6-3 カリアとの再会
乾いた音が周囲に響き渡り、拳の圧で風が吹き荒れる。
クーナが目を見開くとエドランデと言う者の拳を一人の黒い衣を着た男が片手で止めていた。
受け止めたその手は黒い甲冑のようなものがついていた。
「カリア殿?」
拳を止められたエドランデと言う魔族はどうして拳を止められたのか訳がわからない様子だ。
フィアはクーナに駆け寄る。
「クーナ…大丈夫?」
フィアはクーナの無事を確認するとほっと胸をなでおろし、その目の前の魔族に視線を向けた。
「カリアさん…」
フィアとその魔族は視線を交わしている。どうやらフィアとこの魔族は知り合いらしい。
「エドランデ殿、少し待ってください」
カリアと呼ばれるクーナとエドランデの間に入った魔族は語りかける。
「カリア?」
ジーリアと言う魔族もこの状況に眉をひそめている。
クーナにもフィアとその魔族の交わすやり取りが全く理解できない。
「フィア殿、なぜここに…。ヴァロの奴は何をしている」
そのカリアと言う魔族は苛立ちを隠すことなくヴァロの名前を出した。
クーナはさらに混乱した。
「今ヴァロは魔族と戦ってます」
フィアの言葉にカリアは固まる。
「体は小さかったか?」
「いえ、大きかったと…」
フィアの答えにカリアと言う魔族は難しい表情を見せる。
「…なら仕方ない。あの男のことだ。どうにかするだろう」
「フィア、知り合い?」
隣からクーナがおそるおそる声をかけてくる。
「ちょっとね。カリア、あなたがここにいるってことは…」
「あの二人は我がゾプダーフ連邦の『爵位持ち』で侯爵と子爵です」
カリアの言葉に横で聞いていたクーナは眩暈を覚える。
かつての古巣で彼女も異邦の『爵位持ち』について耳にしたことがある。
『爵位持ち』とは関わるなと。
『爵位持ち』と言えば異邦においての主戦力であり、
特に侯爵以上は人間界でいうところの魔王以上の実力の持ち主とされている。
メルゴートの古参、とりわけ第二次魔王戦争を経験した長老たちは皆『爵位持ち』というモノを忌み嫌っていた。
当時はそんなことはないと笑い飛ばしていたクーナだったが、クーナは今ならはっきりとわかった。
それは決して誇張などではなかったのだということを。
現に現役の聖堂回境師フィアの魔法をまともに受けても大した傷すら負わせられない。
この化け物たちが一匹でも人間界にやってきて大暴れしたのなら人間界は未曽有の混乱に陥れられるだろう。
「『爵位持ち』ってそんなのがどうして…」
「やはり理解していなかったのですね」
フィアの一言にカリアは状況を悟ったらしい。
「ここは私に免じて引いてください。ジーリア殿、エドランデ殿」
カリアは二人に向き合うと通るような声で言うと、頭を下げる。
「カリア殿の知り合いか。そう言えば貴殿は一度人間界に来ていたな」
エドランデが腕を組みながら声を出す。
「この者たちとは一度ミイドリイクにおいて、『パオベイアの機兵』を封じるため共闘しております。
その際に受けた恩もある。私には恩人に私は牙を向けることはできません。
どうか、ここは私の顔に免じてひいてはいただけませんか」
カリアの一言にエドランデはその拳を下し、戦意を解いた。
戦いを回避できそうな状況にクーナはその場にへたり込む。
「だめだ」
背後の木に座っていた子供の姿をした魔族のジーリアが断言する。
「戦士が受けた挑戦をカリアは途中で投げ出せというのか?」
横にいるジーリアは横で首をかしげる。
「エドランデはどうする?」
エドランデにジーリアは声をかける。
「『パオベイアの機兵』を倒すべく共闘した恩人ならば戦う理由がありません。今回は私は手を出さないことにしましょう」
「エドランデも『パオベイア』の一件の関係者か。…なら私だけか。エドランデ、これは私闘だ、私が死んでも手出しは無用だぞ」
「御意」
エドランデという魔族は頭を垂れて、後ろに飛びのく。腕を組んでその戦闘を見守ることにしたようだ。
クーナは正直助かったと思った。エドランデという魔族も底が知れない。
