はヴァロを見る。
「まさか会える機会はないと思っていたがこうしてまた会えるとは…。
はるか南方の騎士の国からはるばるこんな遠方までやってきたのか?」
「よく知ってますね」
こんな北方まで自身の名前が届いているとは思ってもなかった。
バルケ達のせいなのだろうが。
「ここの『狩人』に聞いたんだ。あいつらとは昔からの飲み友達でね」
「顔なじみ…」
その男は結構な人脈を持っているらしい。
バルケやミズチとも知り合いだろうか?
「これから宜しく頼むよ。それでそちらのかたわらにいる二人の美しい女性は?」
「フィアと言います。私の傍らの女性はクーナ」
フィアは一歩進みでると一礼して答える。
「まさか…フゲンガルデンの新任の聖堂回境師の?」
ヴィズルは意外そうな表情を浮かべた。
「はい」
「これは失礼した」
男は立ち上がり、一礼を返す。
「一度ここの聖堂回境師エーダさんとミョテイリに張られた氷結結界を見ておきたく思いまして、
リブネントまで出向く用事があったものですから、足をのばしてみました」
フィアの態度はまるで来賓などに向けられるものだ。
「なるほどな。ヴァロ君は護衛としてやってきたのか。来てみて驚いたんじゃないか?城壁が壊されていて、挙句にその魔族も逃走中だ」
「ええ、この難攻不落のミョテイリから逃げ切れる魔族がいたということに驚きました」
フィアの答えにヴィズルは満足気に微笑む。
「やはり、見た目は若くても聖堂回境師の職は伊達ではないということだな」
どうやらフィアは試されていたらしい。
「ここの氷結結界の力をはねのけるとはずいぶんと上位の魔族らしいな。ちょっと考えられないぐらいの相手になりそうだ」
窓の外の破壊された城壁に目を向けながらその男はどこか楽しげだ。
この男、こちらの思う以上に状況を把握しているらしい。
「それは…」
フィアは男の肩に乗るカラスに視線を向ける。
「ああ、私の飼って…こらつつくな」
カラスがそのくちばしでヴィズルの頭をつついている。
「名をエルンという。私の大事な相棒だよ」
ヴァロとそのカラスの目が合う。
ヴァロはまるで人間のような目をするカラスだと思った。
「人語が理解できるのですか?」
フィアが意外な顔をする。
「まあな」
打ち解けてきたところでフィアは本題を切り出す。
「…今ヴィズルさんがここに招かれているってことは魔族の一件ってことですよね」
フィアの問いかけにヴィズルは
「ああ、そうだ。魔族を捕縛、もしくは退治して欲しいとエーダから頼まれてな」
エーダから頼まれるほどだ。かなりの腕前なのだろう。
使い古された剣は帯刀しているものの、その剣はただの剣にしか見えない。
「…まさか一人でやるつもりですか?」
ヴァロは思わず声を荒げた。
相手は『狩人』を退け、ミョテイリの結界を受け付けないほどの手合い。
ただこれまでのやり取りから状況を把握していないというわけではなさそうだ。
ヴァロはそれが腑に落ちなかった。
「そのつもり…と、どうやらここの主が来たようだな」
そんなやり取りをしていると奥にある扉が開いた。
ヴィズル登場。こいつは今回の話のカギになる男です。
エルンもちょっと後で出てくることになると思います。