フィアの重力魔法をものともせず、クーナの傀儡魔法による巨人の手を素手で蹴散らして見せた。
あの魔族相手にクーナは一度死を覚悟した。
その上全くと言っていいほど、本気を出していない。
「私は騎士としてフィア殿を守りましょう」
カリアは剣を鞘から引き抜いた。
「いいね。君とも一度戦ってみたかった。久しぶりに少し本気を出させてもらおうか」
視界が歪むほどの魔力がその少年から放たれる。
クーナは心の底から目の前の恐怖した。その魔族が保有する底なしの魔力量に。
それは深淵をのぞいているかのような感覚に襲われた。
相手は本気ではない。それだというのに既に今まで見てきたどの魔法使いよりも
濃く凶悪な魔力を放出している。
「クーナは後ろに」
「…でも」
「いいから」
フィアは珍しく声を荒げる。フィアは振り向かずに杖を構えている。
「フィアは…」
「どうにかする」
カリアは体から魔力を放出する。その魔力はカリアの体に纏わりつき、次第に漆黒の鎧となっていく。
その鎧は光沢を放ち、独特の形状をしていた。さながら本物の鎧のようにすら見える。
カリアの見せる固有の魔力操作。上位の魔族は固有の魔力操作を可能とする。
かつて行動を共にしたヌーヴァと言う魔族も自在に氷を操っていた。
「魔力操作の奥義の一つである『魔装』…その若さで完全に身につけるとはな。これは面白くなってきたな」
ジーリアはその光景を見てほくそ笑んでいた。
「カリアさん、すみません」
カリアの背後からフィアは謝罪の言葉をかける。この状況を作り出してしまったのは自身だ。
カリアを巻き込んだことにフィアは罪悪感を覚えていた。
「フィアさん、俺のことはどうか気にしないでほしい。フィア殿たちは私の恩人、俺は心に従っているだけです。
フィアの言葉にカリアは鎧越しに笑って応える。
「気を付けてください。目の前にいる男は侯爵。伯爵である私より階級も実力も上です」
異邦ではその実力に応じた階級が与えられるという。
理由はそれぞれの部族を統率するためにはそれなりの力が必要だからだ。
順序は公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。
それはおのおのの力に応じて階級わけがなされているという。
「注意は俺が引き付けます。フィア殿は後方から援護を」
「はい」
フィアは杖を構える。
「相談は済んだか?それじゃ、戦闘開始だ」
ジーリアの背後に得体の知れない影が蠢きだす。
それは第二戦目の始まりを告げていた。
同時刻、雪原の中で二つの人影が戦っていた。
片の男は両腕で剣を握りしめ、もう一人はその黒い体からいくつもの手を出している。
無数にある魔族の手を紙一重で躱しながら、ヴィズルはその魔族に何度も斬りつけていく。
「人間にしてはなかなかやる」
「…すぐにその余裕無くしてやるよ」
ヴィズルの表情は劣勢だというのにどこか余裕があった。
「剣だけに目を囚われすぎだ」
ヴィズルはヴァキュラにむけていつの間にか手にした無数の小石を投げつける。
小石はどれも文字の描かれた紙に包まれている。
それらはヴァキュラの眼前で小石が閃光と衝撃波をまき散らす。
ヴァキュラと言う魔族は全くダメージを負っていない様子である。
「直撃だったはずだが…」
ヴィズルは目を見張る。
確かに直撃だったはずだ。だが、その魔族ががダメージを受けた気配は全くない。
「ほう、人間にしてはやりおる」
ヴァキュラは感心したような声を上げていた。
「じーさん、そんなに余裕のあるセリフを吐けるのも今のうちだ」
ヴィズルは
「…人間、力差はわかったじゃろう。この状況でもまだ戦闘を続けるつもりかの?」
「当たり前だ」
「なら仕方があるまい」
ヴァキュラは手で印を結んだ。ヴィズルはそれをみて身構える。
次の瞬間ドスンという爆発音が雪原に響いた。
ヴィズルの剣を持つ右腕で小規模な爆発が起きたのだ。
ヴィズルの右手が雪の上に落ち、その雪原を赤く染めた。




